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第2章

8 . おしゃべり

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 外は初雪が降っていた。居間の暖炉では、ぱちぱちと音を立てながら薪が燃えている。


 ソフィアは 窓辺のロッキングチェアに座るオーウェンの膝の上に ちょこんと乗っている。

 いや、乗っているというよりも、座らされたと言った方が正しい。

 相変わらず「ママ」と「まんま」しか言えないソフィア。オーウェンは「パパ」と言って欲しいらしく、ソフィアの世話をサマンサよりするようになった。




 ソフィアの世話をよくしているサマンサを、母と思い、 「ママ」と呼んだに違いない。それならば、自分がサマンサより世話をすればいいのだ。

 それに最近、誕生日の準備などで出かけることが多く、世話を怠ってしまったから、「パパ」のことなど忘れてしまったのだろう。

 そう考えた結果の表れだった。




 オーウェンは古びた絵本を持ってきて、ソフィアに読み聞かせる。

 その絵本は息子で長男のルーカスにあげたものだった。娘にも絵本をあげたが、結婚した時に持っていってしまった。どうやら娘は、自分の子供に読み聞かせたいらしい。それほど気に入ったとは、嬉しいかぎりだ。




 膝の上のソフィアは、目の前の絵本には興味を示さない。オーウェンの方に振り返っては、オーウェンの白い髪を ぎゅぅっと引っ張って遊ぶ始末だ。

 髪を引っ張られて痛いのだが、パパ と言って欲しい オーウェン は、絵本の読み聞かせを強引に続ける。 

 どうしてもこの物語を聞いて欲しいのだ。この絵本は、とある 父と息子 の冒険物語なのだから。必然的に パパ という言葉がたくさん出てくる。

 耳から鍛えよう!というオーウェンの方針にぴったりの絵本だった。



 しかし、ソフィアは女の子。かわいい盛りの一歳の子供だ。真っ白でかわいらしい野うさぎや、おいしそうな紅いりんご が出てきたら、少しは楽しめるだろうに。

 オーウェンの読み聞かせる絵本には、立派な剣や大きな怪物しか出てこない。

 ソフィアに興味を持てというには、無理がある。


 それでも読み聞かせる。オーウェンは頑固なのだ。若い時はもっとひどかったらしい。その時のことは、居酒屋のクレアがよく知ってるだろう。


 それはさておき、オーウェンの目標は「ソフィアにパパと言わせること」だ。

 なんとか聞かせようと頑張ったが、さすがに髪が痛くなったので、一時休戦することにした。

 

 「旦那様、お疲れさまです。喉が渇いておりませんか?」



 サマンサは、絵本を読み聞かせたところで パパとは言えないと思っていたが、その考えは 心の奥にしまっておいた。

 あまりにも必死なオーウェンを見ると、止められないのだ。それどころか、そんな姿を応援してしまう。




 そう考えながら、オーウェンに紅茶を差し出す。


 オーウェンはサマンサが持ってきた紅茶を一杯すする。


 芳しい紅茶をが入ったカップをソーサーの上に置いたオーウェンは、ソフィアの栗色の髪をなでる。


 サマンサがそんな様子を微笑ましく見ていると、急にオーウェンが目を大きく見開いた。 




 「サマンサ、旦那のもとに帰る予定はあるのか?」

 「いえ、ありません。まだソフィアもジェナミも一歳になったばかりですし...もう少し大きくなればと考えてはいました」

 「あぁ、すまぬ。俺としたことが...ジェナミは全く父親に会ってないではないか!サマンサ、申し訳ない。今すぐにでもいい、三、四日ほど家に帰ってはどうだ?」




 オーウェンは、自分がソフィアの パパ である幸せにひたっていながら、ジェナミの父親について考えていられなかったのだ。

 こんな幸せな日々を、サマンサとジェナミの大切な人から奪ってしまうほど、ソフィアに溺れてしまっていた。

 オーウェンはそんな自分に気づき、恥じた。



 「そんな!旦那様!」

 サマンサだって愛する人に会いたかった。ジェナミを父親に会わせたかった。

 最初は、孤児院のアレクサ院長に恩返しするために引き受けた仕事だった。
 しかし、オーウェンとソフィアと共に時を過ごすうちに、二人の役に立ちたいと強く思うようになっていた。

 ソフィアの身の上を想うと、その気持ちはどんどん大きくなった。



 「いや、一度帰りなさい。この一年、俺のわがままで引き留めて悪かったの。その上、少しの時間しか与えてやれなくて、すまぬ」


 そんなオーウェンの様子をみたサマンサは、帰ることに決めた。


 翌朝、オーウェンの貸した馬車に乗ったサマンサは、申し訳なさそうに帰っていった。

 しかし、嘘はつけない。サマンサの口角は上がっていた。

 そんなサマンサをみて、オーウェンは一安心する。 


 ソフィアの小さな手を取って、ばいばいと手を振った。




 パカラッパカラッ


 サマンサの姿が見えなくなって、家に入ろうとすると、見たことのある馬車が近づいてきていた。
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