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15章 大地の模様
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納屋から湯音が聞こえ始める。何か話しているようだがなんと言っているかは判らない。それでも楽し気な笑い声は判る。
ところで、とラクティメシッスが話題を変える。
「クリンナーテンに一目で見破られたと言ってましたね。王宮に入れば速攻でバレるってことになりますか……」
ピエッチェがチラリとラクティメシッスを見る。
「髪の色が変わっただけで、顔そのものが変わるわけじゃないからな。そもそも身にまとった雰囲気と言うものもある。ウイッグと眉墨くらいじゃそう誤魔化せるものじゃないだろうさ」
「街人たちは王族の顔なんかじっくり見たことありませんからね。見たって遠目、じっくり見れたとしてもせいぜいが絵、変装してたって似てると思うだけなんてのもありそうです」
「けれど王宮ではそうは行かない。向こうにその気はなくても、こっちからしてみれば毎日監視されているようなもんだ。さぞかしじっくり見られていると思うよ」
「あ、その、監視されてる気分、判ります」
ラクティメシッスがクスッと笑う。
「王宮では自室以外ではほんの少しも気を抜けない。誰が見てるか判りませんから。厠にだって気楽には行けませんでした」
「へぇ、他人の思惑なんか気にしないように見えるのに?」
「ま、割と好き勝手してるけどね――だけど、やっぱり他人に非難されるようなことは極力しないようにしてます。父に迷惑かけるわけにはいきませんから」
「極力なんだ?」
「ピエッチェはそのあたり、徹底してるみたいですね」
「うん、まぁ……幼いころより父からも守役からも耳に胼胝ができるほど言い聞かされてたし、いつの間にか身に染みついたって感じだな」
「お父上や守役に反感を覚えたことはないんですか?」
「なくはないよ。でも、それを言葉や態度に出したことは、少なくとも物心ついてからはないかな……そうでなくても、言いたいことがあっても言わないことも多い。姉に『あんたはもっと自分を曝け出したほうがいい』とか煮え切らないヤツだとか、ぼろくそ言われてた」
「あなたの長所を訊いた時、マデルは『余計なことを言わないところ』って言ってましたよ」
「それきっと、ラスティンと比べてって意味じゃ?」
するとカッチーが、
「ピエッチェさん、俺には言いたいことははっきり言えって言うのになぁ」
とボソッと言った。
言い訳したのはラクティメシッスだ。
「カッチーはイヤでも遠慮してしまう立場だからですよ。遠慮なんかさせたくないからなんでも言えって言ったんです。ピエッチェは……周囲に与える影響を考えたら迂闊なことは言えないと言う事ですよ」
「そんなもんなんですか?」
「例えばカッチーが茹で卵を食べたいと言ったとしましょう。だけど手持ちに卵が無かったら、今日は我慢してくれってなる。だけど国王が同じことを言えば、料理番はなんとしてでも卵を仕入れて茹で卵を作る。その違いです」
これにはピエッチェが笑った。
「うちの料理長なら『牝鶏が卵を産むまでまでお待ちください』って言うだろうけどね」
「なんですか、それ? 卵を買ってくるじゃなくって、牝鶏が産むまで?」
「そう言われたら言い返せないだろう? 姉がオムレツを食べたがった時にそう答えてたよ――文句を言わずに出されたものを食べる。それが父の方針だった。献立を組み立てるだけでも一苦労、さらに栄養価や食べる楽しみ、一食を作だけでも様々なことを考えなくちゃならない。その上で手間暇かけて調理する。そうしてテーブルに並べられた料理に文句を言うなって事らしい。まぁ、父は姉には甘くって、姉を叱ることはなかったから代わりに料理長が黙らせたってことだね」
懐かしそうにピエッチェがうっすら笑う。
「調理係を信頼していたのもあるだろうな。よく観察していて、その日の体調に合わせて調理してくれてた。父はよく胃痛を起こしてたけど、その調理長になってからそれもなくなったそうだ」 」
「ピエッチェさんのお父さんってどんな人だったんですか?」
カッチーの質問にピエッチェが少し考える。カッチーに父親の記憶がないことを思い出していた。
