蒼海の碧血録

三笠 陣

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第二章 南溟の晩鐘

17 流血の南太平洋

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 二月八日。
 東の水平線から朝日が差し込む時刻、伊一九潜は潜望鏡深度に浮上していた。
 発令所で、潜水艦長の木梨鷹一中佐は潜望鏡にて海上を確認する。その口元が、にやりと笑みを作った。

「いたぞ、敵空母群だ。右舷三十度。距離五〇〇〇。速力十四ノット。敵編成、特設空母二、巡洋艦二、駆逐艦二」

 木梨は潜望鏡を覗き続けながら言った。一時間前、聴音が発見した目標である。

「魚雷戦用意! 発射管、一番から六番、魚雷装填!」

 アメリカの空母を喰うのはこれで二度目だな、と彼は思う。
 一度目は昨年九月、米ヨークタウン級空母を襲撃した時(実際にはワスプを雷撃、撃沈)。そして、今回が二度目である。
 彼の指揮する伊一九は先月中頃まで内地にて修理と整備を受けていた。ソロモンの海へと舞い戻ってきたのは、一月末であった。
 第三次ソロモン海戦の勝利により、多くの艦艇が内地やトラックに回航されて、修理と整備を受けている。伊一九もその一隻であった。
 彼女がソロモン方面に到着してすぐ、潜水艦隊である第六艦隊より出撃命令が下った。ヌーメアに集結した米艦隊を迎撃するためであった。
 い号作戦による通商破壊のため南太平洋の各海域に散っている日本海軍の潜水艦であるが、主にヌーメア、エスピリットゥサント近海にいる潜水艦が集められ、ガ島を封鎖する態勢をとった。そこに、伊一九も加わったのである。
 インド洋での通商破壊作戦の戦訓から、日本海軍の潜水艦は初歩的な群狼戦術を覚えていた。とはいえ、艦隊司令部などでは未だ散開線戦術が主流であり、群狼戦術はあくまで現場の潜水艦長同士の個人的連携の域を出ていない。
 今回の場合は、四時間ほど前に北方の伊一七五潜からエスピリットゥサント方面に向けて進む小規模な艦隊を発見したという通信を伊一九が傍受し、夜間の間に浮上航行して敵艦隊の予測針路上に回り込んだ結果であった。
 一時間ほど前に聴音にて捕捉に成功、そして今に至る。

「襲撃が上手くいったらば、伊一七五潜の連中には酒でも奢ってやらんとな」

 軽口を叩きつつ、木梨は潜望鏡で敵艦隊の姿を追う。まだ、こちらに気付いた様子はない。そのためか、敵艦隊はこちらの目の前を横切るような針路をとっている。

「微速前進、速力五ノットとなせ」

「微速前進、速力五ノット。宜候」

 海中で伊一九は速度をわずかに上げる。とはいえ、蓄電池を消耗してしまう関係で長くはこの速度を維持出来ない。
 全乗員が息を詰めながら、伊一九は発見した敵艦隊へとゆっくりと接近していく。
 ただ、あまり接近し過ぎては発見される恐れがある。こちらは安全を考え、敵艦隊の発見が難しくなることを承知で朝日を背にする位置を取っている。
 敵艦隊が朝日を背にする位置取りの方が発見はしやすいのだが、潜望鏡のガラスに朝日が反射して早期に発見されてしまう恐れがあるのだ。
 しかも、米軍には優れた電探がある。潜望鏡ですら、探知されてしまうかもしれない。
 木梨は自身と周囲を鼓舞するように、歯を見せて不敵な笑みを作った。

