幸せな花嫁

寄賀あける

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 おたなの奉公人みんなに今日は尾頭おかしら付きが振舞われ、お酒も一人一本だけ宛がわれた。もちろん猫のあたしにはお酒はないものの、炒り子じゃなく目刺が貰えた。

「お祝いだからね、これも立派な尾頭付きだよ」
女将おかみさんは上機嫌で、食べているあたしの背を撫でた。本当は食べているときは触らないで欲しい。でも、今日はあたしも我慢するよ。

 お嬢さんは晴れやかな顔をして、ますます美人に見えた。あんなきれいな花嫁さん、あたし、きっと初めて見た。

 おめでとう、って言ったら……にゃおんとしか聞こえてないだろうけど、にっこり笑って
「明日はきっと遊べるからね」
と言ってくれたね。ごめんよ、明日はあたし、もういない。

 軒下で寒さに震えて鳴いていたあたしを真っ先に見つけてくれたのはあんただったね。そんなところじゃ寒いでしょう、って家にいれ、こんなに冷えて可哀想にと抱いて温めてくれたよね。

 それからあたし、ずっとあんたの片思いの話を聞かされてた。あんたったら、あんな近くにいる人に、ほんの少しも近寄れなくって毎晩泣いているんだもの、なんとかしてやりたいって思うじゃないの。

 お父っつぁんが許すはずがない、って泣いたよね。だからあたし、おたなにお父っつぁんを見に行ったんだよ。そしたら女中さんたちが追い掛け回すから水甕みずがめの隙間に逃げ込んだんだ。一晩そこで過ごしたのは辛かったけど、おかげであんたのおっさんのそばに行けてよかったよ。

 あのおっ母さんは優しいね。それに楽しいね。明るくて頼もしい、いいお母さん。

 ねずみを捕ってきたら炒り子よりいいものをくれるって言ったけど、とうとう捕らなかったから何をくれたか判らない。一回くらい鼠を追ってもよかったかな。

 あんたのお兄さんを亡くした傷はまだ癒えていないみたい。あんたと手代さんで温めてあげるといいよ。

 あんたのお父っつぁんも、とってもいい人。あんたの思いを汲んでくれたし、手代さんを大事にすると、本心から言っている。少し単純で頭が固いけど、自分の女房と娘を大事に思っているのは間違いない。あんた、親孝行しなきゃだね。

 それにしてもあんたは幸せだよね。みんなの幸せの上にあんたの幸せは成り立った。それをあんたは知っているだろうか?

 知らなくてもいいのかな? あたしにも判らない。だって結局、手代さんはあんたを選んだし、お師匠さんのお弟子さんも手代さんを諦めた。誰に言われたわけじゃなく、自分でそう決めた。

 確かにあの時、あたしが止めに入ったあの時、二人して川に身を投げようとしたんじゃないかとあたしは思った。結局、代わりにあたしが川に身を投げたようなもんだったけれど。

 あんなに思い詰めていたのに、あっけなく二人は別れを決めたね。植え込みの陰に隠れて二人の話を聞いたんだ。大人の分別ってものなのかもしれないけれど、あたし、本当は判りたくない。

 思い合う二人は一緒になれないなんて、不公平すぎる世界じゃないか。でもお嬢さんの幸せを壊すのもイヤ。世の中って難しいんだね。みんながみんな幸せになるってないんだろうか?

 ううん、違う、みんな幸せだって言ってた。

 手代さんだってあのお弟子さんだって、『あたしは幸せだ』って口々に言っていた。幸せってもんは奥が深いものなんだ。ただ、あたしにはまだ理解できないだけなんだ。

 女将さん、今日の目刺は美味しかったよ。猫のあたしにはちょっと塩気が利きすぎていたけど、ご馳走さま。お嬢さん、明日遊べなくってごめんね。手代さんといつまでも幸せに暮らしてね。あたし、これからお琴のお師匠さんのところに行ってくるよ。あの娘の様子がちょいとは気になるからね。

 梅の木を登り枝伝いに塀の上に乗る。目当ての家に向かって歩き出せば辺りが急に暗くなる。えっ、待って、あたし、お師匠さんにもあの娘にも別れの挨拶がしたいんだ――

 その願いが聞き届けられることはなく、誰も見る人のいない隙に、ふっと子猫の姿は宙に消えた。
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