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17章 選択された祖国
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前回は通り過ぎただけのワッテンハイゼは、トロンバ街道の中では一二を争う大きな街だ。王都に向かいたければトロンバ街道シャンシャン峠を越えることになる。
シャンシャン峠は夜になると魔物が出没し、時にはワッテンハイゼの街に迷い出てくることもある。そのため割と大規模な警備隊が置かれていた。この警備隊の司令官がトロンペセスだ。
ピエッチェたちがワッテンハイゼに到着したのは昼を少し過ぎたころだ。ジョーンキの森で結界を張り、見えず聞こえずの魔法をかけたうえで空中を行った。街道を使えば数日かかるが半日で着いている。曲がりくねって上り下りがある道とは違い最短距離、しかも普通に馬を走らせるよりスピードもあるのだから当然と言えば当然か。
「なんだか殺気立ってる感じがしますね」
サロンの窓から街の様子を窺いながらラクティメシッスが言った。
大通りに面したサロンは時間帯もあるのだろうが空席はまばらだ。窓際に席が取れたのはラッキーだった。大通りがよく観察できるのもあるが、ピエッチェの正体を隠すためには客や店員の行き来が多い中寄りの席よりも隅のほうがいい。ピエッチェはウイッグと眉墨を使っているが、カーテンの影に半ば隠れている。店内だけでなく、往来する人々にも気をつけなくてはならない。誰とも目を合わせないようにもしていた。
四人用のテーブルの通路側にはクルテとマデルが座り、窓際にピエッチェとラクティメシッス、カッチーの席は通路に追加の椅子を置いて貰った。クルテ・マデル・カッチーが賑やかに雑談し、ピエッチェとラクティメシッスの会話がなるべく他人に聞き咎められることのないよう気を使った。
もちろん、ここで聞かれて困るような話はしない。が、政情が不安定なことを考えると、何が他者の怒りを呼ぶか判らない。用心に越したことはない。
クルテはプリンとフルーツの盛り合わせを頼んで、いつものようにすぐには食べずじっと見ている。が、いつもと違って真剣な顔ではなくニマニマしている。随分とお気に召したらしい。他人には、もったいなくてなかなか食べられないように見えるだろう。
マデルはココアクリームがたっぷり盛られたケーキ、カッチーはチーズを練り込んだケーキを頼んだ。ラクティメシッスにはマデルが自分と同じものを注文し、ピエッチェはお茶だけだ。
「また行きましたね」
ラクティメシッスが横目で大通りを見ながら言った。警備隊の制服を着た一団が早足で通り過ぎたところだ。
「騎兵が見当たらない」
手にしたカップを覗き込みながらピエッチェが答えた。
「すでに詰め所に集結しているとか?」
「歩兵だろうが、隊列を組まず街中を行くのは不自然だ」
「徴兵に応じた者たちなのでは?」
これには答えず唸っただけのピエッチェだ。
ピエッチェがソーサーに戻したカップを見たクルテがポットに手を伸ばす。
「あ、クルテ。わたしがやろうか?」
マデルが言うが、
「ううん。上手にできるようになりたいから」
クルテがピエッチェのカップに茶を注ぐ。最初は恐る恐る傾けていたが、チロチロとしか出てこないのに苛立ったのか、大きく傾け、結局カップから溢れさせた。
「だからわたしがやるって言ったのに」
マデルがハンカチを出してお茶でベチャベチャになったソーサーとカップを拭いた。
「ありがとう、マデル――クルテ、ハンカチを預かって、洗って返せ」
苦笑いしたピエッチェが、ムッとした顔になったクルテの肩を抱き寄せる。
「そんな顔するな。最初から上手にはできないさ。それより俺のためにお茶を注ごうとしてくれたのが嬉しいよ」
本当? ほっとした顔でピエッチェを見上げるクルテ、
「貸して」
マデルに手を差し出してハンカチを受け取った。
「あぁあ。このケーキ、ものすっごく甘い」
マデルの皮肉にカッチーがクスッと笑った。
甘いもの好きのラクティメシッスは、結局ケーキには手をつけなかった。本人に訊かずにマデルが注文したものだ。文句も言えずマデルがクルテに食べるか訊いた。クルテは
「わたしが食べたらマデルが悲しい」