「方位角左五〇度、距離三〇〇〇、的速十四ノット、斜進角八度」緊張感に包まれた発令所に、木梨の声が響く。「雷速中速、調定深度五メートル」

「一番から六番まで、発射管準備よし」

「方位盤よし」

「魚雷、一番から六番、てっ!」

 圧搾空気の軽い振動と共に、六本の魚雷が艦首から放たれる。

「潜望鏡降ろせ! ダウントリム一杯! 急速潜行!」

 戦果の確認は二の次。
 まずは艦を生き残らせることが最優先である。
 伊一九は敵艦隊に背を向け、南太平洋の奥深くへと消えていった。





 軽巡ナッシュビルに将旗を掲げるアメリカ合衆国海軍第五十一任務部隊は、エスピリットゥサントへ向けて南下を続けていた。
 昨日、南太平洋方面軍司令官ウィリアム・F・ハルゼー中将から命ぜられた、エスピリットゥサントの海軍航空隊の収容命令。母艦を撃沈されたために地上の基地に配備されている元艦載機搭乗員たちを、戦闘機隊の消耗した第五十一任務部隊へと配置換えを行うというものだ。
 とはいえ、ハルゼーを含めて自分たちがかなりの無茶をやっていることは、任務部隊司令官であるキンケード少将は自覚している。
 大型空母への発着艦経験しかない搭乗員たちを、甲板が狭く速力も低い護衛空母に載せようというのだ。エスピリットゥサントからやって来る元母艦航空隊は、果たして無事に着艦出来るのだろうかという懸念に、任務部隊司令部は悩まされている。
 そして、それ以外にも彼らの神経を削る要素はある。
 ガダルカナルで孤立した海兵隊将兵を撤収させるために突入した第七十七任務部隊は壊滅的打撃を受け、ガ島ヘンダーソン飛行場へ与えた打撃も判然としない。
 つまり、ヌーメアへ向けて南下中の第七十七任務部隊は、往路に続き復路も空襲を受ける可能性があるのである。
 そして、キンケードの第五十一任務部隊自身も、問題を抱えていた。
 第七十七任務部隊から脱落した三隻の戦艦を救出するために、昨夜、駆逐艦二隻を派遣してしまったのだ。
 元々護衛艦艇の少なかった第五十一任務部隊は、今や軽巡二、駆逐艦二で二隻の護衛空母を守らなければならないのである。

「不審な電波を傍受してはいないな?」

 徐々に南洋の強烈な太陽が水平線の向こうから顔をのぞかせてくる時刻。キンケードは自らの参謀に尋ねた。

「現状では、確認されておりません」

「うむ、判った」

 艦隊は昨夜、ジャップの潜水艦のものと思われる電波を複数、受信していた。
 南太平洋で連合軍輸送船団が何度か餌食となった、ジャップの群狼戦術。その前触れともいえる通信だったのだ。
 商船改造の護衛空母は高速を発揮出来ず、敵潜水艦に捕捉されてしまう可能性が大きかった。
 護衛艦艇の不足もあり、キンケードとしては神経質にならざるをえない。

「ナッソー、シェナンゴから、対潜哨戒機の発艦準備が完了した旨、報告があります」

 艦隊は、昨日の空戦に巻き込まれなかった艦爆、艦攻を夜明けと共に発進させ、対潜哨戒に充てようとしていた。

「よかろう、全機、発艦始めランチ・エアクラフト

「アイ・サー。全機、発艦始めランチ・エアクラフト!」

 旗艦ナッシュビルからの通信を受け、二隻の護衛空母が艦首を風上に向けるべく転舵を開始する。四隻の護衛艦艇がそれに追随しようとした瞬間、見張り員の叫びが響き渡った。

「ト、トーピード!」

 魚雷を意味するその言葉を脳が理解した直後、艦橋は騒然となった。

「ナッソーとシェナンゴに警告を出せ!」

「取り舵一杯、急げ!」

 慌ただしく発光信号が送られ、ナッシュビルの舵輪が回される。

「我々は、またしてもジャップの潜水艦にしてやられたのか……」

 手をきつく握りしめたキンケードが、悔しげに呟く。
 合衆国海軍にとって、ジャップの潜水艦は連中の航空機並みに災厄の塊であった。これまでに合衆国が保有していた空母の内、ヨークタウンとワスプの二隻はジャップの潜水艦によって撃沈され、サラトガも損傷させられている。
 ジャップの魚雷が航跡を残さないことも、被雷する直前までこちらが気付かない要因となっていた。
 ナッシュビルの艦首が左舷に振られ始めた直後、大気を揺るがす轟音と共に、シェナンゴの舷側に二本の水柱がそそり立った。
 発艦のために甲板上に並べられていた航空機が衝撃で跳ね上がり、機体同士がぶつかり合って激しく損傷、さらには漏れ出した燃料に機体激突時の火花が引火、搭載燃料や弾薬が次々と誘爆し、濛々たる黒煙を吐き上げながらシェナンゴは大傾斜しつつ洋上に停止した。

