憧憬のエテルニタス

寄賀あける

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第二部 疑惑   それぞれの思惑

九章 表れた孤独 (2)

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 ふん、とジョゼシラが鼻を鳴らす。
「それで? それでわたしに南の魔女の居城に行けと? あなたはここに残って?」
ジョゼシラの緑色の瞳が冷たくビルセゼルトを睨み付ける。
「そうだよ。もともと決まっていたことだ。それが少しばかり早くなっただけだ」
魔導士学校の教師棟、ビルセゼルトの居室だ。

「ふぅーん……」
ビルセゼルトの機嫌が相当悪いのは、いくらジョゼシラでも察している。

 帰宅してすぐに入浴するというので、一緒に入ろうかと言ったら
「風呂ぐらい一人ではいらせろ」
と、きつい口調で言われた。いつもだったら、せいぜい
「勘弁しろよ」
程度だ。何があったのだろうと、心を読んでみようかと思ったが、やめておいた。心への侵入をビルセゼルトに気付かれて、余計に怒らせるだけだ。

 結婚すると力が少し妻から夫に移譲される。魔女と魔導士では力の質が違うので、そうすることで夫が妻を助けやすくなる。特に統括魔女の夫となればその補助役なので必至要件だ。

 ビルセゼルトの場合、もともと持っている神秘力を操る力が強かったことと、術を操るテクニックが妻より高度だったので、今はジョゼシラよりも強い魔導士となってしまったが、ジョゼシラが魔女として成熟すれば、また逆転することは明らかだ。

 入浴を済ませた後もビルセゼルトは一言もしゃべらず、黙々と食事を済ませる。そして珍しく、グラスにワインを注ぐと、ダイニングに妻を置いて居室に行ってしまった。一口食べてはじっくり味わうジョゼシラは、当然食事に時間が掛かる。

 食事を終えたジョゼシラが居室に入った頃は、とうにワイングラスは空になっていた。ジョゼシラに気づいたビルセゼルトがグラスにワインを追加しろと、手ぶりで伝えてくる。ビルセゼルトは机に向かい、ジョゼシラなら手に取ることも拒否しそうな分厚い本を読んでいる。

「なんの本?」
いたグラスに手を伸ばしながらジョゼシラが問うとビルセゼルトは、問いには答えず手を握ってきた。

「おまえ、南の魔女の居城に入ることが決まったぞ」
「? そんな事は三年以上前に決まった事」
「いや、すぐに入らなくてはならなくなった。義母はは上が東に向かわれ、そのあと南におまえが入る」

 デリアカルネさまは統括魔女を引退され、北の魔女の居城で余生を過ごしたいとお思いだ。が、北の魔女の居城の副主人、甥孫のホヴァセンシルは返事を保留した。ジャグジニアは流産以来、体力はともかく精神的なダメージから立ち直れていないと言っていた。

「それで?」
ジョゼシラが握られた手を振り払い、ふん、と鼻を鳴らす。

「それでわたしに南の魔女の居城に行けと? あなたはここに残って? 一緒になってまだ三か月? 四か月? それなのに?」
「そうだよ。もともと決まっていたことだ。それが少しばかり早くなっただけだ」
それよりワインをくれないか?

 ビルセゼルトの催促で、グラスにワインが満たされていく。ジョゼシラは魔導術を使ったようだ。

「古文書? 見たことがない文字だ」
「きちんと学校の授業を受けていれば、読めるかはともかく、見たことはあるはずだが? 少なくとも俺の授業で扱った」
再び、ふん、と鼻を鳴らす音がした。

 このひと月余り、学校の蔵書を片っ端から引っ張り出して、悪魔・示顕じげん王・神秘王について調べたが、サリオネルトが言う通り、これと言って具体的な記述は見つけられなかった。著者が意図的に隠しているのではないかと思えてくるほどだ。

 いつかサリオネルトを呼び出した時に話した、南の魔女をジョゼシラ、東の魔女にソラテシラとすることには成功した。ソラテシラ・デリアカルネの協力があれば造作もないことだ。残念なのはデリアカルネを北の魔女の居城に入れることができなかったことだ。

 引退して欲しいとデリアカルネに相談したとき、デリアカルネはビルセゼルトに、どこまで判って言っているのかと訊いてきた。

 サリオネルトと同じ程度は、と答えると、
「では、わたしの隠居生活は、北の魔女の居城で送れるように図ってくれないか」
と言った。

 北の魔女の夫のホヴァセンシルがデリアカルネの甥孫と言う関係を考えれば無理な話でもない。魔女の居城はいくらでも部屋がある。年老いた魔女一人、どうということもない。

 サリオネルトの星見魔導士とデリアカルネは、どちらも北に『悪魔』が潜むと考えていた。客としてでも北の魔女の居城にデリアカルネを置くことは北の強化になる。

 が、今日の会議でホヴァセンシルは事実上の拒絶をした。決定保留としたものの、
「ジャグジニアは精神的に病んだ状態だ。力の強い魔女を城にはれられない」
遠回しにそう言っていた。

 そして会議終了後のサリオネルトの頼み、夕方のホヴァセンシルも含めた三人での密談、それに続くサリオネルトの相談事は、さらにビルセゼルトを憂鬱にさせた。

 会議後、サリオネルトは校長室で、示顕王の出現を示す『誕生』の星が二重星だという話はこないだしたよね、と切り出した。

 その『誕生』の星と、呼応する星がある。『落命』だ。星見はそれをどう読めばいいか判らないと言っているが、
「夏至の日、わたしは命を落とすんじゃなかろうか?」
サリオネルトが呟いた。

 思わずサリオネルトを見ると、いつも通りの穏やかさだ。
「何言ってるんだ、おまえ?」
「うちの星見は二重星だと判る前、『誕生』の星はマルテミアの出産を表していると言った。『落命』がともにあると言うから、『では死産なのか?』と訊いた」

 すると星見は元気な男の子が生まれると、言い切った。二重星と判明し、先がわたし、あとが息子となれば、星見の読星の解釈はある意味あたっていたと言える。

「けれど、だとしたら『落命』はなにを差すのだろう? 息子でもマルテミアでもないとしたら、残されているのはわたしだ」
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