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5章 碧色の湖と人魚の涙
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目的地には思ったよりも早く着いた。そして思ったよりも封印の岩は大きかった。
「岩というより崖だな」
掌を日除けにしてピエッチェが見上げる。
「下の方は湖に沈み込んでるんですね」
聳り立つ巨岩は道を塞いでいた。岩の背側はそれこそ崖だ。封印の岩は崖の中ほどまでの高さがあった。
「この崖の向こうはどうなってるんでしょうか?」
カッチーの疑問に、
「山が連なってる。で、その山を越えるとザジリレン国、ピエッチェの故国だね」
マデルが答える。
(崖の向こうの山脈は、怪我の治療の時に隠れた滝がある山に続いてる)
ピエッチェの頭の中ではクルテの解説が聞こえていた。
ミテスク村は小さな集落と言ったところ、宿屋もない。だが馬具屋はあった。
「山の中を、封印の岩を見降ろせる場所まで馬に乗せてく商売があるんだよ」
馬具屋の店番が教えてくれた。
「封印の岩なんて、やたらデカいってだけ。他にはなんにもない村だから、少しでも収入が欲しいってんで始めた商売さ。ベスク村なら風光明媚、宿泊客も居てそれなりなんだろうけど、ここは寂れる一方だからねぇ――お陰で馬具屋もやっていけるってものさ」
リュネのために使う道具はすべて揃った。店番が顔色を変えたのは代金を支払うクルテを見た時だ。
「昨日のことだけど、あんたたちを探してるって人相の悪い連中が来たよ。殺気立ってた」
男だと思っていたクルテが女だと気が付いたのだろう。男の服を着た女、ヤツらはここでもそう言って訊き回ったようだ。
「その連中、まだこの村に?」
「いないだろうね。宿がないんだから……でもクサッティヤ村には宿もある。グリュンパに戻るにはあそこを通るしかない。気を付けるんだね」
店番に礼を言って店を出る。
「いるとしたらクサッティヤじゃなくてグリュンパだろう」
買い込んだ品物を荷台に積み込んでピエッチェが言った。
「俺だったら、急いでグリュンパに行って探す。封印の岩には行かないで帰ってしまったのかもしれないってね」
「で、当然グリュンパでも目撃情報は掴めない。だからシスール周回道の起点で張ってる」
カッチーに手助けされて荷台に乗り込んだマデルが付け足す。
「いっそ、クサッティヤで一泊しようか? 丸一日張り込んで来なけりゃ諦めるかもしれない」
カッチーが荷台に乗り込み、クルテが御者席の隣に座る。ピエッチェが荷馬車に乗ったのは、手綱や荷台がしっかり繋がれているのを確認してからだ。
「そんなに甘い連中じゃないだろう? まして宿泊代やらで金を使ってる。誰が払ったかは知らないがその分、目的を果たすのに躍起になる。一日じゃ諦めない。フレヴァンス救出のためにここに来たんだ。ヤツらが諦めるまで滞在しているなんて悠長なことはできない。だからこのままグリュンパに向かう。それでいいな?」
「いいけど、クサッティヤでしておくことがある」
そう言ったのはクルテだ。
「しておくことって?」
クルテの説明を聞くと
「そいつはいいや」
ピエッチェがニヤリと笑って手綱を操った。
ミテスク村からはシスール周回道唯一の橋を使って湖の対岸に渡る。
「封印の岩が見えます!」
荷台でカッチーが叫んだ。
入り江の向こうに見える封印の岩は湖上から見ても迫力があった。あんな岩で閉ざされれは人魚だろうとどうにもできなさそうだ。いくら魔法を使ったとは言え、よくもあんな巨岩をあそこまで運べたと感心する。
「あのあたりがベスク村だね」
橋の中ほどでマデルが湖の一端を指さした。見渡すとジェンガテク湖の湖畔に集落が見えるのはそこだけだ。橋を渡り終わると道は湖から離れて、湖は見えなくなっていった。ピエッチェたちが宿泊した宿があるベスク村に観光客が集まるのも納得だ。
クサッティヤで休憩した。
「グリュンパまではもう少しだ。夕方には着く」
茶店の前に荷馬車を停めながらピエッチェが三人に言った。
「だからここでは何か飲むだけにしておけよ」
目の端に居た、見覚えのある男が駆け出していく。駅馬車の中でカッとなった男を窘めたヤツだ。クルテの読みは当たった。
『クサッティヤを空にはしない。斥侯がいるはず』
