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~ワイバーンレース編 第14章~

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[受け継がれる力]

 「ぁ・・・」

 ロメリアはリンドヴルムの尻尾に吹き飛ばされた瞬間、体の感覚がなくなった。痛みも寒さも暑さも・・・何もかも・・・

 気が付くと私の目の前には先程まで遥か彼方にあった天井が目の前にあった。激しい凹凸が目立ち、緑に輝く苔が斑に生えていた。

 天井から真下に広がる川へと重力に従って落下していく中で私の瞼は徐々に重くなっていき、目の前が真っ暗になっていった。瞼を閉じる寸前、下にいるフォルトが私に向かって何か叫んでいる・・・何も聞こえないけれども・・・もしかしから私の名前を呼んでいるのかも・・・

 『フォ・・・ルト・・・』

 声が出せない・・・返事をしたいのに・・・腕が動かない・・・フォルトの方へと伸ばしたいのに・・・

 私はそのまま何も告げる事が出来ず、真下へと落ちていく。体の自由が利かないので受け身を取るとこが出来ない。

 ドボォォンッ・・・

 籠った音と共に体全体が濡れて冷たくなり、息が出来なくなる。薄らと目を開けると視界が歪んで、ゆっくりと体が水の中へ沈んでいっているのが分かった。

 『早く・・・出ないと・・・』

 ゴボォ・・・と口から肺に溜っていた空気が漏れて水面へと昇っていく。朦朧とする意識の中、辛うじて右腕は動かせるようにはなったがどんどん光が降り注ぐ水面から体が離れて行き、伸ばした手が遠ざかっていく。

 そしてある程度沈んだ頃、ロメリアの体は静かに大きな岩が転がっている川の底へと到着した。伸ばした手が自分の意思とは関係なくゆっくりと下ろされ、水流によって髪の毛がゆっくりと揺らめく。

 水面から降り注ぐ光が見えなくなっていくにつれてロメリアの心もどんどん消え失せていく。

 『私・・・死ぬのかな・・・こんな冷たい川の底で・・・誰にも・・・看取られることなく・・・』

 ロメリアの目から僅かに涙が零れ、川の水と混じる。脳裏にフォルトの顔が浮かび上がり、耐えようのない悲しみに襲われる。

 『ごめん・・・ね・・・フォルト・・・また・・・1人ぼっちに・・・しちゃう・・・ね・・・』

 ゴボォォッ!と口から大きな気泡が現れると、一気に水が肺に入り込み激しい胸の痛みに襲われる。この状況では普通体を暴れさせて何とか水面へと昇ろうと動くはずなのだが、もうロメリアは何も行動をとることは無かった。・・・何も感じない・・・ただもうすぐ自分が死ぬであろうということだけ分かっていた。

 『もっと・・・一緒に・・・いたかったなぁ・・・まだまだ・・・フォルトと・・・いっぱい・・・』

 ロメリアは顔の向きを右に傾けた。特に理由は無い・・・ただ夜ベッドの上で眠る様に・・・頭だけ寝がえりをうつように顔を横に向けた。

 だがその時、消えゆく意識の中薄っすらと何かが闇の中で白く輝いているのが見えた。その光は川の底に転がる岩の間から零れており、丁度ロメリアの右手を伸ばせば届く距離だった。

 その光を見たロメリアの右腕は彼女の意思とは関係なく、その光へと伸びていった。もう動くはずは無いのに・・・まるで人形として操られている様な感覚だ。縋る様に伸ばしたロメリアの右手に白い光が当たると、まるで7月頃の昼時に、陽の光が仄かに当たる部屋で昼寝をしている様な心地よさが全身に染みわたっていく。

 初めはこれが死ぬ時の感覚なのかと思ったが、先程まで感じていた寒さや苦しさとは全く違う・・・誰かに包み込まれている安心感が空っぽになっていた心を埋めていく。

 『何なの・・・これ・・・』

 ロメリアが自分の光に照らされている右手を見つめていると、急に目の前が真っ白に染まった。暗い室内から外へ出た時のような感覚を味わったロメリアは咄嗟に目を瞑ると、ゆっくりと目を開けた。

 するとロメリアは薄緑色に茂った草原に立っていた。さっきまで川の底にいたのに・・・空は青々と雲が千切れ飛んでおり、草原が何処までも続いていた。ロメリアは一体何が起こっているのか、理解できなかった・・・先程までの息苦しさはもうない。

 「何処・・・ここ?私・・・確かさっきまで・・・」

 ロメリアは顔を俯けて自分の手をまじまじと見つめた後に再び顔を上げると、少し離れた所に勿忘草色の髪をした人が立っていた。その人は長髪をポニーテールでまとめており、体の線や肩の大きさからして恐らく男性ではないだろうかと想像はつくが、背中を向けている為性格に性別を判断することが出来ない。

 ロメリアはゆっくりとその人へと警戒しながら近づいていく。

 「あのぅ・・・お尋ねしたいことがあるんですけれど・・・」

 ロメリアが声を上げてもその人は全く反応を見せない。聞こえていないのか声を大きくしても一切反応を見せることは無かった。

 ロメリアは何で自分の声を無視するのか良く分からず首を傾げながらその人の背中を見ていると、ふとフォルトの後ろ姿と被った。髪の色と髪型が同じだけで身長も体格もフォルトよりも大きいのに何故か姿を重ねてしまっていた。