「フェニックスに消火を協力させろ! ナッソーは対潜哨戒機の発進を継続、ラムソン、モーリーは敵潜水艦の探知に努めよ!」

 矢継ぎ早に命令を下すキンケードであったが、シェナンゴの帰還が絶望的であることは誰の目にも明らかであった。

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

「ガ島第一次撤収作戦の損害は、沈没が戦艦コロラド、メリーランド、ミシシッピー、護衛空母シェナンゴ、軽巡ボイシ、駆逐艦ストロング、オバノン、ラドフォード、高速輸送艦ストリンガム、デントの計十隻、戦死・行方不明者については集計中ですが、二五〇〇名前後になる見込みです。これ以外にも、ガ島の海兵隊将兵の損害が別に加わります」

 戦場となっている南太平洋から遙か離れたアメリカ本土、その首都ワシントン.D.Cにあるホワイトハウスは重苦しい雰囲気に包まれていた。
 その中に、海軍作戦部長であるアーネスト・キング大将の淡々とした報告が響く。

「メリーランド、ミシシッピーは数時間前の報告では、エスピリットゥサントへ退避中とのことだったが?」

「ジャップの潜水艦です」ルーズベルト大統領の問いに、キングは答える。「ジャップはガダルカナル-エスピリットゥサント-ニューカレドニアの三角海域に潜水艦を集中させていた模様です。シェナンゴが沈没した原因も、同じです」

「……ジャップは、我々の暗号を解読していたのかね?」

 ルーズベルトは懸念を述べる。

「いえ、ジャップの暗号を解読している限りでは、その兆候はありません」

 海軍の機密保持に疑問が呈されたことが気に喰わないといった声音で、キングは返した。

「第二次以降の作戦実行は、どうすべきかね?」

 マーシャル陸軍参謀総長が言う。
 この場には、ノックス海軍長官を始めとする海軍首脳部と、統合作戦本部の四人がいた。統合作戦本部会議が開かれるのは毎週水曜日であったが、今は緊急ということで全員がホワイトハウスに招集されていたのである。

「ですから、私はガ島撤収作戦に反対していたのです」

 強い口調と共に、キングはマーシャルを睨み付ける。太平洋戦線を重視するキングと、欧州戦線を重視するマーシャルは対立関係にある。今回のガ島撤収作戦は、欧州戦線を重視するマーシャルの意見をルーズベルトが受け入れ、決定されたものであった。
 だからこそ、キングは損害の責任をマーシャルに押し付けようとするのである。

「トーチ作戦に投入すべき兵力を太平洋に回していただければ、ガ島から撤収する必要などなかったのです」

「キング提督、今次大戦は我が国だけで戦っているわけではない」

 苛立つキングを宥めるように、統合作戦本部議長のウィリアム・リーヒ大将が言う。

「対英・対ソ連携を考えて枢軸軍に対する戦略を考えねばならんのだ」

「現状、太平洋方面でまとまった戦力を保持しているのは我が合衆国のみです。その我が国が太平洋方面で後退を強いられたとなれば、政治的損失は計り知れません」キングは強い口調で反論する。「現に、我が国はガ島撤収に際し、オーストラリア政府の了解を取り付けなければならない事態となっています。これによって我が国の政治的威信は低下し、さらにはオーストラリア本土防衛のためにソロモン戦線だけでなくニューギニア戦線からの後退も余儀なくされているのです。合衆国の政治的損失は、そのまま軍事的損失に直結しているといっても過言ではないでしょう」

「今ここで、それを議論しても詮無いことだ」

 ルーズベルトが片手を上げ、キングの言葉を遮るように注意した。

「すでに私は決断を下した。ルビコンは渡ってしまったのだ。今の損失は、将来取り戻せばそれでよい。我々が今議論すべきは、ガ島撤収作戦だ」

 その言葉に、キングは不承不承といった形で口を閉ざした。

「ガ島からの撤収は、継続していただかねば困ります」マーシャル参謀総長がきっぱりと言う。「中途半端にガ島に兵力を残しておいても、いずれ飢餓や病気、ジャップの攻勢で消滅することは目に見えております。そのような場所を維持するために、合衆国の人的・物的資源が消費されることは避けなければなりません」

