秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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17章 選択された祖国

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 そこにカッチーも入ってきた。紙袋を抱えている。
「クルテさんの桃、キャビンに置きっぱなしでしたよ」
クスッと笑う。

「あら、ちょうどよかった――ピエッチェ、疲れてるんじゃない? 桃をいただきましょうよ。疲労回復効果があるのよね?」
マデルが確認するようにラクティメシッスを見る。
「マデルが言うとおりです。うん、ピエッチェ、疲れた顔をしてますよ」
ラクティメシッスがピエッチェを探るように見ながら言った。

 カッチーから袋を受け取ったクルテが、袋から桃を出してピエッチェに渡す。
「皮はマデルが剝いてくれるよ」
「いや、いい。自分でやる」
受け取りながらピエッチェはそう答えたが
「いいから貸しなさいよ」
桃をマデルに取り上げられた。その間にカッチーが、果物ナイフと小皿を用意している。

「あら、手で剥けそうね」
少しだけ切れ目を入れただけで、あとは剥がすように手で剥くと、食べやすい大きさに切り分けて皿に乗せピエッチェの前に置いた。
「食べたら少し横になったら?」

「うん……そうするよ」
カッチーに手渡されたフォークを使いながらピエッチェが頷いた――

 寝室に行くと、すぐベッドに身を投げた。顔色が悪かったのは考え事のせいだけじゃなさそうだ。この疲労感は心身両面から来るものだ。本当に、少し眠ったほうがいいかもしれない。

 そう思ったのに、さして経たないうちにクルテが追ってきた。ピエッチェが居間を出た時には桃を食べ始めていたが、食べ終わったにしては随分と早い。何しろクルテは食べるのが遅い。

「おまえ、桃は?」
「持ってきた」
よく見ると、皿を手にしている。なんだかな、と思ったが、何についてそう思ったのかはピエッチェにもよく判らなかった。

「食べる?」
「要らない、自分で食え」
「疲労回復にいいって、マデルが言ってたのは正しいよ」
「だからって食いたくないものを食ったって、よくはならないさ」
「ふぅん……今は欲しくないってことだね」

 なんだかクルテにイライラする。自分で思っているよりずっと疲れているんだろうか?

「なぁ、おまえ。デッセムが女神の祝福を受けてるっていつ気が付いたんだ?」
天井を見ながらポツリと言った。クルテにイラつくのはこれが原因だろうか? いいや、違う。クルテが訊かれていないことを言わないのはよくあることだし、女神の誓約で言えない時だってある。

 テーブルに桃の皿を置き、椅子に座ってからクルテが答えた。
「一目見た時から」
やっぱりな……カッチーが祝福を受けていることも、おまえは最初から知っていたよな。

 だからって、クルテを責めても意味はない。初めてこのコテージに来た時、もしもデッセムが王家の血を引いていると知らされていたら進むべき方向を見失っていたような気がする。ジランチェニシスを追ったからこそ、ここまで辿り着けた。

 あれ? ジランチェニシス? クルテは確か、ジランチェニシスとカッチーからは俺と同じ匂いだすると言っていた。だから二人の母親は失われた王女だと判断した。間違いなくジランチェニシスの母親はザジリレンの王女だ。

「王族と言ってもローシェッタ王家……」
つい呟いたピエッチェを、クルテがチラリと盗み見る。そして溜息を吐いた。

「わたしが判るのは女神の魔法の痕跡、そしてカテルクルストの血の匂い。カッチーからはその両方を感じた。ジランチェニシスからはカテルクルストの匂い、デッセムからは女神の祝福」
「つまり、デッセムはザジリレン王家に繋がっていない?」
「そうなるだろうね。祝福はローシェッタの王族だから受けられたもの――そして夜香花……ベスクの森の女神のものに間違いない」

「だとしたら、ノホメはローシェッタ王家の者?」
「カティ、そう考えるのは短絡的だ。ノホメの夫……いや、デッセムの父親の父親がローシェッタの王族の可能性のほうが強い。クサッティヤの宿にいるノホメの娘やその息子には女神の祝福がなかった」

「うん? よく意味が判らない」
、要はデッセムの父親だけ、ノホメにとって特別なんじゃないか?――ノホメの出身はどこだか不明だがどちらにしろ貴族、王女付きの侍女になれるほどの上流、それなのにベスク村の宿の息子の妻になった。不自然ではないか?」

「いや、身分なんか捨てるほどデッセムの祖父に惚れたんじゃ?」
「大切な姫さまのお世話をする身で? 姫さまを捨てて男に走った? しかもこんな近くで?」
「こんな近くだから好都合だったとも言えるし、こんな近くだから恋に落ちたとも言える」
「だけどカティ、それじゃあデッセムに王家の血が流れている説明ができないし、孫の中でデッセムにだけ女神の祝福があるのも説明できない」
「じゃあ、おまえはどう考えてるんだ?」
またもクルテがチラリとピエッチェを見た。

「こうは考えられないか?――デッセムの父親とジランチェニシスは異母兄弟」
「えっ?」
ピエッチェが驚いて、ぱっと上体を起こしクルテを見る。そんなピエッチェをやっぱりチラッと見てクルテが続けた。

「ジランチェニシスの父親は、失われた王女の世話をするノホメにも手を出した。その結果、妊娠したノホメはそれを隠すためデッセムの祖父の妻になった。デッセムの父親の弟妹たちは夫の子、だからノホメの子のうちデッセムの父親だけ、ローシェッタ王家の血が流れている――デッセムの父親が存命だったらこの仮説、すぐに間違いないと言えたのにね。父親にも女神の祝福が施されていれば、まず間違いない」

