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~星と彼女編 第7章~
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[麻痺]
「ナターシャ⁉何でここに来た⁉」
ヴァスティーソは壁に貼り付けにされたまま、アスタルドに矢を構えているナターシャに叫ぶ。ナターシャはアスタルドから視線を外すことなく、じっと敵を見つめ続ける。
「叔父様の援護に・・・ですわ。」
「援護にだと?そんなもの必要ない!今すぐルーストの所に帰れ!邪魔だ!」
ヴァスティーソは人が変わったように怒鳴りつける。アスタルドは杖を構え直し、ナターシャに向かい合う。
「また会ったね、ナターシャ様?・・・わざわざ戻ってきてくれるとは勇敢だな。」
アスタルドはナターシャに対して目を細め、薄っすらと笑みを浮かべる。ナターシャの矢を引く手が震えだし、彼の姿に内心困惑していた。
『何ですの、あの姿は・・・まるで・・・まるでお父様のようですわ・・・先程までのあの邪悪な奇術師のペイントをしていた男には見えない・・・』
ナターシャは全身に力を込め、震える体を征す。
『でもこの禍々しい魔力は間違いなく先程会った男と同じもの!しかも、より悍ましくなっていますわね・・・』
ナターシャの額から冷や汗がツゥ・・・と流れる。アスタルドは姿勢を低くし、ナターシャを捉える。
「だが・・・同時に愚かだ。己が実力も把握できていないとはな。」
アスタルドが地面を蹴り、一気に間合いを詰める。ナターシャは魔力を込めた矢を一息に放つが、アスタルドは造作もなく叩き落とす。
『まずい!』
ヴァスティーソは辛うじて動く両足で壁を蹴り、体に突き刺さっている氷の刃を強引に引き剥がす。肉が氷の刃にへばりつき、傷口が捻じ曲がる。
脳が焼き切れそうな痛みに耐え、リミテッド・バーストを再発動する。全身に魔力で発生させた雷風を纏うと、アスタルドより先にナターシャの前へと瞬間移動する。
「はぁッ!」
ヴァスティーソがアスタルドの振るった杖を刀で受ける。互いの武器に纏っている魔力が弾け、周囲を震わせた。激しく鍔競り合う中、アスタルドが感心したように目を開く。
「これは驚いた。無理やり体に刺さった刃を引き抜いたのかい?正気じゃないね。」
「へっ!世界を滅ぼそうとしてるお前さんよりかはマシだと思うけどね!」
アスタルドはヴァスティーソの言葉を聞くと、彼の刀を弾く。ダメージを受けすぎたせいかヴァスティーソは上手く力を入れることが出来無い。
直後、アスタルドはヴァスティーソの目の前に左手を差し出し、魔術陣を展開した。ヴァスティーソは自分の後ろにいるナターシャをすぐさま抱え、一気に距離を取る。
離れた瞬間にアスタルドの術が発動し、魔法陣から金色の光線が放たれる。放たれた光線は地面を抉りながら、古都の外へ消えていく。
『あれ程の傷を受けてもまだ動けるか・・・大した男だ。』
アスタルドは感心しながら後ろへ振り向く。視線の先には膝をついたヴァスティーソと体を支えるナターシャの姿があった。
『だがあの女が来たことで奴もまともに戦える訳は無くなったな。あの男が誰よりも守りたいのは奴の弟と姪・・・だから僕と戦う際に手が届かない場所に逃がした。・・・ところがその逃がした奴は再び戻ってきた。今のあいつも僕とまともに戦えるとは思ってはいまい・・・さて、どう出るかな?』
アスタルドは魔力を練り上げながら何気なくナターシャの方に視線を向け、目を細め凝視する。
すると突然視界が歪み、ナターシャの姿が一瞬ベロニカの姿になった。
『ッ⁉』