「一言で言うなら取っ付き難くって何を考えているか判らないヤツ。滅多なことじゃニコリともしない。みんな怖がってるよ」
「ピエッチェさんから優しそうなとこを取っ払った感じですか?」
「うーーん、どうだろう? 雰囲気が似てるとは言われてたけどなぁ」
「そうなんですか? でも、ピエッチェさんを怖いと思ったこと、俺、ありませんよ?」
ラクティメシッスがニヤリと笑う。
「これから齢を取るにつれて、どんどん怖くなるんじゃないでしょうかね?」
「そんなことない!」
いきなり抗議したのはクルテだ。
「ピエッチェは変わらない。ずっとこのまま!」
ピエッチェに抱き着いて、
「変わっちゃイヤ」
と涙ぐんで見上げてくる。何も考えず、
「俺は変わったりしないさ」
クルテの肩を抱き寄せるピエッチェ、ラクティメシッスが
「お嬢さんは素直でいいなぁ」
と微笑む。厭味のない微笑みだ。
カッチーが
「マデルさんは素直じゃないんですか?」
と訊くと、
「そうですね、お嬢さんほどはね」
曖昧に誤魔化した。
「まぁ、二人きりならたまぁに素直になってくれますけど」
「ピエッチェさんとクルテさんも、最初は全く素直じゃなかったんですよ。俺やマデルさんから見ても相思相愛、なのにまるきりそんな気がない素振りでした――隠してるのかなって思ったけど、そういうわけじゃなさそうだし」
そう言えば、知り合った当初からマデルは俺とクルテの仲を疑っていたっけ。
「そうなんだ? そう言えばお嬢さん、さっきも恋人じゃないって言ってましたね」
「それは判らなかっただけですよね。うーーん、クルテさん、ちょっとズレてるところあるから」
「確かに! だけど、そんなところもピエッチェからしたら魅力の一つなんでしょうね」
勝手に言ってろよ。
「しかし、まさかこんなことになるとは思っていませんでした」
感慨深げにカッチーが言う。
「俺、クルテさんのこと、てっきり男だと思ってましたから」
「おや、こんな綺麗なお嬢さんなのに?」
「だって、男の格好してたし、自分のこと『僕』って言ってたし」
「ってことは、自分から男と思われるようにしてたってことですか?」
「そうらしいです、女の格好だと絡まれるから用心にって。ねぇ、クルテさん?」
カッチーをチラッと見たクルテ、質問には答えず
「眠い……」
呟いた。えって顔になったがカッチーはすぐに笑いだし、ラクティメシッスも
「お嬢さんは『眠い』と『お腹空いた』の二つが決め台詞みたいですね」
笑う。
寝床はどうしましょうか、と周囲を見渡すラクティメシッス、カッチーは
「温泉、入らないんですか? コゲゼリテの時も結局、入れなかったんでしょう?」
と訊いた。クルテはピエッチェに引っ付いたまま何も言わない。
「マデルたちが出てきたら、カッチーはラスティンと入るといいよ。俺はそのあと入るから。監視に一人、男がいたほうがいいだろう?」
「あぁ、クルテさんと一緒に?」
「違うっ!」
やれやれ、カッチーまで俺を揶揄うようになった。
立ち上がったラクティメシッスが地面に座り、
「小石とか、除けてみました。少しはマシになったんじゃないかな? なんだったら、森の中から枯葉かなにか集めましょうか?」
と言うと、カッチーも地面に座った。
「苔なんかもいいかもしれませんね」
「虫がいると思うよ」
これはクルテ、枯葉も苔もイヤだったらしい。
「マデルとクリンナーテンがきっと嫌がる。ラスティン、マデルに虫がついてもいいの?」
「うわぁ、どんな虫だろう? 髭が生えてる虫かな?」
楽しそうに笑うラクティメシッス、
「お嬢さん、冗談が巧くなりましたね」
どうやらクルテが冗談を言ったと思ったようだ。でもきっと、クルテにそのつもりはない、うん、きっと。
「あぁあ、なんだか俺も眠くなってきちゃった」
地面にゴロンとカッチーが横になる。
「そうですね、なんだかわたしも……」
ラクティメシッスさえもフラッと横たわってしまった。
ピエッチェがゆっくりと沼の向こうを見た。クルテが眠いと呟いた時から感じている気配、沼の向こうに女が一人立ってこちらを見ていた。悪意を感じなかったから放置していたけれど、二人が急に眠ったのはあいつの仕業だ。カッチーはともかく、ラクティメシッスも全く気が付いていなかった……と言うことは森の女神?
