彼女の恋人

寄賀あける

文字の大きさ
1 / 13

1  片恋、始まる

しおりを挟む
「可愛いんだよぉ!」

 性懲しょうこりもなく、隼人はやとが恋をしたらしい。もちろん、いつものように片思いだ。抱き締めたクッションに時どき顔をうずめ、もだえして訴える。
「まん丸の目、ちっちゃな口、それが笑うと目はけそうだし、口はビロンと横に伸びる――あぁ、可愛いったらありゃしない」

 相変わらず、隼人の感覚は理解しがたい。今の説明で、どこをどう考えれば『可愛い彼女』を想像できる? 話を聞いて欲しいなら、もう少し共感できる表現にして欲しい。

 一緒に話を聞かされていたさくはそっぽを向いて笑いをみ殺しているし、みちるに至っては
「隼人、相手のは人間だよね?」
と、尋ねる始末。気持ちは判るが、言い方を考えたほうがいい。もっとも隼人は言葉の裏側に気付きゃあしない。
「もちろん! そこの美大の学生さん。ま、人間じゃなくたって構わないけどね」

 隼人が言うには、向こうから『モデルになって欲しい』と声をかけてきたらしい。
「ひと目でピンときた、これは運命だってね。こんな可愛い人がボクにモデルを頼んでくる。これを断るなんて運命に逆らう事だ」

 いったいどんな運命なのだか。そして何人目の運命の相手だか。隼人、好きになるたびに『運命だ』って言うよね。

「でもさ、いったんは断ったんだよ。だってボクの目を見たら、彼女はきっと引くと思ったんだ」

 僕、ずきばんと、どこかズレてるほる隼人は探偵事務所『ハヤブサの目』を共同経営している。隼人が所長で、所員はなんでも兼任の僕一人の二人所帯だ――お察しかも知れないが僕たちは人間じゃない。

 もとは人間だった僕は吸血鬼、源平合戦で命を落とした若武者のなれの果て。僕を殺したヤツが魔法でよみがえらせるつもりが失敗して、どういうわけだか吸血鬼になった。らしいというのは、そのあたりの記憶が僕にはないからだ。

 で、右の目は薄いレモンイエロー、左はあわい銀灰色、オッドアイの隼人はハヤブサが神格化した古代エジプトの神ホルスだ。何千年も生きているというけれど、とてもおジイちゃんには見えない。昔の姿のまま、時を経ていると言っていた。

「けどさ、やっぱり運命だよね。彼女もそう簡単に諦めなかった。毎日ボクのお散歩コースでボクを待ってて、『お願い』って言ってくるんだ」

 うーーん、隼人、いつからお散歩が趣味になった? 彼女がいそうな場所に、隼人から足を運んだってことじゃないのか?

「とうとうボクは覚悟を決めた。運命に逆らうわけにはいかない。彼女にオッドアイだと告げる。それで嫌われたなら、やっぱり運命じゃなかったと諦めよう――手妻てづまを使って虹彩の色を変えようかとも思ったけれど、長時間は変えていられない。それ以上に、あとで事実を知ったら、きっと彼女は傷つくだろう。だからそれはできないと思った」

 朔が隼人に視線を向ける。いつも自分の事ばかりの隼人が相手を気遣うなんてと僕が驚いたように、朔もきっと驚いたんだ。

「へぇ、へぇ。それでどぉなったの?」
満は相変わらず話の成り行きに興味津々きょうみしんしんで、隼人の変化に気が付く様子はない。もっとも、事なかれ主義でお気楽、深く考えたりしないのが満だ、気が付くはずもない。それが満の長所で短所だ。

「ミチル、良く訊いてくれた」
どうせ、訊かれなくても隼人は言う。言いたくってウズウズしているんだから。

「彼女は僕の目を見て『綺麗な目ね』と言った。そしてうっとりと僕を見詰め、『お願いだから、モデルを引き受けて』って言ったんだ」

 隼人の目がうるむ。つられて満も涙ぐむ。僕と朔は、隼人の妄想か思い込みなんじゃないかと、考え込んで何も言えない。

「で、モデルって、どんなことするの?」
「モデルが何かを知らない?」
朔が驚いて満を見る。
「むっ! 朔、あたしを馬鹿にした。モデルくらい知ってるもん、どんなモデルかって訊いたんだよっ!」

