憧憬のエテルニタス

寄賀あける

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第五部 遁走   守られる者 守られる愛

二十二章 城の意思 (4)

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 悪い話じゃないだろう? 考えてみてくれよ。と男が言う。
「俺はシス。女房はモニー。よろしくな」

 街に着くころには暮れなずんだ。赤ん坊を抱いて歩いて街を目指していたら夜になっていただろう。下手をすると宿を見つけられなかったかもしれない。

 今夜泊まるあてはあるかとシスが訊いてくる。ないと答えると、俺も決めてない、今から探すが同じ宿でいいな? と宿探しを引き受けてくれた。

 シスが見つけてきた宿は客室に天窓があって『星の降る宿』という名だった。こぢんまりした宿だったが、一階にはレストランも併設されている。値段も手ごろで言うことはなかった。

 赤ん坊が一緒でも構わない、泣き声がうるさいという客がいたら追い出すから言ってくれ、と宿屋の主人が言う。
「誰でも生まれた時は赤ん坊さ。そして赤ん坊は泣くものさ。それをうるさいなんてよく言えたものだと思うよ。うちも去年生まれた坊主がいてね。ジュードっていうんだ」
と笑った。

 赤ん坊に着せる服が足りないから、どこかで買えないかと問うと、おがりでいいならあるよ、と五着も持ってきた。代金を払おうとしても
「うちの女房はとしでもう産めない。不要になったもんだ、使ってくれれば嬉しいさ」
と受け取らなかった。

「どこも傷んでいない物だけ取っておいた。捨てるのも惜しくてね。赤ん坊はすぐ大きくなる、どんどん替えていかなきゃならない。だから出来る節約はするもんだ」

 一緒に夕飯を食べようとシスに誘われ断れず、一度部屋に荷物を置きに行きレストランに戻る。赤ん坊の服ももちろん替えた。

 シスとモニーは先に来ていて、何を注文しようかとメニューを覗きこんでいる。

「あ、ロザリア、こっち」
とモニーが手招きする。
「ねぇ、もう一度赤ちゃんを抱かせて」
名前を聞かれ、ロファーと答えると、いい名前ね、とにっこりする。

「わたしも早く欲しいわ」
モニーが言うとシスの顔が真っ赤に染まった。

 そこへ宿の主人が大きな籠を持ってきて、
「赤ん坊はこれに寝かせるといい」
と籠を乗せる台と共においていく。するとほかの客もやってきて、赤ん坊を覗きこんでは
「可愛いね、女の子?」
とか、あれやこれや取り巻かれる。

「あんまり賑やかにして、赤ん坊を驚かせるなよ」
と宿の主人が釘をさす。

 お騒がせして申し訳ないと、カノンが謝ると、
「なぁに、この街はいつもこんなもんだよ」
と宿の主人が笑う。

「小さい街だからね、ほぼみんな顔見知りさ。いいヤツばかりだ」
「ねぇ、この街で代書屋をやるのはどうだろう?」
とシスが宿屋の主人に尋ねた。

「おい……」
カノンが戸惑う。

「代書屋? いいかもしれないね。いるにはいるが、いつも忙しくって客は待たされてる」
「代書屋を出すのに、いい場所に店の空はあるかな?」

「市場に近い街道沿いにいい店がある。代書屋に向いているかな……おい、ジャス」
レストランの奥に声を掛けると、
「なんだぁ?」
と振り向く男がいる。

「市場近くに空き店が出たって言ってたよな。ほら、床屋だった店」
「あぁ、あるな。買い手はまだ見つからない。いい店なんだがなぁ。ちょっと値が張るかな。奥と二階が住まいにもできる」

「代書屋には向いてるか?」
「うーん。大通りに面していて人通りは多い。けれど、大通りとの間に植込みが作ってあってさり気なく人目から店の中を守っているし、角地、と言っても横は細い路地だが、その良さを生かして、建物の横から入るドアもある。勝手口だけどね。少し手直しすれば、秘密を知られたくない客用のドアになるんじゃないかな」