斥侯という言い方に笑ってしまったが、クルテの言うとおりクサッティヤに見張りを置いて、こちらの動きを探るのはありそうだ。向こうだってなんの当てもなく待つよりも、来るのが判っていれば待ち伏せしやすい。それを見据えて、わざわざグリュンパ到着時刻の目安を口にした。シスール周回道の始点に男たちは必ず来る。
したいことがあると言った時、
『誘き寄せて懲らしめる』
クルテはそう提案した。どう懲らしめる? ピエッチェの問いに、
『向こうはマデルが王室魔法使いだとは知らない。そこを利用する』
楽しそうにクルテは答えた。
ティータイムを終えてから店を出て、自分たちを監視している者がいないことを確認してから次の行動に移った。乗せて貰えそうな馬車を探すと、行商人だという男が見つかった。グリュンパに行くなら乗せて貰えないかと金を握らせると、男はお安いご用だとカッチーを荷台に乗せてくれた……行商人と同行するのはカッチー一人だけだ。
グリュンパでの準備をカッチーが終える時間を見計らって残り三人も荷馬車に乗り込む。
「ちゃんとやり遂げるかな?」
ピエッチェの心配に、
「手紙を届けるだけだ。子どものお使いだよ」
マデルが笑うが、クルテが
「カッチーを子ども扱いするのもダメ」
ムッとして言った――
夕暮れが迫る頃、グリュンパの街が見え始める。そして想像通り男たちの一団がシスール周回道を塞いでいた。
「八人どころじゃないな」
ピエッチェが苦笑する。十五・六人と言ったところか? さらに助っ人を集めたらしい。
男たちの手前で馬車を止め、ピエッチェが声を張り上げた。
「おい! 邪魔だ、退いてくれ」
退くどころか男たちはバラバラと馬車を取り囲む。
「ここを通りたいなら女を置いていけ!」
駅馬車でクルテに剣の切っ先を鼻先に向けられた男が叫ぶ。
「ついでに荷馬車も置いていけ!」
こんな老いぼれ馬、大した金にはならないぞ……ピエッチェが苦笑する。が、万が一乱闘になってもリュネを傷つけるヤツはいない。その点は安心だ。
「そんなこと言われて『はい、判りました』と言いなりになるとでも?」
嘲笑するピエッチェ、
「だったら力づくで通るんだな。この人数とやり合って勝てる気か?」
男も嘲り返す。
「どうだろう? だが、まともな勝負になるのはせいぜい……三人? いいや、やっぱり二人ってところか」
ベスク村の武具屋の主人の見立ては大したものだ。男たちの中の三人は立ち姿を見ただけでも判るほど、明らかに鍛錬を受けている。が、そのうち一人はやる気がない。呼ばれて仕方なく来てしまったといった感じだ。だから数に入れなくてもいい。
「随分な自信だな」
そう言ったのは一番腕が立ちそうな男だった。齢は四十くらいか? 騎士崩れと宿の主人が言っていたが、ピエッチェが見てもそう見える。
「俺はな、自信過剰なヤツと、女を騙すヤツが大嫌いなんだよっ!」
ペッと唾を吐き捨てた。
女を騙すヤツ? なんともまぁ、場違いなセリフだ。
「へぇ、騙すのは嫌いでも、ちょっかい出して乱暴するのは好きか?」
「はぁ!? 女に暴力を振るうなんて最低な男がすることだ! ごちゃごちゃ言ってないで降りて来い! 痛い目を見せてやる!」
なんか話が奇怪しい……チラリと駅馬車で乗り合わせた男を見るとソッポを向いた――なるほどね。
「それなら相手は俺じゃない。おまえをここに連れてきたヤツだ」
「何を言っても無駄だぞ。おまえなんかに騙される俺じゃないからな!」
あんなロクでもないのに簡単に騙されているのにな。そう思うが言ったところで聞く耳を持っていなさそうだ。
「さっさと降りて来い!」
がなり立てる男を見ながらピエッチェが思案する。 さて、どうしたものか?
ピエッチェに挑んでいる男がここでは連中の中での格上だろう。馬車を取り囲んだ男たちに今のところ動く気配はない。逃げ出すのを防ぎ、人数で威嚇するための要員か? それともピエッチェとヤツが討ちあいを始めたら動き出すのか?
あの男がいる限り、女に手を出すとは思えない。いや、女たちは騙されていると吹き込まれていたら、そうとは限らない。無理にでも引き離して目を覚まさせるとでも言っているかもしれない。そうなると、ヤツとやりあえばクルテはともかくマデルが連れ去られるリスクがある。避けたい勝負だ。
「どうした、降りて来い! 怖じ気づいてんじゃねえよ。もたもたしてると引きずり降ろすぞ!」
考え込んだピエッチェを再び男が嘲った。
それにしても遅い。カッチーはしくじったのか?
