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はじまり

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出発してどれくらい経っただろうか?
体感では30分も経っていないと思うが、燦々と照りつける太陽のせいか、じっとりとした汗が肌を伝う。
前方にロワン、後方にアルド、俺は真ん中という陣形で絶壁沿いをゆっくりと歩いていた。
額の汗を拭い、少し息を切らしながらロワンの後に続く。多くはない俺の体力を、照りつける太陽が容赦なく奪っていく。




「大丈夫ですか?もう少しですから…」



とロワンが指差す先には、絶壁にポッカリと空いた穴。何だか見覚えのある感じ

息を切らしてどうにか穴の前まで行くと、たしかに先程の洞窟とは全然違っていた。


「奥を確認しますので、少しだけ待っていて下さい。…アルド、任せましたよ」
「ああ」


ロワンがそう言い残し、洞窟へと入って行った。

足元にビッシリと生える苔に、壁に張り付く蔦やよく分からない植物、天井からぶら下がる見た事のない植物な様なもの、そのどれもが何故か仄かに発光していて、あまりにも幻想的な光景に思わず目を奪われる

足元の苔は薄緑色に発光し、洞窟の奥へと進むロワンがその苔を踏む度に、光の粉のような物が舞い上がりとても綺麗だ。
壁に張り付く蔦は濃い緑色で、蔦の部分だけ発光し、葉の部分は光らず、葉だけみれば普通の葉の様にも見える
壁にはその他にも、キノコのように肉厚だが花の形をした物や、葡萄みたいな実を付けた果実、そのどれもが薄いオレンジ色に発光している。
天井は一面青。植物…でいいのだろうか?見た目はまるでクラゲの様で、そのクラゲの様な傘を持ったそれは、触腕の部分から葉や花が伸びていて、天井全体を優しい青で照らしていた。

その綺麗さに息を飲む
先程まで居た洞窟とは全く違う。


「トウヤ、大丈夫です。中へどうぞ」


洞窟内を確認し終えたロワンの声でハッと我に帰った。
光り輝く洞窟の中で立つロワンは一際輝いて見えて、今までで1番異世界感ある美しい光景だ
恐る恐る光る洞窟へと足を踏み入れると、光の粉が足下で舞う。光る苔はとてもふんわりしていて、まるで絨毯の様だ。



「すごく…綺麗だね」

「ふふ、そうでしょう。お気に入りの場所です」

「早くゆっくりしようぜ」


もっと奥へ、とロワンに言われそのまま足を進める。
少し歩くと突き当たりで、そこを右へ曲がると外の太陽の光が完全に届かなくなり、柔らかい光だけが洞窟を照らし、少し肩の力が抜けて行くのを感じた。
さらに奥へと進むと、円形の少し開けた場所に出た。この場所より先は、青く透き通った地底湖が広がっている。
さっきまで暑かったのが嘘みたいに涼しい、地底湖のおかげだろうか?

アルドが徐に苔の上へと寝転がったのを見て、俺も光る苔の上へと腰を下ろした。



「後2時間もすれば、日が暮れますね…」

「…時間分かるの??」

「ええ、だいたいですが」


どうやら時間という概念もあるし、時間の数え方も俺が知っているものと変わりはないみたいだ。
ロワン曰く、遅めのお昼ご飯にと串肉を食べたのが15時頃で、今が17時前ぐらいらしい
街に行けば時計はあるし、持ち歩いてる人も居るが、ロワンは体感で分かると得意げに言った。
500年生きてるから分かるのだろうか?長年生きると逆に大雑把になりそうな気もするのだけれど…


「なァ、トーヤ、昨日の酒に合うやつ、あれもスキルで出した異世界のもんか?」
「そうだけど??」
「食いたい、くれ」


ガバッと起き上がったアルドが鋭い目付きで俺を見る。
いつかはこの時が来るとは思っていた。俺が思っていたより遅かったけど…


「どんな物ですか?私も気になります!」


アルドの横でロワンがワクワク顔で微笑む。
ロワンも欲しいと言うのなら…出してあげようかな
メロンパンを美味しそうに食べてたロワンの顔を思い出し、思わず頬が緩んだ。

