残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第4章 鳳凰の いどころ

愛と憎しみの はざまで

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 グランデジアの魔術師が使う生物は何も鳥類だけではない。ネコやオオカミ、ネズミなども使役する。ネコやネズミなどの小型の哺乳類は飼い主が己の居住区で飼育するのが常だが、鳥類や大型の哺乳類、特に戦闘に臨場させる〝獰猛どうもうな〟オオカミなどは飼育するための小屋を住居以外の場所に用意することが多い。

 戦事用の哺乳類は魔術師が個人で所有することは珍しく、魔術師の塔が管理した。専任の魔術師が飼育・訓練し、戦場いくさばで働かせる。

 魔術師の塔の敷地内にはそれらの飼育場と訓練場がと塔を隔てた場所にあり、鳥類の飼育区域は魔術師の街と隣接した場所に設けられている。

 猛禽類は魔術師ごとに、共有で使用するものはまとめて飼育されたが、一羽ずつ個別の建屋になっていた。また、アイギタロスエナガなどの小型の鳥は愛玩を兼ねて個人で飼育する者も多いが、大抵は天井の高い巨大な鳥小屋のような設備に私有・共有、ともに入れられ、一緒に飼育されていた。やはり何人かの魔術師が専任で管理している。

 使用するときは飼い主が所有する小鳥を呼び寄せ、使用後はまた小屋に戻す。小屋の管理者に申告するのは言うまでもない。

 小鳥たちは小屋の中に閉じ込められた状態だが、猛禽類の飼育部屋は飼い主にもよるが、自由に飛び回り狩りをさせるため、開放されていることが多い。飼い主が呼べば必ず戻ってくるよう訓練されていた。

「サシーニャさま、こちらにいらしたのですね」
サシーニャの鳥類飼育部屋のひとつ、ハギ用の小屋の入り口でチュジャンエラが声をかける。朝の光が周囲を明るく照らし始めたばかりだ。そこかしこの木の枝から、朝の挨拶をする小鳥たちのさえずりが盛んに聞こえている。

 チラリとチュジャンエラを見たサシーニャが、
「入らないように」
と言い、抱卵する『ハギ』の頬をいてから、『またね』と言って飼育小屋から出てきた。

「ハギは警戒心が強くなっている。わたしにさえも最初は入ってくるなと威嚇した。卵を盗られると思ったのかもしれないね。そうじゃないと悟るといつものように甘えてきた――カイナは狩りに出ているようだ。今はいない……おまえを攻撃したりはしない?」

 つがいになってからカイナは自分の小屋には戻らず、ハギのもとに通っている。交代で抱卵するためだ。

「えぇ、大丈夫です。でも、ハギに近寄ろうとするとハギとカイナが揃って威嚇してきます」
苦笑交じりのチュジャンエラ、サシーニャが塔に向かってゆっくりと歩き始める。

ペレグリンハヤブサは夫婦仲の良い鳥、どちらかが命を落とすまで連れ添うようです」
「カイナは責任重大ですね」
「それはハギとて同じでしょう」

 魔術師の塔の敷地内の植栽はサシーニャが植えた物も多い。七年前の火事で植栽も失っている。筆頭魔術師が植栽を指示するのは当然と言えるが、植えて、手入れまでして、となると珍しい。もっとも時間を見てはのこと、大部分は下級魔術師や見習い魔術師の仕事となった。魔術師の街は屋敷の所有者の好きにしていい決まり、筆頭魔術師が口出しすることはない。

「この辺りもすっかり以前のように戻りました」
フェニカリデの街中と同じように、春の日差しに花々が微笑んでいる。それを見るともなしに見ながら、サシーニャが呟く。
「皆の苦労が報われる景色ですね」
「はい――あ、サシーニャさまがし木されたバラがつぼみをつけてます。白いバラだったんですね」

 見ると葉をいっぱいに茂らせた一株のバラが、蕾を三つほどつけている。一昨年、街にある屋敷のバラ園で切ってきた枝をサシーニャが挿したものだ。バラの枝ですと言ったきり、チュジャンエラが聞いても花の色を教えてくれないサシーニャだった。

「やっと根が花を咲かせる力を持ったのです。来年はもっとたくさん咲かせることでしょう」
「お屋敷のバラ園は見事だそうですね。冬でも花が咲いているとか」
「バラが好きだった母のために、父が色々集めて植えました。時おり、散策を希望する人が来て困っています。あまり人を入れたくないので、言いふらさないように」

「見せてあげるくらい、いいと思うんだけどなぁ……筆頭魔術師さまのお庭、誰も枝を折ったり、荒らしたりはしませんよ」
小さな声で、やっぱりサシーニャさまはケチだ、とチュジャンエラが言い、サシーニャが苦笑する。

「両親の墓がバラ園の中にあります。無暗むやみに立ち入って欲しくない気持ちを汲んで貰えますか?」
「あ……」

 ごめんなさいと、もっと小さな声になるチュジャンエラ、
「責めているのではありません。理由を説明したまでです――雨期に入る頃、春咲きが満開になるので見に来ますか?」
サシーニャがチュジャンエラに視線を向ける。

「えっ? いいんですか? 街のお屋敷にお邪魔しても? 連れて行っていただけるんですか?」
パッと表情を輝かせるチュジャンエラに、微笑んだだけで何も答えないサシーニャ、立ち番に会釈をして魔術師の塔に入っていく。
「サシーニャさまったらぁ!」
それをチュジャンエラが追っていった――