「大丈夫。来た……」
グリュンパの方から聞こえてくる蹄の音、クルテがそっと呟いた。
「きさまら! 道を塞いで何をしている!?」
現れたのは六人の男、全員騎乗している。
「我らはグリュンパの街の警護を預かる者、シスール周回道にて不穏な男たちがいると聞いて駆け付けた。何を企んでいる?」
馬から降りたのは五人、一人だけ覆面をした男は騎乗したままだ。
するとピエッチェを挑発していた男が肩の力を抜いた。
「ちょうどいい――グリムリュード、荷馬車の男をしょっ引け」
「ガロムナッシム、おまえか……いったいなんの騒ぎなんだ?」
荷馬車ではピエッチェが苦笑する。
「おい、クルテ。どうも雲行きが怪しいぞ?」
「んーー、計画とは違うが、面倒だからしょっ引かれておく? 縄を打たれるかもしれないけど、警備兵が護衛についたと思えばちょうどいい」
「縄を打たれるのは、きっと俺だけだぞ?」
「ピエッチェだけ? わたしは?」
「話の流れ的におまえは被害者だ。暴れれば拘束されるかもしれないが、縛りはしないんじゃないかな?」
「ダメ。ピエッチェから離れたら、わたしは存在できなくなる」
どういう意味だと追求しようとしたが、ガロムナッシムから話を聞いたグリムリュードが近づいてきたので話を打ち切った。
「逃げようと思うなよ――降りて来い、連行する」
「こっちの話は聞かないのか?」
申し開きをしようとするピエッチェ、
「話は詰め所で聞いてやる。さっさと降りろ」
とグリムリュード、部下らしき男も近づいて剣の柄に手を置いている。
「ちょっと待ちなよっ!」
荷台から身を乗り出してマデルが叫ぶ。
「あんたたち、手紙をちゃんと読んだのかい!?」
「その女に騙されるな! そいつは男のイロだ。男とつるんで、娘を売り飛ばそうって魂胆だ!」
ガロムナッシムが叫ぶ。するとグリムリュードが
「仕方ない。その女にも縄を打て」
と部下に命ずる。
「待ちなさい」
静かな声で止めに入ったのは、警護兵の中で一人だけ馬から降りもせず成り行きを見守っていた男だった。
「岩というより崖だな」
掌を日除けにしてピエッチェが見上げる。
「下の方は湖に沈み込んでるんですね」
聳り立つ巨岩は道を塞いでいた。岩の背側はそれこそ崖だ。封印の岩は崖の中ほどまでの高さがあった。
「この崖の向こうはどうなってるんでしょうか?」
カッチーの疑問に、
「山が連なってる。で、その山を越えるとザジリレン国、ピエッチェの故国だね」
マデルが答える。
(崖の向こうの山脈は、怪我の治療の時に隠れた滝がある山に続いてる)
ピエッチェの頭の中ではクルテの解説が聞こえていた。
ミテスク村は小さな集落と言ったところ、宿屋もない。だが馬具屋はあった。
「山の中を、封印の岩を見降ろせる場所まで馬に乗せてく商売があるんだよ」
馬具屋の店番が教えてくれた。
「封印の岩なんて、やたらデカいってだけ。他にはなんにもない村だから、少しでも収入が欲しいってんで始めた商売さ。ベスク村なら風光明媚、宿泊客も居てそれなりなんだろうけど、ここは寂れる一方だからねぇ――お陰で馬具屋もやっていけるってものさ」
リュネのために使う道具はすべて揃った。店番が顔色を変えたのは代金を支払うクルテを見た時だ。
「昨日のことだけど、あんたたちを探してるって人相の悪い連中が来たよ。殺気立ってた」
男だと思っていたクルテが女だと気が付いたのだろう。男の服を着た女、ヤツらはここでもそう言って訊き回ったようだ。
「その連中、まだこの村に?」
「いないだろうね。宿がないんだから……でもクサッティヤ村には宿もある。グリュンパに戻るにはあそこを通るしかない。気を付けるんだね」
店番に礼を言って店を出る。
「いるとしたらクサッティヤじゃなくてグリュンパだろう」
買い込んだ品物を荷台に積み込んでピエッチェが言った。
「俺だったら、急いでグリュンパに行って探す。封印の岩には行かないで帰ってしまったのかもしれないってね」
「で、当然グリュンパでも目撃情報は掴めない。だからシスール周回道の起点で張ってる」
カッチーに手助けされて荷台に乗り込んだマデルが付け足す。
「いっそ、クサッティヤで一泊しようか? 丸一日張り込んで来なけりゃ諦めるかもしれない」
