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しおりを挟む「好きだよフユキ」
「愛してるよ」
「大好きだ」
あいつから愛の言葉が無くなったのは、いつからだっただろうか。
ゲイ仲間から紹介された男、テツヤへと好意を寄せるのに然程時間はかからなかった。
鍛えられた肉体とよく焼けた小麦色の肌。笑うと出る八重歯と笑窪に、下がる目尻に増えるシワ
テツヤの全てが好きだった
告白したのは俺からだった
一緒に暮らし始めたのは付き合って2ヶ月の頃
その頃はまだ、愛の言葉と共に俺の頭を撫で回していたものだ。
そんなテツヤが変わったのは付き合って半年も経たない頃
会話が減り、毎日家に居るようになり、仕事も行かない
それでもまだ好きだった。時折笑う目元や、小さな仕草一つ一つがまだ好きだった
仕事が忙しく、朝6時から夜の12時まで会社に居るようになって、いよいよ修復出来ないところまできていた
同じ家に住んでいるのに、日曜しか会う事は無く会話も無い。
それでも、遅い時間に家に帰るとごく稀に用意されている食事や、朝、机の上に置かれている缶コーヒー
嫌いにはなれなかった。ずっと好きなまま
いつか元通りになる。
そんな暢気な考えと共に過ぎていった時間は、気付くと2年近くになっていた
好きなのか、好きだったのかはもう分からなくなっていた。
「結婚するんだ。別れよう」
大好きだった笑顔でそう告げられて、胸が焼けるように痛む
叫びたいが声が出ない
嫌だ、行くな、俺と居ろ
愛してると言ったじゃ無いか!
この溢れ返る程のお前への愛をどうすればいい?どこにも行くな!
俺を置いて行くな!!!
◇◇◇
———嫌な夢だった。
眦を伝う雫を拭い、身体を起こす
窓から見える外の景色は、まるで俺の感情を写しとったかのように色褪せていて、どんよりと暗い
この小屋に住み始めて初めての雨だ。
降り頻る雨粒の音でより一層気分が沈む
この雨では今日の探索は断念するしか無いようだ
重たい身体で立ち上がり、布団をたたみ竈へと火を入れ魔素水を飲む
昨夜遅くに出ていったポチはまだ戻ってきていない
どこか雨を凌げる場所に居るといいのだが……大丈夫だろうか?
今日は何をしよう
気分が沈んでいる日は楽しい事をしたい。
何か作るか?…思いつく限りの物はある程度作ってしまっている。他に今必要な物は…強いて言うなら風呂かな
飯の作り置きでもしておくか?
でもなあ…新しい調味料を発見するまでは出来るだけ、食材は貯めたおきたいんだよなあ。海水から作り出した塩味はもう飽き飽きしている
まあ塩のみでも、素材の味が引き立って美味しいのかもしれないが…
そろそろ香辛料か、もしくは砂糖…甘いものが欲しい!
ポチがたまに持ってくる果物も甘いが、そういう甘さではなく、ガツンとした甘さが欲しい!!
人を探すか…??
今のところ人らしき者に会ったのは、初日に出会した弓矢を持った金髪の人だけだ。
もう一度あの場所へ行くのは絶対に嫌
どうしよっかなあ…なんて、纏まらない思考で天井を見上げていると、微かにノックの様な音が聞こえた。
気のせいか?風?雨音?
