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1年目の春~夏の件
家に戻ると香多奈が物凄く拗ねていた件
しおりを挟む少しだけ心配していた、探索中に怪我を負ったと言う後衛の森下だったけど。肩書きは神崎姉の旦那でもある訳で、チーム内結婚とは何だかややこしい。
護人の心配は、ダンジョン探索にトラウマが芽生えてないかって事。見た感じそんな雰囲気も無いし、3人のチームワークも水準を満たして申し分なし。
神崎姉のワンマンチームの感もあるが、まぁ平均よりも上には違いない。探索者チームとしても、明らかにパワーも経験値も林田兄妹より上である。
来栖家チームのスピード探索力には負けるが、一定以上の腕前は確実にある。武器の扱いも身のこなしも凄いし、とにかく探索慣れしている。
一応の予定としては、3層まで潜ろうと考えていた護人だったけど。これ以上の探索は無意味なので、3層途中で切り上げようと告げる。
そんな訳で、レイジーを先頭に揃って皆で地上に戻る流れに。
「いやしかし、このハスキー犬賢いですねぇ……感心しましたよ。探索に犬を同行なんてと、最初は正気を疑っちゃってましたけど。
それを言うと、来栖さんもたった4ヶ月にしては探索慣れしてましたね!」
「本当にね、賢い犬って良いなぁ……新居では絶対に犬を飼おうね、卓ちゃん! 来栖さんも独身なんでしょ、私の妹の恋歌なんてどう……?
これでも尽くすタイプだし、意外と美人でしょ?」
「ちょっと、やめてよお姉ちゃんっ! きっ、気にしないで下さいねっ、来栖さんっ……ちなみにですけど、どんな女性がタイプですか?」
自分は現在3人のコブ付きですと、護人はやんわり秋波の攻撃を躱しつつ。予想外の疲労を感じながらも、何とか無事に地上に到達する。
その場に待っていた自治会長と合流して、次は民泊候補の住居巡りらしい。香多奈が心配な護人は、早く家に戻りたくて仕方が無い。
その辺の事情を峯岸に話すが、もう少し付き合ってくれと頼まれてしまった。どうやら、林田兄妹との顔合わせとか『探索者協会』での顔繫ぎとか、その辺の行事に一緒にいて欲しいらしい。
そうすると、住居を2か所も廻った後なので、1時間以上は優に掛かる計算になってしまう。
顔合わせと探索の試験で既に1時間、これ以上拗ねた末妹を家に独りで放置はちょっと怖い。仕事だからって常識的な躱し言葉など、子供には通じない。
さっさと用事を済ませて、家に戻りたいのが護人の本音。しかし結局は、あと30分との値切り交渉に遭い、もう少しだけ同行する事に。
まぁ、今後この町の一員として一緒に活動するなら、もう少し仲良くなっておくのも手かも。近所付き合いは、田舎に住む者にとってはかなり重要な位置を占める。
不便な地域に生きるってのは、そう言う事の羅列に他ならない。さて、この新人チームは住居の提案に乗ってくれるや否や?
