秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す= 

寄賀あける

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19章 失われた王女

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「ザジリレン・ローシェッタ両国間で、人材を交換することがあるのはご存知ですよね?」
そう言ってからラクティメシッスがピエッチェから目を逸らした。長い話になりそうだ。相手を見続けるのもどうかと思ったのかもしれない。

 カッチーが、控え目だが表情を変えたと感じた。人材の交換、自分の父親もその一人……スワニーの森の女神が出現した際にピエッチェたちとそんな話をしている。

「わたしの祖父前々王の弟の一人がローシェッタ王家を出され、ザジリレンに移されています。名目上はローシェッタの文化をザジリレンに広めるため、実情は……厄介払いでした」

 前王弟は魔法の扱いに長けていたが、性格に大きな問題があった。
「前王とは十二歳の年齢差がありました。曾祖父前々王は老いてからできた子を大層可愛がっていて、たいていの我儘わがままを許した結果です――我が家系は子を甘やかし過ぎるきらいがあるようです」
ラクティメシッスが自嘲する。妹フレヴァンスを思い出しているのだろう。

「子どもの頃は我儘も可愛いものだったようですが、次第に残虐なものに変わっていきました。召使の失態を容赦なく叱責し、時には暴力を振るうこともあった。面白くないことがあれば八つ当たりし、理不尽に怒りまくる。周囲もさすがにいさめるのですが聞く耳を持ちません。自分は王太子弟、誰にも逆らわせないと鼻で笑っていたそうです。その時、前王はまだ王太子でした……そして事件が起こります」

 王家の召使がいつの間にか姿を消した――当初は勤めの厳しさに逃げ出したのだと放置していた。無理もないと思われたのだ。居なくなった召使は前王弟の世話係、気難しくすぐに理不尽に怒り、時には暴力を振るう主人から逃げ出したとしても誰が咎められようか?

「ところが、失踪した娘の代わりに雇い入れた召使も、ある日プツンと消息を絶ってしまう。ある者は数日後、下手をすれば初めて出仕した当日、そんなことが続きました――前王弟が追い出しているのではないか? けれど相手は気難しい。証拠もないのに下手なことを訊いて、怒りを買いたくない」

 王家内務の責任者は前王弟に訊くこともできず、かと言って証拠もないのに父王に告げ口することもできずにいた。暴言を吐き殴ったりすることはあっても、前王弟が召使に解雇を言い渡したり、出て行けと言ったことはなかった。疑わしいだけだ。

「そんなある日、前々王が王家内務の責任者を呼び出します。召使の入れ替わりの頻繁さを奇妙に思ったのです。問われれば、答えないわけにはいきません。召使が居なくなってしまうことを告げ、その召使たちは前王弟の担当だと答えました」

 原因は息子か――前々王は次に前王弟を呼び出した。静かに諭せば判ってくれるはずだと、その時は息子を信じていた。まだ十五だ、若さゆえ他人に厳しいだけだと、思い込もうとしていたのかもしれない。ところが……

 問いただされた前王弟は悪びれることもなく、こう言い放った。
『使えないは捨てたのです。生きている価値もない。庭の奥で焼きました』

「父王が震えあがったのは言うまでもありません。けれど息子可愛さに判断を間違えました。この事実を隠そうと考えたのです」

 一番信用のおける側近を一人だけ連れ、父王自ら庭を捜索した。前王弟が言った通りの場所には複数の焼死体、炭と化した状態で性別さえも判らない。しかも居なくなった召使いの数より多い。

 犬や猫・馬の死体もあった。それらは逃げてしまったと思っていた犬たちだと推測された。前王弟が焼き殺したのは間違いない。

 前々王は魔法を使って家臣と二人掛かりで焼死体を埋め、誰にも言うなと家臣に口止めをした。
『弟がこんなことをしたと知られれば、王太子にも傷がつく』
断罪すべきと息巻いた側近も父王にそう言われれば、従うしかなかった。王太子は次期王の自覚も人望もある人物だった。


「しかし、そんな息子を放置もできません。どうしたものかと考えるうち、前王弟の兄で当時の王太子に息子が誕生します。そして前王弟が自分の甥を見てこう言ったのです……俺は王になれないってことか?」

 急がなくてはならない。このままでは孫が焼き殺される――それでも父王は前王弟を見捨てられなかった。

「前々王は前王弟を国外に出すことを考えました――ザジリレンに行かせたのです」

 息子がこうなったのは甘やかしすぎたのが原因……ならば他国に渡り、他者に揉まれれば人の情けにも気づくことだろう。そう考えてのことだった。ザジリレン国に打診すると、魔法使いと言うことならばぜひ受け入れたいと返答があった。

 人物としては評価しがたい前王弟、だが知識や魔法の能力は秀でていた。それに悪評は王宮内にとどめられ、他国に知られてはいなかった。ザジリレン国を騙したようなものだ。さらに前々王は養子に出したいとザジリレンに願った。

「王太子に息子が生まれたことを理由にしていましたが、少し無理があるのではと思います。ザジリレン国もすぐには了承しませんでした。が、再三に渡るローシェッタ国王の願いに、とうとう養子縁組が成立します」
「養子を受け入れたのは?」
黙って聞いていたピエッチェが口を挟んだ。ラクティメシッスがチラリとピエッチェを見て答えた。
「ゴランデ卿です」
うむ、と唸るピエッチェ、続いての質問がないのを見てラクティメシッスが話を再開した。