チラリ、とぼろぼろの扉へと視線をやると、もう一度間違いなくノックの音が室内に響いた
どくん、と心臓が大きく脈打つ
ポチがノックなんてするわけない。いつも鼻先か前脚で器用に扉を開けて入ってくる
コンコン
「誰かいるか?」
聞こえたのは男の声
心臓が飛び出そうな程脈打ち、身体が強張った
無視するか?いや、無理だ。竈の煙が窓から出ている。居留守は使えない
敵意があるならノックはしないよな…?でも、何があるかは分からない。ここは日本じゃない
俺の常識は通用しない
急いでインベントリから鉄剣を取り出し、いつでも反撃できるように、体の後ろへと隠す
そして、ゆっくりと、ぼろぼろになった扉を開
いた
「お?いたいた。すまねぇけど、雨宿りしてってもいいか?」
ずぶ濡れの中年男が、胡散臭そうな顔で笑った
スラリと伸びた四肢、恰幅の良い体、濡れた鼠色の髪、西洋風の顔立ちは彫刻で掘った様に彫りが深い
薄緑のシャツに革鎧を纏った男は、その大きな体より更に大きなリュックを背負っている
人間、だ。
しかも言葉の通じる人間…だ
「おっと、すまねぇ。
俺はディーダ、しがない行商人だ」
そう言った男ディーダはひらりと両手を挙げ、まるで敵意は無い、と言わんばかりに戯けて見せた。そんなディーダの茶色の瞳の先は、どうやら俺の背中の後ろにある物を見ている
背後に隠した剣はバレバレの様だ
敵意はなさそう?
《鑑定》を使って見たところ、
《ディーダ》
行商人
と、既に自己申告されたものが表示され、それ以上の情報はない。嘘は言っていないという事か?
この雨だ…追い返すのも忍びない
仕方ないので鉄剣を扉の横へと立てかけ、彼が入れる様にと扉を大きく開けた
「何も無いけど、どうぞ」
「ほんっと有り難え!急に降り出してきやがってよ」
そう言って中へと入ったディーダは室内を見渡した後、ほぅ、と息をつき思わぬ言葉を口にした
「前来た時より随分綺麗になってるじゃねえか」
「えっ……前に来た?」
「おう。3年ぐらい前か?」
ちょ、ちょっと待て
もしかしてこの家、誰かの持家だったりする?廃屋ではなかったのか?実は住人がいるのか?!それともお前の家だなんて言わないよな?!
「3年前は何しに…?」
「前も雨宿りだ!誰も居なかったから勝手に使わせて貰ったんだがな。今回は人の気配がしてビックリしたぜ」
「ちなみに、この家って誰かの物だったりするのか…?」
「誰かの物って言うなら、30年前に死んだ偏屈じーさんの家だな。それ以降は誰も住んでねえ荒屋だ」
よ、よかった!…良かったのか?
この家の持ち主は特に居ないという認識で大丈夫そうだ。いまさら持ち主が現れても困る
ずぶ濡れのディーダに竈の前を勧め、驚く程大きなリュックを下ろすのを手伝う
今のところ敵意は感じられない
言葉も通じるし、ちゃんと人間っぽい
そういえば行商人と言っていたが……この大きなリュックに商品が入っているのだろうか?
「何か入り用か?」
リュックを見つめる俺の視線に気づいたディーダがそう尋ねる
「いや、金を持ってないんだ」
欲しい物は沢山あるが、今の俺は無一文だ
金を手に入れるあてなど全くない。あとこの世界の通貨も全く分からない。
改めて、こんな何も知らない状態で約2週間も良く生き延びてるな…と自画自賛する
「あんま高え物はやれねえが、雨宿りの礼くらいさせてくれよ」
そう言ったディーダがゴソゴソと大きなリュックを開き始めた
いいのか?何か貰っても…いや、ここは言葉に甘えて貰っておくべきか?
いやそれより、もっと必要な物があるではないか
「礼なら…1番近くの街を知りたい」
「…お前、そんなことも知らないでどうやってここで生きてんだ??……名前は?」
怪訝な顔で茶色の双眸が俺を見据える
それもそうか…こんな辺鄙な場所に暮らしてる俺の方が、一般的に見るとよっぽど怪しいだろう
ここは一つ、オーソドックスな手法で行こう
「フユキ、名前は分かるけどそれ以外の事は何も覚えてない。気づいたらこの近くの森にいた」
「フユキ…珍しい名前だな」
必殺、記憶喪失
顎に手を添えたディーダが、ふむふむと俺を舐め回す様に見た後、ボソリと何かを呟くと納得した様に頷いた。
記憶がない事を信じたのだろうか?
