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第3章 ニュダンガの道
遠い面影
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杯を空けてジャルスジャズナが
「うん、こんな上等なブドウ酒は久しぶり」
嬉しそうに呟く。
「養父上もブドウ酒……特に赤ブドウの物がお好きでしたね」
魔術師の塔・サシーニャの居室で、部屋の主サシーニャ、魔術師ジャルスジャズナとチュジャンエラ、さらにジャッシフの四人が食卓を囲んでいる。
サシーニャたち三人が墓参を終え魔術師の塔に戻ると、待ち受けていたのはジャッシフ、
「今夕の打ち合わせは閣議中止を受け中止だそうだ」
サシーニャの顔を見るなりそう言った。
「明日の謁見も中止、その分、朝の打ち合わせを延長――リオネンデの独断でそう決まった」
〝独断〟に力を込めたところを見ると、きっとリオネンデはジャッシフの反対を押し切ったのだろう。サシーニャのところに行くなら、ついでに食事にも付き合ってやれと言われたと、複雑な顔のジャッシフだ。
できれば身重の妻のことろへ早く帰りたいのだろう。が、そんなわけにもいかない事情――サシーニャには言えない指示をリオネンデから受けている。それに気が付かないふりのサシーニャ、
「ならば守り人さまもご一緒、と言うのはどうでしょう?」
とジャルスジャズナの顔を見る。ジャッシフと二人きりでは気が重い。
何も知らないジャルスジャズナは
「だったらチュジャンも一緒にどう?」
チュジャンエラを誘う。喜んで! チュジャンエラの陽気な声が響いた。
そんなわけで三人の魔術師と、なんとも不似合いなジャッシフが加わっての会食となった。
サシーニャから聞いてるよ、ジャッシフを紹介されたジャルスジャズナが笑顔を見せる。
「いつも意地悪リオネンデから守ってくれる、だけどリオネンデにやっつけられて気の毒だって、サシーニャが言ってた」
「いや、お恥ずかしい」
こっそりサシーニャを睨みつけるジャッシフ、サシーニャは申し訳なさそうにソッポを向いた。
チュジャンエラはいつも通り、チュジャンって呼んで、とジャッシフに愛嬌を振りまいた。食事が始まり、ブドウ酒の酔いが回る頃になれば、戸惑っていたジャッシフも躊躇いなく『チュジャン』と呼び捨てするようになる。
四人の中で一番よく喋るのはチュジャンエラ、しかも遠慮がない。ジャッシフが窘めると謝るものの、すぐ忘れて元に戻る。
「サシーニャ、しっかり弟子を教育しろ」
すると困り顔のサシーニャが、
「わたしには……無理、かな?」
チュジャンエラを眺めながら言う。
「うん、サシーニャさまには無理。僕に『おまえはそのままでいい』って、いつも言うから」
チュジャンエラが笑う。
「あ、それ、わたしも賛成。ジャッシフ、チュジャンはこの無邪気さが長所だ」
「ジャルスジャズナさままで――改めないといつか本人が困ることなりますよ?」
ジャッシフの心配に
「大丈夫、この子、わたしを迎えに来た時は、ちゃんとしてたから。場を弁える賢さを持ってるよ」
「褒められちゃった」
チュジャンエラがペロリと舌を出し、嬉しそうにサシーニャを見る。サシーニャは微笑んだだけで何も言わない。
その様子にジャッシフが
「チュジャンは随分とサシーニャを好いているようだね」
と言えば、やはり屈託なくチュジャンエラが答える。
「うん、大好き。兄がいるけど、サシーニャさまのほうが好きかも」
「兄弟は何人なんだい?」
訊いたのはジャルスジャズナだ。
「兄が一人に姉が二人。兄が家を継ぐ予定だから僕は魔術師に成ってもいいって父上が」
「予定ってことは、親御さんはご存命?」
「お陰さまで夫婦揃って元気で、なんの心配もな……あ、下の姉の結婚が決まっていないので、そのあたりが心配なのかな?」
「そのお姉さん、歳は幾つなんだ?」
これはジャッシフだ。
「二十一です。せめて相手くらい決まってないと拙いのかも? 世間体? 母が躍起になってる」
「だったらさ、サシーニャなんかどうだ?」
「えぇ?」
「ぶっ!!!」
ジャッシフの提案にチュジャンエラが驚き、ブドウ酒を吹き零したジャルスジャズナが大笑いする。サシーニャは顔を顰めてジャッシフを見ただけだ。