確か肉を狩に行ったアルドを待ってる時に、幾つか購入したはず
アイテムボックスを開き手を突っ込んで、スルメスルメ…と探し出せば、手の中には掌サイズのスルメの姿干しが3枚入った袋
袋を破り、アルドに1枚、ロワンに1枚渡した

待ってましたと言わんばかりに、スルメに飛び付き、いつの間にか準備していたあの消毒液の様な酒を、まるで水の様に飲むアルド
ロワンは手にしたスルメを奇妙な面持ちで見つめている。


「これは…?食べ物ですよね?」

「うん!海で生きるイカっていうのを干した食べ物だよ」

「??あのイカ?それがこんな姿に…」


なるほど、この世界メロンは無いけどイカはいるみたいだ。
どうやら海もあるみたい

スルメを繁々と見ていたロワンが、恐る恐ると言った感じで齧り付いた
もぐもぐ、と口を動かす度に徐々にロワンの頬が上がっていき、口を動かすスピードも上がっていく


「トウヤ!とっても美味しいですね。この歯応えと、噛む度に広がる旨味…」


うっとりとした顔でロワンが吐息を漏らした。
幻想的な洞窟の光と相俟ってか、ロワンの美しさが限界突破している…
美味しい、美味しいと、スルメを頬張るロワンを見ていると、せっかくだからもっと色々食べて欲しい…という気持ちが沸々と湧き上がってきた。

寝るにはまだ早いし、今俺に出来る事は特に無さそうだし、ついでに自分の腹ごしらえもしてしまおう!



「ロワン、もし良かったら他にも何か食べてみない?」


ステータス画面をロワンにも見えるように出してから、そう問いかけると、ロワンの赤い瞳が輝いた。


「いいのですか??」


「うん。ロワンのお金戻せなくなっちゃったし……どんな食べ物が好き?」


画面が見やすい様に、ロワンの隣へと移動してノギノ商店を開く
どんな食べ物…と少しだけ迷ったロワンが、甘い物が好き、と言うので商品をスクロールする
甘いもの…ジャムパンとか美味しそうな菓子パンもあるけれど、甘いものと言えば絶対に外せないものがある。
甘味の代表チョコレート
最初はやっぱり板チョコがいいかな?と、何種類かある板チョコの中から、ロワンに直感で1つを選んでもらい購入。

定番のミルクチョコレート
アイテムボックスから取り出し銀紙を破り、既にスルメを食べ終えたロワンへとチョコを渡した


「とっても甘くて美味しいよ」

「では、有り難く…」


そう言ったロワンがチョコの端を軽快な音を鳴らして齧りとる
口に含んだ直後、口内でチョコが溶けているのか、まさに恍惚の表情…といったロワンの姿
うっとりとした顔で、少し潤んだ瞳を長いまつ毛で覆い、甘い息を吐き出した
頬は少し紅潮していて、唇が怪しく光る様はとても綺麗で、色めかしい
あまりの美しさにゴクリと唾を飲み込んだ


「最高に美味しいです…ずっと食べていたい」


俺じゃなくてチョコに向けられた言葉なのに、ロワンの美しさのせいか、思わず少しドキッとした。
もう一口、チョコに齧り付くロワンの姿は何時迄も見ていたいと思うくらいに美しく、目が離せない

俺はずっと見ていたいよ…なんて思いながら、ロワンを見つめていると、ドスンと隣で鈍い音、その後



「おい、俺にも新しいツマミを出せ」


低い声でそう言い放ったアルドが、ニヤリと笑い酒を飲んだ

こっちはこっちで美丈夫なんだけれども、ロワンの美しさには全然敵わないな…

とりあえず長持ちしそうな物を食べていてもらいたい…と言う気持ちで、ノギノ商店の画面をスクロールする。できれば大容量…沢山入っている物…そして安いやつ
と思いながら画面を見ていると、指が止まる。
これだ、これがいいかも。
バターピーナッツ
いっぱい入ってて安い!