 入ってすぐの部屋が店舗だが、奥に控室がある。控室と言っても、大きなデスクが三つは置けるな。そこから二階にも行けるし、さらに奥にあるキッチンにも行ける。さっき言った勝手口ってのはキッチンと控室の境目あたりだ。キッチンの奥にはバスルームとベッドルーム。二階は一部屋で奥はでかい納戸だ。

「こうやって考えると、代書屋には打って付けかもしれないな。充分過ぎるぐらいじゃないか?」
ちょっと待って、と言っているうちにカナンがその店を買う方向で話が進む。いや、それは、と言ううちに、代書屋を始める話になっていく。そしてロザリアは笑ってそれを眺めている。

 それじゃ明日、契約しようとなってしまった。

「いいと思う。わたし、この街が好きになると思う」
部屋に戻るとロザリアにそう言われ、自分もそうなる気がしていたカナンも腹をくくった。

 食事を済ませ、自分たちの部屋に戻ったブランシスが『ふぅ』と息をつく。

「なんとかなりそうだな」
「なんとかなりそうね」
モネシアネルも頷く。

「それにしても親が代書屋?」
「ギルドの文書課で働いてる」
ブランシスがにやにやと笑う。なるほど、とモネシアネルも笑った。

「サリオネルトさまによく似ていた」
「マルテミアさまにそっくりなんじゃ?」

「カナンとロザリアはロハンデルトさまを大事にしてくれるね」
「少なくともロザリアはロハンデルトさまに夢中だった」

 そしてブランシスがモネシアネルに向き直る。
「この宿で良かったのかな?」
すまなさそうなブランシスに
「充分よ。星が見えるし素敵」
とモネシアネルが微笑む。

「わたしはあなたと一緒になれただけで嬉しい」
ブランシスは魔導士をやめる道を選んだ。そのブランシスにビルセゼルトが、ならばすぐ婚姻の契りをして、夫婦になってから市井に出たらどうかと言った。

 市井の人として暮らし始めれば、今度はいつ魔導士としての儀式ができるか判らなくなる。せめて婚姻の誓いは魔導士の内にしたらどうか。

 南の魔女の居城に集まっていた魔導士全員を立会人に、ブランシスとモネシアネルの結婚式が執り行われ、そのあと二人はロハンデルトを抱いて、南の魔女の城を発った。

 くわだてを知らない者は婚姻の祝宴から花婿花嫁がいつの間にか姿を消したことに気付かなかったはずだ。

 カノンとロザリアを見つけたのは幸いだった。こんなに早く最適な二人を見つけられるとは思っていなかった。多少、強引だったが、このままこちらの思惑通りに事は進むだろう。少なくとも今日出来る事はこれで終わりだ。あとは二人の時間でいいはず――

 ブランシスがモネシアネルを見詰める。モネシアネルがブランシスを見詰める。

「愛している。これからいろいろ苦労すると思う。大変なことが続いていくだろう。それでも俺はおまえを大事にする。幸せにする。モネシアネル、お願いだ。結婚してくれないか?」
「シス……それはプロポーズ? 順番が逆だわ」

 あれよあれよと話は進んで、気が付けばここにいる。昨日の今頃はサリオネルトと辛い話をしていた。

「サリオネルトさまが、わたしとシスはいい夫婦になるだろうとおっしゃった。シスが望んでくれるなら、と、その時思った」
モネシアネルの頬に涙が伝う。

「サリーの願いも、ロファーの事も、俺たちの結婚に関係ない。そりゃあ、俺と結婚すれば、ロファーの事が付いてくる。苦労させると判っている。勝手だけど、それでも俺と結婚して欲しい。俺には、モニーが必要なんだ」
「わたしが幸せでいるにはシスが必要よ」

「結婚してくれるかい?」
ブランシスが手を差し伸べるとモネシアネルが手を添える。
「もちろんよ」
そっと引き寄せて抱き締め、口づける。

 今まで何度もキスをした。愛しているとささやいた。だけどこのキスは特別だ。そして今夜は特別な夜になる。

 唇を離すとモネシアネルがそっとため息をつく。甘い溜息だ。ブランシスが部屋の明かりを消した。

「愛しているよ……」
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