魔女の恋文【宛先知れず】

寄賀あける

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 しばらく誰も言葉を発しない。後姿でも、ジゼルと月影が緊張を高めているのがロファーにも判る。半面、ホヴァセンシルと名乗った男は穏やかな表情のまま、ジゼルと月影を眺めている。

 不意にジゼルの緊張が高まり、ぎゅっと体に力が入った。
「わたしの結界内部を探るのはおやめください! 他人の家の中を許しもなく探るなど、無礼ではありませんか」

 するとホヴァセンシルが苦笑いした。と、同時に馬小屋が俄かに騒がしくなる。ジゼルがわずかに舌打ちする。と、馬小屋の騒ぎが収まった。

「つい、娘可愛さにご無礼をいたしました。親馬鹿とお笑いください」
ホヴァセンシルが頭を下げる。その動作の一つ一つを月影が監視するように見つめているのが、ロファーにも判った。

 この時、ロファーは『なぜ判るのだろう』と不思議に思っている。月影がどこを見ているのかが、自分には判る。こちらを見ているのなら視線を感じるように、察知したって不思議ではない。だが、失明している彼が自分以外の誰かを見ているのが手に取るように判るのはヘンだ。いや、きっと自分の勝手な思い込みだ、そう考えてロファーは納得してしまった。

「さて、困りました」
ホヴァセンシルがジゼルを眺めながら言う。
「定められた日まで、あと三年とわずか」

 ホヴァセンシルの言葉に月影の緊張が一気に高まる。意識がホヴァセンシル、そしてロファーに向かっている、と、やはりロファーは感じている。

「我が娘の安全が保証され、無事に帰ってくるのなら、わたしとしては何も言うことがないのだが……少しは我儘わがままも納まることでしょう」
ニコリとホヴァセンシルがジゼルに笑いかける。それでも月影は緊張を解かない。

「そうそう、ここに来たついでだから聞いておきたい。サリオネルトの息子の所在をご存じか?」
月影が体内に力をめているのがロファーに伝わる。ホヴァセンシルはそんな月影をチラリとも見ない。

「わたしの従兄は十八年以上、行方不明のままです。生死も判っていないと、ご存知ではありませんか?」
ジゼルの答えに、
「そうでしたね」
ホヴァセンシルが愉快そうに笑う。

「さて、わたしはこれでおいとまするとしよう。じゃじゃ馬娘を探さなければならないのでね」
「……きっとご無事でいらっしゃいます」
ジゼルが平然とホヴァセンシルに答える。

「それにしてもジゼェーラ、良い影をお持ちになりましたね。噂に聞く月影の魔導士とお見受けしましたが、ピタリとあなたを守り、あなたの……飼猫を守り、わたしに付け入る隙を与えなかった」
「畏れ入ります」
「久しぶりに若者の純真を見て、自分の若いころを思い出してしまいました」
ホヴァセンシルが足元を見た。自分の表情を見られたくないからだ、そうロファーは感じた。

「では、機会があればまたお会いしましょう――戦場でなければ良いのだが」
最後のほうは呟きに変わっている。そして、唐突に姿が消えた。

 わずかに間をおいて、月影の緊張が解ける。ジゼルがその月影の腕につかまる。

「怖かった……」
「うん……」
月影がジゼルの肩に腕を回して抱きとめる。そしてそっと言った。
「部屋に入ろう」

 ソファーまで月影はジゼルに寄り添ったが、ジゼルをソファーに残してキッチンに行き、魔導術を使ってかまどに火をおこした。湯を沸かしてお茶をれるのだろう。

 ジゼルはソファーのひじ掛けにもたれ、ぐったりしている。ロファーがかたわらにひざまずいてジゼルの顔をのぞき込むと
「緊張して疲れただけだよ。力を使ったわけじゃないから、心配しなくていい。さっきは人を馬に変えたから、かなり力を使ったはずだ。体力を使い切っても仕方ない」
と月影が言った。