不意に襲われたこの感覚にアスタルドは咄嗟に目を瞑り、首を振る。再び目を開けると、ベロニカの姿は元のナターシャの姿に変わっていた。
『何だ・・・今のは?何故彼女の姿が・・・禁術の副作用で記憶が混在しているのか?』
アスタルドは杖を握る手に力を込める。
『・・・まさか僕達の血が・・・そんな・・・そんな馬鹿な・・・そのようなふざけた因果など・・・確かにあの女は彼女と僕達の《娘》に似ているとは思ったが・・・いや、例えそうだとしても関係ない。僕は僕の復讐を果たすまでだ・・・例え相手が誰であろうと・・・』
アスタルドは頭の中に渦巻き始めた僅かな迷いを振り払い、全身に魔力を漲らせる。彼の眼光は鋭く、確実に息の根を止める覚悟を宿していた。
その頃、ヴァスティーソは乱れる呼吸を何とか整えていた。ナターシャが傍に駆け寄り治癒術をかける。
「叔父様!しっかりなさって!直ぐに傷を・・・」
「無駄だよ、ナターシャ・・・お前の治癒術じゃあこの深傷は癒せない・・・もっと高度な治癒術をかけないとな。まぁ、無いよりは幾分かはマシだが・・・」
ヴァスティーソは小刻みに振る足に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。ナターシャが彼の体に寄り添うとヴァスティーソはナターシャに微笑む。
「ナターシャ・・・もうお前は下がれ・・・もう十分・・・俺の役に立ってるよ・・・」
「いいえ・・・まだ私には・・・確かめなければならないことがありますの、叔父様。」
「確かめること・・・何だい、それは?」
ヴァスティーソが首を傾げる。ナターシャはヴァスティーソに肩を貸しながら、アスタルドを見つめる。
「さっき・・・幻を見ましたの。お母様にとても似た・・・幽霊を?」
「・・・」
「はじめはお母様だと思ったけれど、よく見て見るにつれてお母様ではないと分かりましたの・・・一体その幻が何なのか、じっと眺めていると頭の中に響いて来ましたの。『彼を止めて。私達の血を引く貴女なら・・・』と。」
「私達の血?それに彼って・・・まさか。」
ヴァスティーソはアスタルドの方に顔を向ける。
「・・・お父様、私のお母様は・・・何処の家の者ですの?以前、お父様にお伺いした時は、あまり詳しく教えてはくれませんでしたが、貴族出身の女性とおっしゃっていましたわ。」
「・・・」
「本当は・・・違いますの?」
「・・・」
ヴァスティーソは小さく溜息をつき、重い口を開けた。
「あぁ・・・違うよ。あいつの妻、お前の母親は貴族出身じゃない。只の平民だよ。」
「平民・・・」
「当時はまだ階級差別が残っていてな・・・王族と平民が結婚するなんてありえなかった。高貴な血に下賤な血が混じるんだからな。・・・ところがあの馬鹿は彼女の身分を偽り、結婚した。俺も色々と手を回したな・・・あんまり大きな声で言えるもんじゃあ無いけど。」
「・・・」
「俺も最初はあいつに色々言ったよ。騙されてんじゃないのか、信頼できる女なのかってな。心配になって過去を調べてみたんだが、母方の情報が彼女の親までしか無くってな・・・彼女の母親は孤児院で育った孤児だった。父親は彼女を産んで直ぐに不慮の事故で他界し、父方の祖父母以降は既に皆死去していた。それにあいつは俺と違って女と付き合ったことなんかあまりなかったし、色仕掛けにあってまんまと財布をすられる奴だったからな。だからそんな女性と付き合ってるってなったら流石に心配しちまうのも仕方が無いだろ?」
「でも、お父様はお母様と結婚した・・・」
「そうだ。俺もあいつが惚れた女を一目見ようと行ったんだが・・・とても綺麗な女で、思わず口説きにかかっちまうほどだった。・・・最も、『心に決めた人がいますから』と秒で振られたけどな。全く・・・ルーストにはもったいねぇ程、良い女性だった。」