「お姉さん、どんな感じの人なんだい?」
こんな面白い話題に乗らない手はないとばかり、ジャルスジャズナが身を乗り出すように割り込んでくる。
「性格は僕とほぼ同じ、よく喋るし陽気でなんも考えてない」
「チュジャンのお姉さんなら美人だろう?」
サシーニャの表情を窺いながらジャッシフがチュジャンエラに問う。
「僕とよく似てる。美人だって言われるらしいよ」
「それじゃあきっと可愛いね。どうよ、サシーニャが相手ならチュジャンも安心でしょう?」
ところがジャルスジャズナの言葉にチュジャンエラが難しい顔をする。
「うーーーん、僕としてはサシーニャさまが姉の夫になるのは気が進まないなぁ」
「ほう、それはどうして?」
「だってサシーニャさまは優しいけど酷く冷たい面もあるから――ねぇねぇ、聞いてよ、僕さ、今、カルダナ高原に派遣されてるんだ。雨期休業でフェニカルデに戻ってるけど」
「なんだ、それは仕事だろう? そんなことで冷たいなんて言うか?」
「違うって、ジャッシフさま!」
聞こえているだろうに『我、関せず』と澄まし顔のサシーニャにチュジャンエラが向き合う。チラッとチュジャンエラを見たが、すぐに視線を逸らすサシーニャだ。
「カルダナ高原だよ? 険しい山の中だよ? なにが起きるか判らないじゃん。周囲は力自慢のごっついオッさんばかりだって想像つくじゃん。本音を言えばすごく怖いんだ。ジャッシフが言う通り、任務だから頑張ってるんだ」
サシーニャを睨みつけるチュジャンエラ、ジャルスジャズナとジャッシフが不思議そうに見かわす。その二人に向き直り、チュジャンエラが訴える。
「フェニカリデを出る前に、僕ね、サシーニャさまにお願いした。お守りが欲しい。サシーニャさまの髪を一本ください、って」
「あぁっ?」
ジャルスジャズナとジャッシフがあんぐり口を開ける。
「なのにサシーニャさまったら、返事もしないで無視したんだ――ケチ! いいじゃんか、髪の一本ぐらい」
チュジャンエラが言い終わり、部屋が急に静かになる。サシーニャは杯を手に、相変わらず何も言わない。
「あ、いや……」
最初に声を発したのはジャッシフだ。
「いや、なんて言うか……」
ジャルスジャズナは噛み殺したようなクスクス笑いを始めた。
「ね、ジャッシフもそう思うでしょう? サシーニャさまのケチって。こんなケチじゃ、姉さんが心配。だからこの話はなかったことで」
ツンとチュジャンエラが言い放つ。
「うん、判った、そう言うことで」
呆気にとられたジャッシフはそう答えるしかなかった――
長椅子に横たわり、眠り込んでしまったチュジャンエラを、傍らに立ってサシーニャが覗き込む。食卓ではそろそろ食事を終えるジャルスジャズナとジャッシフが談笑していた。
「野菜類ばかりでジャッシフには物足りないんじゃないの?」
「いやいや、菜食主義の認識を改めました」
「それじゃ、これからはジャッシフもそうする?」
「や、それは遠慮したい。たまにはいいかも、程度です」
「やっぱり物足りないんだね。ま、わたしも物足りない」
一頻り笑った後、ジャルスジャズナが視線をサシーニャに向ける。ジャッシフもつられてサシーニャを見る。いつの間にか運んだ椅子に腰かけたサシーニャは、やっぱりチュジャンエラの傍にいる。
うっすら微笑んでからジャルスジャズナが声を掛ける。
「チュジャンの具合はどんなだい?」
するとサシーニャ、チュジャンエラを見ながら溜息を吐き、
「こんなに酒に弱いとは思いませんでした」
と嘆く。
「サーベルゴカ出身で、ビールなんか水代わり、と笑っていたので――まさかブドウ酒一杯も飲み切れずに潰れるとは想像していなかった」
ジャルスジャズナとジャッシフが、かすかに笑う。サシーニャは首を振っただけだ。
ジャルスジャズナがそんなサシーニャに
「どうしてその子を弟子にしたんだい? 師弟契約自体珍しいのに、おまえが弟子だなんて……聞いた時には驚いたよ。しかも、なんでそんな難しい子を?」
「難しい?」
ジャッシフが口を挟む。
「うん、物凄く繊細だよ、チュジャンは。あの人懐こさはそれを隠すためと見た。自分から近寄って、相手にそれ以上踏み込まれないように防衛線を張ってる……そうでしょ、サシーニャ?」
サシーニャがチラリとジャルスジャズナを見て、
