憧憬のエテルニタス

寄賀あける

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第五部 遁走   守られる者 守られる愛

二十二章 城の意思 (5)

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 骨折は、あばらが二本にとうこつあごにもひびが入っていたし、鼻骨は砕けていたが、これらはすぐ治せると癒術魔導士が言う。

 肩の脱臼と周辺の火傷は本人の治癒術ですでに治っている。あちこちの打撲も、顔の腫れも治癒術で治った。

 問題は、通常とは反対の方向に曲がってしまった左ひざだ。これを完全に元通りに治すのは無理だという。歩けるようにはなるが、一生引き摺ることになる。

 ジャグジニアは泣いたが、当のホヴァセンシルは移動術が使えるのだから問題ないと、気にしない。

 それよりも問題は、せっかく『家主の憤り』で捕らえたスナファルデに、与えた部屋と魔女の居室前の廊下限定とは言え、行動の自由を与えてしまった事だ。

 魔導術を使えないままにしたのがせめてもの救いだ。

 家主の憤りを仕掛けるには、建物に『誰が家主か』を認識させなくてはならない。そのため、新旧家主が建屋の中心部で『取引』により持ち主が変わったと宣言する。ホヴァセンシルが『取引するな』と言ったのは、ジャグジニアにそれを思い出させるためだった。

 ジャグジニアは寸でのところでそれに思いあたり、怒りを思い切りスナファルデにぶつけた。ほっとしたのもつか、ジャグジニアの放った稲妻に膝を撃ち抜かれたホヴァセンシルは失神してしまった。

 重症と思われたドウカルネスは、脇腹をえぐられたものの、内臓に損傷はなく、ジャグジニアの治癒術で傷は塞がっていたし、癒術魔導士による追加の治療で完治している。そして当然とばかり、ジャグジニアの傍にいる。

 瓦礫がれきの山となった西の城にサリオネルト夫妻の遺体を探しに行こうとドウカルネスが言いだし、ジャグジニアもそうしましょうとホヴァセンシルに言ったが、ホヴァセンシルは『無駄だ』と許さなかった。ビルセゼルトが連れて帰ったことを知っていたがそれは言わず、ギルドがとうに見つけたことだろうと言った。二人の魔女も、他の魔導士たちも、ホヴァセンシルに異を唱えることはなかった。西の城の崩壊から、随分と時は過ぎている。ギルドが動かないはずもない。

 スナファルデがホヴァセンシルを襲ったことは、あっという間に北の城にいる魔導士たちに伝わった。ジャグジニアがホヴァセンシルが大怪我をしたと、騒ぎたてたからだ。

 スナファルデを殺せ、と魔導士たちは息まいたが、やはりホヴァセンシルは許さなかった。
「人の命は取り戻せない」
と言うホヴァセンシルの声に考え込む魔導士は多かった。

「スナファルデは少なくともこの城では術が使えなくしてある」
もう悪さはできない、命まで奪う必要を感じない。

 ホヴァセンシルがそう説いても、自分たちの指導者が妻を人質に、なぶられて大怪我を負わされた、その怒りを鎮めきれるものではない。

 考え直せ、スナファルデに制裁を加えろ、と口々に言う魔導士に
「かつてスナファルデは独断でサリオネルトに消失術を使った。同じことをこの俺にしろと?」
とホヴァセンシルがぽつりと言う。

 それぞれに気まずい顔をしたが、それでも魔導士たちは治まらない。
「ではスナファルデをどうするのだ?」
と詰め寄ってくる。

「ギルドと終戦交渉をし、成立の後、引き渡す。法に則って事を運び、その上で死罪となれば、俺とて文句はない」
それに否を唱えたのはジャグジニアだった。

「終戦の条件はお考え済みか?」
「告発状に名を揚げたサリオネルトもマルテミアも世を去った。これ以上争っても意味がない」

「サリオネルトの息子は? それに、サリオネルトは命を消したとあなたは仰った。どこに消したのですか? 追わなくてよいのですか?」
ジャグジニアに痛いところを突かれ、この場にほかの魔導士たちがいなければ、どうにでも誤魔化せるのに、とホヴァセンシルが内心、舌打ちをする。

「少なくともサリオネルトの息子の引き渡し、これがなければ、我らがギルドとの関係を修復するのは無理です」
今度はジャグジニアがホヴァセンシルに詰め寄る。苦々しい顔でそれにホヴァセンシルが答える。

「それで? ギルドがサリオネルトの息子を我らに引き渡したとして? 生まれて間もない赤子をどうするつもりだ?」
「サリオネルトは示顕じげん王として力を現すことはなかった。ならばその息子が示顕王であったと考えるのが妥当。示顕王は殺さなければ世に災いを齎します」

「……赤ん坊を殺めるか。気が進まん」
一瞬ジャグジニアが怯む。が、ホヴァセンシルの情に訴える策は功を成さなかった。

「世の安寧を守るのが我が務め。そのためには手を汚すのも仕方ありません」
「あぁ、そうだな、その通りだな」

 ここはこれ以上粘っても、いい結果は出ない。取り敢えず、ジャグジニアに従い、あとで策を練ろう。ホヴァセンシルが退く。

「問題はサリオネルトの息子の行方。たぶん南の魔女のところだろう。だが、そう簡単に渡してくるとは思えない」
「では終戦などと言わず、次には南を攻めましょう」

 これには見守っていた魔導士たちもどよめいた。
「南を攻める? 気は確かか? ジョゼシラとビルセゼルト、あの二人とやり合うヤツは馬鹿だ」
「ば、馬鹿、って、わたしを馬鹿と?」

「あぁ。馬鹿だ、到底勝てない、騙し討ちもできない。ビルセゼルトの堅実さを知らないニアではないだろう?」
「うっ……」

「一騎打ちでというのなら、勝てなくもない。が、戦となるとそうはいかない。だいたい南を攻めれば東のソラテシラが黙っていない。妖幻の魔導士ダガンネジブが出てきたら、手も足も出ない」
「ダガンネジブがなんだというのです?」

「影の力というものを初めて見た……火も水も風も大地も、影に飲み込まれる」
「あなたは! 戦う前に怖気おじけづかないで!」
「怖気づくのと相手の力量を正しくし量るのは別だ。勝算のない戦いに仲間を導いてはいけない」

 それを言うのなら、そもそもこの戦争に仲間を巻き込むべきではなかった。勝つ見込みどころか、勝つ気がない。
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