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第1章

4 . 名前

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 翌朝、ベビーシッターが玄関の扉を叩いた。

 玄関を開けると、長い金髪を編み込んで頭の上でまとめ、ブラウンの目に黒縁の丸メガネをした20歳ぐらいの女性が立っていた。水色の淡いワンピースを白いベルトで締めて、手には茶色のカバンを持っている。



 「はじめまして!サマンサ・フォレスターと申します!ベビーシッターの件をアレクサ院長から頼まれました。気軽にサマンサとお呼び下さい。」




 サマンサは笑顔でそう挨拶する。なんと感じのいい人なのだろうと、オーウェンは感心した。

 オーウェンはサマンサを家へ招きいれる。




 「サマンサ。アレクサ院長とはあの優しそうなお婆さんのことかい?」

 「はい、そうです。アレクサ院長は本当に親切な方で...私はあの孤児院で育ったのです。いつか院長の役に立ちたくてベビーシッターの学校へ通っていました。」

 「おぉ、それはそれは。頼りになります。」




 赤ん坊をサマンサに託しても問題ないようだった。

 しかし、オーウェンには一つだけ心配していた。オーウェンは男なのだから...


 「あの、失礼だが...私は男です。だから、その...」


 
 サマンサは少し首を傾げたが、何となく勘付いたようだ。 


 「その事なら大丈夫です!実は私アレクサ院長に勧めてもらい、結婚して赤ちゃんが一人おります。なので、お乳の方はご安心ください!住み込みで奉公させて頂きます。」

 「えっ⁈ そんな時期に 住み込みで 我が家へ来てもらって大丈夫なのか?」

 「赤ちゃんは、いとこの家に預けております。なんの問題もありません。」


 サマンサは笑顔で淡々と言うが、どこか寂しげだった。それは当然のことだろう。いくらベビーシッターだとしても、我が子を自分の手で育てられない上に、家族と離れて他人の子を育てるのだ。

 オーウェンは申し訳なく思った。どうにかならないのかと思案していると、急に黙りはじめたオーウェンを不思議に思ったのか、サマンサが声をかけてきた。 


 「あの...今後のことでお話をお聞きしたいのですが。よろしいですか?」



 オーウェンは気を取り直し、すまないと言ってサマンサを客間のソファへ座るように勧め、自分も腰掛ける。 

 オーウェンは長い沈黙を破った。




 「サマンサ。まだ幼い赤ん坊がいるのなら、住み込みで働くのは辞めてもいい。」

 「そんな⁈ 嬉しいお言葉ですが、お断り致します。私はアレクサ院長の命を受けてここにおります。院長の命に従うのは私の本望なのです。」

 「本望...しかしこちらとしても、サマンサが家族と離れてしまうというのは申し訳ないのだ。昼から夕方だけ来てもらおうと思っていたのでな。」



 現役の貴族の子息や令嬢ならまだしも、オーウェンは隠居した身だ。そこまで無理をさせて奉公してもらう訳にはいかない。

 オーウェンは考えた末に、サマンサと彼女の赤ん坊も一緒に我が家に住み込んではと提案した。 

 
 「家族そろってこの近くに引っ越してもらうのが1番いいだろうが、ここは見ての通り田舎でね。我が家もそこまで広くはない。客室が一部屋あるくらいだ。だから、せめて君の赤ん坊だけでも一緒に暮らせるようにしたいのだ。」

 「いえいえ、迷惑をおかけする訳にはいきません!」

 「まぁ、一度考えてみてくれ。」

 「ですが...分かりました。今日は一旦戻ることにします。オーウェン様は本当にお優しい方ですね。心遣いに感謝致します。」


 サマンサは勘のいい人らしい。これ以上断ってもオーウェンが勧めるのをやめないと気づくと、そう言った。 




 サマンサは、一目赤ん坊を見ておきたいと言うので、それはそうだったと思い、オーウェンは寝室から赤ん坊を抱いてきた。

 
 「まぁ、なんてきれいな瞳。葵の色だなんて...実は私、ブルーアイズというものに憧れておりましたの。オーウェン様、この子の名前はなんというのですか?」




 あっ、しまった。とオーウェンは思った。 

 赤ん坊を、これからどうするかで悩んでいたので名前など忘れていたのだ。 



 さぁ、オーウェンどうする?  




 「いやっ、あの...まだ決めていないのだ。」
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