カッチーが荷台に乗り込み、クルテが御者席の隣に座る。ピエッチェが荷馬車に乗ったのは、手綱や荷台がしっかり繋がれているのを確認してからだ。
「そんなに甘い連中じゃないだろう? まして宿泊代やらで金を使ってる。誰が払ったかは知らないがその分、目的を果たすのに躍起になる。一日じゃ諦めない。フレヴァンス救出のためにここに来たんだ。ヤツらが諦めるまで滞在しているなんて悠長なことはできない。だからこのままグリュンパに向かう。それでいいな?」
「いいけど、クサッティヤでしておくことがある」
そう言ったのはクルテだ。
「しておくことって?」
クルテの説明を聞くと
「そいつはいいや」
ピエッチェがニヤリと笑って手綱を操った。
ミテスク村からはシスール周回道唯一の橋を使って湖の対岸に渡る。
「封印の岩が見えます!」
荷台でカッチーが叫んだ。
入り江の向こうに見える封印の岩は湖上から見ても迫力があった。あんな岩で閉ざされれは人魚だろうとどうにもできなさそうだ。いくら魔法を使ったとは言え、よくもあんな巨岩をあそこまで運べたと感心する。
「あのあたりがベスク村だね」
橋の中ほどでマデルが湖の一端を指さした。見渡すとジェンガテク湖の湖畔に集落が見えるのはそこだけだ。橋を渡り終わると道は湖から離れて、湖は見えなくなっていった。ピエッチェたちが宿泊した宿があるベスク村に観光客が集まるのも納得だ。
クサッティヤで休憩した。
「グリュンパまではもう少しだ。夕方には着く」
茶店の前に荷馬車を停めながらピエッチェが三人に言った。
「だからここでは何か飲むだけにしておけよ」
目の端に居た、見覚えのある男が駆け出していく。駅馬車の中でカッとなった男を窘めたヤツだ。クルテの読みは当たった。
『クサッティヤを空にはしない。斥侯がいるはず』
斥侯という言い方に笑ってしまったが、クルテの言うとおりクサッティヤに見張りを置いて、こちらの動きを探るのはありそうだ。向こうだってなんの当てもなく待つよりも、来るのが判っていれば待ち伏せしやすい。それを見据えて、わざわざグリュンパ到着時刻の目安を口にした。シスール周回道の始点に男たちは必ず来る。
したいことがあると言った時、
『誘き寄せて懲らしめる』
クルテはそう提案した。どう懲らしめる? ピエッチェの問いに、
『向こうはマデルが王室魔法使いだとは知らない。そこを利用する』
楽しそうにクルテは答えた。
ティータイムを終えてから店を出て、自分たちを監視している者がいないことを確認してから次の行動に移った。乗せて貰えそうな馬車を探すと、行商人だという男が見つかった。グリュンパに行くなら乗せて貰えないかと金を握らせると、男はお安いご用だとカッチーを荷台に乗せてくれた……行商人と同行するのはカッチー一人だけだ。
グリュンパでの準備をカッチーが終える時間を見計らって残り三人も荷馬車に乗り込む。
「ちゃんとやり遂げるかな?」
ピエッチェの心配に、
「手紙を届けるだけだ。子どものお使いだよ」
マデルが笑うが、クルテが
「カッチーを子ども扱いするのもダメ」
ムッとして言った――
夕暮れが迫る頃、グリュンパの街が見え始める。そして想像通り男たちの一団がシスール周回道を塞いでいた。
「八人どころじゃないな」
ピエッチェが苦笑する。十五・六人と言ったところか? さらに助っ人を集めたらしい。
男たちの手前で馬車を止め、ピエッチェが声を張り上げた。
「おい! 邪魔だ、退いてくれ」
退くどころか男たちはバラバラと馬車を取り囲む。
「ここを通りたいなら女を置いていけ!」
駅馬車でクルテに剣の切っ先を鼻先に向けられた男が叫ぶ。
「ついでに荷馬車も置いていけ!」
こんな老いぼれ馬、大した金にはならないぞ……ピエッチェが苦笑する。が、万が一乱闘になってもリュネを傷つけるヤツはいない。その点は安心だ。
「そんなこと言われて『はい、判りました』と言いなりになるとでも?」
嘲笑するピエッチェ、
「だったら力づくで通るんだな。この人数とやり合って勝てる気か?」
男も嘲り返す。
「どうだろう? だが、まともな勝負になるのはせいぜい……三人? いいや、やっぱり二人ってところか」
