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うん、と杉山が頷く。
「懐空のところへ帰りたいと思った時、まず愛実さんは何を考えるだろう? 一番に考えるのは、果たして懐空が受け入れてくれるかどうかなんじゃないかな?」
「僕が愛実を拒むなんてありえない!」
「それは懐空がそう思っているってことだろう? キミは少しでも不安になったことはないのか? ひょっとしたら、自分のことが嫌いになったからいなくなったんじゃないかって、一度でも思ったことはないか?」
「それは……」
「わたしは何度もあるよ。その度にそんなはずはない、って思い直し、由紀恵を信じるって自分に言い聞かせた――由紀恵、おまえはどうだった?……あ、いや、聞くまでもないな、さっき何日も泣いたって言っていたな」
杉山が軽く笑んで由紀恵を見、由紀恵は拗ねたような顔を見せた。
「それは愛実さんだって同じだと思うよ。懐空を信じていても、不安になる時だってあるのではないかな? ひょっとしたら、と思い、そんなことはないと思い直す。その繰り返しなんじゃないかと思う」
たった今、愛実が自分を思い続けていると思うのは自惚れかと思ったばかりの懐空だ。杉山に反論などできない。
「それと、確認しておきたいことがあるんだ」
何も言わない懐空を杉山が覗き込む。
「愛実さんが見つかって、戻ってくるとしたら、懐空、キミは彼女とどうなりたい?」
「どうなりたいって?」
「具体的に言えば、結婚したいかどうか」
「そのつもりです。婚約破棄した覚えはない。そりゃあ、彼女の同意も必要だけど」
「もう一つ、これは、もしそうなら、の話なんだが――もし、子どもがいたらどうする?」
「え?……」
「わたしと由紀恵の話を聞いて、ひょっとしたら、とは思わなかった?」
「あ……えっ?」
杉山が何を言いたいのか、すぐには飲み込めなかった。愛実に子どもって誰の? と思ってしまった。愛実が自分以外との間に子どもを作るなんてありえないと思い、杉山と由紀恵、と聞いて、あぁ、そうか、僕の子か、と、やっと気が付いた。
「もしそんなことなら、いなくなったりしなかったと思います」
懐空の返答に杉山と由紀恵が目を見かわす。
「それはどうして?」
「愛実がいなくなったのは三月の中旬で、その年の六月には婚姻届けを出そうって話してました。そのタイミングで妊娠していたら、いなくなる理由が判りません」
うーーん、と杉山が唸り、腕を組む。
「まぁ、もし、の話だから。愛実さんは密かにキミの子を出産し育てていたとしたら?」
「その想定、意味あるんですか? もちろん婚姻と同時に認知して戸籍に入れます」
そう答えているうちに、あっ、と懐空が思う。
「それって、僕のことをどうするかを聞いている?」
「ん? うん、そうだね、わたしもそうしたいと思っているよ」
予想外の懐空の質問に少しばかり杉山が動揺する。それを見て懐空が笑う。
「別に認知なんかして貰わなくて結構」
「懐空……」
由紀恵が困り顔を見せる。それを無視して懐空が続ける。
「二八にもなる隠し子がいたんじゃ、先生の評判はガタ落ちだ。別に今更どうでもいい」
「まぁ、その件はゆっくり相談しよう……で、話を元に戻そう、キミに子どもがいた場合、だ―― もし子どもがいたら、それこそ世間は隠し子だと騒がないかな?」
「だから、そんな心配はないって。子どもなんかいないから」
杉山が舌打ちする。
「キミの頑固は由紀恵譲りか……」
「風空!」
杉山が頭を抱え、小さな声で済まない、と由紀恵に言った。
「わたしだって、由紀恵が妊娠してるなんて、想像できなかった。でも実際は、キミが生まれ、キミを由紀恵が育ててくれた。絶対そんなことはないと言い切れないんじゃないかと思うんだがねぇ」
「……もし、そんなことがあったとしても、さっき言った通りです。世間がなんて言おうがかまわない。言いたければ言えばいい。事実を僕は隠さない。愛する人を愛していると堂々と宣言してやる」
