最後のメッセージ

寄賀あける

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時流

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 オリジナル小説を扱うページに掲載された一篇は『最後のメッセージ』と題されて二人の恋が書かれていた。もちろん『ナツミ』だの『シュウ』などとは書かれていない。けれど二人が交わした言葉や眼差し、思いが隅々に散りばめられている。

 作者にダイレクトメッセージが送れることを確認すると、迷わずナツミはメッセージを送っていた。



***

 メッセージ、ありがとう……まさかナツミに見つかってしまうとは思っていなかったので驚いています。

 学生のころから翻訳の仕事をしていて、自分でも何か書いてみたくなって始めたのですが、友人知人には一切内緒にしていることもあって、好き放題をしています。そんな気安さから書いた一つが『最後のメッセージ』です。

 でもまさか、それをナツミが読むなんて……

 あの小説に嘘を書いたつもりはありません。ナツミに読まれて困るようなことを書いた覚えもありません。ただ……ただ、恥じるばかりです。

 自分から逃げ出したくせに、『今も後悔している』なんて、なんと未練がましい男だろうと思われたのではないですか? 知っている人が読むはずはないという前提で書いた物です。もちろんナツミにはなんの関係もないものと、どうぞ、お気になさらないでください。


***

 返信ありがとうございます。

 ひょっとしたらまったくの別人、よくてシュウの知り合い、そんな可能性もあるのに、『シュウでしょう?』と書いた無礼なわたしのメッセージ、返事がこなくても当たり前だと思っていました。

 そして今、やはりシュウだったと知ったわたしは、何を言えばいいのか判らず、溢れてくる涙に梃子摺てこずっています。

 聞きたいことが山ほどあり、話したいことも山ほどあり、だけどあの時、何も言えなかったわたしは、今さらそれを聞く権利も話す権利もないように思えます。

 未練がましいのはシュウではなく、わたしのほうです。シュウが言うとおり『ナツミには関係のないこと』というのが正解なのでしょう。


***

 僕が『ナツミには関係がない』と言ったのは、ナツミを責めているのではなく、ナツミに責任はないという意味です。僕のことをナツミが気にかける必要はないのだと言う意味です。言葉足らずがお気に障ったのならお許しください。

 それにあの時、ナツミになにか言うチャンスを与えなかったのは僕です。はっきりとした理由も告げず、もう会いたくないと一方的だった僕を責めることもせずナツミは許し、離れていってくれました。

 ナツミになんの責任もあるはずがなく、権利がなくなるなんてこともありません。僕にこそ、どんな言葉も甘んじて受け止める義務があるのです。


***

 権利? 義務? 責任? シュウ、わたしたちは遠くなってしまったのね。

 ううん、責めるつもりなんてないんです。だけど、今のシュウからのメッセージ、『許してくれた』とあったけど、わたしはシュウを許したのかどうか? 許すと言うのとは違うと思いました。わたしが許さなくてはならないようなことを、シュウはしていません。

 きっとわたしもシュウから逃げたんだと、わたしもシュウと同じなんだと、そう思います。

 あの頃のわたしはまだ、世の中に理不尽がまかり通ることを知らず、真っ直ぐでありさえすれば正しいと信じていました。

 就職して、そうではないと思い知らされる毎日を過ごしています。まだたった数ヶ月、だけどその数ヶ月でどれだけの理不尽をわたしは目にしてきたことでしょう。そしてまだ、たった数ヶ月、その数ヶ月ではほんの少しのことしかわたしは知ることができていないでしょう。

 だけど綺麗事だけが世の中を動かすのではなく、また、綺麗事だけが人の心を動かすのではないと思うようになりました。

 わたしはあの時、醜い自分をさらけ出すのがイヤで、綺麗事を通すことで自分を守ってしまったんです。結果、大切なものを失いました。自分を綺麗に見せることなど考えずにいたら、あるいは失くすこともなかったかもしれません。

 シュウ、わたしは許したのではないのです。自分が傷つきたくなくて逃げ出しただけなんです。


***

――五年の歳月は人を変え、そして遠くもしますね。

 今、どんな日常をナツミが送っているのか、僕には知るすべもないけれど、理不尽がまかり通るなんてナツミに言わせるってことは、辛い日々を過ごしているのでしょうか? とは言え、僕にはなにもしてあげることもできないわけで、歯がゆいばかりです。

 理不尽、については思うのだけど、『すべて自分の思い通りになる』という考えと『すべて思い通りになるはずはない』という考え、この二つの相反あいはんする考えが人間の中に同居しているから起こるんじゃないでしょうか。

 思い通りになると考え、そのとおりにならないと理不尽と思い、思い通りになるはずがないと考え、するべき努力を放棄した結果をまた理不尽と感じる――結局、人間は自分勝手にできているということになりますね。

 それでも人間は自分以外の人間とも関わりあっていなくては生きていけないし、そして誰かに自分の我侭を受け入れてもらえなければ、やはり生きていけない。文字通り、人間とは人の間で生きるものなのでしょう。

 それはともかく、僕がこんなことを言う立場にはないけれど、ナツミには真っ直ぐでいて欲しい。自分の心のとおりに生きて欲しい。

――本当に僕が言うようなことじゃないけれど……


***

 シュウ――

 あの時、わたしは真っ直ぐには生きられなかった。シュウに言いたくて、言えないことがあった。言えばシュウが困ると思った。シュウを責めることになると思った。嫌われると思った、自分を惨めにしたくなかった――

 そしてわたしは後悔しています。自分が惨めになることを、傷つくことをおそれていては決して人の心をつかむことはできないのだと、今、シュウと遣り取りしている間に気がつきました。時には無様ぶざまな自分をさらけ出して、初めて手に入れられるものもあるのだと。

 シュウが現在のわたしを知らないのと同様、わたしも今のシュウがどんな生活をしているのか知りません。だからわたしの気持ちがシュウの迷惑になることもあるかもしれないと知りつつ、言わずにはいられないのです。

 シュウ……シュウに会いたい。シュウがわたしに会いたくなくても。

 あの頃のまま、わたしの気持ちは終わっていない。恋は終わってしまっても、心まで消せなかったの。

 誰かに我侭を受け入れてもらえなければ生きていけないものならば、わたしはシュウに我侭を受け止めてもらいたい。

 シュウ、わたしもあの約束、忘れていないよ。


   ~~ 海に行こうよ――約束は、いまでも甘く心に響いて ~~
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