ヴァスティーソはそう言うと、ナターシャの肩にかけていた腕を解き、刀を強く握りしめた。
「だがまさか、お前の母親があいつと縁がある可能性が出てきたとはな・・・昔曾爺の日記を眺めた時に、『奴の娘を殺し損ねた』と書いてあったが・・・」
「じゃあお母様はその娘の・・・孫・・・」
「の可能性があるな・・・あくまで可能性の話だが・・・」
「・・・」
「だがだとすれば、お前が見た謎の幻覚の説明もつく。お前の体に流れている血が奴から発せられる魔力に反応し、お前の視界の中に映し出した・・・意図しない幻覚症状は精神が参っている場合を除き、このことが原因とされているらしいからな。」
「・・・やけに博識なのですね、叔父様?」
「こう見えても、きっちり学校には通ってたんだよ?・・・ほとんどサボってたけど。」
ヴァスティーソは改めて、息を整える。その時、アスタルドの全身から身震いするほどの魔力が周囲に放たれる。
「・・・長話はここまでだ、ナターシャ。弓を構えろ・・・来るぞ。」
ヴァスティーソがナターシャに声をかけた・・・瞬間、アスタルドは地面を勢いよく蹴り、強烈な魔力を纏いながら接近してきた。ナターシャは咄嗟に右手を右肩に回し、矢に手をかける。ヴァスティーソも迎撃する為、足に力を込める。
だが次の瞬間、突如体の自由が利かなくなり、ヴァスティーソは地面に受け身を取らずに前へと倒れた。刀も手から離れ、前方へと吹き飛んで行く。
「えっ⁉」
ナターシャは目の前で起こったことへの理解が出来なかったが、咄嗟にヴァスティーソの前に結界を張る。ヴァスティーソを見ると、体が小刻みに震え、唇が青ざめていた。
「叔父様!急にどうなさったのですか⁉」
「・・・ッ!」
「叔父様!」
ナターシャが叫び続けると、ヴァスティーソは激しく声を震わせながら、囁くような声で返事をする。
「なっ・・・ゕ・・・体が・・・動かな・・・ぃ・・・息・・・も・・・できな・・・」
「えぇ⁉何と・・・何とおっしゃったのですか⁉」
「ぁ・・・ぁ・・・」
「しっかりなさって!叔父様ぁッ!」
『この症状・・・あの男と交戦したウィンブルと同じものッ!』
ヴァスティーソは口から泡を噴き出す。ナターシャがどうしたらよいか困惑していると、アスタルドが急にその場で止まり、ゆっくりと歩いて来ながら話しかけてきた。
「・・・効くだろう?僕の能力は。」
アスタルドは杖を片手で軽く回しながら話し続ける。
「僕の状態異常能力は『麻痺』・・・相手の五感と身体能力を不全にする。この能力は僕の術に掠っただけで発動条件を満たす・・・効き始めるまでには僅かなラグがあるがね。」
「ッ!」
「だがもうその状態ではまともに戦うどころか、息をすることもままならないはずだ。息絶えるのも時間の問題だよ。」
アスタルドはそう言うと、瞬く間に距離を詰め、杖を一振りし、結界を軽く砕いた。そしてナターシャの胸元に掌打を食らわし、同時に魔力を放出する。
「がッ・・・」
「そして奴が倒れたこの瞬間に・・・お前達の敗北は確定した。」
ナターシャの体は数十mも吹き飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられる。大きな穴が開いた胸からがバケツの水をひっくり返したかのように血が流れ出る。視界が霞み、血が喉で絡まり、息が出来なくなる。
「愚かな女だ・・・己が実力を判断できなかった為に無駄死にするとは・・・」
「ナ・・・ナターシャ・・・」
ナターシャは体を震わせ、口から血を噴き出している。流れ出た血の量と傷からしてもう助からないとヴァスティーソは察してしまった。
「や・・・やめ・・・ろ・・・」