「1番近い街でいうと、草原を馬車で1日程行った所にあるぞ」
「…馬車で1日、」
うそだろ。そんな遠い場所行ける気がしない
行くとしたら歩いていくのか?ポチはどうする?寝床は?道中の安全は?
問題が多すぎる。今の生活はある程度安定しているし、そこまでの不自由もない。
リスクを冒してまで行く必要は無いな…
贅沢はできないが、静かにひっそりと暮らすのは意外と俺の性格にも合ってるようだ。寂しいのは寂しいが…
「連れてってやろうか?」
「……いや、いい。」
「そうか。
ところで、テーブルの上のアレは何だ?」
アレ、とディーダが指差す先には昨夜ポチが居ないのをいい事に、大量に作り出したローションとコンドームの山
…忘れていた。
滑りの良い装着性を重視したゴムを生み出そうと試行錯誤していたんだ
いや、あれは…と思わず目が泳ぐ
が、男同士だ。話せば理解を得られるはずだ。性への探究心は世界共通だよな?
「あれはローションと、そのオマケ」
「ローション?聞いた事ねえな。商人として後学の為見せてもらえるか?」
「…構わないけど、潤滑剤みたいの物だぞ?」
「潤滑剤?」
作業台の上から木製のキャニスターを取り、蓋を開けてディーダへと手渡した
クンクン、と中身を嗅いだあと中の液体を指につけ、粘度を確かめる様に何度も人差し指と親指を付けたり離したりしている
何度も糸引く液体を確認した後、不意にそのヌルヌルの指をパクリと口へ含んだ
突然のことで止める間も無く、ローションを味わうダンディーな男を静かに見つめる
「何だこれ?何に使うんだ?」
「何って…ナニだよ」
「なに?何が何だ?」
あれ、伝わらないのか?これ
仕方ない、ジェスチャーで伝えるか
「ナニだよ、ナニ」
自分の股間の前で握った手を上下に扱くと、目の前のディーダがその顔に似合わないアホ面を見せた後、みるみると茹で蛸みたいに真っ赤に染まった
いい歳したおっさんの癖に意外とピュアなのか?
「なっ?!!おま!っ、な?!!!」
「ぬっるぬるだろ?すげえ滑りが良くなって凄いんだぞ?」
「す、すごいって…!おまっ…!!!」
真っ赤な顔でワタワタと慌てふためく大男が面白くて、ついもっとからかってしまいたくなる。
「それを塗れば挿れるのも簡単、お互い滑ってより気持ちい。最高だぞ」
知らんけど
「や、やめろーーーッ!
そんな顔で、そんなっお前……可愛い顔して凶悪なっ…!!!!」
まだ言葉を続けようとした俺の口をディーダの大きな手が塞ぐ。
ローション付いてヌルヌルしてるんですけど?やめて欲しい
しかも何だ、可愛いって。そりゃお前の彫深顔に比べたら薄っぺらい迫力の無い顔だろうけどさ…
「っひィ!!」
息苦しかったので、口を覆う大きな掌をベロリと舐めてやると、面白いぐらい飛びあがったディーダが後退りする。
からかい甲斐のあるおっさんだ
「こっちはチ○コにはめれば、精子が飛び散らないっていう優れもの」
ビヨーーンとディーダの目の前でゴムを思いっきり引っ張ってやると、餌を求める魚の様に口をパクパクさせたディーダが声無き声を上げている。
こんな動揺しっ放しのピュアなおっさんが、本当に行商人なんてやっていけてるのだろうか?
駆け引きとかが必要な職じゃないのか?
そうだ。行商人ならこれ
「買う??」
俺がそう聞くと、「何を…」と、小さく呟いたディーダが膝から崩れ落ちた。
何を…って、ローションとゴムだよ。他に何があるんだよ。
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