美しい姿をしているが、恐ろしくデカい。ピエッチェの三倍はありそうだ。無表情にこちらを見ている。タスケッテの森の女神を思い出した。
《懐かしい匂いがすると思って来てみればカテルクルストの子か》
頭の中に女の声が響いた。女神の声で間違いないだろう。
《コゲゼリテの娘も一緒?――あぁ、おまえ、なりそこないだな》
クルテをなりそこないなんて言うな。
《おや、カテルクルストの息子が怒っている》
女神は笑ったようだが表情はほんの少しも変わらない。
《しかし、クルテ? ふふん、まだ名を思い出せずにいるらしい》
クルテの名を思い出すことが課せられているとピエッチェが確信する。
《そうさなぁ……どんな生物も、それぞれに己の役目がある。それを忘れ、己が生かされている存在だと言うことも忘れる。女神はどうしても意地悪にならなくてはならなかった。天罰も時には必要と言うことだ》
話に脈絡があるような、ないような? クルテが何か言ったのかもしれない。
《そう警戒しなくてもいい。おまえから取り上げはしない――ふぅん、おまえが望むなら祝福など容易い》
ふいに身体が熱くなるのを感じる。だがそれは一瞬、女神がピエッチェを祝福したのだろう。
《カッテンクリュードに行くのならあの周辺の女神たちには会ったほうがいいかもしれない。なんの挨拶もなしに国を離れたと怒っているぞ》
怒っている相手は俺か?
《命を取り留めたと報せてやるがいい。願わずとも、あちらから重ねての祝福を授けてくるだろう。そうなればカッテンクリュードにいる限り、人の思いなどでは命を奪われることがなくなる――かの地を囲う四つの森の女神……いや、三つの森の女神は喜んで受け入れるだろう》
沼の向こうで女神の姿が薄れていく。
《カテルクルスト……懐かしい名だ》
すっかり姿が消えると同時にラクティメシッスが身動ぎした。
「あれ……? なんだか、少し眠ってしまったような?」
カッチーも起きだして、
「ラスティンさん、枯葉なんかなくっても快適に眠れそうです」
とニッコリした。
「今、一瞬眠りそうでした」
納屋の戸が開いて、マデルとクリンナーテンが顔を出した。
「温泉、気持ちよかったわよ――すぐ眠れそう」
「うっかり椅子に座ったまま寝ちゃいそうだったよね」
と口々に言って笑った――
ところで、とラクティメシッスが話題を変える。
「クリンナーテンに一目で見破られたと言ってましたね。王宮に入れば速攻でバレるってことになりますか……」
ピエッチェがチラリとラクティメシッスを見る。
「髪の色が変わっただけで、顔そのものが変わるわけじゃないからな。そもそも身にまとった雰囲気と言うものもある。ウイッグと眉墨くらいじゃそう誤魔化せるものじゃないだろうさ」
「街人たちは王族の顔なんかじっくり見たことありませんからね。見たって遠目、じっくり見れたとしてもせいぜいが絵、変装してたって似てると思うだけなんてのもありそうです」
「けれど王宮ではそうは行かない。向こうにその気はなくても、こっちからしてみれば毎日監視されているようなもんだ。さぞかしじっくり見られていると思うよ」
「あ、その、監視されてる気分、判ります」
ラクティメシッスがクスッと笑う。
「王宮では自室以外ではほんの少しも気を抜けない。誰が見てるか判りませんから。厠にだって気楽には行けませんでした」
「へぇ、他人の思惑なんか気にしないように見えるのに?」
「ま、割と好き勝手してるけどね――だけど、やっぱり他人に非難されるようなことは極力しないようにしてます。父に迷惑かけるわけにはいきませんから」
「極力なんだ?」
「ピエッチェはそのあたり、徹底してるみたいですね」
「うん、まぁ……幼いころより父からも守役からも耳に胼胝ができるほど言い聞かされてたし、いつの間にか身に染みついたって感じだな」
「お父上や守役に反感を覚えたことはないんですか?」
「なくはないよ。でも、それを言葉や態度に出したことは、少なくとも物心ついてからはないかな……そうでなくても、言いたいことがあっても言わないことも多い。姉に『あんたはもっと自分を曝け出したほうがいい』とか煮え切らないヤツだとか、ぼろくそ言われてた」
「あなたの長所を訊いた時、マデルは『余計なことを言わないところ』って言ってましたよ」
