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~船上での修行編 第2章~

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[リミテッド・バースト]

 「準備できたな、2人共。」

 ガーヴェラは鎖鎌を持っているフォルトと棍を持っているロメリアに声をかけた。2人は互いの顔を見合わせる事無く、意識を研ぎ澄ます。

 船橋にはガーヴェラ、フォルト、ロメリアの3人のみ・・・静かながらも少し荒く、冷たい海風がフォルト達に吹きかかる。

 ガーヴェラが準備を終えた2人を交互に見ると、言葉を続ける。

 「では今から『リミテッド・バースト』を自在に操れるように訓練を始める。・・・その前にもう一度、簡単にリミテッド・バーストについて説明させてもらうぞ。」

 「うん。」

 「『リミテッド・バースト』とは、今フォルトやロメリア、そして私やヴァスティーソ大隊長が持っている『ジャッカルの武器』が持つ潜在能力を引き出す力だ。力を引き出せるのは、武器に認められた者だけ。潜在能力は武器によって異なるが・・・どの武器がどんな力を持っているかは全て確認されている。」

 ガーヴェラはフォルトに顔を向ける。

 「フォルトの持っている鎖鎌の潜在能力は《霧影牢鎖(むえいろうさ)》・・・周囲を深い霧で包み、相手の感覚を狂わせる能力だ。」

 続いてロメリアの方を見る。

 「ロメリアの持っている棍は《舞踏花風(ぶとうかふう)》・・・身体能力を爆発的に上昇させる能力で特に破壊力・・・粉砕力に関しては他のステータスよりずば抜けて上昇する。」

 ガーヴェラはそう言うと、一息ついた。

 「さて・・・話はこのぐらいにして早速訓練に取り掛かろう。・・・今から私の言う通りにするんだぞ?決して早まったりするな。」

 「分かった。」

 「・・・うん。」

 「良し。じゃあまずは目を瞑れ。そして意識をより深く尖らせろ。海風が吹きつける中でも私の心臓の鼓動を聞き分ける程に・・・集中しろ。感情を抑え込み、無となれ。」

 ガーヴェラの言葉に合わせて、フォルトとロメリアは目を瞑って意識を集中させる。集中しすぎて何度も瞼が痙攣する。

 フォルトは心を無にし、ただひたすらに意識を集中させた。自分の心臓の鼓動が耳元で大太鼓を鳴らしているように聞こえてくる。すると次第に横にロメリアの鼓動と前にいるガーヴェラの鼓動を聞き分けられるようになった。

 その状態になった直後にガーヴェラが話しかけてくる。

 「フォルト、ロメリア。・・・私の鼓動が聞こえたら小さく頷け。」

 フォルトは小さく頷いた。目を瞑っている為ロメリアが頷いたかは分からない。

 「・・・フォルトは分かったか。・・・だがロメリア・・・お前は聞こえていないようだな。」

 「・・・」

 「何、まだ気にしなくてもいい。訓練すればすぐに聞き分けられる。今はその意識を保たせるように努めろ。」

 ガーヴェラは小さく咳をする。

 「では次だ。・・・今から私の言う通りにイメージしろ。・・・『お前の命に代えても守りたいモノはなんだ』?」
 
 『命に代えても・・・守りたいモノ・・・』

 フォルトはその問いに躊躇することなく、心の中で断言する。

 『ロメリアだ。僕にとってロメリア以上に大切な人はいない。』

 「そしてさらに想像しろ・・・今その『モノ』は酷く傷ついている・・・そしてその『モノ』の近くにはお前しかいない。他の者は皆『死んだ』。」

 「・・・」

 「さらに追手が近づいてきて・・・追いつかれた。それを守れるのは・・・もうお前しかいない。お前が死ねば・・・お前が一番大切にしている『モノ』は・・・消える。」

 ガーヴェラの言葉にフォルトとロメリアは息を呑む。2人の額には汗が流れ始める。

 「2人共・・・絶対に気を抜くなよ。私の言葉の後に・・・抑え込んできた感情をゆっくり解き放て。目を開いてもいい・・・でも決して溜め込んでいる気持ちを一気に放出するな。どんなに憎かろうが・・・殺意が芽生えようが・・・絶対にそれだけはするな。でないと・・・貴様の体が壊れるぞ?」

