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「齢は十九、だが、それ以上に見えなくもない。反対に若く見せているときもある」
カウンターでバーテンに話しかける男がいる。
「栗色の髪、鳶色の瞳、背は俺と同じくらい、多分細身。まぁ、体形は変わっちまうこともあるから……何も弄っていなければ美形。可愛い顔立ちと言っていい」
「人相書きでもあればなぁ……」
どうやら男は人探しのようだ。バーテンは手を休めることもなく、話半分、聞いていればいいほうに見える。
バーテンに聞いても埒が開かないと思ったのだろう、男はカウンターに座って茶を飲んでいる、長い金髪の男にも話を向けた。
「おニイさん、心当たりはないかね?」
ちらりと金髪の男を盗み見るバーテン、人探しの男が気づいた様子はない。
「栗色の髪、鳶色の瞳、ありふれ過ぎている」
金髪の男が答えた。初めてこの店で金髪の男が話しかけられて答えた――バーテンが心内で驚いている。それと同時にホッとしている。
男が探しているのは多分フィルだ。この宿は客を売ると悪評が立ったら商売あがったりとなる。なんとしても避けたいバーテンだった。そして金髪の男もフィルを売る気はないようだ。
「左の肩、と言うか背中に『赤いバラ』の入れ墨がある。大輪のバラ一輪、茎から三葉の枝が一本、そんな入れ墨だ」
「服を着てなきゃ判るかも知れないが、この季節、肩を丸出しで歩いちゃいないよ」
バーテンが答える。
「まぁ、そんな男が来たら知らせてやるよ。あんた、どこに泊まっているんだい?」
「いや、宿はまだ決めていない。明け方この街に着いたばかりだ。ここに泊めてくれないか?」
「あいにく満室だ――東大通りに『無頼亭』って、うちみたいな宿がある。そこならきっと空きがあるよ」
空き部屋だらけの癖にバーテンがそう答える。男に疑っている様子はない。
「そうか……ではそこにする。明後日までこの街にいる。何か知らせてくれれば礼は弾む」
男は店から出て行った。
残ったのはバーテンと長い金髪の男だけだ。まだ朝が早く、他の客は寝ているのだろう、部屋から出てくる気配がない。もちろんレストランは営業前だ。
「……危ないところだったな」
金髪の男を扱いかねていたバーテンに、男のほうから話しかけてきた。
「人探しの男がもう少し早く来ていればアイツと鉢合わせするところだった」
「お客さん、気が付いて?」
「あの若い男、フィルはわたしを『アース』と呼ぶと決めた。親爺、あなたもわたしをそう呼ぶといい」
そう言うとアースは、体をひねって店の出口のほうを見やった。
「朝、フィルは店を出て北へ向かった。だから東大通りの宿を勧めたのだろう?」
バーテンが唇をひん曲げて視線を上に向ける。
「アースさんはお見通しってわけですかい? 客を売るようなことはしたくないんでねぇ」
それに、とバーテンは続けた。
「あの男、フィルを探しているあの男、あれもまともじゃない」
「フィルを見つけたら殺す気でいるな」
事も無げに言うアースをバーテンがまじまじと見る。
「まさか? そこまで?」
「懐にダガーを忍ばせていた。フィルと同じだ」
「フィルがダガーを? ただの掏摸じゃないのか?」
「掏摸だけではない、と、親爺、あなたも思っていたのでは?」
「あぁ、思っていたさ。あの、しなやかな身のこなし、表情を自在に変えるあの顔立ち、男も女も夢中にさせるだろう、とな。フィルのヤツ、俺の宿に客はいないとほざいた。高級男娼だと言ったんだと思った、俺は高いぞ、とね。しかし、ダガー使いと言われれば、なるほど、と思えなくもない」
「男娼……か」
クスリ、とアースが笑った。
それを見てバーテンが皮肉を込めて言う。
「昨夜、あんたの部屋にフィルが行ったよな。交渉決裂だったか?」
「そんな話は一言も出なかった。懐に隠したダガーをアイツが握りしめた、それだけだ」
「ほう、なんでフィルがダガーを出した?」
「追われているのだろう、とわたしが言ったからだ。図星で、そして今日、フィルを探す男がここに現れた。だが、フィルを探しているのはあの男だけではないのだろうな」
「と、言うと?」
「あの男はフィルを殺す目的で探している。それとは別に、フィルを連れ戻すため探している人物もいるはずだ。昨夜、フィルが恐れたのはそっちだろう」
「アースさんは、なぜそう思うんで?」
「ダガーを握り締めたフィルに殺気はなかった。どう逃げるかを考えていた」
アースがカウンターに金を置く。
「自分を殺すため追っている男がいると、フィルは多分知らない。放っておくわけにはいかなさそうだ」
「旦那、フィルを助けるおつもりで?」
カウンターに置かれた金を仕舞いながらバーテンがアースを見る。アースがバーテンをチラリと見る。
「わたしはいつもの通り、広場で歌って帰ってくる。もし、わたしより先にフィルが帰ってきたら、部屋で待てと伝えて欲しい」
「お安い御用で」
「あの男がこの宿だけで済ますはずがない。ほかでも同じように聞きまわるだろう。わたしは少し、細工しておくとする」