と言って、なぜかカッチーに食べるよう言った。
「なんで俺ならいいんですか?」
カッチーは不思議そうな顔をしたがマデルからも食べるよう言われ、嬉しそうにケーキに嚙り付いてた――
警備隊本部の近くの宿に部屋を取った。
「最後の一部屋ですよ」
受付係がにこやかに言った。
「随分繁盛してるんですね」
ラクティメシッスが微笑みで返せば、
「えぇ、ここんところ、周辺の街から警備隊への入隊希望者が集まってるんです――ご存知でしょう? なんかキナ臭いことになってるって」
笑みを消して受付係が答えた。
「やっぱり戦争になるんでしょうかね?」
「こんな片田舎じゃ正確な情報は入ってきませんよ。グリアジート卿が猛反対してるとか、いいや反対してるのはクリオテナ王女さまだとか、いやいや二人とも反対しているがなんとかってお偉いさんが二人を説き伏せちゃったとか、どの噂が本当なんですかねぇ?」
「なんとかって?」
「んー……なんだったかなぁ? でも、その人の意見をモバナコット卿が全面支持したとかってのは、なかなか信ぴょう性がある話だって言われてるよ」
部屋に落ち着いて最初に話し合ったのは、どうやってトランぺセスと連絡を取るかだった。
カッチーが
「俺、行ってきますよ。すぐ近くだし、トロンバの時も行ってるから勝手が判ってます」
申し出たが、ピエッチェが却下した。
「一度行っているってことは顔を覚えられてる可能性があるってことだ。却って怪しまれる」
「ってことは、わたしもダメですね」
ラクティメシッスが苦笑いする。
「トランぺセスにもカーネンテルだったかな? 騎馬で来てた連中は、わたしをじろじろ見てましたからね。覚えられています」
「クルテとマデルもダメだ。キャビンを調べられて、顔を見られてるからな」
ピエッチェの牽制に、
「ふふん、大部分の男は美人の顔を忘れませんからね」
ラクティメシッスがうっすら笑う。
「誰かが警備隊に出向くってのは無理……どうしたらいいんでしょうねぇ」
するとクルテが
「わたしが行けばいいよ」
と事も無げに言った。
「おまえ、今の話を聞いてなかったのか?」
「あの時わたし、女の格好してた。だから男装していく」
驚くピエッチェ、ラクティメシッスは無遠慮にクルテを見た。するとマデルが、
「無理よ、クルテ。あなためっきり女っぽくなったもの。男の服を着たってもう誤魔化せないわ――少しは自覚しなさいよ」
と溜息を吐いた。
「自覚? 男に見えないかな?」
「見えないわよ、クルテ。最近、服がきつくなってるんじゃない?」
「そんなことないけど?」
「あるでしょう? 胸のあたりがパンパンになってきてる」
ついクルテの胸元に視線を向けた三人が、慌ててソッポを向いた。三人とはピエッチェ・ラクティメシッス・カッチー、マデルが『馬鹿どもが』と呆れた。
「そう言われるとそうかも……てかね、マデル、痛いときがある」
「それは後でゆっくり話そう。心配することないわ」
いい考えも浮かばないまま、日没が訪れ、夕食の時刻になった。
給仕係が押してきたワゴンの料理を配膳している横で、ふとクルテが顔をあげ寝室に向かった。
「どうしたんだ?」
察しているものの、知らんふりをしてピエッチェが言った。ラクティメシッスが
「きっと日記が気になったんですよ」
訳ありげな視線をピエッチェに向ける。
給仕係が部屋を出るのを待っていたかのようにクルテが居間に戻ってきた。この宿の食事代は部屋代と一緒に前払いだ。
クルテが黙って日記帳をピエッチェに差し出し、ピエッチェも黙って受け取る。
「なんて言ってきましたか?」
ラクティメシッスが横から覗き込む。
魔法をかけた日記帳とペンをジジョネテスキに渡していた。クルテが持ってきたのはその相方の日記帳だ。ジジョネテスキが向こうに何か書けば、それがこちらに反映される。こちらに書き込めば向こうに、そんな魔法をラクティメシッスが掛けたものだ。
「うん、コッテチカに兵を率いて赴くよう命令が下ったそうだ」
「となると、ゼンゼンブから攻め込むつもり、ってことですね」
「王都を出立するのは五日後とある――まだ、派兵予定数に達していないが、五日後には集められなくても出立するらしい」
「各地から兵が王都に集まるのを待っているってことですか」