結論としては、最初から住居見学は良い手応えだった。途中で協会から仁志支部長が合流して、世間話も広がりを見せる。
そこで地域の探索活動の、稼働率などの確証を得た新人チーム。意外と忙しくない事実を知って、ここは“魔境”と呼ばれているのにねぇと不思議顔。
確かにダンジョン数は、他の町より多いのは純然たる事実。それを最低限の間引きローテで、何とか最悪の事態だけは免れて来た感じ。
自警団の活躍あってこその事例だが、チームが増えれば彼らの負担も減る筈。
「いやしかし、青空市でこの町を気に入って頂けたとは、とんだ副産物でしたね。私も赴任当初は、どうなる事かと心配してましたけど。
住めば都と言いますか、案外と良い所ですよ、この町は」
「あの活気は凄かったよね、実際に買ったお野菜も凄く美味しかったし! 探索者なんて、お金を貯め込んで引退すれば勝ち組とか思ってたけどさ。
こんな田舎町で第二のスタートも、全然悪く無いわよね」
仁志支部長と神崎姉のトークは、軽妙に弾んでいる様子。護人は残りの2人と世間話をしながら、最初の物件へと徒歩で移動する。
それから到着した古い家屋の扉の鍵を、峯岸が開けての内見開始。こういう場合は、やはり女性陣が手綱を握るらしい。
あちこち忙しく動き回って、水回りや耐久性のチェックに余念が無い。護人や他の男性は、邪魔にならないように隅っこへ。
そして神崎姉が出した結論は、55点との辛い点数だった。確かに護人から見ても、築年数による老朽化は割とひどい感じを受ける。
手直しするにも、お金や労力が掛かりそうな雰囲気。それから短いやり取りがあって、それならもう1か所に全員で行こうと合意がなされた。
それぞれ車に分乗して、2台の車で来栖邸までの山道を上って行く。そちらは例の、紗良の実家を含む4軒屋の内の1軒である。
これは護人にとっても都合が良い、この見学会の後に解散すればすぐ家に戻れる。そして再度の内見の感触は、先ほどよりは良さ気な雰囲気。
神崎妹も、家屋の外の景色が凄く良いと、ルルンバちゃんの草刈りの手腕を褒めてくれている。それから護人と子供達が勝手に作った、訓練場の空き地も何故か気に入られている様子。
ここは山の上だけあって、ライフラインが不安定なのがネックではある。移動も車が無いと無理、何しろ麓まで車で10分近く掛かるのだ。
それに目をつむれば、建物の状態は最初の物件よりは良い。紗良の『回復』スキルで、結構な時間を掛けて内外を修復した結果である。
紗良自身も、この家に誰かが入居するのに賛成してくれている。隣の家だけでなく、紗良の生家を貸し出してくれても全く構わないそう。
その場合、紗良の方に家賃収入が入る様に、峰岸自治会長も手筈を整えてくれるとの事。そちらを借りた方が、紗良もお得で潤うと言うモノ。
護人がそんなにプッシュしなくても、神崎姉妹はこっちの物件の方をかなり気に入っている様子である。
このまま決定すれば、来栖家にも新たな隣人が誕生する事に。
「うんっ、ライフラインは発電機とか備えたら何とでもなるし。家族用の車も1台所有してるし、こんな山の中の生活も体験してみたかったのよ!
どうかな、卓ちゃん?」
「ああ、僕もいいと思うよ……ちょっと寂しい立地だけど、まぁのんびり過ごすには良い場所だね。前の畑も借りれるんなら、野菜育てるの頑張ろうかな?
生活費も抑えられるから、貯金も貯まる一方だろうからね」
「この家に決まれば、ウチの家とはお隣さんになるかな……こんなご時世だから、ご近所が出来るのは普通に心強いね。野菜作りも、良ければ1から教えるし。
そんな訳で、3人でじっくり考えて貰えたら。俺は子供を家に待たせているから、悪いけどここで抜けさせて貰いますね。
何かあれば、その奥を抜けた所に家があるから」
そんな言葉を新人さんに残して、護人はこの場を強引に抜ける事に。最後まで付き合っても良かったのだが、それ以上に家に残した香多奈が心配。
一行はもう少し隣の家とかも見て、それから協会の建物へと巡る予定との事。林田兄妹とも後で顔合わせをするそうで、割と後半も忙しいかも。
別れ際に自治会長が、今日の分の試験官役の代金の振り込みの事に触れて来た。雑用依頼の代金も、段々と上がって来ているようで何よりだ。
ダンジョン関連の予算も、町の運用費内で増えて来ている証拠なのだろう。ただまぁ、来栖家チームは他よりドロップ率が良いので、幸いお金に困ってはいない。
とにかく予定より時間が押してる、さっさと家に帰らないと。
急いで家に戻ったら、案の定に香多奈が部屋の隅で拗ねていた。どうやらさっきまでのお出掛けで、護人がダンジョンに潜った事が香多奈の癇に障ったらしい。