「それきっと、ラスティンと比べてって意味じゃ?」
するとカッチーが、
「ピエッチェさん、俺には言いたいことははっきり言えって言うのになぁ」
とボソッと言った。
言い訳したのはラクティメシッスだ。
「カッチーはイヤでも遠慮してしまう立場だからですよ。遠慮なんかさせたくないからなんでも言えって言ったんです。ピエッチェは……周囲に与える影響を考えたら迂闊なことは言えないと言う事ですよ」
「そんなもんなんですか?」
「例えばカッチーが茹で卵を食べたいと言ったとしましょう。だけど手持ちに卵が無かったら、今日は我慢してくれってなる。だけど国王が同じことを言えば、料理番はなんとしてでも卵を仕入れて茹で卵を作る。その違いです」
これにはピエッチェが笑った。
「うちの料理長なら『牝鶏が卵を産むまでまでお待ちください』って言うだろうけどね」
「なんですか、それ? 卵を買ってくるじゃなくって、牝鶏が産むまで?」
「そう言われたら言い返せないだろう? 姉がオムレツを食べたがった時にそう答えてたよ――文句を言わずに出されたものを食べる。それが父の方針だった。献立を組み立てるだけでも一苦労、さらに栄養価や食べる楽しみ、一食を作だけでも様々なことを考えなくちゃならない。その上で手間暇かけて調理する。そうしてテーブルに並べられた料理に文句を言うなって事らしい。まぁ、父は姉には甘くって、姉を叱ることはなかったから代わりに料理長が黙らせたってことだね」
懐かしそうにピエッチェがうっすら笑う。
「調理係を信頼していたのもあるだろうな。よく観察していて、その日の体調に合わせて調理してくれてた。父はよく胃痛を起こしてたけど、その調理長になってからそれもなくなったそうだ」 」
「ピエッチェさんのお父さんってどんな人だったんですか?」
カッチーの質問にピエッチェが少し考える。カッチーに父親の記憶がないことを思い出していた。
「一言で言うなら取っ付き難くって何を考えているか判らないヤツ。滅多なことじゃニコリともしない。みんな怖がってるよ」
「ピエッチェさんから優しそうなとこを取っ払った感じですか?」
「うーーん、どうだろう? 雰囲気が似てるとは言われてたけどなぁ」
「そうなんですか? でも、ピエッチェさんを怖いと思ったこと、俺、ありませんよ?」
ラクティメシッスがニヤリと笑う。
「これから齢を取るにつれて、どんどん怖くなるんじゃないでしょうかね?」
「そんなことない!」
いきなり抗議したのはクルテだ。
「ピエッチェは変わらない。ずっとこのまま!」
ピエッチェに抱き着いて、
「変わっちゃイヤ」
と涙ぐんで見上げてくる。何も考えず、
「俺は変わったりしないさ」
クルテの肩を抱き寄せるピエッチェ、ラクティメシッスが
「お嬢さんは素直でいいなぁ」
と微笑む。厭味のない微笑みだ。
カッチーが
「マデルさんは素直じゃないんですか?」
と訊くと、
「そうですね、お嬢さんほどはね」
曖昧に誤魔化した。
「まぁ、二人きりならたまぁに素直になってくれますけど」
「ピエッチェさんとクルテさんも、最初は全く素直じゃなかったんですよ。俺やマデルさんから見ても相思相愛、なのにまるきりそんな気がない素振りでした――隠してるのかなって思ったけど、そういうわけじゃなさそうだし」
そう言えば、知り合った当初からマデルは俺とクルテの仲を疑っていたっけ。
「そうなんだ? そう言えばお嬢さん、さっきも恋人じゃないって言ってましたね」
「それは判らなかっただけですよね。うーーん、クルテさん、ちょっとズレてるところあるから」
「確かに! だけど、そんなところもピエッチェからしたら魅力の一つなんでしょうね」
勝手に言ってろよ。
「しかし、まさかこんなことになるとは思っていませんでした」
感慨深げにカッチーが言う。
「俺、クルテさんのこと、てっきり男だと思ってましたから」
「おや、こんな綺麗なお嬢さんなのに?」
「だって、男の格好してたし、自分のこと『僕』って言ってたし」
「ってことは、自分から男と思われるようにしてたってことですか?」
「そうらしいです、女の格好だと絡まれるから用心にって。ねぇ、クルテさん?」
カッチーをチラッと見たクルテ、質問には答えず
「眠い……」
呟いた。えって顔になったがカッチーはすぐに笑いだし、ラクティメシッスも