「見習い魔術師として魔術師の街に来たチュジャンエラは寮に馴染めなかった……」
と言った。弟子にした理由を話す気のようだ。
「心配した世話係は親元に帰したほうがいいと考えたようです。当時の筆頭魔術師の前に連れてこられたチュジャンエラは震えていました。これからどうしたいのか聞くだけだと言ってもその震えは止まることがなくて……」
その時チュジャンエラは十一、その割には小柄だし痩せてひょろひょろ、魔術師には体力も必要、大丈夫かと危ぶんだものです、とサシーニャが苦笑する、
「いろいろ訊かれているうちに泣き出すし、帰したほうが本人のためだと思いました」
「本当に?」
ジャルスジャズナがサシーニャを疑う。サシーニャが笑いを引っ込めた。
「えぇ、本気でそう思いましたよ――チュジャンエラの泣き声に、テーブルに置かれていた椀や皿が微かに共鳴している。この子の魔力は強い。だが、その魔力はこのままでは、使えば使うほどこの子の命を蝕んでいく」
「魔力過多?」
「はい、間違いなく」
たまにいるんだよね、そんな子が――ジャルスジャズナがサシーニャを盗み見る。
「でもさ、その場合、普通は魔力を取り上げるよね?」
「そうですね、ジャルスジャズナさま。魔力を取り上げ親元に帰す……」
「なのになぜ、弟子にしたのさ?」
「よく判りません」
クスッとサシーニャが笑う。
「ただ、ふと自分が子どもだったころを思い出しました。心ない仕打ちに隠れて泣いていた。ジャルスジャズナさまはそんなわたしを助けてくださった――どこかで今度は自分が助ける番だ、そう思ったのかもしれません」
「ふぅん、なるほどね……なんかほかにもありそうだけど、ま、どうでもいいさね。そろそろお開きにしよう。明日から朝が早い――食器は自分で片付ける? チュジャンはサシーニャが部屋に運ぶ?」
「そうですね、そうしましょうか」
すっとサシーニャが立ち上がり、フッとテーブルの上の食器類が消える。次にはチュジャンエラの姿も消えた。
「行こう、ジャッシフ――邪魔したね、サシーニャ」
ジャルスジャズナがジャッシフを伴ってサシーニャの部屋を出て行った。
「うん、こんな上等なブドウ酒は久しぶり」
嬉しそうに呟く。
「養父上もブドウ酒……特に赤ブドウの物がお好きでしたね」
魔術師の塔・サシーニャの居室で、部屋の主サシーニャ、魔術師ジャルスジャズナとチュジャンエラ、さらにジャッシフの四人が食卓を囲んでいる。
サシーニャたち三人が墓参を終え魔術師の塔に戻ると、待ち受けていたのはジャッシフ、
「今夕の打ち合わせは閣議中止を受け中止だそうだ」
サシーニャの顔を見るなりそう言った。
「明日の謁見も中止、その分、朝の打ち合わせを延長――リオネンデの独断でそう決まった」
〝独断〟に力を込めたところを見ると、きっとリオネンデはジャッシフの反対を押し切ったのだろう。サシーニャのところに行くなら、ついでに食事にも付き合ってやれと言われたと、複雑な顔のジャッシフだ。
できれば身重の妻のことろへ早く帰りたいのだろう。が、そんなわけにもいかない事情――サシーニャには言えない指示をリオネンデから受けている。それに気が付かないふりのサシーニャ、
「ならば守り人さまもご一緒、と言うのはどうでしょう?」
とジャルスジャズナの顔を見る。ジャッシフと二人きりでは気が重い。
何も知らないジャルスジャズナは
「だったらチュジャンも一緒にどう?」
チュジャンエラを誘う。喜んで! チュジャンエラの陽気な声が響いた。
そんなわけで三人の魔術師と、なんとも不似合いなジャッシフが加わっての会食となった。
サシーニャから聞いてるよ、ジャッシフを紹介されたジャルスジャズナが笑顔を見せる。
「いつも意地悪リオネンデから守ってくれる、だけどリオネンデにやっつけられて気の毒だって、サシーニャが言ってた」
「いや、お恥ずかしい」
こっそりサシーニャを睨みつけるジャッシフ、サシーニャは申し訳なさそうにソッポを向いた。
チュジャンエラはいつも通り、チュジャンって呼んで、とジャッシフに愛嬌を振りまいた。食事が始まり、ブドウ酒の酔いが回る頃になれば、戸惑っていたジャッシフも躊躇いなく『チュジャン』と呼び捨てするようになる。
四人の中で一番よく喋るのはチュジャンエラ、しかも遠慮がない。ジャッシフが窘めると謝るものの、すぐ忘れて元に戻る。
