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第2章

7 . おさんぽ

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 翌朝、オーウェンはいつも通り朝の日課をこなす。




 季節は秋。家の前の林は緑から橙色に変わり 葉を落とし始めていた。


 これから寒い冬がやってくる。その前にソフィアとジェナミに外の世界を味わってほしい。オーウェンはそう思い、さんぽに連れ出すことにした。


 サマンサは二人の支度に取りかかる。サマンサは靴を履かせた。ちなみにこの靴は昨日もらったものではない。ソフィアとジェナミが初めて離乳食を食べた時のプレゼントだ。

 今や世の奥様方並みに記念日を大切にするようになったオーウェン。天国にいる妻がみたらどう思うだろうか。


 

 オーウェンもサマンサも支度を終えると、それぞれ二人を抱き上げて玄関の扉を開けた。 


 「わぁ、気持ちい風ですね!少しひんやりしていますが。冬がせまってきてるのですね」

 「もうすぐ、雪の季節だ」


 さんぽといっても あまり遠くへは行けない。家の前の道を少し歩くことにした。 

 
 好奇心旺盛なジェナミはサマンサの腕から下ろされると、自力で歩き始めた。サマンサは こけないだろうかと心配する。おてんば娘についていくのは大変だ。


 一方、ソフィアはオーウェンの おさんぽ訓練 を受けていた。オーウェンは何事においても訓練を肝としている。馬術にしろ剣術にしろダンスにしろ...そういう教育を受けてきたのだから仕方ないのだが。

 だから、昨日ソフィアが寝付いた後、ぱぱ と言ってもらえなかったのが悔しかったらしく ソフィアの耳元で ぱぱ と囁き続けていた。

 これも訓練の一環らしい。まずは耳から鍛えるのだとか。



 オーウェンはソフィアを下ろして立たせる。涼しい秋風がソフィアの栗毛色の髪をたなびかせる。ソフィアは透き通った葵の瞳をオーウェンに向ける。

 オーウェンは腰をかがめ、ソフィアにほほ笑む。

 しかし、そんな優しい笑顔のまま訓練が始まる。


 オーウェンはソフィアと向かい合ったまま、ソフィアの手を取る。そして一歩、二歩とあゆみだす。


 「そうだ!ソフィア いいぞ!もう少し速く歩こうか」


 そう意気込んで、オーウェンが勢いよく脚を後ろへと下げると、ソフィアはつっかえて転んでしまった。 

 野原の上といっても転んでは痛い。オーウェンの右手からソフィアの左手が、するっとすべり落ちた。

 草の先がソフィアの手の平にかすり傷をつける。ソフィアは泣いてしまった。 


 「あぁ、ソフィア、すまない!大丈夫か?」


 少し離れたところでジェナミと歩いていたサマンサがその声を聞いて、駆けつけた。

 
 「旦那様⁈ どうなされたのです? ...まぁなんてこと!はやく手当をしなければ」


 そう言ってサマンサはすぐに家から救急箱を取ってきた。

 オーウェンは手際よく手当をするサマンサに礼をする。 サマンサは礼などもったいない、これが私の使命なのだと言って首を横に振った。


 「旦那様、使用人に礼などなさらなくても...」

 「使用人?まさか! サマンサは家族も同然だ。ソフィアとジェナミをしっかりと育ててくれているからな。かつて伯爵だったことなど気にして欲しくはない。」


 爵位というものは、権力を得る代わりに自由を奪ってしまう。まだ若かった時は権力で心を満たせられると思っていた。しかし、実際はそうではなかった。

 だから、今のオーウェンは身分などあまり気にせずに毎日を幸せに送りたいと願った。


 「だからジェナミと一緒に誕生日を祝ってくださったのですね。本当にお優しい方です。旦那様は」

 「ソフィアが我が家に来た春 を誕生日にしてもよかったのだが...あまりにも二人が同時に育っていくものだからなぁ」


 どうせならソフィアとジェナミが 同じ日に 同じ喜び を分かち合えた方が、もっと幸福な一日になるだろう。いつ生まれたか分からないのなら、なおさらだ。
 その寂しさを埋めるために誰かと一緒に喜べる日を誕生日としたい。

 そう考えたオーウェンは、ジェナミの誕生日をソフィアの誕生日にもしようと考えた。

 二人がいつまでも仲良く、幸せでいられるように。大きくなって互いが違う場所で生きていても、喜びを共にできるように。 


 子供の時間は短い。いつだって。 

 だったら長い大人の時間を少しでも幸せでいて欲しい。 


 オーウェンは願うばかりだった。

 

 

 

 



 
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