自分も潜りたかったと、姉2人もいないのに我が儘を言い始めた末妹に。お姉ちゃん達が旅行から戻ったらなと、ご機嫌取りのおやつ準備中の護人の返し。
ハスキー軍団がいるから平気だよと、香多奈は珍しく我が儘を譲らない構え。つまりは、叔父さんだけ探索するなんてズルいって言い分らしい。
それは仕事で依頼されたからで、護人も好きで潜った訳では無い。なんて言い訳も通用せず、姉たちの不在1日目にして早くも盛大に拗ねてしまった末妹。
挙句の果てに、縁側でミケを抱いて背中をこちらに向けての抗議活動である。こんな時は相手をしないのが一番なのだが、完全無視はさすがに辛い。
ハスキー軍団も、心配してか少女の元に集まる始末。
「お姉ちゃん達は今頃、都会で新しい出逢いを経験して、仲良くダンジョン探索を満喫してるのかなぁ。私達はお留守番で辛いよね、ツグミなんて相棒なのに連れて行って貰えてないし。
……みんなで一緒に、敷地のダンジョンに潜ろうか?」
独り言にしては大きな声での、なおも抗議活動は続いている様子。ギャン泣きされるよりはマシだが、本当にハスキー軍団を連れて単独で失踪される危険性も。
その光景を思わず想像してしまって、護人は割と本気で蒼褪める破目に。何しろ、末妹の行動力は本気で侮れないのだ。
6月のカエル男の騒動も、詳しく聞いたら子供達だけで探索ごっこをした結果だと言うし。コロ助がいて良かったと、あの時は本当に後から肝が冷えた。
要するに少女の言い分は、家族が探索をしている間、自分だけ除け者にされた事への不平等にあるっぽい。探索なんて、危険でしか無いと護人などは思うのだが。
香多奈にとってはそうでは無いらしく、今度はコロ助に抱き着いて拗ねてるアピールに余念が無い。困った表情のコロ助、解放されたミケは呑気に日向ぼっこ。
その自由気儘さが羨ましいと、本気で思う護人だった。
「……分かったよ、そこの敷地内のダンジョンの間引きをみんなでやろう。ただし危なかったら引き返すし、5層以上は潜らないからね?」
「えっ、いいのっ……やったねコロ助、はやく準備しなくっちゃ!」
拗ねてたカラスがもう笑うの典型的なパターン、少女にとっては叔父を上手く転がすなんてお手の物。護人は大慌てで、行くのは明日だからと訂正を入れる。
あぁそっかと、一応は納得してくれたけど途端にソワソワし始める香多奈。だからと言って、今から探査の準備を始めるのは止めて欲しいと思う護人である。
取り敢えず落ち着けと、護人は少女にココアを差し出して宥めに掛かる。
それから2人でおやつを摘みながら、今日の夕飯はどうしようかとの話し合い。護人が作っても良いが、2人しかいないので外に食べに出るのも良いかも。
“大変動”以降の世界では、外食産業もかなり減ってしまった。それでも全く無い訳では無く、探せばこんな田舎でも幾つか候補が上がる。
いつも買い物に出掛ける、大きい町に出ればもっと候補も広がる。
「今から買い物に出て、町で何か食べて帰るのもいいかな? 何か欲しいモノあるかい、香多奈……夏休みに遊ぶものとか、夏用の生活品とか揃えに行こうか。
青空市でも稼げてるから、少々派手に使っても大丈夫だぞ?」
「やったー、何買おうかな……花火とか虫籠とか、他にも遊ぶもの買っちゃいたいな! あっ、お姉ちゃんにも相談したいから、ラインで送ってみて、叔父さん!」
「ほれ、スマホ渡しておくよ……帰りに何を食べるかも、考えておきなさい」
玩具を受け取ったように、喜びながらスマホを弄り始める香多奈。その口からは、帰りにはお好み焼き食べたいなと普通に要望が溢れ出る。
広島のソウルフードと言われるお好み焼きは、香多奈も姫香も大好きである。ただし、家のホットプレートではなかなかその味の再現は難しい。
なので家族で外出の際とか、お好み焼き外食コースは割と定番である。護人は外出の支度をしながら、少女にも出掛ける準備を促す。
それから思い出したように、ひょっとしたら向こうの廃屋にお隣さんが出来るかもとネタ提供。その言葉に、えっ、そうなの? と驚いた感じの末妹。
それを機に、今日の午後に起きた出来事を話して聞かせる護人。その会話は、出掛ける準備を終えて、車に乗りこんでも続く事に。
お出かけ用のランドクルーザーも、大型犬が3匹乗りこむと手狭に感じてしまう。
――家族の温かみを感じつつ、しかし明日はどうするかなぁと悩む護人だった。
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