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26 不思議なジゼル

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 ゆっくりとシャーンがアランに近づく。そしてアランに向かって腕を伸ばす。それに気付いたアランが迎え入れるように腕を広げ、ふところにシャーンを包み込んだ。

「どうした? 今日はなんで泣いてるの?」
アランの静かな声がする。

 それに答えずシャーンはアランの胸にしがみ付いたまま、ハラハラと涙をこぼす。
「黙っていたら判らない……僕の妹は口がけなくなったかな?」

「……わたしの兄はグリンだけよ」
アランにしがみ付いたままシャーンがアランに抗議する。

「うん……ジゼルはシャーンの妹なんだから、ジゼルの影の僕はシャーンにとっての弟じゃなきゃダメか。年上の弟ってのも面倒だな」
「……」

「シャーン――少し背が伸びた?」
「判らない。アランがそう言うなら伸びたのかも……アランは髪が伸びたわね」
アランが苦笑する。

「僕はもう背は伸びないだろう。じきにシャーンに追いつかれる」
するとシャーンもクスリと笑った。
「背の代わりに髪を伸ばしていたの?」
「まさか!」
これにはアランも吹き出した。

「……なぜ、花瓶かびんとティーセットをここに置き去りにしているの?」
「うん? それでシャーンは泣いている?」

「アランのそばに、いつもおいていて欲しかったのに。今日この喫茶室に来たら出窓にあるんだもん。悲しかった」
「そうか……僕が悪かった。自分の部屋に持って帰るよ。それでいいかい?」

「本当に持って帰ってくれる?」
「もちろんだよ」

「ねぇ……」
「うん?」
「泣きたくなったらまた来てもいい?」

「うん。約束だからね。でも――」
「判ってる。それ以上言ってはイヤ」

 でも、これからはなるべくデリスを頼るんだよ、その言葉をアランがみ込む。

 困った時、泣きたくなった時、そんな時は遠慮なく僕に甘えていい、あの時、そう約束した。その約束は、いつまでも消えない。

「悲しくなった理由はそれだけ?」
アランがシャーンに問う。シャーンは答えない。

「それだけならば、そろそろ自分のいるべきところへ帰らなきゃ――サウズが、シャーンがいないって探している。知らないか、って送言してきたから、寮にいないのかい? って答えておいた。寮長を困らせちゃダメだよ」

 アランにしがみ付くシャーンの手に力がこもり、そして放した。

「そうね、そろそろ帰るわ――おやすみ、アラン」
「うん、おやすみ」

 シャーンがドアベルを鳴らして喫茶室から出て行く。外に出ると移動術を使ったようだ。完全に気配が消えたところで、アランが近くにあった椅子に腰かける。

 そして溜息ためいきく。アランを見ていたインコたちが、示し合わせたように溜息の真似をする。

「は……はは――」

 泣けばいいのか笑えばいいのか、自分でも判らない。ただ、やっぱり自分は中途半端だと思った。その中途半端さが、誰かを、そして自分を、余計に苦しめている――

 もう一度、溜息を吐いてから立ち上がると出窓に向かう。そして花瓶とティーセットを宙に消す。

「それじゃあ、おやすみ、インコちゃんたち」
喫茶室の灯りが消えて、アランの姿も見えなくなった――

 マグノリアが甘い香りを漂わせ、美しい花を咲かせる頃、王家の森魔導士学校の教職員棟、聴講生アラネルトレーネの自室の窓辺で、アランは一人、吹きこんでくる春風を感じていた。

 部屋には自分専用の暖炉――火のルートがある。すぐに来客があるだろう。明日行くから、と、昨夜、連絡があった。自国は何も言っていなかったが、朝早くでなければいないと返事をしたから、いい加減来るはずだと思っている。それとも寝坊しているんだろうか?

 部屋にはゆったりとしたソファーとそれに見合ったテーブルがあるだけだ。ドアは三ヶ所、一つは廊下へ、あとは寝室とバスルームだ。

 アランの同級生たちは卒業して、学生寮を出て行った。もちろんアランも卒業して退寮し、新たに聴講生として、この部屋を貰った。心情的には取り残されたように感じているアランだ。

 黄金こがね寮を出て、教職員棟に入る選択をしてよかったとしみじみ思う。

 四年間暮らした黄金寮に新入生が加わったとは言え、あとは見知った顔ばかりなのに、自分が入学したときからの仲間の顔だけがない。強烈な疎外感を味わいそうだ。

 そろそろ食堂には朝食の用意が整う時刻だ。でも、今朝は間に合わないかもしれない。どうせ食事が済んだら、喫茶室に行ってインコたちの世話をするつもりだったから、その時、食べればいいかと思う。朝食の席にアランがいないと、心配する人がいそうだけれど、まぁ、仕方ない。