購入したそれを、アルドに渡してから、不意に思い出す
そういえば…アルドって鬼だけど……良かったのかな?豆だけど…

俺からピーナッツを受け取ったアルドは、カリカリ!しょっぺえ!うめえ!と大興奮だから大丈夫そうには見える

この世界には豆蒔き、節分といった風習はないみたいだ。良かった


酒を飲んでテンションが高いアルドを横目に、時間もあるし…とロワンの提案で、ノギノ商店の商品を一つずつ紹介していく事にした。
ページをスクロールしながら、これは何から作られて、どんな味がする食べ物だよ。とか、それはもう色々
説明の合間に、菓子パンとお茶で栄養補給。
さすがにこの美しい洞窟内で、カセットコンロを出して調理する勇気はなかった。
明日町に着いたらもっと栄養がある物を食べたいな…野菜とか肉とか、出来ればお米

ロワンは見慣れない物が沢山あるからか、終始目をキラキラさせながら、それはもう楽しそうに、辿々しい俺の説明を聞いてくれていた。


「沢山売っているのですね」
「俺が居た世界では、このお店の品揃えは少ない方だよ」
「それはすごい…」


もっと品揃え豊富だったら、ロワンに食べて欲しい物がいっぱい買えるのになあ…
と思っていると、隣から小さな寝息が聞こえてくる。
2人してそちらを見ると、酒瓶を抱えたまま眠るアルドの姿
とっても気持ちよさそうな顔で眠っている
結局何度か催促され、スルメ2袋とピーナッツは3袋も食べたから、そりゃあもう、たいそう満足したのであろう。


「もう日も落ちたみたいですね。」

「いつの間にかそんなに…」

「トウヤと沢山お話しできて楽しかったです。
明日は夜明けと共に出発するので、そろそろ休みましょうか」


俺も楽しかったよ、と返すと嬉しそうに笑ったロワンが立ち上がり、ジャケットを脱ぐと俺へと渡してきた。
意図が分からず首を傾げる


「私は少し外の様子を見てきますので、預かってもらえますか?」

「いいけど…外??大丈夫?」

「問題ないですよ」


そう言ったロワンが長い足を持ち上げたかと思うと、その足でそのまま、寝ているアルドを蹴飛ばした。
低い呻き声と共に起き上がったアルドがロワンを睨みつける


「外を見てきます。頼みましたよ」

「はいはい」


怒るかな?と思ったが、アルドは意外に怒る事はなく、ただ鬱陶しそうな表情で犬を追いやる様にロワンへと手を払っただけで、また苔の上へと寝転んだ。
決して仲が良い様には見えないけど、2人からは慣れ親しみを感じる
長い付き合いなのだろうか?

「おやすみなさい」と言ったロワンに返事を返して、長い足で優雅に洞窟を出ていくその後姿を見送った。
少しの静寂
アルドと2人っきりになるのは久しぶりで、少し緊張感する。


「ロワン1人で大丈夫かな?」

「問題ねェ。血飲みに行っただけだろ」


静寂を振り切ろうと声を出すと、自分の腕を枕がわりにして、大きな欠伸をしたアルドがそう言った。
そうか、見た目は人そのものだから忘れそうになるけど、ロワンは吸血鬼…血で魔力と体力を回復するんだっけ?
血が主食なのかな?


「やっぱりロワンの主食は血液?」

「主食って訳じゃねぇよ。ただアイツは呪われてるからな」

「えっ、呪われ…??」


ええ?なにそれ?
呪いの装備でも付けてるのか?それともロワン自身が呪われてるのだろうか?
いや、そもそもどんな呪いなんだろう…

「これ以上は本人に聞け」と吐き捨てたアルドが目を閉じた。
アルドは何か知っているようだけれど、教えてくれそうにはない
仕方ない、チャンスがあれば本人に聞いてみよう。といってもそのチャンスが来るかは分からないけれど。
さすがに突然、ロワンって呪われてるの?とは聞けないよな…


アルドから少し離れた位置で俺も横になる。
ロワンから預かったジャケットをお腹にかけ、天井を見ると、綺麗に光る青が一面に広がっていた。
この洞窟にモンスターは出ないって聞いたけど、本当に大丈夫かな…なんて心配をしていたが、優しく光る青色に、段々と意識が薄くなっていく。
今日は色々あったし、沢山歩いたし、身体が疲れている
明日は早起きだって言ってたけど、起きれるかな…なんて考えながら、俺の意識は深い眠りの底へと沈んでいった。
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