秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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12章 王の恋人

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 カッチーとジランチェニシスには、ローシェッタ国王との謁見を願い出てくると言って宿を出た。宿の支配人には『ララティスチャングを見て回りたい』と言って、街の観光案内地図を貰った。どちらも嘘だ。

「抜け駆けするつもりですか!?」
謁見を申し出てくると聞いたジランチェニシスは激昂したが、カテロヘブオッチンネルテ王を連れて行かないと聞いて急に温和おとなしくなった。
「申し込みだけ? ならばわたしが行くほどのこともありません」

 それでもピエッチェとクルテが出かけるまで居間に居続け、カテロヘブオッチンネルテを連れださないか監視していた。二人が出かけるとさっさと自分の寝室に戻ったことは、クルテがカッチーの心を読んで知っている。

 カッチーは留守番を仰せつかったが、ジランチェニシスが勝手に外出したりカテロヘブオッチンネルテに近付かないよう監視する役目もあった。同時に外部からの接触にも気を付けるよう言われ、ジランチェニシスが寝室に引っ込んでから、念入りに玄関ドアの施錠・かんぬきの点検をしている。そのあとはメインの居間でのんびり読書しながら役目を果たしていた――

「夏だな……」
切り売りのスイカをクルテが食べ終わるのを待ちながらピエッチェが呟いた。果物屋が店先に出した屋台、張り出されたオーシェード日除け幕の下に置かれたベンチに座ったクルテが嬉しそうにスイカを食べている。

 魔法で日差しの強さを調整しているとはいえ、季節をまりきり無視したりはしないのだろう。今日の日差しはそこそこ強い。日焼けしそうだ。

 約束の時間よりずっと早く出てきた。すでに待ち合わせの場所を確認し、不審な点はないかを見たあとだ。ラクティメシッスの手紙を読んだ限り、彼は敵ではない。だがやはり念のため、用心するに越したことはなさそうだ。用心する相手はラクティメシッスではない。彼を陥れようとしている連中だ。

 だから宿でララティスチャングの地図を貰った。いざというときの逃走路を知っておくためだ。逃走することになったら、カッチーとジランチェニシス、そしてオッチンネルテは敵の手中に落ちる危険がある。命まで取られはしないだろうから、いずれ奪還するしかない。それにそうなった場合、ジランチェニシスがどう扱われるかで敵の正体が掴めるかもしれない。

 ラクティメシッスとフレヴァンスの排除に成功した。敵はジランチェニシスの王位継承権を主張してくるはずだ。ノホメの登場か? それとも別の誰かが表舞台に出てくるか?

「美味しかった――これはどうしたら?」
食べ終わったスイカの皮の始末に困ったクルテが、屋台の店番に話しかけた。店番は若い男だ。ピエッチェと同じくらいか?
「あ、そこの桶に放り込んで……このタオルで手を拭くといいよ」
差し出してきたのは絞ったタオル、クルテが微笑んで受け取る。

「冷たいのね。魔法?」
「うん、奥にある水桶の水は冷たいままぬるくならない。その水で濡らして絞ったんだよ。なんだったら飲んでみる? 柄杓ひしゃくで汲みだして使ってるから、水桶の中身はキレイなんだ」
「そうなのね。でも、スイカを食べたばかりだから咽喉のどは乾いてないの」
屋台に並べられたリンゴを見ながらクルテが答えた。

「そっか……リンゴ、好きかい?」
「果物はなんでも好き」
すると店番がリンゴを一つ取って差し出した。

「これはサービス。誰にでもあげるわけじゃない。内緒だ」
「あら、いいの?」
「うん……また来てくれたら嬉しいな」
店員が頬を染める。
「そうね、用事を済ませたらまた来るかも――ありがとう」
ニッコリ笑ってリンゴを受け取るクルテ、店員がますます赤くなる。が、ピエッチェの咳払いでサッと蒼褪めた。

 果物屋から離れるとクルテがクスクス笑い始める。
「店番のおニイちゃんを脅しちゃダメじゃん。わたしに妬くなって言うくせに、カティもすぐ妬くよね」
「馬鹿言え。あれは焼きもちじゃない」
「じゃあなんなの?」
「あれは……存在を示しただけだ」
「そっか」
クスクス笑いながらクルテがピエッチェの腕に絡みついてきた。二人の会話は果物屋までは聞こえなかっただろう。だけど後ろ姿はまだ見えていたはずだ――

「落とされましたよ?」
後ろから声を掛けてきたのはグリムリュードだ。すれ違いざま、クルテがわざと落とした花を拾い上げている。周囲は露店が軒を連ね、人通りが多い――打ち合わせ通りの場所、打ち合わせ通りの行動、他人のふりだ。

「あら、ありがとう……でも、それはあなたに差し上げる」
花はクルテが抱えた花籠から落ちたもの、小さく畳んだメモを仕込んでおいた。

「いいえ、わたしに花は似合いません」
グリムリュードが花籠に花を差し込む。もちろん掌の中でメモは外して読み、自分が用意したメモと一緒に花籠へ押し込んだ。

 花につけたメモに書かれていたのはサロンの名、グリムリュードと別れたあと、ピエッチェとクルテは真っ直ぐその店に向かっている。

 店に入り注文を済ませてから、グリムリュードが花籠に押し込んだメモを籠の中から出さずにクルテが読む。そしてピエッチェの頭の中で言った。

(ラクティメシッスご本人の登場だって)
(って、どこに?)
(変装してこの店に来るらしい)
(昨日の話と違うな。サロンで待ってたら迎えの誰かを寄こすんじゃなかったか?)
(気が変わったんじゃない? 自分で来たほうが早いって思ったのかも?)
(しかし変装? どんな? なまじっかな変装じゃ、すぐにバレそうだぞ?)
(ソワソワと出入口を見ちゃダメ、周囲に怪しまれる)