「そう言うことだな――まぁ、他にも言ってきたが、まずは食事にしよう。珍しくクルテが食べ始めてる」
ババロアを口に放り込んだクルテがピエッチェを見上げ、ニンマリとした――
ジジョネテスキの報告には、兵を動かすよう命令したのはネネシリスだとあった。クリオテナは体調がすぐれず、自室に籠りっ放しで政務についていない。
「本当に体調不良なんでしょうか?」
ラクティメシッスが疑わしそうに言った。ピエッチェは『さぁな』と言ったきり、それ以上クリオテナの話題には触れたくなさそうだ。父親が倒れたと知っても自国に帰ることなく、使命を果たそうとしているラクティメシッスの前で姉の心配などできなかった。
しかし、ローシェッタとザジリレン、両国で最高権力者が同時期に病だというのも気にかかる。これも陰謀の一端ではないのか? だが根拠もなく騒いだところで益はない。
ピエッチェがペンを取り、日記帳に暗号文を書き込んだ。ジジョネテスキの書き込みのすぐ下だ。クルテに意味を聞かれ
『報告、受け取った――また何か動きがあったら報せて欲しい。派兵を止める方法をこちらも考えている。くれぐれも自分の身は守れ。おまえに何かあれば、嘆く人間が大勢いることを忘れるな』
と答えた。
眺めていたラクティメシッスが、
「だからあなたとは気が合うのかもしれません」
と微笑む。気が合うとは思っていない、そう言いたかったがやめたピエッチェだ。それに、そう言われれば気が合うのかもしれないとも感じた。
「だから、って?」
「何がなんでも使命を遂行しろとは臣下に言えない。そのくせ自分は何よりも使命を優先する。ま、わたしはそう心掛けているだけですが」
「ふぅん……俺は心がけてもいないぞ? そんなこと、考えたこともない」
やっぱり気が合うなんて思い違いだ。
「そうでしたか?」
もの言いたげにピエッチェを見るラクティメシッス、けれど追及してくることはなかった。
「しかし……トロンペセスの件、どうしたらいいでしょうね?」
まだ、トロンペセスと連絡を取る手段を思いつけずにいる。
すると
「ねぇ、入隊検査ってあるの?」
とクルテが訊いた。
「もちろん。兵役に堪えられる身体能力があるかどうか、病気じゃないか、そんなことを入隊前に調べるはずだ」
と言いながら、ピエッチェがラクティメシッスと見交わした。
シャンシャン峠は夜になると魔物が出没し、時にはワッテンハイゼの街に迷い出てくることもある。そのため割と大規模な警備隊が置かれていた。この警備隊の司令官がトロンペセスだ。
ピエッチェたちがワッテンハイゼに到着したのは昼を少し過ぎたころだ。ジョーンキの森で結界を張り、見えず聞こえずの魔法をかけたうえで空中を行った。街道を使えば数日かかるが半日で着いている。曲がりくねって上り下りがある道とは違い最短距離、しかも普通に馬を走らせるよりスピードもあるのだから当然と言えば当然か。
「なんだか殺気立ってる感じがしますね」
サロンの窓から街の様子を窺いながらラクティメシッスが言った。
大通りに面したサロンは時間帯もあるのだろうが空席はまばらだ。窓際に席が取れたのはラッキーだった。大通りがよく観察できるのもあるが、ピエッチェの正体を隠すためには客や店員の行き来が多い中寄りの席よりも隅のほうがいい。ピエッチェはウイッグと眉墨を使っているが、カーテンの影に半ば隠れている。店内だけでなく、往来する人々にも気をつけなくてはならない。誰とも目を合わせないようにもしていた。
四人用のテーブルの通路側にはクルテとマデルが座り、窓際にピエッチェとラクティメシッス、カッチーの席は通路に追加の椅子を置いて貰った。クルテ・マデル・カッチーが賑やかに雑談し、ピエッチェとラクティメシッスの会話がなるべく他人に聞き咎められることのないよう気を使った。
もちろん、ここで聞かれて困るような話はしない。が、政情が不安定なことを考えると、何が他者の怒りを呼ぶか判らない。用心に越したことはない。
クルテはプリンとフルーツの盛り合わせを頼んで、いつものようにすぐには食べずじっと見ている。が、いつもと違って真剣な顔ではなくニマニマしている。随分とお気に召したらしい。他人には、もったいなくてなかなか食べられないように見えるだろう。