そう言って、アースは宿を出て行った。
カウンターでバーテンに話しかける男がいる。
「栗色の髪、鳶色の瞳、背は俺と同じくらい、多分細身。まぁ、体形は変わっちまうこともあるから……何も弄っていなければ美形。可愛い顔立ちと言っていい」
「人相書きでもあればなぁ……」
どうやら男は人探しのようだ。バーテンは手を休めることもなく、話半分、聞いていればいいほうに見える。
バーテンに聞いても埒が開かないと思ったのだろう、男はカウンターに座って茶を飲んでいる、長い金髪の男にも話を向けた。
「おニイさん、心当たりはないかね?」
ちらりと金髪の男を盗み見るバーテン、人探しの男が気づいた様子はない。
「栗色の髪、鳶色の瞳、ありふれ過ぎている」
金髪の男が答えた。初めてこの店で金髪の男が話しかけられて答えた――バーテンが心内で驚いている。それと同時にホッとしている。
男が探しているのは多分フィルだ。この宿は客を売ると悪評が立ったら商売あがったりとなる。なんとしても避けたいバーテンだった。そして金髪の男もフィルを売る気はないようだ。
「左の肩、と言うか背中に『赤いバラ』の入れ墨がある。大輪のバラ一輪、茎から三葉の枝が一本、そんな入れ墨だ」
「服を着てなきゃ判るかも知れないが、この季節、肩を丸出しで歩いちゃいないよ」
バーテンが答える。
「まぁ、そんな男が来たら知らせてやるよ。あんた、どこに泊まっているんだい?」
「いや、宿はまだ決めていない。明け方この街に着いたばかりだ。ここに泊めてくれないか?」
「あいにく満室だ――東大通りに『無頼亭』って、うちみたいな宿がある。そこならきっと空きがあるよ」
空き部屋だらけの癖にバーテンがそう答える。男に疑っている様子はない。
「そうか……ではそこにする。明後日までこの街にいる。何か知らせてくれれば礼は弾む」
男は店から出て行った。
残ったのはバーテンと長い金髪の男だけだ。まだ朝が早く、他の客は寝ているのだろう、部屋から出てくる気配がない。もちろんレストランは営業前だ。
「……危ないところだったな」
金髪の男を扱いかねていたバーテンに、男のほうから話しかけてきた。
「人探しの男がもう少し早く来ていればアイツと鉢合わせするところだった」
「お客さん、気が付いて?」
「あの若い男、フィルはわたしを『アース』と呼ぶと決めた。親爺、あなたもわたしをそう呼ぶといい」
そう言うとアースは、体をひねって店の出口のほうを見やった。
「朝、フィルは店を出て北へ向かった。だから東大通りの宿を勧めたのだろう?」
バーテンが唇をひん曲げて視線を上に向ける。
「アースさんはお見通しってわけですかい? 客を売るようなことはしたくないんでねぇ」
それに、とバーテンは続けた。
「あの男、フィルを探しているあの男、あれもまともじゃない」
「フィルを見つけたら殺す気でいるな」
事も無げに言うアースをバーテンがまじまじと見る。
「まさか? そこまで?」
「懐にダガーを忍ばせていた。フィルと同じだ」
「フィルがダガーを? ただの掏摸じゃないのか?」
「掏摸だけではない、と、親爺、あなたも思っていたのでは?」
「あぁ、思っていたさ。あの、しなやかな身のこなし、表情を自在に変えるあの顔立ち、男も女も夢中にさせるだろう、とな。フィルのヤツ、俺の宿に客はいないとほざいた。高級男娼だと言ったんだと思った、俺は高いぞ、とね。しかし、ダガー使いと言われれば、なるほど、と思えなくもない」
「男娼……か」
クスリ、とアースが笑った。
それを見てバーテンが皮肉を込めて言う。
「昨夜、あんたの部屋にフィルが行ったよな。交渉決裂だったか?」
「そんな話は一言も出なかった。懐に隠したダガーをアイツが握りしめた、それだけだ」
「ほう、なんでフィルがダガーを出した?」
「追われているのだろう、とわたしが言ったからだ。図星で、そして今日、フィルを探す男がここに現れた。だが、フィルを探しているのはあの男だけではないのだろうな」
「と、言うと?」
「あの男はフィルを殺す目的で探している。それとは別に、フィルを連れ戻すため探している人物もいるはずだ。昨夜、フィルが恐れたのはそっちだろう」
「アースさんは、なぜそう思うんで?」
「ダガーを握り締めたフィルに殺気はなかった。どう逃げるかを考えていた」
アースがカウンターに金を置く。
「自分を殺すため追っている男がいると、フィルは多分知らない。放っておくわけにはいかなさそうだ」
「旦那、フィルを助けるおつもりで?」
カウンターに置かれた金を仕舞いながらバーテンがアースを見る。アースがバーテンをチラリと見る。
「わたしはいつもの通り、広場で歌って帰ってくる。もし、わたしより先にフィルが帰ってきたら、部屋で待てと伝えて欲しい」
「お安い御用で」
「あの男がこの宿だけで済ますはずがない。ほかでも同じように聞きまわるだろう。わたしは少し、細工しておくとする」
そう言って、アースは宿を出て行った。
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