ヴァスティーソは必死に声を絞り出すが、アスタルドには届かなかった。アスタルドはその間にナターシャの前に着き、見下ろしていた。
『クソッ!動け動け動けッ!あいつが・・・ナターシャが死んじまう!あいつが死んじまったら、ルーストの野郎がッ・・・』
ヴァスティーソは必死に体へ指示を送るが、全く反応しなかった。ヴァスティーソが焦りを抱いている中、アスタルドはナターシャに向かって囁く。
「・・・さらばだ、ナターシャ王女。貴女が死んだ後、父上がどのような反応をするのかが楽しみだ。」
アスタルドは怒りではなく哀れみを込めた眼差しでナターシャを見つめ続ける。ナターシャは目を虚ろにし、口を小さく開けたり閉じたりしてアスタルドを見つめ返す。そんなナターシャの姿を見て、アスタルドの脳裏に『あの日の夜』に起こった出来事が過った。
その時・・・再び視界が歪み、ナターシャの姿がベロニカの姿に変わった。後頭部を殴られたかのような痛みが急に襲い掛かり、咄嗟に頭を抱える。
『!・・・またかッ!』
アスタルドは頭を抱えながらベロニカを睨みつける。彼の頭に彼女の声が静かに響く。
『お願い・・・もう・・・これ以上はもう・・・お止めください・・・アスタルド様・・・これ以上・・・罪を重ねるのは・・・』
「・・・う・・・五月蠅い・・・死人が・・・語るなッ!」
アスタルドは杖を持つ右腕を振り上げ、勢いに任せて振り下ろす。杖の底がナターシャの首元に突き刺さる。喉から血が噴き出て、ナターシャは目を大きく見開いた。
「ここまで来たんだ・・・ここまで・・・怨嗟と憎悪で塗り固められた道をただひたすら歩み、無間地獄行きの片道切符を握りしめたこの状況で・・・今更退けるものかッ!・・・例え君が望んでいなくても・・・ベロニカ・・・僕は奴らを滅ぼす。1人残らず・・・全員な!」
アスタルドは突き刺した杖を引き抜く。ナターシャの目の瞳孔が開き、絶命しているのを確認すると杖を回し、付着した血を払う。ベロニカの幻影も消え、彼女の幻聴も聞こえなくなった。
「・・・予定外の出来事が起こったが、目的の1つは達成した・・・このまま他の目標も素早く達成するとしよう・・・もう・・・時間が無いからな・・・」
アスタルドは口元を左手で覆い、咳をする。口を覆った掌を見ると、血が付着していた。アスタルドは血が付いた手を強く握りしめる。
『まず手始めに、あの男を始末するとしよう・・・麻痺で動けなくなっている今なら直ぐにでも殺せるからな・・・』
アスタルドは息を整え、瀕死であろうヴァスティーソの方を振り返った・・・
・・・その時だった。
ドォォォォンッ!
雷が目の前に落ちたような音と激しい地鳴りが突然アスタルドを襲った。アスタルドがヴァスティーソの方を急いで振り向くと、そこには黄金のオーラを身に纏ったヴァスティーソがアスタルドを鋭い眼つきで睨みつけながら立っていた。彼を中心として激しい風が発生し、周囲の瓦礫を吹き飛ばしている。
「何だと・・・貴様・・・一体何を・・・」
アスタルドは無意識に声を震わせる。ヴァスティーソは深く息を吸い込むと、囁くように小さく呟いた。
「お前・・・俺の姪っ子を・・・殺したな?」
「・・・」
「いい子だったんだぞ・・・真面目で頭も良くて・・・誰にでも自慢できるぐらい美人で・・・俺の誕生日には毎回ケーキを作ってくれる優しい子だったんだぞ・・・」
ヴァスティーソの周囲を取り巻く風がより荒巻く。
「そんな姪っ子を今殺したんだ・・・お前・・・生きてこの先に進めると思うなよ?」
ヴァスティーソの周囲に雷が落ち、周囲に黄金の稲妻が走る。ヴァスティーソの眼が深紅色に染まる。
「『リミテッド・バースト・ツヴァイ・・・《風雷閃刃・絶》』・・・貴様が背負った罪の重さ、死をもって感じるといい。」
