暁のミッドウェー

三笠 陣

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88 日米戦艦対決の始まり

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「遠、遠、遠、遠! すべて遠弾です!」

 陸奥艦橋最上の射撃指揮所に詰める電信員を通じて、弾着観測機からの報告が入る。
 つまり、全弾敵艦の向こう側に落下したということである。射撃諸元を、遠くに取り過ぎたのだ。

「苗頭左寄せ二、下げ八! 急げ!」

 照準望遠鏡を覗いていた中川砲術長は、第一射の結果を見て即座に諸元修正の命令を発する。
 新たな射撃諸元に基づいて、陸奥は第二射を放つ。ここからは根気よく、弾着を修正していかねばならない。
 砲術科員たちの腕の見せ所であった。
 昼間、米空母を撃沈した搭乗員たちへの対抗意識もあり、彼らの士気は依然として軒昂であった。





 ジャップのコンゴウ・クラスと思しき戦艦からの弾着は、すべてワシントンの左舷側に落下した。
 黄色に染まった水柱が、高々と立ち上る。
 ジャップ戦艦は複数艦で同一目標を狙っても、どの艦の弾着か判別出来るように砲弾に塗料を詰めているという。
 吊光弾の光に照らされた黄色い水柱は、夜の闇の中でいっそう鮮やかに輝いていた。

「リー提督、ただちに射撃許可を!」

 ワシントン艦橋では、デイビス艦長が司令塔にいるリー少将に艦内電話を繋いでいた。
 現在、敵艦との距離はようやく二万二〇〇〇ヤードを切ったというあたり。リー少将は距離二万ヤードより主砲射撃を開始するように命じていたが、先制されたまま主砲を沈黙させておくことにデイビスは我慢ならなかったのである。

「慌てるな、艦長」

 だが、リー少将は冷静に言った。

「ジャップに先制されたとはいえ、レーダーを持たぬジャップがこの距離で即座に命中弾を出せるとは思えん。それに、本艦はジャップと距離を詰める機動を取っている。距離二万ヤードで針路を固定するまでは、射撃の許可は出せん」

 針路を固定することになれば、当然、ジャップの隊列に接近する針路を取っている今の状態から転舵しなければならない。そうなれば自艦の針路が変わってしまうため、また一から射撃諸元を求め直すことになってしまう。
 そこで失われる時間を、リーは懸念していたのである。
 ワシントンはレーダーによる測距を続けつつ、ジャップ艦隊へと接近しつつあった。





 陸奥の射撃は、三度目まですべて遠弾となった。
 これは、ワシントンが陸奥に接近する針路を取っているからで、そのために陸奥の砲弾が彼女の反対舷に逸れてしまっているのである。

「……連中、どこまで接近してくるつもりだ?」

 小さく唸りつつ、夜戦艦橋にいる小暮は呟いた。
 夜間だからという理由で、距離一万メートル以下の近距離砲戦に持ち込むつもりか。
 だが、あまりに接近し過ぎればお互いの装甲が意味をなさなくなってしまう。砲口初速がほとんど失われない状態で命中するからだ。
 あるいは、米軍にとって切りのいい距離、二万ヤードだか一万五〇〇〇ヤード(約一万三七〇〇メートル)だかあたりまで接近するつもりか。
 何とも判断しかねた。
 だが、あまりに米戦艦が接近し過ぎるようであれば、逆にこちらは距離を取るべきだろう。
 自分たちの役目はあくまで一航艦の殿であり、米艦隊の撃滅ではないからだ。米戦艦との雌雄を決したいという思いは強いが、目的を見失ってはならない。
 とはいえ、流石にスラバヤ沖海戦のように延々と遠距離砲戦を続けるような形になっても拙いだろう。
 陸奥の後方からは、伊勢と日向の砲声も届いている。
 近藤中将直率の第四戦隊が米戦艦への雷撃を敢行すべく突撃を開始している現状、三戦艦の中での先任は小暮であった。
 固有の戦隊司令官はいないものの、軍令承行令に従えば伊勢の武田大佐も日向の松田大佐も、陸奥の針路に従うだろう。
 ここは米戦艦の針路を見極めつつ、適切な砲戦距離を維持するような機動を取るべきか。
 小暮がそう考えていた刹那、陸奥の近くに光源が生じた。

「米軍の星弾、本艦を照射中!」

「敵一番艦との距離知らせ!」

「ただ今の距離、一万八〇〇〇!」

 始まるな、と小暮は思った。米軍が星弾を使ったということは、こちらを砲撃目標と定めたからだ。
 敵の主砲は十六インチ。
 長門型は昭和の大改装によって、十六インチ砲弾に対して二万から三万メートルの間で安全圏を保てるようになっている(日本側は米軍のSHS:スーパーヘビーシェル:超重量砲弾の存在を知らない)。
 一万八〇〇〇という距離は、陸奥がその本来の防御力を発揮出来るかどうか、かなり際どい数値であった。
 だが、小暮は針路を変える命令は出さなかった。
 陸奥は未だ命中弾を出せておらず、多少の危険を冒してでもこのまま砲戦を続けるべきだと判断したのだ。
 針路については考えるのは、彼我の距離が一万五〇〇〇を切ってからで良いと思っている。

「頼むぞ、砲術長」

 四度目の主砲射撃の衝撃を受けながら、小暮はそう呟いたのだった。
 米一番艦に主砲発射の炎が煌めいたのは、その直後のことであった。
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