「ザジリレン国に移ってかも前王弟は傍若無人な振る舞いが目立っていたようです。さすがに殺しはしなかったようですが、召使を殴るなどは日常茶飯事、何人もの女性を凌辱し、妊娠すれば堕胎させていたようです」

 だがそれを今度は養父が庇った。しかし前王弟にしても、養父に見限られれば明日をも知れない自分だと判っていたようだ。そんな行いはゴランデ卿の屋敷内のみだった。だから外部に漏れることはなかった。

「ゴランデ卿は前王弟を一切屋敷から出しませんでした。だから詳しいことは判っていません。ザジリレン国の記録にも残っていないのではないかと部下は言っていました――そして前王弟は四十歳前後で病死するのですが、その際、ゴランデ卿はまたも養子を迎えています。堕胎されずに産み落とされた、前王弟の一人息子だと考えるのが順当なようです」

 養子の素性は明らかにされていない。けれど前王弟に瓜二つと言っていいほどよく似ていた。そしてゴランデ卿の新たな養子は十八の時、王宮騎士団の騎士になった。

「前王弟の息子と考えられる人物については、これと言って問題行動はなかったようです。でも、頻繁にローシェッタに行くと言って休暇を取っていました」
ここで言葉を切ったラクティメシッスがピエッチェを見た。
「彼がザジリレン王宮騎士団に採用されたのは三十八年前、その一年後に当時のザジリレン王……前々王の妹御が病死しています」

 あぁ、公式の記録では病死だ。そうさ、あんたが考えているように、その王女は謎の失踪を遂げた『失われた王女』だ。俺もそう考えている。だが、迂闊なことは言えない。

 黙ったままのピエッチェにラクティメシッスが続けた。
「新たな養子は金髪碧眼、容姿端麗だったそうです――この男がジランチェニシスの父親で間違いないでしょう。問題は……」

 問題は母親か? 母親がザジリレンの王女だと、証拠を掴んでいるのか? 単なる憶測ならば否定するぞ。

「問題は、ノホメです」
「えっ?」
「ザジリレン前々王の妹御が病死したその日、侍女が一人行方をくらませています。その侍女の名はセシルデルネ、ザジリレン上流貴族の娘で数日後に実家に戻っていますが、すぐにローシェッタ貴族に嫁いでいます。そしてもう一人、召使も姿を消しています。こちらは下流貴族の娘で行方不明のままです……名はノヒュミュルセ、病死した王女がノホメと呼んでいたことが判っています」

 ピエッチェが目を閉じる。ジランチェニシスの母親がザジリレンの失われた王女だと、ラクティメシッスは結論付けたに違いない。しかしラスティン、そうなるとジランチェニシスの処分に困るのはローシェッタじゃないのか?

 ラクティメシッスが溜息を吐く。
「いろいろな意味で困りました――ジランチェニシスの祖父は、どうやらローシェッタ前王の弟のようですし、父親はザジリレン国上流貴族ゴランデ卿現当主の義弟と言うことになります」
「あ……」
そうか、その問題もあるのか。ゴランデ卿と養子縁組しているのなら、ジランチェニシスの父親はザジリレン貴族ってことになる。

 と、ピエッチェがあることを思い出す。
「確か、ゴランデ卿に弟なんかいなかったはずだが?」
「えぇ、二十五歳で没しました。三十年前、急病だったそうです」
「なるほど、それでか――しかし三十年前?」
「えぇ、そこ、引っかかりますよね? コテージにジランチェニシスの父親が通って来なくなった頃ですよね?」
「死んだと知らなかった?」
「かもしれません」

 引っ掛かりは他にもある。
「ザジリレン貴族の娘なのに、なぜノホメは自分を魔法使いだと?」
「調べても判らなかったようです。ただのハッタリかもしれません――ノホメが魔法を使うところを誰も見たことがないようですし」
果たしてそうなのか?

「いや、ノホメの娘が『魔法を使うから追いかけても無駄』だって言っていた」
「ノホメの娘?」
「うん、クサッティヤで宿屋をやってる」
「えぇ、知ってます」
「ベスク村でアリジゴクの魔物を退治した後、寄ったんだ。ついでだからノホメに会えればと思ったんだけど、王都に行ったらしくてね――年寄り一人で行かせていいのかって言ったら、追いかけたって魔法を使うから追いつけないって言われたんだ」

 ここでラクティメシッスが首をひねる。
「年寄り? そのノホメって幾つくらいなんですか?」
「年齢を聞いたわけじゃないけど、七十くらいかな?」
「ベスク村のコテージの主人あるじ、デッセムの祖母ですよね?」
「あぁ、そうだけど?」
「そうなると、うん、それくらいの年齢になりますよねぇ……」
ラクティメシッスが考え込む。

「どうかしたのか?」
「話が合わないんです。部下が調べたノヒュミュルセ……ノホメは三十七年前の失踪時、二十でした」

 そうだ、ベスクの森の女神の話とも嚙み合わない。ジランチェニシスの父親がノホメを犯し妊娠させたのは、少なくともジランチェニシスが生まれてからだ。そしてデッセムの父が生まれデッセムが生まれ……そうなるとジランチェニシスが三十四かそこらってのが奇怪おかしなことになる。

 ピエッチェの胸元でクルテがムクッと動いた。そしてピエッチェを見上げた。
「ベスクは父親の名を言わなかった――そのあたりに何かヒントがあるのかも」

 でもクルテ、今からベスク村には行けないぞ?
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