「ナターシャ⁉何でここに来た⁉」
ヴァスティーソは壁に貼り付けにされたまま、アスタルドに矢を構えているナターシャに叫ぶ。ナターシャはアスタルドから視線を外すことなく、じっと敵を見つめ続ける。
「叔父様の援護に・・・ですわ。」
「援護にだと?そんなもの必要ない!今すぐルーストの所に帰れ!邪魔だ!」
ヴァスティーソは人が変わったように怒鳴りつける。アスタルドは杖を構え直し、ナターシャに向かい合う。
「また会ったね、ナターシャ様?・・・わざわざ戻ってきてくれるとは勇敢だな。」
アスタルドはナターシャに対して目を細め、薄っすらと笑みを浮かべる。ナターシャの矢を引く手が震えだし、彼の姿に内心困惑していた。
『何ですの、あの姿は・・・まるで・・・まるでお父様のようですわ・・・先程までのあの邪悪な奇術師のペイントをしていた男には見えない・・・』
ナターシャは全身に力を込め、震える体を征す。
『でもこの禍々しい魔力は間違いなく先程会った男と同じもの!しかも、より悍ましくなっていますわね・・・』
ナターシャの額から冷や汗がツゥ・・・と流れる。アスタルドは姿勢を低くし、ナターシャを捉える。
「だが・・・同時に愚かだ。己が実力も把握できていないとはな。」
アスタルドが地面を蹴り、一気に間合いを詰める。ナターシャは魔力を込めた矢を一息に放つが、アスタルドは造作もなく叩き落とす。
『まずい!』
ヴァスティーソは辛うじて動く両足で壁を蹴り、体に突き刺さっている氷の刃を強引に引き剥がす。肉が氷の刃にへばりつき、傷口が捻じ曲がる。
脳が焼き切れそうな痛みに耐え、リミテッド・バーストを再発動する。全身に魔力で発生させた雷風を纏うと、アスタルドより先にナターシャの前へと瞬間移動する。
「はぁッ!」
ヴァスティーソがアスタルドの振るった杖を刀で受ける。互いの武器に纏っている魔力が弾け、周囲を震わせた。激しく鍔競り合う中、アスタルドが感心したように目を開く。
「これは驚いた。無理やり体に刺さった刃を引き抜いたのかい?正気じゃないね。」
「へっ!世界を滅ぼそうとしてるお前さんよりかはマシだと思うけどね!」
アスタルドはヴァスティーソの言葉を聞くと、彼の刀を弾く。ダメージを受けすぎたせいかヴァスティーソは上手く力を入れることが出来無い。
直後、アスタルドはヴァスティーソの目の前に左手を差し出し、魔術陣を展開した。ヴァスティーソは自分の後ろにいるナターシャをすぐさま抱え、一気に距離を取る。
離れた瞬間にアスタルドの術が発動し、魔法陣から金色の光線が放たれる。放たれた光線は地面を抉りながら、古都の外へ消えていく。
『あれ程の傷を受けてもまだ動けるか・・・大した男だ。』
アスタルドは感心しながら後ろへ振り向く。視線の先には膝をついたヴァスティーソと体を支えるナターシャの姿があった。
『だがあの女が来たことで奴もまともに戦える訳は無くなったな。あの男が誰よりも守りたいのは奴の弟と姪・・・だから僕と戦う際に手が届かない場所に逃がした。・・・ところがその逃がした奴は再び戻ってきた。今のあいつも僕とまともに戦えるとは思ってはいまい・・・さて、どう出るかな?』
アスタルドは魔力を練り上げながら何気なくナターシャの方に視線を向け、目を細め凝視する。
すると突然視界が歪み、ナターシャの姿が一瞬ベロニカの姿になった。
『ッ⁉』
不意に襲われたこの感覚にアスタルドは咄嗟に目を瞑り、首を振る。再び目を開けると、ベロニカの姿は元のナターシャの姿に変わっていた。
『何だ・・・今のは?何故彼女の姿が・・・禁術の副作用で記憶が混在しているのか?』
アスタルドは杖を握る手に力を込める。