「だが、撤収作戦を継続すれば我が海軍艦艇にさらなる損害が発生する恐れがあるぞ」

 ギロリとキングはマーシャルを睨み付ける。撤収作戦の当事者でないマーシャルは気楽なものだ、と内心で憤慨している。

「しかし、大規模な増援が不可能な今、多少の物資をガ島に送り届けることが出来たとしても、それは破滅の先延ばしに過ぎない」リーヒ議長が言う。「それどころか、継続的な輸送作戦のために海軍艦艇のさらなる損失が考えられる。昨年のタサファロング沖海戦がその良い例だろう。ここは、撤収作戦を継続すべきだ。それによって、今損害を負ったとしても、将来的・長期的な損失を防ぐことが出来る」

「私も、リーヒ議長の発言に賛成だ」

 ルーズベルトは一同を見回すようにして宣言した。

「ガダルカナルからの撤退作戦は、引き続き実施させたまえ。一人でも多くの合衆国将兵を、ガ島から救い出すのだ。これは、合衆国大統領たる私の決断である」

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 一九四三年二月十日深夜。
 アメリカ海軍による二度目の撤収作業もまた、空襲の中で敢行された。
 上空には、連続して吊光弾を投下するジャップの機体。
 低空に降りてきたオスカーが海岸に近づこうとする上陸用舟艇に機銃掃射を繰り返す。必死の形相で部下に指示を下す艇長の上半身が機銃弾によって吹き飛ばされ、舟艇の指揮を引き継いだ部下もまた機銃弾に仆れる。
 海岸では九九軽爆リリーが六〇キログラム爆弾を投下し、集結した合衆国将兵をなぎ倒している。
 艇内が血と臓物に塗れた上陸用舟艇が海岸に着岸し、前扉を開放する。そこへ将兵たちが我先にと群がり、あっという間に舟艇は満員となった。閉じられた前扉にはなおも収容しきれなかった兵士たちがしがみつき、やがて振り落とされて海中に没していく。
 そして、高速輸送艦に戻ろうとする将兵を満載した上陸用舟艇にも、容赦なく機銃掃射が加えられていく。
 沖合では第二次撤収部隊である第三十六任務部隊が、狭いシーラーク水道の中でぐるぐると円を描きつつ対空戦闘を行っていた。

「上陸用舟艇二隻が、敵機の機銃掃射によって沈没しました!」

「軽巡リアンダーと駆逐艦ウッドワースが回避行動中に衝突、リアンダーの損害は軽微なるもウッドワースは艦首が破断、航行不能です!」

 旗艦インディアナポリスにもたらされるのは、悲報ばかりであった。

「ジャップの航空部隊を、何とかして撃退出来ないものか……」

 任務部隊司令官ウォルドン・L・エインズワース少将は、インディアナポリス艦橋で渋面を作っていた。
 第三十六任務部隊の上げる対空砲火は輪形陣を組めていないため、濃密とは決していえないものだった。各艦が個別に撃ち上げているため、効果的ともいえない。機銃の曳光弾が虚しく夜空に消え、高角砲は花火のようにただ夜空に爆炎を残して炸裂していくだけだった。
 このままでは、第一次撤収作戦に引き続き、今回の撤収作戦も不完全な結果に終わってしまうだろう。
 艦隊がシーラーク水道に侵入した時点で、インディアナポリスの対空レーダーはルンガ上空に敵機の反応を捉えていた。つまり、ジャップはこちらを待ち構えていたのだ。
 それでもエインズワースが撤収作業を強行したのは、ここで引き上げてしまえばガ島の海兵隊は消滅してしまうだろうという危機感からだった。
 すでに第一次撤収作戦が不完全に終わってしまった以上、秘密裏に撤退することは不可能である。それならば、ある程度の損害は覚悟しなければならない。
 その判断の下に、エインズワースはガ島突入を強行した。

「敵機の一部が引き上げていきます!」

 レーダー室からの報告が上がる。恐らく、爆弾を投下し終えた機体がヘンダーソン飛行場に戻ろうとしているのだろう。
 そこでふと、エインズワース少将の頭にひらめくものがあった。

「レーダー室、敵機の降りる位置を正確に測定しろ。ジャップの航空機を地上撃破する好機だ」

 ヘンダーソン飛行場の位置を合衆国側が把握している。とはいえ、誤差はなるべく避けたい。
 前回の作戦では、コロラドは飛行場の位置を把握していたのにも関わらず、その無力化に失敗しているのだ。
 敵機が空を舞う状況で弾着観測機を発進させるわけにもいかなかったので、ジャップが自らこちらを誘導してくれるのはありがたい。