 店員が注文品を持ってくる。果物の盛り合わせと菓子の盛り合わせ、それにカシス水がクルテの注文、ピエッチェはカモミールティーだけだ。が、店員が、
「果物はどちらに?」
と訊くと、
「お菓子はわたし、果物はこちら」
とピエッチェを示す。おいっと思ったが黙っていた。

「たまにはカティも何か食べなよ」
クルテが笑う。

「自分が食べたいから頼んだんだろう?」
「ローシェッタのお菓子はあんまり好きじゃないみたいだけど、果物ならいいんじゃないの?」

「おや、ローシェッタの菓子はお口にあいませんか?」
店に入ってきたばかりの女性客が急に声を掛けてきた。空席を探してここに来たらしい。栗色の髪、声も涼やかで美しいが見た目も飛びぬけて美しい。ピエッチェを見てクスッと笑った。そして、
「お待たせしました」
と一ついていた椅子に腰を下ろす。四人席の、もう一つにはクルテが花籠を置いていた。

「えっ?」
驚くピエッチェを気にすることなく女は店員を呼び、
「わたしにもカモミールティーを」
と頼んでいる。クルテも呆気に取られて女を見ている。が、すぐにニヤリと笑った。

「えっ!?」
(静かに!)
奇声を発しそうなピエッチェの、頭の中でクルテが怒鳴る。急な頭痛で『うっ』とうめいたピエッチェを、女が面白そうに見る。

(ラクティメシッスなのは判ってるな?)
頭痛が治まっていないピエッチェの頭にクルテの声が続く。
(声を作るのは辛いらしい。で、わたしとの脳内会話を希望している。カティの心が読めないのはなぜかと聞かれたが、判らないって答えた)
きっと森の女神の祝福のお陰だ。

(互いに相手の心を読まない約束だ。相手が言ってきたことだけを受け取る。読もうとした途端、交渉は決裂。それでいいか?)
(俺の考えはどう伝える?)
(わたしが伝えるに決まってる)
あ、そうか、俺が考えたことはクルテには筒抜けだった。

 店員がカモミールティーを持ってきた。受け取ったラクティメシッスはニッコリと店員に微笑んで会釈した。運んで来た店員は女だったが、それでも頬を染めた。女が憧れるほど美しい女に化けたラクティメシッス、栗色の髪はきっとウイッグだ。

「お化粧が上手ね」
クルテがラクティメシッスに言った。少しばかり厭味っぽい。

「そう言えば、おまえは化粧しないな」
ピエッチェがクルテに言う。これはクルテからの脳内指示だ。三人揃って押し黙っているのも奇妙と言う事らしい。

「お化粧なんかしたことないし……したほうがいい?」
「いいや、おまえはそのままで充分キレイだ」
ラクティメシッスが笑いを噛み殺した――

 雑談しながらの脳内会議は骨が折れる。クルテとラクティメシッスはスラスラ話が進むようだが、ピエッチェは時おり混乱し口籠った。それでもなんとか、夕食どきまでには打ち合わせを終えた。

 そう、打ち合わせ……ラクティメシッスとの談合は交渉ではなく打ち合わせだ。昨日、グリムリュードから渡された手紙の内容に同意することは最初に伝えた。そのあとは具体的な作戦会議になった。

 宿で貰った観光案内地図が役に立ったのはラクティメシッスが、場所を指定した時だった。初めてきた街で、さして目印になるようなものがないところへの道順を説明するのは難しい。テーブルに地図を広げ『ここに行ってみたい』などと話しながら、クルテとラクティメシッスは頭の中で別の場所のことを話していた。その間、ピエッチェは蚊帳かやの外、少しイラっとした。が、そんな事を気にしている場合じゃない。顔に出すことはなかった。

「それじゃ、また明日」
サロンの前でラクティメシッスとは別れた。ラクティメシッスの作り声を訊いたのは最初と最後だけだ。あとは地声、もっとも声量を控え言葉数も少なかった。さらに、咳き込んだりせたりして、咽喉のどの調子の悪さをアピールして誤魔化していた――

 宿に戻るとジランチェニシスが寝室からすぐに出てきた。二人を待って気を張り巡らせていたのだろう。
「遅かったじゃないですか! 申し込みだけなのに、こんなに時間が掛かるものなのですか!?」
お怒りのご様子だ。
「あぁ、ついでだから、ララティスチャングを彷徨うろついてきた」

 クルテはソファーに座り、貰ったリンゴを出して嚙り付いている。羨ましそうにそれを見ているカッチー、そろそろ空腹なのだろう。

「それで? 国王とは会えそうですか?」
「うん。明日、謁見が叶うことになった」
「へっ?」
「だが非公式で、と言われている。場所は王宮じゃない」
ジランチェニシスが怖い顔でピエッチェを睨みつける。

「わたしを騙すつもりじゃないでしょうね?」
「そう思うなら、あんたは来るのをやめるかい? 別にそれでも構わない。だけど、カテロヘブは連れて行くし、肖像画も持って行く」
「うむ……あの絵を持って行くのなら、嘘はなさそうですね。いいでしょう、ご一緒します」
そこに夕食が運ばれ、ジランチェニシスは自分の分を運んで貰うと、そのまま寝室に引き籠った。

 四人分の食事はダイニングに運んで貰う。

「肖像画ってあの絵? なんでアイツ、行くことにしたんですか?」
カッチーが訊いた。

「あとでな」
「何か面白いことになりそうですね」
カッチーがニヤリとした。
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