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裏切り

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 お父様の執務室に入ったら、デスクの上に青いリボンの贈り物が置かれていた。
「お父様! これはオレノへのプレゼントですか?」
「・・・ああ」
「お父様、私もオレノに会いたいです。バーバラ様にも!」
「駄目だ」
「どうしてですか? 前は連れて行ってくれたではないですか!」
「お前が約束を破ってクラリスに言ったからだ」
「だって! バーバラ様はいつも優しいのに、お母さまは叱ってばっかりなんだもの。お勉強しなさい、姿勢を正しなさい、言葉使いを直しなさい……いつもいつもうるさくて嫌になっちゃったから……つい言っちゃったの」
「それはお母様がお前を大切に思っているからだ。バーバラがお前を可愛がるのは無責任だからだよ。だからもうあの二人には会ってはいけない」
「お父様だけずるい! 弟なのに! 私お別れの挨拶もしていないのに!」
 そう言ってユマは泣いた。

 バーバラはいつもユマに優しくしてくれた。
 姿勢が悪くても、カップをガチャンと置いても、「少しくらいマナーが悪く、所作が雑でもいいのよ、愛くるしいわ」と笑ってくれる。バーバラ様のアクセサリーやリボンを使って私を可愛く着飾ってくれたりして楽しいの。お母さまもこんな人なら良かったのにと、いつも叱られていた私はそう思っていた。
 弟のオレノも、姉さまって後ろをついてきてとっても可愛い。私は一人っ子だからとても嬉しかったの。
 だから二人ともう二度と会えないなんて嫌だった。お父様だけ会うなんてずるいもの。

   ◇◇◇

 そうわがままを言って泣くユマにアルマンは怯んだ。
 確かにユマを大人の都合に巻き込んでしまった。
 二人の存在を知らせなければよかったのに……クラリスが留守の時に、バーバラたちに会に行こうとしたときにユマが自分も行くとついてきてしまった。
 初めは何もわからないだろうと高をくくって連れていき、友人の親子だと紹介した。数回連れていくとバーバラがうっかりを装ってオレノを弟だと話してしまった。喜んだユマはバーバラとオレノにひどく懐いてしまったのだ。
 これが悪いことだとか、自分たち家族を脅かすのだと思わなかったユマに安堵はしたが、クラリスには絶対内緒だと言っておいたのに。

 先日、オレノの存在がばれた後、長い事部屋に閉じこもってしまったクラリスはひどく痩せた姿で執務室を訪ねてきた。
 愛するクラリスをこんなにやつれさせたのは自分だと心から後悔をした。
 何もバーバラを愛しているわけではない。結婚してから本当にバーバラに触れることもなかった。
 しかし日頃使用人に支援金を届けさせていたのを、今後の事で相談があるとの手紙が届いたため自分で出向いたのだ。
 バーバラは、殊勝にもいつまでもこのままではいけないから、後妻の道や何か身を立てる努力をしたいと相談してきた。何を言われるかわからないと身構えていったが、ほっとして気が緩んだ。
 だから出された酒に口をつけ……気がついた時にはバーバラをこの手に抱いていた。
 それでもバーバラは、商人の後妻やどこかのメイド職を紹介してほしいと言ったので、心底ほっとした私は支度に必要だろうとドレスやアクセサリーを買い与えた。その時に食事にも連れて行った、後ろめたかったからだ。
 そして、実際、メイドの仕事を紹介しようと情報を集めていた時、彼女の懐妊が判明した。避妊したと言っていたのに。

 絶望しかなかった。

 クラリスには絶対に言わないという約束だった。
 だが、浅はかな私のせいでユマからばれてしまった。 


 クラリスとの話し合いで、ユマとバーバラたちとは二度と会わせないという約束をした。当たり前だ。
 オレノに対して父親としての責任は果たすが、バーバラとはもう二度と情を交わさない。オレノが成人すればバーバラとは縁を切ると約束をした。加えて、オレノを伯爵家に迎え入れないことも。
 そう約束すれば、クラリスはユマのためだけに屋敷に残っても良いと言ってくれたのだ。

 そう約束はしたが。
 あと一度だけ……ユマに最後の別れをさせる機会位は作ってやるのが自分の責任だ。そしてあとはしっかり言い聞かせるしかない。
「わかった。だが、絶対にお母様にばれてはいけない。約束できるか?」
「はい!」
 そう元気よく返事をして嬉しそうに笑うユマと私は共犯者となった。

    ◇◇◇

 そして待ちに待ったその日、お父様と私は待ち合わせのお店へと出かけた。
 完全個室で誰の目も気にしなくてよい場所で私はバーバラ様とオレノに久しぶりに会った。
 お互いに会いたかったと喜び、会えなかった間の話が尽きず、どうしてもこれを最後にするのは嫌だった。
「ほら、お別れの挨拶をしなさい」

 お父様はそう言ったが、私は初めからこれを最後にするつもりなんかなかった。いつも泣きべそをかけば結局お父様は許してくれるから。
「いや! だって弟なのにどうして会ってはいけないの? バーバラ様はもう一人のお母さまなのにどうして?」
 だって二人ともお父様の妻なのでしょう? だからお父様とバーバラ様の間に子供が生まれたのでしょう?
「どうしてって・・・」
 お父様がもごもご何か言ってたら、バーバラ様が
「まあ、嬉しいわ、私の事お母様と思ってくれているの?」
 と弾んだ声をあげた。
「うん、バーバラ様はとっても優しくて大好きなの。お母様はうるさいもの」
「じゃあ、ユマちゃんだけに特別バーバラお母さんって呼ぶことを許してあげます!」
 茶目っ気たっぷりにバーバラお母様はそう言ってくれたの。
 だから私は嬉しくて、何度も
「バーバラお母様!」
 と呼んだ。おい! と叱るお父様の事は無視して。

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