「ミルクはないようだね……ハチミツを溶かしたお茶でいいかな?」
月影の言葉に、ジゼルが頷く。

「ホヴァセンシルはお見通しだった」
ポツリとジゼルがつぶやいた。

 小刻みに震えている。少しでも落ち着かせたくてロファーが髪を撫でると、ゆっくりとロファーを見て、首に腕を巻き付けてくる。

「ロファー……」
月影に見られている、ロファーは一瞬、躊躇ためらうが、ジゼルを抱き返さずにいられなかった。

 するとロファーの頭の中に月影の声がした。
(ジゼルは親の愛を知らずに育った。そして今、ジゼルにとって、ロファー、あなたは保護者で、加護者だ。あなたがそうは思っていなくても、ジゼルにとってそれは真実。そしてあなたもそれが判っているのでは?)
その声を聞きながら、ロファーはジゼルをしっかりと抱き締める。月影に答える意味はないと思った。

(どうやらあなたのほうもジゼルを守りたいと、そう決意しているようだ。余計なことを言った)
月影が自分から目をらすのをロファーは感じていた。

 お茶がはいる頃、ジゼルもやっと落ち着いて、ロファーを離し、にっこりと笑顔を見せた。そしてロファーを置いてキッチンに向かった。

「アラン、大好き」
キッチンでお茶を淹れていた月影に抱き付いて、『お湯を扱っているのに危ない』と月影にたしなめられている。いつか同じことがあったと、ロファーが苦笑した。

「個人的に来た、って言っていたね」
お茶の席でジゼルが言う。
「北のギルドは無関係と、取っていいってことだよね?」

「当然のことながら、覗心術は通じなかった」
と月影が言う。
「こちらの送言も受け取らなかったし、向こうから言葉が送られてくることもなかった」

「と、いうことは?」
「多分、声に出して話した事だけを有効にしようという心づもり、と、取りたいところだが……」
月影が迷い顔を見せる。

「約束を交わしたわけではないのだから、確実とは言いがたい」
「ん……」
ジゼルが首をかしげる。

「じゃじゃ馬を探すと言っていた。つまり、ここでジュライモニアを見つけられなかったという意味」
「うん、僕もそう思う。ジゼルがジュライモニアを馬に変えたと気付いているのに、知らんふりした」
月影が同意する。

「そして、僕では隙だらけで、相手にならないと言っていた」
「反対の事を言ったんだ?」
「もっと力を付けろ、と言われたんだと思う。今のままでは相手にするにも不足、そう言ったんだ」
「手厳しいね」
「最高位魔導士だ。僕らの事は結界ごと消失することも可能なはずだ。けれど、そうしないことは判っていた。後々が面倒過ぎる。一気に戦争になる」
「さすがに娘の悪戯いたずらが発端で戦争なんて、回避したいよね」
とジゼルが笑う。

 そして続けた。
「ロハンデルトの事も気が付いていながら、代替言をそのまま受け入れた。それでいいと、言われたのだと思った」

「俺の事?」
ロファーが横から口を挟む。すると月影が
「名は告げてあったんだね」
とクスリと笑う。

「うん、知り合って最初に教えた。口外制限を付けてあるから、余所よそでは反応しないし口にしない」
ロファーを無視して、ジゼルが月影に答える。すると月影が
「なるほど。利用価値が数段上がる。ジゼルは機転が利くね」
愉快そうに笑った。

「ちょっと、何がどうなっている?」
もちろんロファーは面白くない。
「利用価値ってなんだ?」

「飼猫にしたのもいいアイデアだと思っていたんだ」
ニッコリと笑顔をジゼルに向けながら月影が言う。

 その月影を見詰めながら、ジゼルがロファーに掌を向ける。
≪静まれ≫
ロファーの動きが止まり、月影が薄く笑う。

「まさかロハンデルトを飼猫にしようとか、できるとか、誰も思いつかない。隠すにも、利用するにも持ってこいだ」
「それもロファーの封印が解かれるまでの話。解かれてからは立場が逆転する」

「寂しい?」
「なぜ? それこそがわたしの使命。地上の月として生まれたからには、地上の太陽に従うばかり」

 そう言ってジゼルはロファーを見詰める。ジゼルの瞳の奥がかすかに揺れた。
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