『・・・まさか僕達の血が・・・そんな・・・そんな馬鹿な・・・そのようなふざけた因果など・・・確かにあの女は彼女と僕達の《娘》に似ているとは思ったが・・・いや、例えそうだとしても関係ない。僕は僕の復讐を果たすまでだ・・・例え相手が誰であろうと・・・』
アスタルドは頭の中に渦巻き始めた僅かな迷いを振り払い、全身に魔力を漲らせる。彼の眼光は鋭く、確実に息の根を止める覚悟を宿していた。
その頃、ヴァスティーソは乱れる呼吸を何とか整えていた。ナターシャが傍に駆け寄り治癒術をかける。
「叔父様!しっかりなさって!直ぐに傷を・・・」
「無駄だよ、ナターシャ・・・お前の治癒術じゃあこの深傷は癒せない・・・もっと高度な治癒術をかけないとな。まぁ、無いよりは幾分かはマシだが・・・」
ヴァスティーソは小刻みに振る足に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。ナターシャが彼の体に寄り添うとヴァスティーソはナターシャに微笑む。
「ナターシャ・・・もうお前は下がれ・・・もう十分・・・俺の役に立ってるよ・・・」
「いいえ・・・まだ私には・・・確かめなければならないことがありますの、叔父様。」
「確かめること・・・何だい、それは?」
ヴァスティーソが首を傾げる。ナターシャはヴァスティーソに肩を貸しながら、アスタルドを見つめる。
「さっき・・・幻を見ましたの。お母様にとても似た・・・幽霊を?」
「・・・」
「はじめはお母様だと思ったけれど、よく見て見るにつれてお母様ではないと分かりましたの・・・一体その幻が何なのか、じっと眺めていると頭の中に響いて来ましたの。『彼を止めて。私達の血を引く貴女なら・・・』と。」
「私達の血?それに彼って・・・まさか。」
ヴァスティーソはアスタルドの方に顔を向ける。
「・・・お父様、私のお母様は・・・何処の家の者ですの?以前、お父様にお伺いした時は、あまり詳しく教えてはくれませんでしたが、貴族出身の女性とおっしゃっていましたわ。」
「・・・」
「本当は・・・違いますの?」
「・・・」
ヴァスティーソは小さく溜息をつき、重い口を開けた。
「あぁ・・・違うよ。あいつの妻、お前の母親は貴族出身じゃない。只の平民だよ。」
「平民・・・」
「当時はまだ階級差別が残っていてな・・・王族と平民が結婚するなんてありえなかった。高貴な血に下賤な血が混じるんだからな。・・・ところがあの馬鹿は彼女の身分を偽り、結婚した。俺も色々と手を回したな・・・あんまり大きな声で言えるもんじゃあ無いけど。」
「・・・」
「俺も最初はあいつに色々言ったよ。騙されてんじゃないのか、信頼できる女なのかってな。心配になって過去を調べてみたんだが、母方の情報が彼女の親までしか無くってな・・・彼女の母親は孤児院で育った孤児だった。父親は彼女を産んで直ぐに不慮の事故で他界し、父方の祖父母以降は既に皆死去していた。それにあいつは俺と違って女と付き合ったことなんかあまりなかったし、色仕掛けにあってまんまと財布をすられる奴だったからな。だからそんな女性と付き合ってるってなったら流石に心配しちまうのも仕方が無いだろ?」
「でも、お父様はお母様と結婚した・・・」
「そうだ。俺もあいつが惚れた女を一目見ようと行ったんだが・・・とても綺麗な女で、思わず口説きにかかっちまうほどだった。・・・最も、『心に決めた人がいますから』と秒で振られたけどな。全く・・・ルーストにはもったいねぇ程、良い女性だった。」
ヴァスティーソはそう言うと、ナターシャの肩にかけていた腕を解き、刀を強く握りしめた。