マデルはココアクリームがたっぷり盛られたケーキ、カッチーはチーズを練り込んだケーキを頼んだ。ラクティメシッスにはマデルが自分と同じものを注文し、ピエッチェはお茶だけだ。
「また行きましたね」
ラクティメシッスが横目で大通りを見ながら言った。警備隊の制服を着た一団が早足で通り過ぎたところだ。
「騎兵が見当たらない」
手にしたカップを覗き込みながらピエッチェが答えた。
「すでに詰め所に集結しているとか?」
「歩兵だろうが、隊列を組まず街中を行くのは不自然だ」
「徴兵に応じた者たちなのでは?」
これには答えず唸っただけのピエッチェだ。
ピエッチェがソーサーに戻したカップを見たクルテがポットに手を伸ばす。
「あ、クルテ。わたしがやろうか?」
マデルが言うが、
「ううん。上手にできるようになりたいから」
クルテがピエッチェのカップに茶を注ぐ。最初は恐る恐る傾けていたが、チロチロとしか出てこないのに苛立ったのか、大きく傾け、結局カップから溢れさせた。
「だからわたしがやるって言ったのに」
マデルがハンカチを出してお茶でベチャベチャになったソーサーとカップを拭いた。
「ありがとう、マデル――クルテ、ハンカチを預かって、洗って返せ」
苦笑いしたピエッチェが、ムッとした顔になったクルテの肩を抱き寄せる。
「そんな顔するな。最初から上手にはできないさ。それより俺のためにお茶を注ごうとしてくれたのが嬉しいよ」
本当? ほっとした顔でピエッチェを見上げるクルテ、
「貸して」
マデルに手を差し出してハンカチを受け取った。
「あぁあ。このケーキ、ものすっごく甘い」
マデルの皮肉にカッチーがクスッと笑った。
甘いもの好きのラクティメシッスは、結局ケーキには手をつけなかった。本人に訊かずにマデルが注文したものだ。文句も言えずマデルがクルテに食べるか訊いた。クルテは
「わたしが食べたらマデルが悲しい」
と言って、なぜかカッチーに食べるよう言った。
「なんで俺ならいいんですか?」
カッチーは不思議そうな顔をしたがマデルからも食べるよう言われ、嬉しそうにケーキに嚙り付いてた――
警備隊本部の近くの宿に部屋を取った。
「最後の一部屋ですよ」
受付係がにこやかに言った。
「随分繁盛してるんですね」
ラクティメシッスが微笑みで返せば、
「えぇ、ここんところ、周辺の街から警備隊への入隊希望者が集まってるんです――ご存知でしょう? なんかキナ臭いことになってるって」
笑みを消して受付係が答えた。
「やっぱり戦争になるんでしょうかね?」
「こんな片田舎じゃ正確な情報は入ってきませんよ。グリアジート卿が猛反対してるとか、いいや反対してるのはクリオテナ王女さまだとか、いやいや二人とも反対しているがなんとかってお偉いさんが二人を説き伏せちゃったとか、どの噂が本当なんですかねぇ?」
「なんとかって?」
「んー……なんだったかなぁ? でも、その人の意見をモバナコット卿が全面支持したとかってのは、なかなか信ぴょう性がある話だって言われてるよ」
部屋に落ち着いて最初に話し合ったのは、どうやってトランぺセスと連絡を取るかだった。
カッチーが
「俺、行ってきますよ。すぐ近くだし、トロンバの時も行ってるから勝手が判ってます」
申し出たが、ピエッチェが却下した。
「一度行っているってことは顔を覚えられてる可能性があるってことだ。却って怪しまれる」
「ってことは、わたしもダメですね」
ラクティメシッスが苦笑いする。
「トランぺセスにもカーネンテルだったかな? 騎馬で来てた連中は、わたしをじろじろ見てましたからね。覚えられています」
「クルテとマデルもダメだ。キャビンを調べられて、顔を見られてるからな」
ピエッチェの牽制に、
「ふふん、大部分の男は美人の顔を忘れませんからね」
ラクティメシッスがうっすら笑う。
「誰かが警備隊に出向くってのは無理……どうしたらいいんでしょうねぇ」
するとクルテが
「わたしが行けばいいよ」
と事も無げに言った。
「おまえ、今の話を聞いてなかったのか?」
「あの時わたし、女の格好してた。だから男装していく」
驚くピエッチェ、ラクティメシッスは無遠慮にクルテを見た。するとマデルが、
「無理よ、クルテ。あなためっきり女っぽくなったもの。男の服を着たってもう誤魔化せないわ――少しは自覚しなさいよ」
と溜息を吐いた。
