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「急いで来たんだが…どうやらもう終わっちまったみたいだな!」


ニカっと更に笑みを深めたディーダが腰に付けていた大きな剣を扉の横へと置いた
大きなリュックも床へと置き、シルバーのプレートを慣れた手つきで外しながらディーダが言葉を続ける


「あの冒険者クン意外とやるんだ?」
「…そうみたいだな?」


俺に聞かれても正直分からないが、面倒なのでとりあえず同意しておく
どうやら俺が言うまでもなく、活性期が終わっている事を感じ取っているみたいだ。
あの馬や、その装備を見ると…もしかして加勢しに来たのか?
いや?早馬なら3時間…と言っていたし、4日目の今やって来たって事は、帰ってすぐ様加勢しに来た訳ではなさそうだ

まあ、ディーダには色々聞きたい…というか教えてほしい事があるし細かい事はどうでも良い


「今日は何しに来たんだ?」
「ツレねぇなあ。助けに来てやったんだよ」

「それならもう用は済んだな」
「すまんすまん!うそうそ!まあ、完全に嘘って訳でもねえけど!」


同じ言葉を2度繰り返すやつって本当胡散臭いよなあ。とスープを飲みながらディーダを見る
…そういえば酒を飲み始めるタイミングを見失った


「活性期が続いてたら食料にも困るだろ?そう思って色々持って来たんだよ」


パンパン、と大きなリュックを叩いてディーダが笑う


「死にたくはねえから重装備だ!」
「……何を持って来たんだ?」


ほんとツレねぇ、と言いながらディーダがリュックを開くのを横目に、インベントリから新しく作ったりんご酒を取り出した
ディーダが言う通り、俺も俺の事愛想のないやつだと思うよ。ラルフレッドの事を無愛想な奴と言えた義理では無いのは良く分かっている


「主に食料だな…後は前言われ通り鉄塊も持って来たぞ!」
「それは助かる」
「それと服だろう…ああ、酒も持って来てやったぞ!好きだろ?」


酒?!
がた、と思わず勢いよく席を立つ
一つ咳払いをして、ディーダが漁るリュックの横へと俺もしゃがみ込んだ。
異世界の酒…美味い酒であれ!

隣に来た俺の瞳を覗き込んだディーダがにこり、と優しい眼差しで笑ったかと思うと、その大きな手で無造作に俺の頭を撫でた

「無事で良かったな」


無骨な手でグリグリと雑に頭を撫で回すディーダが、視線をポチへとうつす。


「ああ、本当に」


よかった、とポチを見ると口許が綻んだ
そんな俺を見たディーダが、馴れ馴れしく肩へと手を回して来たので、そっとその手を引き剥がし、ディーダが持つ瓶へと視線を落とす


「どんな酒なんだ?」
「ヴァニーと言って、ヴァニの木っていう特徴的な香りがする木の樽で1ヶ月以上寝かせた酒だ。まあ、飲んでみろ!俺は好きだぜ?」
「…いくらだ?」
「銀貨2枚だ」


ローションの瓶より大きいが、ローションより安いのか


「こっちはジュニパー、薬草酒とも呼ばれる酒だ」
「いくら?」
「銀貨1枚!安いだろ?」
「両方買う」


味は想像つかないが、とりあえず両方買っておこう。砂糖の値段を思うと安いとは思えない価格だが…異世界の酒、とても興味がある
それに、自分で作り出す酒は確かに美味いが量で言うとショボいんだよな…
まあ、酒の原料となるリンゴやブドウは完全にポチ任せ、果樹園など持っているわけではないので、仕方ないと言えば仕方ない

ディーダが持ってきた商品を一先ず先に並べると言うので、先に購入した酒の一つ…ヴァニーをコップへと注ぎ、商品を並べるディーダを横目にコップを傾ける
まず感じたのは甘味、鼻に抜けるバニラの様な香りと、ウイスキーを思わせる独特の香りが後を引き、強い酒精が主張を表した
悪くは無い。…悪くは無いが、食事を共にする酒ではなさそう。単体で飲むか、デザートと共に飲む部類だろうか?