 窓辺から離れ、ソファーに座る。テーブルには、アランの髪と同じ色合いのティーセットと花瓶が乗せられている。

 重ねられたソーサーを、魔導術を使って自分の前と対面に配り、カップをそこに置く。ポットを持つと自分のカップにだけお茶を注ぐ。ポットを置いてから思い出したように、花瓶に触れる。今日はマーガレットの白い花がたくさん咲いた。

 アランがお茶のお替りを注いでいるとき、やっと暖炉に火がともった。

「おはよう、ジゼル。やっと来たね」
暖炉の中に人影が現れる。

「へぇ、アランの部屋、広くなったね。しかも火のルート付」
「学生寮と同じだと思ってた?」
「だって、学生でしょ?」
じろじろを部屋を見渡しながら、ジゼルがアランの対面に座る。

「シャーンは元気? デリスは元気? えっと……グリンも元気?」
「デリスもグリンも多分元気。彼らはギルドで働いているから、ここのところ会ってないけどね。シャーンは昨日の夕食の時、食堂で見た時は元気そうだった。アモナと一緒に笑ってた。今日はまだ見ていない。ジゼルのお陰で朝食に行きそこなった」

「朝食を我慢してまでわたしに会いたかったか……アモナって?」
「そう言うわけじゃない――アモナはシャーンと同じ寮で、シャーンの友達」
「そっか……」
アランが淹れたお茶にジゼルが手を伸ばす。ジゼルはアモナに会ったことがあるのだが、例によって忘れてしまったようだ。こっそり笑うアランだ。

「おやおや……素敵な魔導術が掛かってる。さっきからプンプン感じるのは、このティーセット。花瓶にも同じ匂いの魔導術が掛けられているね」
呆れかえったと言わんばかりのジゼル、
「魔導術を匂いで感じるんだ?」
答えるアランは笑いを噛み殺す。
「まさか! そんな気分なだけ」
そうですか、とアランがとうとう笑みを漏らす。相変わらずジゼルの感覚は奇怪おかしい。

「それで、今日はなんのご用事で? こないだ、定住する街を決めたって言ってたけど、まさかもう追い出された?」
「あれ、話したっけ? って、なんで追い出される前提?……定住地を決めた話をしようと思ってきたんだけど、それじゃあ帰るか」

「せっかく来たんだから、ゆっくりお茶でもしていきなよ」
「ゆっくりしてっていいの?」
「いいよ」
「嬉しい……」

「なにかお菓子でも出しますか?」
「あるならさっさと」

「はいはい」
「はい、は一度でよろしい」

「失礼いたしました……はい、プディング。食堂からくすねてみた」
「おぉ! さっそくいただこう!」

 笑いだしたいのをここでもこらえ、アランもプディングに手を伸ばす。ジゼルはプディングを一口ずつ口に運んでニッコリしている。

「定住したのはどんな街?」
「小さな片田舎の街だ。訊くってことは、まだ話していなかった?」

「僕が聞いたのは、定住地を決めたってだけ」
「なんだ、さっさと帰らなくて良かった。まだ話していないようだ」

 まったく……尋ね方を間違えるとジゼルから、大事な情報を聞けずじまいになりそうだ。でも、コイツのペースに巧く対応できるヤツなんているんだろうか?

「片田舎の街で、そこの長老が、どうしても定住してくれって言うから、そうしようかな、って。で、その長老が、街の持ち物だったリンゴ畑をくれた――リンゴジャムを持ってくればよかった。庭に作った倉庫がジャムだらけだ。リンゴジュースもあるよ」

「ジャムにジュースですか……それぞれ五瓶以内でお願いします」
「遠慮するな――有り余ってるんだ。処分したい」
「遠慮じゃないです。他人に押し付けるのはやめましょう」

「それで、だ、肝心なのはここからだ」
「何かあったんですか?」

「いい男を見つけた」
「いい男? 恋人?」

「いや、いい男――だいたいわたしはまだ性別を決めていない。男と聞いて恋人と思うな」
「はいはい……」
「はい、は一度」
「はい……で、その男、いい男なんだい?」

「うん。バターブロンドに瞳は琥珀こはく色。ただの街人、代書屋だ――魔導術が扱えないのに、複雑な保護術で何重にも守られている。あれはかなりの力を持った魔導士が掛けた保護術だ」

 ふやけそうだったアランが急に緊張した。

「ジゼル、それって……その男って――」
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