「だがまさか、お前の母親があいつと縁がある可能性が出てきたとはな・・・昔曾爺の日記を眺めた時に、『奴の娘を殺し損ねた』と書いてあったが・・・」
「じゃあお母様はその娘の・・・孫・・・」
「の可能性があるな・・・あくまで可能性の話だが・・・」
「・・・」
「だがだとすれば、お前が見た謎の幻覚の説明もつく。お前の体に流れている血が奴から発せられる魔力に反応し、お前の視界の中に映し出した・・・意図しない幻覚症状は精神が参っている場合を除き、このことが原因とされているらしいからな。」
「・・・やけに博識なのですね、叔父様?」
「こう見えても、きっちり学校には通ってたんだよ?・・・ほとんどサボってたけど。」
ヴァスティーソは改めて、息を整える。その時、アスタルドの全身から身震いするほどの魔力が周囲に放たれる。
「・・・長話はここまでだ、ナターシャ。弓を構えろ・・・来るぞ。」
ヴァスティーソがナターシャに声をかけた・・・瞬間、アスタルドは地面を勢いよく蹴り、強烈な魔力を纏いながら接近してきた。ナターシャは咄嗟に右手を右肩に回し、矢に手をかける。ヴァスティーソも迎撃する為、足に力を込める。
だが次の瞬間、突如体の自由が利かなくなり、ヴァスティーソは地面に受け身を取らずに前へと倒れた。刀も手から離れ、前方へと吹き飛んで行く。
「えっ⁉」
ナターシャは目の前で起こったことへの理解が出来なかったが、咄嗟にヴァスティーソの前に結界を張る。ヴァスティーソを見ると、体が小刻みに震え、唇が青ざめていた。
「叔父様!急にどうなさったのですか⁉」
「・・・ッ!」
「叔父様!」
ナターシャが叫び続けると、ヴァスティーソは激しく声を震わせながら、囁くような声で返事をする。
「なっ・・・ゕ・・・体が・・・動かな・・・ぃ・・・息・・・も・・・できな・・・」
「えぇ⁉何と・・・何とおっしゃったのですか⁉」
「ぁ・・・ぁ・・・」
「しっかりなさって!叔父様ぁッ!」
『この症状・・・あの男と交戦したウィンブルと同じものッ!』
ヴァスティーソは口から泡を噴き出す。ナターシャがどうしたらよいか困惑していると、アスタルドが急にその場で止まり、ゆっくりと歩いて来ながら話しかけてきた。
「・・・効くだろう?僕の能力は。」
アスタルドは杖を片手で軽く回しながら話し続ける。
「僕の状態異常能力は『麻痺』・・・相手の五感と身体能力を不全にする。この能力は僕の術に掠っただけで発動条件を満たす・・・効き始めるまでには僅かなラグがあるがね。」
「ッ!」
「だがもうその状態ではまともに戦うどころか、息をすることもままならないはずだ。息絶えるのも時間の問題だよ。」
アスタルドはそう言うと、瞬く間に距離を詰め、杖を一振りし、結界を軽く砕いた。そしてナターシャの胸元に掌打を食らわし、同時に魔力を放出する。
「がッ・・・」
「そして奴が倒れたこの瞬間に・・・お前達の敗北は確定した。」
ナターシャの体は数十mも吹き飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられる。大きな穴が開いた胸からがバケツの水をひっくり返したかのように血が流れ出る。視界が霞み、血が喉で絡まり、息が出来なくなる。
「愚かな女だ・・・己が実力を判断できなかった為に無駄死にするとは・・・」
「ナ・・・ナターシャ・・・」
ナターシャは体を震わせ、口から血を噴き出している。流れ出た血の量と傷からしてもう助からないとヴァスティーソは察してしまった。
「や・・・やめ・・・ろ・・・」
ヴァスティーソは必死に声を絞り出すが、アスタルドには届かなかった。アスタルドはその間にナターシャの前に着き、見下ろしていた。
『クソッ!動け動け動けッ!あいつが・・・ナターシャが死んじまう!あいつが死んじまったら、ルーストの野郎がッ・・・』