商品を並らべるディーダの横へと銀貨を置き、薬草酒をコップへ注ぐ
ほんの一口、口へ含むと同時に感じた強いアルコール臭
脳が揺れる様な感覚さえ覚える強い酒精に少し目が眩む
独特の香り、名前の通り少し薬草っぽさを感じるが、俺はこの香りを良く知っていた
前世で何度か飲んだ事がある…ジンだ。
これはトニックウォーターやオレンジジュースで割ると美味しかったはず…と思い、インベントリにあるオレンジから《独創魔法》を用いて果汁を抽出した
薬草酒とオレンジ果汁をスプーンで混ぜ、一口飲み込む。うん、やっぱりこれはジンで作る…オレンジブロッサムと変わらない
この酒はまあ、食事に合わせやすいかもしれないな


「そんな奇怪な飲み方初めてみたぞ…美味いのか?」


商品を並べ終わったディーダが怪訝な顔で俺を見た
ジンを用いたカクテルで言うと、オレンジブロッサムなど定番中の定番なのだが…この異世界ではどうやら定番では無いらしい


「美味いぞ?飲んでみるか?」


アルコールで少しばかり気分が良くなってきているのもあり、ディーダへとコップを突き出した。
未だに怪訝顔のディーダと、まるで俺も飲むとは言わんばかりにポチが1吠えした後尻尾をバサバサも振る


「ポチは流石にダメ」


その代わりと、すいとんスープのおかわりをとり、皿を置いた
少しばかり不機嫌そうに青灰色の瞳を細めたポチが、スープを食べる


「…これは、オレンジだよな?なんでそんなもん混ぜんだ?」
「まあイイからさっさと飲めよ、はい乾杯」


オレンジ色の液体をじっくり眺めるディーダのコップへと、新しく用意した自分のコップを乱雑にぶつけた
コップの中でユラユラと揺れるオレンジの液体を口にした俺を見て、ディーダも恐る恐るといった感じでコップを傾ける


「…っな、んだこれ?!!!うっめえ!え?!うめえ!なんだ?!え?!なんだ?!!!」
「うるさい」


本当くっそうるせえ。
そう思いながら更にコップを傾ける
美味いのはわかる。なんなら前世で飲んだやつより美味い。恐らくポチが持ってきたこのオレンジのおかげだと思う
今まで俺が食べてきたオレンジより味が濃く、水々しいのだ
さらに言うと果実で食べると粒が一つ一つ際立っていて食感が堪らない


「これは改革だ!!!店を開ける!!王都でもやれるぞ?!!!」


ああ、煩い。でも心地よい
酒でフワッとしてきた頭には丁度いいボリュームの気がしてきた
スープを飲み終え魔素水を飲むポチへと身体を預けながら、酒に喜ぶディーダを見つめる
バカみたいにはしゃぐ中年男を尻目に、ポチの皿へと魔素水をたした


「それで結局何を持ってきたんだ?」
「……、お前、毎日酒飲んだ方がいいぞ?色気がでる。うん、酒を飲め!!」


目の前でコップを持ったディーダが熱烈に何かを語る。
この世界は言葉のキャッチボールが下手な奴が多いのだろうか?
俺の問いにただしい答えだけを返してほしいのだが?


「で、何を持ってきたんだ?」
「……お、おう…」


やっぱり俺はピリピリくる冷たさが好きだ、なんて言葉は聞かなかった事にしよう。間違いなく空耳だ。
床に敷いた布の上に並んだ商品をディーダが一つずつ説明をしていく
俺はと言うと酒の入ったコップを傾けながら、片手でポチを撫で、優雅に商品説明を聞いているふりをしていた。正直8割は頭に入っていない
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