「艦長、左砲戦用意。レーダーの捉えた位置に向け、砲撃するのだ」

「アイ・サー」

 インディアナポリス艦長は、固い声で応じた。
 敵機に頭を抑えられている状況で、飛行場砲撃のために直進しなければならないのだ。いくら夜間とはいえ、吊光弾や星弾といった照明弾の明かりが周辺海域を照らす中での直進は危険であった。それが、飛行場砲撃を意図したものであれば、ジャップは狙いをインディアナポリスに変更してくるだろう。

「ホノルルに、本艦に追随するよう命じろ」

「アイ・サー」

 タイボ岬沖で回避行動を続ける艦艇の中から重巡インディアナポリスと軽巡ホノルルが離れていく。
 レーダー室からもたらされる報告を元に、砲術長が射撃諸元を入力する。
 インディアナポリスの八インチ主砲塔が、ガダルカナルの陸地に向けて旋回を始めた。
 この時、合衆国は日本陸軍航空隊の戦術思想に救われたといえる。
 陸軍の爆撃戦術には、「反復攻撃」という戦術思想がとられていた。これは、飛行場と目標地点を何度も往復して爆撃を繰り返すという思想で、大量の機体を用意出来ない日本の工業力故に編み出された戦術であった。
 そのため、機銃掃射を続けている隼や屠龍はともかく、九九軽爆は爆弾の再装備のために飛行場に帰還しようとしていたのである。
 そしてこの陸軍航空隊の戦術思想が、アメリカ軍の第二次ガ島撤収作戦を迎撃する日本側の最大の失策となった。

撃ち方始めオープンファイアリング!」

「アイ・サー。撃ち方始めオープンファイアリング!」

 インディアナポリスからは九発の八インチ砲弾が、ホノルルからは十五発の六インチ砲弾が発射される。

「敵機の一部、本艦に向かってきます!」

「気付かれたか!」

 見張り員の報告に、エインズワースは舌打ちを返す。

「構わん! このまま射撃を継続させろ!」

 とはいえ、ここで射撃を中止するわけにもいかない。インディアナポリスとホノルルは二度目の斉射を放つ。
 それとほぼ同時に、敵機の機銃弾が船体を襲った。直進しかしていない艦は、敵機の良い的だろう。だが、機銃掃射ごときで巡洋艦は沈まない。

「対空射撃方位盤損傷!」

「後部檣楼のSCレーダー、反応ありません!」

 その報告を、エインズワース少将は無視する。

「ガ島陸地にて、大規模な爆発を確認!」

 見張り員の興奮した報告に、艦橋が歓声に包まれる。

「見たか、ジャップ!」

 拳を上げてそう叫ぶ者もいた。
 ガダルカナルの一角が、海上からでも判るほど赤々と燃えている。陸軍が再爆撃のために整備員と共に滑走路脇に待機させていた爆弾と燃料が、一気に誘爆を起こしたのである。
 だが、その直後―――。

「右舷に敵機! 近い!」

 見張り員の絶叫と共に、インディアナポリスの艦橋を機銃弾が駆け抜けた。
 血飛沫が、脳漿が、臓物が飛び散り、計器板や海図台を赤黒く汚していく。艦橋は一瞬にして、血の海と化した。

「衛生兵! 衛生兵!」

「……」

 そんな叫び声が耳に入ったのを最後に、第三十六任務部隊司令官ウォルドン・L・エインズワース少将の意識は永遠に暗転した。

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

「これまでのところ、我が軍は米戦艦一、巡洋艦一、駆逐艦二から五隻程度を撃沈、航空機約八十機撃墜、戦艦二、特設空母一、巡洋艦三隻を撃破した模様です」

 横須賀鎮守府の敷地内に置かれた連合艦隊司令部、その会議室で渡辺安次戦務参謀の報告が響いていた。
 この時、日本海軍はメリーランド、ミシシッピー、シェナンゴの撃沈を把握していなかった。攻撃を行った潜水艦が撃沈を確認することなく退避したためであった。