 「・・・」

 「もっとイメージしろ。・・・貴様は追手と交戦中だ。・・・だが貴様も既に満身創痍・・・自分の身を守るので精一杯だ・・・」

 「くッ・・・」

 「だが敵はお前の大切な『モノ』に狙いを定めた。そしてその喉元に刃を突き立てようと襲い掛かった。貴様は手が塞がっていて助けに行けない。」

 「・・・う・・・」

 「その攻撃は首から偶々外れた・・・が刃は『彼女』に刺さった。彼女は痛みの余り、悲痛な叫び声を上げる。敵はそんな彼女を他所に腰からナイフを取り出し、再び彼女の首に狙いを定めた。次は逃げられない・・・だがお前は助けに行けない。『今』の自分じゃ限界だからだ。」

 「ううっ・・・」

 鎖鎌を持つフォルトの両手が震え、周囲が薄っすらと霞み始める。

 「ここで貴様らに1つ問う。・・・『お前はどうなりたい』?『どういう存在でいたい』?」

 「・・・」

 フォルトが問答に迷っているその時、ガーヴェラが今までに聞いたことの無い切羽詰まった怒号をフォルトに浴びせた。

 「さぁ、早く決断しろ!ナイフは振り下ろされたぞ!」

 ガーヴェラの発言を受けたフォルトは組み伏せられているロメリアにナイフが振り下ろされた場面を想像した。ナイフはロメリアの喉元に迫る・・・刺されば間違いなく彼女は死ぬ・・・でも自分は手が離せない。

 フォルトはその場面を思い描いた直後、心の中で叫んだ。それほどフォルトの意識は自身の中に没入していた。
 
 『守りたい!ロメリアを守れるほど・・・彼女の笑顔を守れるほど強くなりたい!』

 フォルトはその瞬間、目をかッと見開く。フォルトの瞳が血のように真っ赤に染まる。

 フォルトが目を開くと周囲は濃霧に包まれ、ガーヴェラは自分の目の前にいたフォルトとロメリアの姿を見失う。霧に包まれた世界でフォルトの深紅色の瞳が2つ、こちらを見つめていた。

 『これがフォルトの潜在能力・・・ここまで視界を制限できるとは中々大したものだ。それに・・・十分安定して能力を発動している。フォルトに関しては今日1日丁寧に訓練すれば完璧に近い形まで持っていけるだろう。』

 ガーヴェラはフォルトが能力をほぼ完璧に使いこなせていることに満足した。操舵室から無線が届く。

 「ガーヴェラ大隊長!急に濃霧が発生しましたが敵襲でしょうか⁉方位磁石も動きっぱなしですし、時計の針もさっきからものすごい勢いで回っています。」

 「問題ない!このまま真っ直ぐ航行を続けろ!直ぐに元に戻す!」

 ガーヴェラはそう言うと、フォルトに向かって話しかける。濃霧のせいでロメリアの様子が分からない。

 「フォルト、私の声が聞こえるか?」

 「うん。聞こえるよ。・・・それにはっきりと姿もね。」

 「如何やらお前にだけは霧の影響が出ていないようだな。・・・で、制御の方はどうだ?感情を押さえられているか?」

 「何とか・・・まだちょっとコツを掴むのに時間がかかるかもしれないけど・・・練習すれば何とかなりそうだよ。」

 「流石だな、フォルト。今心の中に浮かんだ大切な人を守りたいという思い・・・次発動する時はその気持ちを忘れるなよ?」

 「分かった。・・・ありがとう、ガーヴェラ。力の発動方法を教えてくれて。」

 「戦力増強のためだ。お前達が強くなれば、傷つく人が少なくなるからな。」
 
 「・・・」
 
 「・・・それじゃあ、フォルト。能力を解除してくれ。能力を解く時は、ゆっくりと気持ちを落ち着けていくんだぞ・・・」

 「うん・・・」

 フォルトは深呼吸をすると、ゆっくりと心の中に渦巻いている様々な感情を鎮めていった。徐々に周囲の霧が薄まっていき、フォルト達の姿が見えてくる。霧が止むと同時にフォルトの瞳は元に戻った。

