秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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16章 継承される流れ

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 できれば食事をしてから出かけたい。

「だったら、今夜のうちに用意しといたほうがらくじゃない?」
クルテがカッチーに向かって言うと、ピエッチェが頷くのを見てカッチーが食材のチェックを始めた。焼きたてのパンって美味しいですよね、なんて呟いている。

「五人分作るんだよ」
「ヤダなぁクルテさん、六人ですよ?」
「クリンナーテンの分は要らない」
「えっ?」

 クリンナーテンを連れて行くのかをはっきりさせるため、クルテは朝食を話題にしたか。

 戸惑うカッチーにピエッチェが指示を出す。
「そうだな、五人分でいい。クリンナーテンには何も告げずに行く。彼女の分はチュジャバリテに頼めばいい」
すると、挨拶もできないのね……ボソッとマデルが呟いた。

 クリンナーテンは一緒に行きたがるに決まってる。そうとも、ここで一人で待つよりはきっと気持ちは落ち着くはずだ。だけど連れてなんかいけない。知られてはならないことが、雪崩なだれのように次から次へと起こるだろう。安全が確保できる保証もない。

 クリンナーテンをチュジャバリテに預けることはジジョネテスキの考えでもある。夫が妻の最善を考えて提案した。従うのが順当だ。

「トロンペセスとの接触方法なんだが……」
粉をふるい始めたカッチーを横目にピエッチェがラクティメシッスに言った――

 パンの焼けるいい匂いが漂い始める頃、居間に戻ってきたのは疲れ切った顔のラクティメシッス、マデルも一緒だ。テーブルに日記帳とペンを二組置きながら力なく笑う。
「とうとう寝る時間は取れませんでしたね」

 カッチーが朝食の仕込みをする横で相談を続けた。日記帳とペンに魔法をかけるからと、マデルを連れてラクティメシッスが寝室に戻ったのは少し前のことだ。
「思ったより早かったな」
「マデルに手伝って貰ったので。一人だったら、まだまだ終わっちゃいません」
ラクティメシッスが欠伸あくびを噛み殺す。カッチーを手伝ってくる……マデルはキッチンに行ってしまった。

 ピエッチェにしてもその間、寝ていたわけではない。チュジャバリテに持って行かせるジジョネテスキに宛てた手紙を書いていた。暗号文だ。そう易々やすやすと書けるものでもない。クルテはピエッチェの隣に座って覗き込むと『意味不明』と呟いたが、そのままそこに居座った。寝室で休んでもいいぞと言っても行かないくせに、時おりコクッと舟をぐ。

「そっちは終わったんですか?」
ピエッチェに問うラクティメシッス、
「ジジョネテスキは終わった」
ピエッチェが封筒を指さす。
「で、こっちはトランぺセス宛。今はダーロミダレムだ……ただ、ダーロミダレムにはどうやって届けるか、まだ考えてない」

「その人は、確か金庫番ザンザメクス卿の一人息子でしたね。人質に取られているようですが?」
「トロンペセスはそう言ったらしいが、投獄されている可能性もある」
「投獄? 罪状は?」
「王の乱心を防げなかった罪」
呆れかえるラクティメシッス、ピエッチェが苦笑する。
「そのあたり、事実がどうなっているか調べないと」

「トロンペセスは知っているのでは?」
「だな……まぁ、どうやって手紙を渡すかはトロンペセスに会って、ダーロミダレムの所在と処遇がはっきりしてから考えても遅くない」

「えっと……ダーロミダレムってどんな人物なんですか? 手助けさせるつもりなのでしょう?」
「ん? 賢い男だ。親父譲りでかねの有効な使い道を考えるのが巧い。そして何より情報通だ」
「情報通?」
「ザジリレン一の色男、貴婦人たちの間じゃ一番人気ってとこか」
「なるほど、噂話から情報を引き出すのが得意ってことですね。グリアジート卿ネネシリスも美形と聞いてますが、人気を二分するような感じなんでしょうか?」

「アイツは……ネネシリスは社交性がいまいちでね。女たちの無駄話に愛想良く付き合うなんてできない」
「素っ気ないのがいいと言う女性も多そうですよ?」
「そんな女もいるかもしれない。でも、王女さまの腰ぎんちゃくって渾名あだなされてたからな。人気なんかなさそうだぞ?」
「酷い言われようですね。でも、それほどクリオテナさまのことを?」
「さぁな。どうなんだろうね――おい、クルテ、よっかかるなら肘掛ひじかけにしろよ」

 いつもはピエッチェの左に座るクルテが手紙を覗き込むためか、右にいた。それが眠気でもたれかかってきたのを押し戻したピエッチェだ。ウフフと笑むクルテ、目がトロンとしている。

「なんだ、夢でも見てたのか?」
「そうなのかな? 目の前にいたから嬉しかった――そろそろ朝食?」
「腹が減ったか?」
「パンのいい匂いがする。カッチーに、あとどれくらいかかるか訊いてくる」
キッチンに向かうクルテを目で追うピエッチェ、クルテは眠ってなんかいなかったと思っている。訊かれたくないことを追及してくるラクティメシッス、それを巧くかわせない俺……クルテは俺を助けたかった。

 食事の用意はほぼ終わっていたようで、すぐにダイニングに呼ばれた。たっぷりバターを練り込んで層にしたパンは、表面はサクッとしているのに中はふわふわと柔らかい。しかも焼き立て、絶品ね、とマデルが絶賛すれば
「頑張った甲斐がありました」
カッチーがニッコリする。

 それなのにクルテは機嫌が悪い。グリンピース入りのコーンスープが気に入らないのだ。黙ってスープカップをピエッチェの前に押しやった。相変わらずグリンピースは苦手らしい。