「そうか、そうだね。それでいいと思う」
やっとその言葉が聞けたと、杉山が思っていると懐空は気づいていないだろう。懐空が事実から逃げ出すとは杉山も思っていない。由紀恵から聞いている懐空のイメージに合わない。懐空はきっと立ち向かう。だが、念のため、本人からその言葉を聞いておきたかった杉山だ。
「それで? なんで僕にそんなことを?」
うん、と杉山が懐空を見つめる。
「わたしも懐空、キミと同じだ。由紀恵を愛していると、誰に恥じることなく言いたい。そしてこれが愛する由紀恵との間にできた息子だと、キミの事を言いたい」
「……それって――」
自分を見つめる杉山を懐空も見つめ返す。
「ひょっとして、僕を心配している?」
「……うん、もちろん心配しているが、たぶんそれはキミが想像する心配と少し違うと思う」
「僕が想像する心配……杉山先生に隠し子がいて、その子に新人賞を受賞させた。世間がそう解釈して、先生の立場が危うくなる。そしてそれ以上に僕が非難される」
フッと懐空が笑った。
「なるほど。それで母が僕から仕事を取り上げるなと言った」
「うん、由紀恵がそう言ったのはキミの言うとおりだが、わたしの心配は少し違う」
「違う?」
「わたしが心配しているのは、愛実さんが戻ってきたとき、同じことがキミの身に降りかかるということだ」
「同じこと? なぜ? 僕がどれほど年上の女性と結婚しようが、非難される謂れはない」
「だからさっきのたとえ話に戻るんだよ、懐空」
「たとえ話……子ども?」
「うん……なにしろ彼女がいなくなったタイミングが、ね。デビューの時期と重なっている。他人はとかく――」
「言わせておけばいい」
懐空が杉山の言を遮る。
「さっきも言った。世間がなんと言おうと――」
「愛実さんは耐えられるかい?」
今度は杉山が懐空を遮り、懐空が息を飲む。
「もしも愛実さんが出産していれば、その子は今年五歳か。その子は耐えられるかい?」
「そ、それは僕が……」
「守るか。どうやって? 世間をシャットアウトして部屋に閉じ込めておくか? 二人の耳に何も入ってこないように?」
「それは ――」
目を泳がせる懐空を杉山が見詰める。
「お願いがあるんだ――キミと愛実さんのことをわたしに書かせて貰えないだろうか?」
杉山の隣で由紀恵が緊張し懐空を見る。懐空はゆっくりと杉山に視線を向ける。
「僕とあみのこと?」
「うん。憶測を吹聴されるよりも、真実を暴露する。真実より強いものはない――経緯が詳らかになればキミに悪意がないことを理解する人も多いはずだ。むしろキミの愛の深さを知って同情や共感を呼べるかもしれない」
杉山を見続けるだけで反応を示さない懐空に杉山が続ける。
「デビュー作の続編として、わたしと由紀恵の再会、キミの存在、キミと彼女のこと、そのあたりを書きたいと思っている。下手な憶測が流され、それに反論するよりもずっと効果があると思う。少しでもキミの役に立てれば――」
「黙れ!」
いきなり懐空が立ち上がる。杉山の言葉に激昂したのか、瞳が怒りで燃えている。驚く杉山を睨みつけ、それから思い直したように、フッと笑った。
「いいよ、言い訳は」
「言い訳?」
「僕を呼んだのは、この話がしたかったからだ。違うとは言わせない」
「いや、まぁ、確かに……」
懐空から感じる怒りに杉山がたじろぐ。その杉山を懐空が見おろす。
「書きたければ書けばいい。あんたは作家だ。書くなと言っても書くだろう」
「懐空……」
「だがな!」
懐空の怒鳴り声に由紀恵が腰を浮かせる。
「やめて! 懐空」
そんな由紀恵を懐空は無視し、杉山を睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。
「僕のため? ふざけんな! 書きたいだけだ。違うとは言わせない。ただ、後ろめたいんだ。僕をネタに使うのが。許しを請うフリをして、免罪符が欲しいだけだ!」
懐空の言葉に杉山が蒼褪めた――