 居室に戻ったサシーニャが鉢植えの手入れをしている間に、チュジャンエラが勝手に食事の用意をする。不要と言ってもするのだから、言っても無駄と放っているサシーニャだ。

「プリムジュ、とうとう花が終わりましたね」
花がらをむサシーニャを見てチュジャンエラが残念そうに言った。
「サシーニャさまがお好きな花は、バラとプリムジュ、それから八仙花はっせんか……」
するとサシーニャが手を止めてチュジャンエラを見た。

「八仙花? 取り立てて好きというわけではありませんよ」
「魔術師の墓地に八仙花が多いのは、サシーニャさまが植えさせたからでしょう?」
「あぁ……」

 次の鉢植えを覗き込み、
「雨期に咲く花だから植えさせたのです。雨で墓参に来る人が減る。寂しくないようにと思って。それに、移り変わる花の色が人の世を現しているようで墓地にちょうどいいと思いました」
呟くようにサシーニャが言う。

「人の世? 人の心ではなくて?」
「人の心同様、世の中も変わっていくものです。だからこそ美しい。でもその反面、人は変わることのない美しさを求めもします。面白いものですね」
「サシーニャさま、食事の用意ができました――難しい話は終わりにして、早く食べないと打ち合わせに遅刻しますよ」

 自分で話しを振っておきながら、随分な物言いのチュジャンエラだが、それをサシーニャが咎めることもない。花の話さえ小難こむずかしくしちゃうのはサシーニャさまの特技ですね……チュジャンエラの皮肉に苦笑するだけだ。

 食事を始めてすぐ、サシーニャが居室の扉に目を向けた。するとひとりでに開く。サシーニャが魔法で開けたのだ。扉の向こうには一羽の真っ白なペルーシェオウム羽搏はばたいていて、部屋に入ると壁際の止まり木に止まった。

「ゲッコー! 珍しいね、部屋に帰ってくるなんて! って、ヌバタムも一緒か」
ペルーシェに話しかけるチュジャンエラの足元に、長い尾をぴんと立てた黒猫が擦り寄っている。後ろで扉が静かに閉まった。

「呼び寄せたのですよ――呼ばなければ部屋に帰ってこない……飼い主なのに、わたしは嫌われているのかもしれませんね」
様々な野菜と団子を煮込んだスープを口に運びながらサシーニャが言うと、
『さしーにゃ、大好キ』
ゲッコーが羽を広げて叫ぶ。
「だ、そうですよ、サシーニャさま」
クスッと笑うチュジャンエラ、ヌバタムはテーブルの下を回り込んでサシーニャの膝に乗ろうとするが、
「食事中です」
サシーニャに手で追いやられ、仕方なくサシーニャの足元にうずくまった。

「まったく……みなが可愛がるものだから、変にびることを覚えてしまった」
「サシーニャさま、何をさせるつもりなんですか?」
「王の執務室に連れて行って、リオネンデにお見せします」
「へぇ? 何のために?」
「それは打ち合わせの時に判ります――人の心配もいいけれど、自分の心配もしなさい。食べ終えたらすぐに行くからね」
慌てて食事を再開するチュジャンエラをこっそり笑うサシーニャだった――

 〝幸せな悪夢〟をリオネンデに話したのは昨日だ。そして今朝もまた、うなされて目覚めたサシーニャだ。息が止まるような感覚に身悶みもだえし、気が付けば空が白み始めていた。起きだすには早い時間だが、せっかくだからハギの様子を見に行こうと、部屋を出た。

 リオネンデたちには話さなかったが夢には続きがある。

『サシーニャの髪も肌も目も、わたしから受け継いだものだ。大事にするのだよ』
父親がサシーニャを見詰める。なんの疑いもなく幼児おさなごが微笑んで答える。
『うん、父上の金の髪も白い肌も青い目も、大好きだよ――あ、でも、レナリムの色も好き』
『それでいいんだ。同じ植物でも種類によっては多様な色の花を咲かせる。葉の形が違ったりね。人もそれと同じだよ。好みはあるだろうけれど、皆それぞれの良さがある。それでね、サシーニャ』
父親が真剣な眼差しを愛する息子に向ける。

『いつか、髪の色やらで、おまえをしいたげる者が現れるかもしれない。だけど恨んではいけない――初めて見る花を、毒があるかもしれないと警戒する人もいる。たとえその花がどんなに美しかったとしてもだ。それと同じなんだ。毒がないと判れば、嫌ったり警戒したことを悔やむ。人は間違えることも多い。誰でも皆、それを修正しながら生きていく。だからね、人を恨んではいけないよ、サシーニャ。それがおまえのためでもあるんだ』

 夢はそこで暗転し、明るい窓辺が消え、父親の姿も消える。深い闇の中に引きずり込まれ、落ちていく感覚だけがサシーニャを包んでいく。

『父上、父上!』
すがりつくあてもなく、己の存在さえも覚束おぼつかなくなっていく――

 リオネンデの婚約が決まった頃から見るようになった。昨日、チュジャンエラが言っていたように、それからは時おり見るだけだった。けれどニュダンガ侵攻のころからは頻繁になり、近頃ではチュジャンエラが知らないだけで、毎日のようにこの夢で目が覚める。寝が不足し、だから執務室の長椅子で仮眠をとるようにもなったのだ。

 夢は深層心理の表れとも、何かの暗示だともいう。全ての夢がそうと限ったわけではないけれど、繰り返し、毎日見る夢は何かを物語っているように感じてならない。

 人を恨んではいけないよ――父が幼い息子にのこした訓え、それがサシーニャを苦しめる。〝復讐〟が具体化するほど父の訓えに従えない自分を責めている。
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