 カッチーが、
たねはイヤって言うけど、クルテさんが大好きなトウモロコシもたねですよ」
余計なことを言ったからか、ますます不貞腐ふてくされた。

「怒ってるんですか? 随分と怖い顔になってますね」
さらにラクティメシッスが揶揄からかう。が、
「怒ってない」
むっとクルテが答えた。
「こんな顔してないと、眠っちゃいそうなだけ」

 ムスッとした顔になっているのはクルテだけじゃなかった。美味しいと言いながら、食も進んでいない。寝ていないのだから無理もない。

「全員、移動中に仮眠を取ったほうがよさそうだ」
ピエッチェの言葉にクルテの顔が少しだけ明るくなる。
「みんなでキャビン? 御者ぎょしゃ台はからでいいの?」

「解術するまで必ず継続される魔法を使います」
ラクティメシッスが重そうなまぶたで言えば、
「そうして貰えるなら助かるよ」
ピエッチェがだるそうに答えた。

 道行はリュネに任せて大丈夫だ。クルテがきちっと指示を出すだろう。最大の問題はカッチーのいびきだが、このところ少し治まってきているような気がする。まぁ、いざとなったら耳栓を使うって手もある。それに、どうせピエッチェとラスティンに熟睡する気なんかない。

「パンはいっぱい焼きましたから、あとでお腹が空いても大丈夫です」
カッチーが無理に食べることはないと気を利かせて言った。皿を見ると、冷めても味の落ちにくいものが並んでいる。残ったら箱に詰めて持って行こうと思っているのかもしれない。

 だらだらと食べていたが、チュジャバリテの訪れで切り上げることになった。片付けをカッチーとマデルに任せてピエッチェとクルテ、ラクティメシッスはチュジャバリテと話すべく、居間に移った。クルテも片づけを手伝うと言ったが『そんなにフラフラしてるんじゃ危なっかしい』とマデルに断られている。案の定、ソファーに座るとクルテはすぐにウトウトし始めてしまった。

 チュジャバリテはピエッチェの書いたジジョネテスキの手紙については二つ返事で引き受けたが、
「すぐにご出立? ワッテンハイゼに? トロンべセスに会う気なのですね?」
と、チュジャバリテの屋敷を出ることについては難色を示した。

「国内のあちらこちらで兵を動かしています。トロンバの様子を確認してからのほうが良かろうかと」
「ふむ。おまえの言うことももっともだが、状況は刻々と変わっている。こちらに連絡が来てから向かったところで、着く時には変わっているかもしれないぞ?」
「いや、しかし……」
「なにしろ、すぐ出立すると決めた。勝手をして済まないが、俺を信じて欲しい」
王から信じて欲しいと言われればいなとは言えない。渋々しぶしぶでも納得するしかない。

「で、チュジャンバリテ。クリンナーテンのことは任せていいな?」
「もちろんでございます。この屋敷にいる限り、外出できないことを除いて何一つ不自由な思いはさせませんし、何者にも触れさせたりは致しません」
「では、話はこれで終わりだ――ジジョネテスキのところに納品に行く時刻だろう? 見送りは不要、すぐに動け」

 チュジャバリテが退出するころにはキッチンも片付いていた。転寝していたクルテを揺り起こし、出立の準備を始める。

 思った通り朝食の残りは箱に詰められていた。
「カッチーがお弁当を作ってくれた」
クルテがニコニコとピエッチェに報告した。
「いつの間に作ったのかな? あとでキャビンで食べてもいい?」
少し眠ったからか、さっきまでの不機嫌さはクルテから消えていた。

 それなのに、降ろしていた荷物を貨物台カーゴに積み込んでいざ出発という段になってクルテがごね始める。

 キャビンの座席は向かい合わせに前後二列、それぞれ三人掛けだ。二人と三人に別れて座るしかない。身体の大きさを考えてピエッチェが
「前の座席に俺とラクティメシッス、後ろの座席にクルテ、マデル、カッチーで」
と言った途端にクルテが
「ヤダ!」
と叫んだ。
「わたし、ピエッチェの隣に座る!」

「子どもみたいなことを言うな」
予測通りのクルテの反応、笑い出しそうなのを隠してピエッチェが諭す。
「俺とおまえが座ったら、その隣に誰が座る? それともほかの三人を一緒に座らせるのか?」

「それじゃあダメなの?」
「ラスティンとカッチーが一緒のところにもう一人座ったら窮屈になる。だからと言って俺とカッチーが一緒だともっと窮屈だ――カッチーは、まだ俺やラスティンと比べれば身体が出来上がっていないから細身だけど、このところグンと男の体つきになってきた」

 クルテがマジマジとカッチーを見る。
「いつの間に大きくなった?」
おまえだって痩せっぽちが少しはマシになってきてるぞ、そう思うピエッチェ、話しが長くなるのを避けようと言わずにいた。

「で、俺の隣がおまえなら、ラスティンの隣はマデル、そうなるとカッチーはどこに座ればいい?」
実のところクリンナーテンが『三人座るには狭すぎると苦情を言っていた』とマデルから聞いていた。先を考えてキャビンの買い替えも考えている。が、今はこのまま行くしかない。そして五人とも疲れ切っている。少しでもゆとりを持って座らせたい。

 クルテがマデルとカッチーを見比べ、ピエッチェとラクティメシッスに目を移す。
「そうか、ピエッチェって凄く大きいもんね……でもわたし、大きいほうが好き」
なぜかカッチーがギョッとした顔になり、ラクティメシッスが吹き出した――
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