「懐空のところへ帰りたいと思った時、まず愛実さんは何を考えるだろう? 一番に考えるのは、果たして懐空が受け入れてくれるかどうかなんじゃないかな?」
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「それは懐空がそう思っているってことだろう? キミは少しでも不安になったことはないのか? ひょっとしたら、自分のことが嫌いになったからいなくなったんじゃないかって、一度でも思ったことはないか?」
「それは……」
「わたしは何度もあるよ。その度にそんなはずはない、って思い直し、由紀恵を信じるって自分に言い聞かせた――由紀恵、おまえはどうだった?……あ、いや、聞くまでもないな、さっき何日も泣いたって言っていたな」
杉山が軽く笑んで由紀恵を見、由紀恵は拗ねたような顔を見せた。
「それは愛実さんだって同じだと思うよ。懐空を信じていても、不安になる時だってあるのではないかな? ひょっとしたら、と思い、そんなことはないと思い直す。その繰り返しなんじゃないかと思う」
たった今、愛実が自分を思い続けていると思うのは自惚れかと思ったばかりの懐空だ。杉山に反論などできない。
「それと、確認しておきたいことがあるんだ」
何も言わない懐空を杉山が覗き込む。
「愛実さんが見つかって、戻ってくるとしたら、懐空、キミは彼女とどうなりたい?」
「どうなりたいって?」
「具体的に言えば、結婚したいかどうか」
「そのつもりです。婚約破棄した覚えはない。そりゃあ、彼女の同意も必要だけど」
「もう一つ、これは、もしそうなら、の話なんだが――もし、子どもがいたらどうする?」
「え?……」
「わたしと由紀恵の話を聞いて、ひょっとしたら、とは思わなかった?」
「あ……えっ?」
杉山が何を言いたいのか、すぐには飲み込めなかった。愛実に子どもって誰の? と思ってしまった。愛実が自分以外との間に子どもを作るなんてありえないと思い、杉山と由紀恵、と聞いて、あぁ、そうか、僕の子か、と、やっと気が付いた。
「もしそんなことなら、いなくなったりしなかったと思います」
懐空の返答に杉山と由紀恵が目を見かわす。
「それはどうして?」
「愛実がいなくなったのは三月の中旬で、その年の六月には婚姻届けを出そうって話してました。そのタイミングで妊娠していたら、いなくなる理由が判りません」
うーーん、と杉山が唸り、腕を組む。
「まぁ、もし、の話だから。愛実さんは密かにキミの子を出産し育てていたとしたら?」
「その想定、意味あるんですか? もちろん婚姻と同時に認知して戸籍に入れます」
そう答えているうちに、あっ、と懐空が思う。
「それって、僕のことをどうするかを聞いている?」
「ん? うん、そうだね、わたしもそうしたいと思っているよ」
予想外の懐空の質問に少しばかり杉山が動揺する。それを見て懐空が笑う。
「別に認知なんかして貰わなくて結構」
「懐空……」
由紀恵が困り顔を見せる。それを無視して懐空が続ける。
「二八にもなる隠し子がいたんじゃ、先生の評判はガタ落ちだ。別に今更どうでもいい」
「まぁ、その件はゆっくり相談しよう……で、話を元に戻そう、キミに子どもがいた場合、だ―― もし子どもがいたら、それこそ世間は隠し子だと騒がないかな?」
「だから、そんな心配はないって。子どもなんかいないから」
杉山が舌打ちする。
「キミの頑固は由紀恵譲りか……」
「風空!」
杉山が頭を抱え、小さな声で済まない、と由紀恵に言った。
「わたしだって、由紀恵が妊娠してるなんて、想像できなかった。でも実際は、キミが生まれ、キミを由紀恵が育ててくれた。絶対そんなことはないと言い切れないんじゃないかと思うんだがねぇ」
「……もし、そんなことがあったとしても、さっき言った通りです。世間がなんて言おうがかまわない。言いたければ言えばいい。事実を僕は隠さない。愛する人を愛していると堂々と宣言してやる」
「そうか、そうだね。それでいいと思う」