「現地からの情報によりますとガ島にはなおも米軍部隊が残存しており、米海軍は今後も撤退作戦を継続するものと思われます」

「報告ご苦労」上座に位置する山本五十六連合艦隊司令長官が頷く。「ところで、昨夜はガ島飛行場に大きな損害が出たと思うのだが、被害の集計は出来ているのかね?」

「被害を受けたのは、ルンガ川東飛行場です」

 ルンガ川東飛行場は、大型機の発着が出来るガ島最大の飛行場であった。そのため、司令部内に厳しい雰囲気が流れる。

「被害を大きくしたのは陸軍航空隊の燃料と弾薬で、これの誘爆によって同飛行場に駐機していた我が海軍の機体にも損害が出ています。第十一航空艦隊からは、一式陸攻五機、二式陸偵二機、九七艦攻三機、九九艦爆四機が完全に破壊されたとのことです。不幸中の幸いは、零戦はルンガ西飛行場とイリ川飛行場に配備されていたため損害がなかったこと、また搭乗員が無事だったことですが」

 今後も継続して南太平洋の連合軍海上交通網を遮断しなければならない海軍としては、比較的大きな損害である。流石に敵艦隊に昼間雷撃を仕掛けた場合の損害よりは少ないだろうが、それでも数が必要な一式陸攻を五機も失ったことは痛い。
 参謀たちの多くが、渋面を作っている。

「……日進まで喪失するような事態は何としても避けなければなりませんな」

 黒島亀人先任参謀が神経質そうな声で言った。
 日進はすでに空母への改装が決定していたが、空いているドックの関係上、今年九月まで改装工事を行えない。そのため、高速輸送艦としてソロモン・ニューギニア方面で用いられているのだが、もし喪失するような事態となれば今後の空母戦力の増強に影響が出てしまう。
 すでに現地の陸海軍は協定を結び、水上機母艦日進、特設水上機母艦神川丸、国川丸を利用した砲兵隊の輸送を決定していた。これを覆すことは、流石に連合艦隊司令部としても出来ない。

「うむ、護衛には万全を期すよう、第八艦隊に命令を出そう」

 山本も、黒島の意見に頷く。

「長官、よろしいでしょうか?」

 樋端久利雄航空甲参謀が、発言を求めた。

「何かね?」

「第八艦隊への命令ですが、ガ島への米艦隊の接近が確認された際は、これを撃滅するように命ずべきであると愚考いたします」

「何故だね?」黒島参謀が嫌みっぽく尋ねる。「君は米輸送船団の撃滅を主張していたではないか。今更、米艦隊の撃滅を主張するのかね?」

「米輸送船団の撃滅を目指すべきという意見は、変わりません」樋端はきっぱりと言った。「ただ、我々は『輸送船』というものの定義を誤っていた可能性があります」

「どういうことかね?」

 宇垣参謀長が言った。

「『輸送船』と言いますと低速なものを想像してしまいますが、陸軍の行った撤収作業の妨害のための空襲についての報告を見る限り、米軍の用いている『輸送船』は、これまで何度か確認されてきた平甲板駆逐艦改造の高速輸送艦と思われます。故に、米艦隊と共に行動していると考えられ、その撃滅のためには米艦隊そのものとの戦闘を覚悟しなければならないと考えた次第です」

「なるほど」宇垣が頷いた。「確かに、これまでのところ、ガ島へ向かう大規模な輸送船団は確認されていないな」

「はい。米軍による第一次撤収作戦の際、潜水艦から敵輸送船団のヌーメア出港が報告されておりますが、これは恐らく伊一九潜が撃破を報告している特設空母部隊を誤認したものと思われます」

「となると、米艦隊の撃滅はやむなし、か。そうなると、恐らく第八艦隊も損害を負うことになるだろうが、君はそれを許容するのかね?」

 宇垣は、以前の樋端の発言との齟齬を指摘する。とはいえ、相手を追求するような口調ではない。単に、確認しているといった程度の質問であった。

「状況は変わりました。輸送船団だけを叩くことが不可能となった以上、やむを得ないかと。むしろ、米軍に出血を強要出来る機会を逃すべきではないでしょう」

「ふむ。第八艦隊の消極性はいささか目に余るからな。ここで米軍に打撃を与えることも必要だろう」

「はい。基地航空隊の損害さえ少なければ、以後も南太平洋の連合軍には圧力をかけることが可能です」

「長官としては、如何ですかな?」

 方針が定まったところで、宇垣は山本を見る。

「よろしい。第八艦隊に、ガ島に来寇する米艦隊の撃滅を命じたまえ。ここが正念場だ」
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