ヴァスティーソは必死に体へ指示を送るが、全く反応しなかった。ヴァスティーソが焦りを抱いている中、アスタルドはナターシャに向かって囁く。
「・・・さらばだ、ナターシャ王女。貴女が死んだ後、父上がどのような反応をするのかが楽しみだ。」
アスタルドは怒りではなく哀れみを込めた眼差しでナターシャを見つめ続ける。ナターシャは目を虚ろにし、口を小さく開けたり閉じたりしてアスタルドを見つめ返す。そんなナターシャの姿を見て、アスタルドの脳裏に『あの日の夜』に起こった出来事が過った。
その時・・・再び視界が歪み、ナターシャの姿がベロニカの姿に変わった。後頭部を殴られたかのような痛みが急に襲い掛かり、咄嗟に頭を抱える。
『!・・・またかッ!』
アスタルドは頭を抱えながらベロニカを睨みつける。彼の頭に彼女の声が静かに響く。
『お願い・・・もう・・・これ以上はもう・・・お止めください・・・アスタルド様・・・これ以上・・・罪を重ねるのは・・・』
「・・・う・・・五月蠅い・・・死人が・・・語るなッ!」
アスタルドは杖を持つ右腕を振り上げ、勢いに任せて振り下ろす。杖の底がナターシャの首元に突き刺さる。喉から血が噴き出て、ナターシャは目を大きく見開いた。
「ここまで来たんだ・・・ここまで・・・怨嗟と憎悪で塗り固められた道をただひたすら歩み、無間地獄行きの片道切符を握りしめたこの状況で・・・今更退けるものかッ!・・・例え君が望んでいなくても・・・ベロニカ・・・僕は奴らを滅ぼす。1人残らず・・・全員な!」
アスタルドは突き刺した杖を引き抜く。ナターシャの目の瞳孔が開き、絶命しているのを確認すると杖を回し、付着した血を払う。ベロニカの幻影も消え、彼女の幻聴も聞こえなくなった。
「・・・予定外の出来事が起こったが、目的の1つは達成した・・・このまま他の目標も素早く達成するとしよう・・・もう・・・時間が無いからな・・・」
アスタルドは口元を左手で覆い、咳をする。口を覆った掌を見ると、血が付着していた。アスタルドは血が付いた手を強く握りしめる。
『まず手始めに、あの男を始末するとしよう・・・麻痺で動けなくなっている今なら直ぐにでも殺せるからな・・・』
アスタルドは息を整え、瀕死であろうヴァスティーソの方を振り返った・・・
・・・その時だった。
ドォォォォンッ!
雷が目の前に落ちたような音と激しい地鳴りが突然アスタルドを襲った。アスタルドがヴァスティーソの方を急いで振り向くと、そこには黄金のオーラを身に纏ったヴァスティーソがアスタルドを鋭い眼つきで睨みつけながら立っていた。彼を中心として激しい風が発生し、周囲の瓦礫を吹き飛ばしている。
「何だと・・・貴様・・・一体何を・・・」
アスタルドは無意識に声を震わせる。ヴァスティーソは深く息を吸い込むと、囁くように小さく呟いた。
「お前・・・俺の姪っ子を・・・殺したな?」
「・・・」
「いい子だったんだぞ・・・真面目で頭も良くて・・・誰にでも自慢できるぐらい美人で・・・俺の誕生日には毎回ケーキを作ってくれる優しい子だったんだぞ・・・」
ヴァスティーソの周囲を取り巻く風がより荒巻く。
「そんな姪っ子を今殺したんだ・・・お前・・・生きてこの先に進めると思うなよ?」
ヴァスティーソの周囲に雷が落ち、周囲に黄金の稲妻が走る。ヴァスティーソの眼が深紅色に染まる。
「『リミテッド・バースト・ツヴァイ・・・《風雷閃刃・絶》』・・・貴様が背負った罪の重さ、死をもって感じるといい。」
応援ありがとうございます!
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