 『何かこの人・・・フォルトに似ているような・・・雰囲気が似てるのかな?』

 ロメリアが男の真後ろにまで接近したその時、彼女に背中を見せていたその人はゆっくりとロメリアの方へと体を向けた。2人の間に温かい風が吹いて、そっと髪を撫で上げる。

 「あ・・・は、初めまして・・・」

 ロメリアがおどおどしながらその人に挨拶を述べると、『彼』は優しく微笑んだ。

 顔の皴具合から恐らく年齢は30代ぐらいだろうか、男性らしい非常に整った顔立ちをしていて小さい頃はフォルトの様に中性的な顔立ちをしていたであろう感じを仄めかせる。赤のシャツに茶色のズボン、黒の靴とコートを身に纏っている。武器等を手に持っていたり、腰にぶら下げていたりしている気配は一切なく、丸腰のようだ。

 彼は目を上下に動かしているロメリアに声をかけた。

 「初めまして、お嬢さん。・・・何か聞きたいことがあるようだね?」

 とても落ち着いた心から安心感を覚える声を発した彼にロメリアは質問を投げかける。

 「は、はい・・・ここは・・・何処ですか?私・・・さっきまで川の中にいたのに・・・」

 「・・・」

 男は何も答えず、ただ真っ直ぐロメリアを見つめる。彼のまるで自分の内側を覗き見るような瞳に少し寒気を覚えた。

 「もしかして・・・あの世・・・なんですか、ここ?私・・・まさかもう死んじゃってるんですか?」

 「・・・」

 男は相変わらず沈黙を貫く。そんな彼の態度にロメリアは少し苛立ちを覚えると、語気を荒げて彼に話しかける。

 「あの・・・別に分からなかったら分からないでもいいんで何か話してよ?何時までもそんなに黙っていたり、無視したりしてたら何も分から・・・」

 ロメリアが声をかけた瞬間、急に彼は右腕をロメリアの方へと伸ばすと彼女の胸に手を当てた。ロメリアは咄嗟に後ろへと下がると胸元を両手で押さえた。

 「ちょっと⁉いきなり何するの⁉初対面の人の胸を触るなんて・・・」

 ロメリアが顔を赤らめていると、彼は鼻で小さく笑い飛ばした。

 「やっぱり・・・貴女は素敵な人だ。」

 「・・・へ?」

 ロメリアは彼の言葉の意味が分からず間抜けな声を上げると、彼は自分の胸を右手の人差し指で軽く叩いた。

 「今貴女の『魂』に触れてはっきりと分かった。・・・貴女の魂には『高潔さ』と『純粋さ』があり、それに素直で真っ直ぐだ。・・・まるで『彼女』と同じ・・・美しい魂だ。」

 「あの・・・さっきから何を・・・彼女って・・・」

 ロメリアが勝手に進む彼の発言に戸惑いを隠せないでいると、男はロメリアに向かって右手を差し出して掌を見せると、純白の火の玉を出現させた。

 「貴女になら・・・この力を託せる。」

 火の玉は宙へと浮かぶと、ロメリアの胸へと一気に飛び込んできた。身が焼けるような熱さを覚え、ロメリアはその場に蹲った。

 「あ・・・あぅ・・・」

 ロメリアが過呼吸気味に呼吸を乱して彼を見つめると、彼はロメリアに言葉をかける。

 「その力はきっと貴女を助けてくれる。貴女なら・・・『彼女』と同じように使いこなすことが出来るはずだ。」

 彼はそう言うと、右手を差し出して親指と中指をくっつけた。

 「さぁ、帰るといい・・・君が想いを募らせている少年の下へ。彼も貴女の帰りを待っている・・・」

 男が指を鳴らした瞬間、ロメリアの視界が一気に暗転しさっきまでの川底へと戻った。この時、ロメリアの意識はさっき川底で倒れていた時とはうって変わってはっきりとしていた。

 『あれ・・・私・・・帰ってきた?さっきのは・・・一体・・・』

 ロメリアは自分が今水中にいるという事をつい忘れて口を開けてしまった。すると大量の水が一気に体の中へと流れ込んだことによって急に息が出来なくなって胸が激しく痛みだした。

 『い、痛いっ!水が肺にっ・・・早くっ・・・早く上に上がらないとっ!』

 ロメリアが体を動かしていくと、ふと右手に何かを握っている感覚があった。視線を移すと、そこには茨の彫刻がなされた純白の棍が握られていて、棍は光が届かない深い川底で白銀に光り輝いていた。

 『何、この棍・・・私、何時の間にこんなものを・・・』

 ロメリアが棍を見つめていると、急に体全体を白銀のオーラが包みこんで激しく感じていた胸の痛みがすっかり治まった。それと同時に一体何処からこんな力が湧いてくるのか困惑する程の力が全身に漲ってきた。その時、彼女は小さく頬を上げる。

 ・・・何か今の私なら何でもできそうな気がする・・・

 何でそう思ったのかはロメリアにも分からなかった・・・でも特に根拠のない自信がロメリアの心を覆い尽くしていたのだった。

 ロメリアは真上を見上げると、赤く燃え上がっている水面に視線を向ける。恐らくフォルトがリンドヴルムと戦っているのだろう・・・ロメリアは静かに精神を統一させると目を見開いた。

 『待っててね、フォルト・・・今から傍に行くからっ!』

 ロメリアは純白の茨の彫刻がなされた棍から流れ込んでくる魔力を全身に漲らせると、川底を勢いよく蹴って炎渦巻く水面へと飛び上がった。ロメリアを優しく包み込む白銀のオーラがロメリアの背中を強く後押しする。
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