やっとその言葉が聞けたと、杉山が思っていると懐空は気づいていないだろう。懐空が事実から逃げ出すとは杉山も思っていない。由紀恵から聞いている懐空のイメージに合わない。懐空はきっと立ち向かう。だが、念のため、本人からその言葉を聞いておきたかった杉山だ。
「それで? なんで僕にそんなことを?」
うん、と杉山が懐空を見つめる。
「わたしも懐空、キミと同じだ。由紀恵を愛していると、誰に恥じることなく言いたい。そしてこれが愛する由紀恵との間にできた息子だと、キミの事を言いたい」
「……それって――」
自分を見つめる杉山を懐空も見つめ返す。
「ひょっとして、僕を心配している?」
「……うん、もちろん心配しているが、たぶんそれはキミが想像する心配と少し違うと思う」
「僕が想像する心配……杉山先生に隠し子がいて、その子に新人賞を受賞させた。世間がそう解釈して、先生の立場が危うくなる。そしてそれ以上に僕が非難される」
フッと懐空が笑った。
「なるほど。それで母が僕から仕事を取り上げるなと言った」
「うん、由紀恵がそう言ったのはキミの言うとおりだが、わたしの心配は少し違う」
「違う?」
「わたしが心配しているのは、愛実さんが戻ってきたとき、同じことがキミの身に降りかかるということだ」
「同じこと? なぜ? 僕がどれほど年上の女性と結婚しようが、非難される謂れはない」
「だからさっきのたとえ話に戻るんだよ、懐空」
「たとえ話……子ども?」
「うん……なにしろ彼女がいなくなったタイミングが、ね。デビューの時期と重なっている。他人はとかく――」
「言わせておけばいい」
懐空が杉山の言を遮る。
「さっきも言った。世間がなんと言おうと――」
「愛実さんは耐えられるかい?」
今度は杉山が懐空を遮り、懐空が息を飲む。
「もしも愛実さんが出産していれば、その子は今年五歳か。その子は耐えられるかい?」
「そ、それは僕が……」
「守るか。どうやって? 世間をシャットアウトして部屋に閉じ込めておくか? 二人の耳に何も入ってこないように?」
「それは ――」
目を泳がせる懐空を杉山が見詰める。
「お願いがあるんだ――キミと愛実さんのことをわたしに書かせて貰えないだろうか?」
杉山の隣で由紀恵が緊張し懐空を見る。懐空はゆっくりと杉山に視線を向ける。
「僕とあみのこと?」
「うん。憶測を吹聴されるよりも、真実を暴露する。真実より強いものはない――経緯が詳らかになればキミに悪意がないことを理解する人も多いはずだ。むしろキミの愛の深さを知って同情や共感を呼べるかもしれない」
杉山を見続けるだけで反応を示さない懐空に杉山が続ける。
「デビュー作の続編として、わたしと由紀恵の再会、キミの存在、キミと彼女のこと、そのあたりを書きたいと思っている。下手な憶測が流され、それに反論するよりもずっと効果があると思う。少しでもキミの役に立てれば――」
「黙れ!」
いきなり懐空が立ち上がる。杉山の言葉に激昂したのか、瞳が怒りで燃えている。驚く杉山を睨みつけ、それから思い直したように、フッと笑った。
「いいよ、言い訳は」
「言い訳?」
「僕を呼んだのは、この話がしたかったからだ。違うとは言わせない」
「いや、まぁ、確かに……」
懐空から感じる怒りに杉山がたじろぐ。その杉山を懐空が見おろす。
「書きたければ書けばいい。あんたは作家だ。書くなと言っても書くだろう」
「懐空……」
「だがな!」
懐空の怒鳴り声に由紀恵が腰を浮かせる。
「やめて! 懐空」
そんな由紀恵を懐空は無視し、杉山を睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。
「僕のため? ふざけんな! 書きたいだけだ。違うとは言わせない。ただ、後ろめたいんだ。僕をネタに使うのが。許しを請うフリをして、免罪符が欲しいだけだ!」
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