 朔と満は双子の人狼だ。顔はそっくりだけど、性格は正反対。無口で慎重で武道派、短髪にしている朔と、明るいのが取り柄、ちょっとおっちょこちょいで女装大好き、ロングストレートの髪を背中に垂らしている満、二人は幼い頃に親とはぐれて死にかけているところを隼人に救われ育てられた。

 もともと五つ子だったけど、隼人が見つけた頃には二人っきりになっていた。一番体が大きかった朔が一番小さかった満を守っていたらしい。二人とも隼人の事が大好き、特に満は隼人を神様みたいに慕っている。ま、隼人は古代エジプトの神、ホルス神なんだけどね。

「絵のモデルだよ。ボクは出窓に腰かけて、外をながめていればいい」

 隼人がスッとものげな表情に変わり、遠くを見る。なるほど、その顔でモデルのお勤めを果たしているわけだね。

「うんうん、絵になりそう」
満がキャッキャとはしゃぐ。絵になるんだか、絵に描かれるんだか知らないけれど、確かに隼人、見た目だけはモデル向きかも知れない。

 小顔で目はパッチリ、通った鼻筋、ふわっと柔らかそうな頬、小さめの口はキリッと引き締まっている。体も細いし、肩まで伸ばしたサラサラの黒髪とあいって、性別不明で魅惑的な雰囲気をかもし出している。ま、美形なのは否めない。正体を知っている僕に言わせれば、なるほどハヤブサって感じだ。

 ハヤブサ的と言うと男を連想するかもしれないが、見ただけでハヤブサの性別を見分けられる人間は少数だと思う。つまり、そう言うこと。見た目だけじゃ性別不明。

「片倉方面に国道をいくと、丘の半ばに洋館が見えるじゃん。あそこの出窓のある部屋、そこで彼女、絵を描いてるんだ」
澄まし顔を元に戻して隼人が話を続ける。その洋館はちょっと場違いな感じで目立っていて、この辺りの住民は大抵知っているだろう。

「へぇ、彼女、あそこに住んでいるんだ。あそこは空き家かと思ってた」
「空き家なもんか。外観通り内装も凝っているし、もちろん掃除も行き届いている」

 隼人が『内装も凝っている』って言ったって、隼人の感覚だから言葉通りに受け取れない。が、掃除が行き届いているってのは間違いないだろう。変なところで気難しい隼人、掃除については小うるさい。もしも部屋が汚かったら、隼人が『運命』と口にすることはなかった。モデルの話も冷たく断っているはずだ。

「でもさー」
と、隼人が表情を曇らせる。
「モデルを始めて一週間、毎日彼女と顔を合わせるが、ボクと彼女の関係はモデルと絵描きの域を出ない。全く進展がない。そこで、だ」

 隼人がニヤリと笑う。嫌な予感を感じて、僕と朔が身構える。満は隼人が何を言い出すか、ワクワクしながら見つめている。

「彼女の故郷の近くの公園、と言っても車で一時間ちょっと、横浜市内なんだけど、二股川自然こども園に遊びに行こうと思う」
「おーーー、デートだね、いいね、いいね」

 何が嬉しいのか騒ぐ満に
「うんにゃ、デートじゃない、いきなり二人で行くのは、ちょっとね」
と、隼人。いったい何がなんだ?

「みんなで遊びに行こう。で、バーベキューしよう」
「えっ? ミチルも連れて行ってくれるの?」
「もちろん」
大喜びの満、僕と朔は顔を見合わせ、隼人はニンマリと笑う。

「いいけどさ、なんの魂胆?」
朔が隼人を決めつける。

「コンタン? 狐の子どもか?」
「それはコンちゃんでしょー? 隼人、冗談好きなんだからぁ」
いや、満、隼人は冗談で言った訳じゃないぞ。魂胆の意味が判らなかったんだ。だけど僕も朔と同意見。隼人はきっと何か企んでいる。

「何しろだ」
咳払いして隼人が言い放った。いつものことながら強引だ。

「バーベキューの予約、もう入れたから。全員参加で決定!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...