「サシーニャ、しっかり弟子を教育しろ」
すると困り顔のサシーニャが、
「わたしには……無理、かな?」
チュジャンエラを眺めながら言う。
「うん、サシーニャさまには無理。僕に『おまえはそのままでいい』って、いつも言うから」
チュジャンエラが笑う。
「あ、それ、わたしも賛成。ジャッシフ、チュジャンはこの無邪気さが長所だ」
「ジャルスジャズナさままで――改めないといつか本人が困ることなりますよ?」
ジャッシフの心配に
「大丈夫、この子、わたしを迎えに来た時は、ちゃんとしてたから。場を弁える賢さを持ってるよ」
「褒められちゃった」
チュジャンエラがペロリと舌を出し、嬉しそうにサシーニャを見る。サシーニャは微笑んだだけで何も言わない。
その様子にジャッシフが
「チュジャンは随分とサシーニャを好いているようだね」
と言えば、やはり屈託なくチュジャンエラが答える。
「うん、大好き。兄がいるけど、サシーニャさまのほうが好きかも」
「兄弟は何人なんだい?」
訊いたのはジャルスジャズナだ。
「兄が一人に姉が二人。兄が家を継ぐ予定だから僕は魔術師に成ってもいいって父上が」
「予定ってことは、親御さんはご存命?」
「お陰さまで夫婦揃って元気で、なんの心配もな……あ、下の姉の結婚が決まっていないので、そのあたりが心配なのかな?」
「そのお姉さん、歳は幾つなんだ?」
これはジャッシフだ。
「二十一です。せめて相手くらい決まってないと拙いのかも? 世間体? 母が躍起になってる」
「だったらさ、サシーニャなんかどうだ?」
「えぇ?」
「ぶっ!!!」
ジャッシフの提案にチュジャンエラが驚き、ブドウ酒を吹き零したジャルスジャズナが大笑いする。サシーニャは顔を顰めてジャッシフを見ただけだ。
「お姉さん、どんな感じの人なんだい?」
こんな面白い話題に乗らない手はないとばかり、ジャルスジャズナが身を乗り出すように割り込んでくる。
「性格は僕とほぼ同じ、よく喋るし陽気でなんも考えてない」
「チュジャンのお姉さんなら美人だろう?」
サシーニャの表情を窺いながらジャッシフがチュジャンエラに問う。
「僕とよく似てる。美人だって言われるらしいよ」
「それじゃあきっと可愛いね。どうよ、サシーニャが相手ならチュジャンも安心でしょう?」
ところがジャルスジャズナの言葉にチュジャンエラが難しい顔をする。
「うーーーん、僕としてはサシーニャさまが姉の夫になるのは気が進まないなぁ」
「ほう、それはどうして?」
「だってサシーニャさまは優しいけど酷く冷たい面もあるから――ねぇねぇ、聞いてよ、僕さ、今、カルダナ高原に派遣されてるんだ。雨期休業でフェニカルデに戻ってるけど」
「なんだ、それは仕事だろう? そんなことで冷たいなんて言うか?」
「違うって、ジャッシフさま!」
聞こえているだろうに『我、関せず』と澄まし顔のサシーニャにチュジャンエラが向き合う。チラッとチュジャンエラを見たが、すぐに視線を逸らすサシーニャだ。
「カルダナ高原だよ? 険しい山の中だよ? なにが起きるか判らないじゃん。周囲は力自慢のごっついオッさんばかりだって想像つくじゃん。本音を言えばすごく怖いんだ。ジャッシフが言う通り、任務だから頑張ってるんだ」
サシーニャを睨みつけるチュジャンエラ、ジャルスジャズナとジャッシフが不思議そうに見かわす。その二人に向き直り、チュジャンエラが訴える。
「フェニカリデを出る前に、僕ね、サシーニャさまにお願いした。お守りが欲しい。サシーニャさまの髪を一本ください、って」
「あぁっ?」
ジャルスジャズナとジャッシフがあんぐり口を開ける。
「なのにサシーニャさまったら、返事もしないで無視したんだ――ケチ! いいじゃんか、髪の一本ぐらい」
チュジャンエラが言い終わり、部屋が急に静かになる。サシーニャは杯を手に、相変わらず何も言わない。
「あ、いや……」
最初に声を発したのはジャッシフだ。
「いや、なんて言うか……」
ジャルスジャズナは噛み殺したようなクスクス笑いを始めた。
「ね、ジャッシフもそう思うでしょう? サシーニャさまのケチって。こんなケチじゃ、姉さんが心配。だからこの話はなかったことで」
ツンとチュジャンエラが言い放つ。
「うん、判った、そう言うことで」