「お嬢さんは『眠い』と『お腹空いた』の二つが決め台詞みたいですね」
笑う。
寝床はどうしましょうか、と周囲を見渡すラクティメシッス、カッチーは
「温泉、入らないんですか? コゲゼリテの時も結局、入れなかったんでしょう?」
と訊いた。クルテはピエッチェに引っ付いたまま何も言わない。
「マデルたちが出てきたら、カッチーはラスティンと入るといいよ。俺はそのあと入るから。監視に一人、男がいたほうがいいだろう?」
「あぁ、クルテさんと一緒に?」
「違うっ!」
やれやれ、カッチーまで俺を揶揄うようになった。
立ち上がったラクティメシッスが地面に座り、
「小石とか、除けてみました。少しはマシになったんじゃないかな? なんだったら、森の中から枯葉かなにか集めましょうか?」
と言うと、カッチーも地面に座った。
「苔なんかもいいかもしれませんね」
「虫がいると思うよ」
これはクルテ、枯葉も苔もイヤだったらしい。
「マデルとクリンナーテンがきっと嫌がる。ラスティン、マデルに虫がついてもいいの?」
「うわぁ、どんな虫だろう? 髭が生えてる虫かな?」
楽しそうに笑うラクティメシッス、
「お嬢さん、冗談が巧くなりましたね」
どうやらクルテが冗談を言ったと思ったようだ。でもきっと、クルテにそのつもりはない、うん、きっと。
「あぁあ、なんだか俺も眠くなってきちゃった」
地面にゴロンとカッチーが横になる。
「そうですね、なんだかわたしも……」
ラクティメシッスさえもフラッと横たわってしまった。
ピエッチェがゆっくりと沼の向こうを見た。クルテが眠いと呟いた時から感じている気配、沼の向こうに女が一人立ってこちらを見ていた。悪意を感じなかったから放置していたけれど、二人が急に眠ったのはあいつの仕業だ。カッチーはともかく、ラクティメシッスも全く気が付いていなかった……と言うことは森の女神?
美しい姿をしているが、恐ろしくデカい。ピエッチェの三倍はありそうだ。無表情にこちらを見ている。タスケッテの森の女神を思い出した。
《懐かしい匂いがすると思って来てみればカテルクルストの子か》
頭の中に女の声が響いた。女神の声で間違いないだろう。
《コゲゼリテの娘も一緒?――あぁ、おまえ、なりそこないだな》
クルテをなりそこないなんて言うな。
《おや、カテルクルストの息子が怒っている》
女神は笑ったようだが表情はほんの少しも変わらない。
《しかし、クルテ? ふふん、まだ名を思い出せずにいるらしい》
クルテの名を思い出すことが課せられているとピエッチェが確信する。
《そうさなぁ……どんな生物も、それぞれに己の役目がある。それを忘れ、己が生かされている存在だと言うことも忘れる。女神はどうしても意地悪にならなくてはならなかった。天罰も時には必要と言うことだ》
話に脈絡があるような、ないような? クルテが何か言ったのかもしれない。
《そう警戒しなくてもいい。おまえから取り上げはしない――ふぅん、おまえが望むなら祝福など容易い》
ふいに身体が熱くなるのを感じる。だがそれは一瞬、女神がピエッチェを祝福したのだろう。
《カッテンクリュードに行くのならあの周辺の女神たちには会ったほうがいいかもしれない。なんの挨拶もなしに国を離れたと怒っているぞ》
怒っている相手は俺か?
《命を取り留めたと報せてやるがいい。願わずとも、あちらから重ねての祝福を授けてくるだろう。そうなればカッテンクリュードにいる限り、人の思いなどでは命を奪われることがなくなる――かの地を囲う四つの森の女神……いや、三つの森の女神は喜んで受け入れるだろう》
沼の向こうで女神の姿が薄れていく。
《カテルクルスト……懐かしい名だ》
すっかり姿が消えると同時にラクティメシッスが身動ぎした。
「あれ……? なんだか、少し眠ってしまったような?」
カッチーも起きだして、
「ラスティンさん、枯葉なんかなくっても快適に眠れそうです」
とニッコリした。
「今、一瞬眠りそうでした」
納屋の戸が開いて、マデルとクリンナーテンが顔を出した。
「温泉、気持ちよかったわよ――すぐ眠れそう」
「うっかり椅子に座ったまま寝ちゃいそうだったよね」
と口々に言って笑った――
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