ベスク村の武具屋の主人の見立ては大したものだ。男たちの中の三人は立ち姿を見ただけでも判るほど、明らかに鍛錬を受けている。が、そのうち一人はやる気がない。呼ばれて仕方なく来てしまったといった感じだ。だから数に入れなくてもいい。
「随分な自信だな」
そう言ったのは一番腕が立ちそうな男だった。齢は四十くらいか? 騎士崩れと宿の主人が言っていたが、ピエッチェが見てもそう見える。
「俺はな、自信過剰なヤツと、女を騙すヤツが大嫌いなんだよっ!」
ペッと唾を吐き捨てた。
女を騙すヤツ? なんともまぁ、場違いなセリフだ。
「へぇ、騙すのは嫌いでも、ちょっかい出して乱暴するのは好きか?」
「はぁ!? 女に暴力を振るうなんて最低な男がすることだ! ごちゃごちゃ言ってないで降りて来い! 痛い目を見せてやる!」
なんか話が奇怪しい……チラリと駅馬車で乗り合わせた男を見るとソッポを向いた――なるほどね。
「それなら相手は俺じゃない。おまえをここに連れてきたヤツだ」
「何を言っても無駄だぞ。おまえなんかに騙される俺じゃないからな!」
あんなロクでもないのに簡単に騙されているのにな。そう思うが言ったところで聞く耳を持っていなさそうだ。
「さっさと降りて来い!」
がなり立てる男を見ながらピエッチェが思案する。 さて、どうしたものか?
ピエッチェに挑んでいる男がここでは連中の中での格上だろう。馬車を取り囲んだ男たちに今のところ動く気配はない。逃げ出すのを防ぎ、人数で威嚇するための要員か? それともピエッチェとヤツが討ちあいを始めたら動き出すのか?
あの男がいる限り、女に手を出すとは思えない。いや、女たちは騙されていると吹き込まれていたら、そうとは限らない。無理にでも引き離して目を覚まさせるとでも言っているかもしれない。そうなると、ヤツとやりあえばクルテはともかくマデルが連れ去られるリスクがある。避けたい勝負だ。
「どうした、降りて来い! 怖じ気づいてんじゃねえよ。もたもたしてると引きずり降ろすぞ!」
考え込んだピエッチェを再び男が嘲った。
それにしても遅い。カッチーはしくじったのか?
「大丈夫。来た……」
グリュンパの方から聞こえてくる蹄の音、クルテがそっと呟いた。
「きさまら! 道を塞いで何をしている!?」
現れたのは六人の男、全員騎乗している。
「我らはグリュンパの街の警護を預かる者、シスール周回道にて不穏な男たちがいると聞いて駆け付けた。何を企んでいる?」
馬から降りたのは五人、一人だけ覆面をした男は騎乗したままだ。
するとピエッチェを挑発していた男が肩の力を抜いた。
「ちょうどいい――グリムリュード、荷馬車の男をしょっ引け」
「ガロムナッシム、おまえか……いったいなんの騒ぎなんだ?」
荷馬車ではピエッチェが苦笑する。
「おい、クルテ。どうも雲行きが怪しいぞ?」
「んーー、計画とは違うが、面倒だからしょっ引かれておく? 縄を打たれるかもしれないけど、警備兵が護衛についたと思えばちょうどいい」
「縄を打たれるのは、きっと俺だけだぞ?」
「ピエッチェだけ? わたしは?」
「話の流れ的におまえは被害者だ。暴れれば拘束されるかもしれないが、縛りはしないんじゃないかな?」
「ダメ。ピエッチェから離れたら、わたしは存在できなくなる」
どういう意味だと追求しようとしたが、ガロムナッシムから話を聞いたグリムリュードが近づいてきたので話を打ち切った。
「逃げようと思うなよ――降りて来い、連行する」
「こっちの話は聞かないのか?」
申し開きをしようとするピエッチェ、
「話は詰め所で聞いてやる。さっさと降りろ」
とグリムリュード、部下らしき男も近づいて剣の柄に手を置いている。
「ちょっと待ちなよっ!」
荷台から身を乗り出してマデルが叫ぶ。
「あんたたち、手紙をちゃんと読んだのかい!?」
「その女に騙されるな! そいつは男のイロだ。男とつるんで、娘を売り飛ばそうって魂胆だ!」
ガロムナッシムが叫ぶ。するとグリムリュードが
「仕方ない。その女にも縄を打て」
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