呆気にとられたジャッシフはそう答えるしかなかった――
長椅子に横たわり、眠り込んでしまったチュジャンエラを、傍らに立ってサシーニャが覗き込む。食卓ではそろそろ食事を終えるジャルスジャズナとジャッシフが談笑していた。
「野菜類ばかりでジャッシフには物足りないんじゃないの?」
「いやいや、菜食主義の認識を改めました」
「それじゃ、これからはジャッシフもそうする?」
「や、それは遠慮したい。たまにはいいかも、程度です」
「やっぱり物足りないんだね。ま、わたしも物足りない」
一頻り笑った後、ジャルスジャズナが視線をサシーニャに向ける。ジャッシフもつられてサシーニャを見る。いつの間にか運んだ椅子に腰かけたサシーニャは、やっぱりチュジャンエラの傍にいる。
うっすら微笑んでからジャルスジャズナが声を掛ける。
「チュジャンの具合はどんなだい?」
するとサシーニャ、チュジャンエラを見ながら溜息を吐き、
「こんなに酒に弱いとは思いませんでした」
と嘆く。
「サーベルゴカ出身で、ビールなんか水代わり、と笑っていたので――まさかブドウ酒一杯も飲み切れずに潰れるとは想像していなかった」
ジャルスジャズナとジャッシフが、かすかに笑う。サシーニャは首を振っただけだ。
ジャルスジャズナがそんなサシーニャに
「どうしてその子を弟子にしたんだい? 師弟契約自体珍しいのに、おまえが弟子だなんて……聞いた時には驚いたよ。しかも、なんでそんな難しい子を?」
「難しい?」
ジャッシフが口を挟む。
「うん、物凄く繊細だよ、チュジャンは。あの人懐こさはそれを隠すためと見た。自分から近寄って、相手にそれ以上踏み込まれないように防衛線を張ってる……そうでしょ、サシーニャ?」
サシーニャがチラリとジャルスジャズナを見て、
「見習い魔術師として魔術師の街に来たチュジャンエラは寮に馴染めなかった……」
と言った。弟子にした理由を話す気のようだ。
「心配した世話係は親元に帰したほうがいいと考えたようです。当時の筆頭魔術師の前に連れてこられたチュジャンエラは震えていました。これからどうしたいのか聞くだけだと言ってもその震えは止まることがなくて……」
その時チュジャンエラは十一、その割には小柄だし痩せてひょろひょろ、魔術師には体力も必要、大丈夫かと危ぶんだものです、とサシーニャが苦笑する、
「いろいろ訊かれているうちに泣き出すし、帰したほうが本人のためだと思いました」
「本当に?」
ジャルスジャズナがサシーニャを疑う。サシーニャが笑いを引っ込めた。
「えぇ、本気でそう思いましたよ――チュジャンエラの泣き声に、テーブルに置かれていた椀や皿が微かに共鳴している。この子の魔力は強い。だが、その魔力はこのままでは、使えば使うほどこの子の命を蝕んでいく」
「魔力過多?」
「はい、間違いなく」
たまにいるんだよね、そんな子が――ジャルスジャズナがサシーニャを盗み見る。
「でもさ、その場合、普通は魔力を取り上げるよね?」
「そうですね、ジャルスジャズナさま。魔力を取り上げ親元に帰す……」
「なのになぜ、弟子にしたのさ?」
「よく判りません」
クスッとサシーニャが笑う。
「ただ、ふと自分が子どもだったころを思い出しました。心ない仕打ちに隠れて泣いていた。ジャルスジャズナさまはそんなわたしを助けてくださった――どこかで今度は自分が助ける番だ、そう思ったのかもしれません」
「ふぅん、なるほどね……なんかほかにもありそうだけど、ま、どうでもいいさね。そろそろお開きにしよう。明日から朝が早い――食器は自分で片付ける? チュジャンはサシーニャが部屋に運ぶ?」
「そうですね、そうしましょうか」
すっとサシーニャが立ち上がり、フッとテーブルの上の食器類が消える。次にはチュジャンエラの姿も消えた。
「行こう、ジャッシフ――邪魔したね、サシーニャ」
ジャルスジャズナがジャッシフを伴ってサシーニャの部屋を出て行った。
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私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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