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たんぽぽ  (風の歌)

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 時は流れ、心移ろう。世に変化のないものはあらず、生する限り拒む手段はない。麗らかな春の日差しもやがて照りつける夏となり、秋を経て、必ず冬が訪れる。

 その春、陽の光に誘われ若草の野を通りかかったその春、私は一人の少女に出会った。日差しを受けてたたずむ少女は暖かさにゆったりと身体をほぐし、満足げな笑みを見せていた。

「春がきたのねぇ」
少女がそっと呟いた。
「そうだね、春がきたね」

 私はそう答えながら少女の傍をゆっくりと過ぎていった。彼女の髪から太陽の匂いが漂ってきて、それが私に染み込みそうな、そんな予感に震えながら……

 あくる日も、私は少女の野に行った。可憐な少女を眺めるために。

 少女は風に髪を遊ばせながら呟いた。
「春なのねぇ」

「そうだね、春だね」
私は答えた。

 それから私は、毎日少女の野に出掛け、少女の傍で時を過ごした。

 私は歌う、恋の歌を。少女は細い身体を揺らしながら、風と戯れていた。そしてときどき微笑むのだ。だがそれは、私に向けた微笑ではなかった。一抹の寂しさをいだきながら、それでも私は歌い続けた。

   心揺れる春の日よ
   命萌える春の日差しよ
   優しさを運ぼう
   ぬくもりを届けよう
   暖かな東風とともに
   春の香りで世を満たそう

 少女は太陽に恋をしていた。くる日もくる日も太陽をうっとりと眺め続けていた。少女の黄金こがね色の髪は日差しに輝き、若草色のスカートはきらめきながら風に舞った。恋は少女を美しく花開かせ、切ない私はさらに心をこめて愛を歌った。少女よ、せめて私を見ておくれ。それでも少女は日差しのみを待っているように私には見えた。

「春なのよねぇ」
瞳を潤ませて少女が呟く。

「そうだね、春なんだね」
けれどいつものように私の声は風となって消えてしまい、今度もやはり少女には聞こえない。

「春なのよねぇ」
少女の呟きを聞きながら、私はその傍らをゆっくりと通り過ぎていた。

 意地悪な雲が太陽を隠す日、少女は心なしか項垂うなだれていた。悲しい私は叫ぶように歌う。するとますます身をかたくし、少女は耳を塞いでしまう。

「太陽こそが『愛』なのね」
ある日少女が呟いた。

「命を生み出し、育む太陽……それこそが『愛』なのね」
私は天を振り仰ぎ、恨めしげに太陽を見詰めた。日差しは柔らかく、そして私をも暖めている。誰にでも等しく降り注ぐ日差しよ、あなたがために恋に傷つく私さえも、その愛で癒そうと言うのか?

 私に気付いて太陽が失笑した。
「少女に恋をするとは愚かなことを……」

「あなたはあの少女の可憐さを知らないからそんなことを言うのです」
言葉を返す私に太陽は溜め息をついた。

「しょせん生きとし生けるもの、移り変わっていく運命さだめ。果たして少女が『可憐な少女』でなくなっても、おまえは恋を語れるのか?」
「あの少女の可憐さはたとえ老女となろうと変わらない。私の心も変わりはしない」

 太陽はさらに笑った。
「季節ごとに姿を変えるおまえから、そのような言葉を聞こうとは――南風よ、己の言葉を忘れずにいるがいい」

 それからも私は少女の野を日ごと訪れた。少女の耳にはただの風になってしまう恋の歌を謳うために。

 晩春の日差しはさらに少女をときめかせ、否応なしに美しく育んでいく。やがて少女は乙女となり、報われぬ恋心から憂いを秘めた美しさをも見せ始めた。

 おお、太陽に嫉妬してなんとする? 太陽がいなければ、私もまた存在しないものなのに!

 せめて、と私は嘆いた。せめてこの身が少女の目に触れさえしたら……優しくおまえの身体を包み込み、愛を語っているのは私だと、乙女に伝えることができるのに。

 私の嘆きを太陽が笑ったときだった。一群ひとむらの雲が僅かに太陽を掠め、日差しが矢となって私にそそいだ。なんの悪戯かキラキラと、私の身体が一瞬きらめく。

 乙女は眩しげに私を見た。そしてすぐに消えた私の幻を探した。気恥ずかしさに私は乙女から遠ざかっていた。

「今のは風? いつもそばにいてくれたのは風だったの?」
乙女の声に後ろ髪を引かれながら。

 乙女に姿を見られ、乙女の言葉から心を見透かされたのではないかと恐れた私は、しばらく乙女の野には足を向けなかった。

 それでも恋しさは募っていく。会いたさに私は再び乙女の野を訪れた。乙女に気付かれないようにと足音を忍ばせて。

 だが――そこにいたのは一人の白髪の老女だった。

 きたるべき時が来てしまったのだ。春ももう終わる。日差しは照りつけ、夏の到来が間近と告げている。私の身体も、もう春のように優しくはないだろう。動揺が私の息を止め、そして溜め息をつかせた。

 老女が物憂げに宙を見詰める。
「風? 風が吹いたの?」

 私の溜め息にそれと気がついたのだろう。できるだけゆっくりと老女に近付き、私は優しく老女の身体を包み込んだ。

 私の心を知っているだろうか? 私の愛は届くだろうか?

 ああ、可憐な少女よ。私にとってあなたはいつまでも、初めて会ったときの少女のままだ。

 私に包まれ老女が笑んだ。

「ずっと待っていたのよ……」
早春の日差しの中で見た満足げな微笑だ。

「いつでもそばにいて勇気付けてくれていたのは、風よ、あなただったのね。太陽のまぶしさに目が眩み、あなたに気付かずにいたの。気付いたときにはこんなおばあさんになってしまったわ」

 震える心に私は、老女を強く抱き締めた。

 突風は老女の細い身体を揺らし、白くなった髪をなびかせた。そのとき老女はまたあの満足げな笑みを浮かべ、そして消えた。私は嘆きつつ、彼女の髪の一筋一筋を追い続けた。少女の姿を追い求めるように。

 そして時は流れ、また春が訪れる。

 私は野を訪れ、あの少女の白髪から生まれ出た黄金色の髪の少女たちを愛しむ。もう太陽が私を笑うことはない。

 私は私が愛した少女に聞かせたように、恋の歌を少女たちに聞かせて過ごす。優しく、暖かく、ゆったりと微笑みながら。そう、いかに少女を愛していたか、あの少女の子どもたちに伝えるために。
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