 仮説か……王女を連れ出して囲っているだけでも胸糞悪いのに、その侍女に手を出して子を産ませた? 反吐が出る。だけどその仮説はいろいろな矛盾を解消してくれる。

 それに仮説が正しければ、突き止めれられずにいるジランチェニシスの父親に近付ける。ローシェッタ王家の血筋でなければ、この仮説は成立しない。

「しかし……なぜデッセムはベスクの女神の祝福を受けることになった? 森の女神が王族しか祝福しないのは判るが、王族なら無条件で祝福するってわけでもないんだろう?」
「自分の森……領域に住む王族は無条件だよ」
「そうなのか?」
思わずクルテを見るピエッチェ、クルテが見返してクスリと笑う。

「バースンの森の女神が言っていたのを覚えているか? カッテンクリュードを囲む四つの森の女神の祝福があれば、誰もカティを害せない」
「三つの森だろう?」
ザジリレン王都カッテンクリュードはサワーフルド・メッチェンゼ・コーンレゼッチェ、三つの森で囲まれている。

「バースンの女神が三つと言い直したのは、カティは既に一つ、祝福を受けているからだ」
「えっ? だって……」
「ま、今はそんなことどうでもいい。なにしろ、何も問題ないと判断すれば、自分の領域で暮らす王族を女神は無条件で祝福する。だからデッセムはベスクの女神から祝福されている」

「でも、それならジランチェニシスも祝福されているはずなんじゃ?」
「ジランチェニシスにはザジリレンの血を感じた。ベスクの森の女神は格が低い。遠慮したと考えられる」
「女神の格が『なにも問題ない』と判断できない理由か?」
「あるいは、ジランチェニシスの魔力に引っ掛かったか……まぁ、ここで考えても仕方ない。夜を待って、こっそり森に行くのが早い」
「女神に訊くのか? 教えてくれるかな?」
「わたしたちはアリジゴクを退治した――その礼をきっちり支払って貰おう」
ニヤリと笑むクルテ、コイツ、思ったよりも恐ろしいヤツなんじゃ? でも、まぁ、うん。そんな一面も刺激的かもしれないな。こっそり笑うピエッチェだった。

 夕食を運んできたデッセム、配膳が済んだ後もなかなか帰ろうとしない。どうにもピエッチェたちと話がしたいらしい。落ち着かないのはラクティメシッスだ。なるべく話に引き込まれないよう、デッセムに顔を見られないようしているがいつものような笑顔は見せない。ムッと押し黙り、しかめっ面で黙々と食べている。

 それに気がついたデッセムが
「あれれ? うちの料理、口に合わなかったかい?」
とラクティメシッスに話しかけた。俯いたままのラクティメシッス、
「……噂に訊いたが、祖母が行方知れずだそうじゃないか。よくそんなに笑っていられるな」
怒りを込めて言った。
「へっ?」
キョトンとするデッセム、マデルが慌て
「気にしないでデッセム。この人ちょっと機嫌が悪いの、えっと……あの日なのよ」
とんでもない言い訳をする。

「はぁ?」
毒っ気を抜かれたラクティメシッスが素っ頓狂な声を出し、
「あぁ……女の人は大変だねぇ、俺の女房も辛いって前は嘆いてたよ」
デッセムが少しだけ嬉しそうな顔になる。なんで喜んでるんだ?
「でもよ、今は妊娠中で、悪阻は酷いけどメンスがないだけマシだなんて笑ってる」
なるほどこれか。デッセムが話したがっていたのはこれだ。

「待望の赤ちゃんが生まれるんだね。デッセム、おめでとう。良かったね」
クルテがデッセムにニッコリと笑む。
「それじゃあ、何かお祝いしなきゃ」

「とんでもない! おめでとうって言って貰えるだけで、俺、すごく嬉しいから」
たったそれだけで涙ぐむデッセムだ。

 ピエッチェ・マデル・カッチーから次々に『おめでとう』と声を掛けられ、
「うん、ありがとう。あんたたちには報せたかったんだ。俺、父親になる」
一頻ひとしきり喜びに酔っていたが、不意に真顔になった。
「そう言えば祖母ばあちゃんが行方不明だって誰から聞いたんだ?」
って、噂になってるんじゃないのか?

「クサッティヤの街の人たちが話してたよ」
すかさず答えたのはクルテだ。
「それに向こうの宿の受付の人も言ってた。ノホメさんに会いたいんだけどって申し込んだら、まだ見つからないって」

「うん、実はそうなんだよ……あんたたちと夜香花の話をして一度クサッティヤに戻ってララティスチャングに行くって出たあと連絡が取れなくなったんだ。ひ孫が生まれるぞって知らせたいのにさ」
「ねぇ、デッセム?」
「なんだい、お嬢ちゃん?」
「まさか、わたしが夜香花と遭遇したからノホメさんが、なんて思ってないよね?」
ギョッとデッセムがクルテを見た。

 ベスクの森に一本だけの夜香花、遭遇すると家族の誰かに死が訪れる――森を彷徨う夜香花から貰った一枝をコテージの居間に飾ったクルテ、それを見て恐れおののいたデッセムがそう言った。ノホメによりそれは迷信だと否定されたけれど、ひょっとしてデッセムはノホメを信じきれず、クルテ……ピエッチェたちを恨んでいるのか?

 マジマジとクルテを見詰めてからデッセムが言った。
「うん、そう思ったこともないわけじゃない。でもそれならさ、いなくなる前に死んじまう。そうだろ、お嬢ちゃん」
心配かけてごめんよ、そう言ってデッセムはやっとコテージを出て行った。
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