「自覚? 男に見えないかな?」
「見えないわよ、クルテ。最近、服がきつくなってるんじゃない?」
「そんなことないけど?」
「あるでしょう? 胸のあたりがパンパンになってきてる」
ついクルテの胸元に視線を向けた三人が、慌ててソッポを向いた。三人とはピエッチェ・ラクティメシッス・カッチー、マデルが『馬鹿どもが』と呆れた。
「そう言われるとそうかも……てかね、マデル、痛いときがある」
「それは後でゆっくり話そう。心配することないわ」
いい考えも浮かばないまま、日没が訪れ、夕食の時刻になった。
給仕係が押してきたワゴンの料理を配膳している横で、ふとクルテが顔をあげ寝室に向かった。
「どうしたんだ?」
察しているものの、知らんふりをしてピエッチェが言った。ラクティメシッスが
「きっと日記が気になったんですよ」
訳ありげな視線をピエッチェに向ける。
給仕係が部屋を出るのを待っていたかのようにクルテが居間に戻ってきた。この宿の食事代は部屋代と一緒に前払いだ。
クルテが黙って日記帳をピエッチェに差し出し、ピエッチェも黙って受け取る。
「なんて言ってきましたか?」
ラクティメシッスが横から覗き込む。
魔法をかけた日記帳とペンをジジョネテスキに渡していた。クルテが持ってきたのはその相方の日記帳だ。ジジョネテスキが向こうに何か書けば、それがこちらに反映される。こちらに書き込めば向こうに、そんな魔法をラクティメシッスが掛けたものだ。
「うん、コッテチカに兵を率いて赴くよう命令が下ったそうだ」
「となると、ゼンゼンブから攻め込むつもり、ってことですね」
「王都を出立するのは五日後とある――まだ、派兵予定数に達していないが、五日後には集められなくても出立するらしい」
「各地から兵が王都に集まるのを待っているってことですか」
「そう言うことだな――まぁ、他にも言ってきたが、まずは食事にしよう。珍しくクルテが食べ始めてる」
ババロアを口に放り込んだクルテがピエッチェを見上げ、ニンマリとした――
ジジョネテスキの報告には、兵を動かすよう命令したのはネネシリスだとあった。クリオテナは体調がすぐれず、自室に籠りっ放しで政務についていない。
「本当に体調不良なんでしょうか?」
ラクティメシッスが疑わしそうに言った。ピエッチェは『さぁな』と言ったきり、それ以上クリオテナの話題には触れたくなさそうだ。父親が倒れたと知っても自国に帰ることなく、使命を果たそうとしているラクティメシッスの前で姉の心配などできなかった。
しかし、ローシェッタとザジリレン、両国で最高権力者が同時期に病だというのも気にかかる。これも陰謀の一端ではないのか? だが根拠もなく騒いだところで益はない。
ピエッチェがペンを取り、日記帳に暗号文を書き込んだ。ジジョネテスキの書き込みのすぐ下だ。クルテに意味を聞かれ
『報告、受け取った――また何か動きがあったら報せて欲しい。派兵を止める方法をこちらも考えている。くれぐれも自分の身は守れ。おまえに何かあれば、嘆く人間が大勢いることを忘れるな』
と答えた。
眺めていたラクティメシッスが、
「だからあなたとは気が合うのかもしれません」
と微笑む。気が合うとは思っていない、そう言いたかったがやめたピエッチェだ。それに、そう言われれば気が合うのかもしれないとも感じた。
「だから、って?」
「何がなんでも使命を遂行しろとは臣下に言えない。そのくせ自分は何よりも使命を優先する。ま、わたしはそう心掛けているだけですが」
「ふぅん……俺は心がけてもいないぞ? そんなこと、考えたこともない」
やっぱり気が合うなんて思い違いだ。
「そうでしたか?」
もの言いたげにピエッチェを見るラクティメシッス、けれど追及してくることはなかった。
「しかし……トロンペセスの件、どうしたらいいでしょうね?」
まだ、トロンペセスと連絡を取る手段を思いつけずにいる。
すると
「ねぇ、入隊検査ってあるの?」
とクルテが訊いた。
「もちろん。兵役に堪えられる身体能力があるかどうか、病気じゃないか、そんなことを入隊前に調べるはずだ」
と言いながら、ピエッチェがラクティメシッスと見交わした。
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