 フォルトは気を落ち着かせて、ロメリアの方を見る。ずっとガーヴェラと話をしていて、彼女の方を見ていなかったのできちんと能力を扱え切れているか気になってはいた。

 『まぁ、ロメリアの事だから大丈夫でしょ・・・』

 フォルトは彼女を視界に捉えるまでそう心の中で疑いを持つことなく思っていた。・・・ところがフォルトはロメリアの姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。ガーヴェラは警戒心を高め、懐の銃に手を伸ばしていた。

 「駄目・・・駄目、ダメ、ダメ、・・・駄目ッ!」

 「ロ・・・ロメリア?」

 ロメリアは右手に持った棍を床に突き立てて、左手で頭を抱えていた。ロメリアの意識は完全に自分の中に入ってしまっているようで、フォルトやガーヴェラの事は意識の外だった。

 「止めて・・・それ以上・・・止めて!フォルトを・・・傷つけないでぇ!」

 『なっ・・・完全に自分の世界に入り込んでしまっているのか?』

 全身に純白のオーラを身に纏いつつあるロメリアにガーヴェラが呼びかける。

 「ロメリア!私の声が聞こえるか⁉」

 「ごめん・・・ごめんね、フォルト・・・」

 「ロメリア、ゆっくりと気を落ち着けるんだ。それ以上自分の中に入るなよ!」

 ガーヴェラは必死にロメリアを説得するが、彼女には全然ガーヴェラの言葉は届いていなかった。その時、ロメリアの全身を包んでいるオーラの輝きが増した。フォルトとガーヴェラは咄嗟に身構える。

 「嫌ぁ・・・嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 ロメリアは絶叫すると、周囲に魔力を一気に開放した。その際発生した衝撃波はフォルトとガーヴェラを勢い良く吹き飛ばし、船全体を激しく揺らす。ガーヴェラとフォルトは受け身をとって着地すると、再び武器を構える。

 「ちょ、どういうこと、ガーヴェラ!ロメリアどうしちゃったの⁉」

 「意識を潜らせ過ぎて・・・現実との区別がつかなくなっている!」

 「そんなことあるの⁉」

 「いや・・・聞いたことが無い・・・お前達にさっき教えた『リミテッド・バースト』の制御法は昔から伝わっているものだ。あくまで想像することで感情の起伏を操るものだから、例え暴走気味になっても直ぐにそれが現実ではないということが分かる。」

 「だから本来は暴走することはない・・・って訳?」

 「そうだ。・・・だがロメリアは・・・」

 ガーヴェラがロメリアに視線を向けると、彼女は体を悶えさせながら悍ましい魔力を放出していた。・・・まるでリンドヴルムと戦っていた時みたいに・・・

 「許して・・・許して、フォルト!私は・・・私はフォルトを守ろうとッ・・・」

 「・・・」

 「まずい・・・あのまま行けば・・・彼女、死ぬぞ!」

 ガーヴェラがそう発した直後、ロメリアが突然フォルト達に向かって棍を構えて突撃してきた。その瞳は深紅色に輝いており、殺意を宿らせている。

 「うぁぁぁぁぁぁぁぁッ!よくも・・・よくもフォルトをッ!」

 「⁉」

 「来るぞ、フォルト!構えろ!あいつはお前の事を『フォルト』として見えていない!」

 ロメリアは一瞬でフォルトとの間合いを詰めると、体を回転させて棍を薙いだ。純白のオーラを身に纏った棍がフォルトの胴へと向かって行く。

 フォルトは回避が間に合わないと思い、棍を受けようと鎖鎌を構えた・・・その時、

 ガキィンッ!

 棍が何か金属に当たる音がすると同時に、フォルトの目の前にヴァスティーソが現れた。ヴァスティーソは刀で棍を止めており、激しい火花が散っていた。

 「ロメリアちゃん・・・ちょっと落ち着いた方がいいんじゃない?」

 ヴァスティーソはいつもの不敵な笑みを浮かべていたが、その目はふざけてはおらず、真剣そのものだった。
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