残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第4章 鳳凰の いどころ

こしゃくな忍び笑い

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ふみはすべて保管してあるのだろう?」
リオネンデの問いに、
「それは勿論」
サシーニャが答える。

「しかし私信、誰かに読まれたとルリシアレヤさまが知ったらどう思われるか……」
「なに言ってる。読むのはスイテア、文通相手だ。手紙の内容を知らないほうが奇怪おかしいだろうが――むしろあれだな、おまえが困るってことか? 他愛のないことばかりだと言っていたが、読まれると困るようなことを書いたのか?」
「そんなことは……」

「こちらから出したものも抜かりなく控えを取っているのだろう?」
「えぇ、それも勿論」
「全部で何通ほどになる?」
「あちらからは二百を超えるかと。こちらからはその半分ほどです」
「二百? 随分とルリシアレヤは筆まめだな」

 驚いたリオネンデがサシーニャを見る。サシーニャが真面目な顔で答えた。
「ルリシアレヤさまはふみをお書きになるのがお好きなのかと……こちらから返事を出さなくても四日から七日の内には次のお手紙が届いていました。何度か、翌日だったか翌々日に届いたこともあります」

「グランデジア・バチルデア間の書簡は届くのに何日かかる? よくもまぁ、そんなに書くことがあるものだ」
「三日から四日です。わたしは時々カラスに運ばせ、バチルデアに忍び込ませたネズミに届けさせましたから、それは翌日には――だから、他愛のないことばかり書いて寄越すのです。今日はマルベリの実を摘んだ。マルベリの花はいつの間に咲いたのでしょう、花はなくても実がなるのでしょうか、とか」

「ふふん、それでおまえ、それにはなんと答えたんだ?」
「食べきれないほどたくさん採れたとあったので、それならマルベリジャムにするといいかもしれません、と。念のため作り方も書き添えました。花は目立たずとも咲いているとは書くほどでもないと思ったので、流しました」
「マルベリジャム?」
「えぇ、ジャムです。果物に加糖して煮詰めた物です。王宮では滅多に作らないでしょうが、魔術師の塔ではいろいろなジャムを作りますから」

「ふぅん……ほかには?」
「取り立てて報告するようなことは、本当に何もないのです。それとなく作物の実り具合やドリャスゴ川の様子、王宮にはどんな兵士が配置されているのかなど、訊いてみましたが、『今年はどうなのかしらね』と、誤魔化しているのか本当に知らないのか……少なくとも王女さまは政治向きに興味がないのでしょう」

 話しているうちに早口になっていくサシーニャにリオネンデがニヤついてくる。
「うん。で、サシーニャ、なんでそんなに怒っているんだ?」
「えっ?」
思いもしないリオネンデの質問に、サシーニャがきょとんとする。

「怒ってなどは……」
「そうか? どんどんイライラした口調になっていったぞ?」
「それは……失礼しました。まったく情報を得られず、なんのために文通を承諾したのか判らない。自分が不甲斐ふがいなくて、それが出てしまいました」
スッと、いつもの澄ましたサシーニャに戻る。

「とにかく、どのふみもそんな調子ですから。三百通も必要ないかと……いくつか選んで――」
「いや、すべて持って来い」
サシーニャをさえぎって、厳しい口調でめいじるリオネンデだ。

「何かの拍子にふみの内容を訊かれた時、スイテアが答えられないのは困る。全てスイテアに読ませて、備えなくてはならない――夕刻に持参しろ。判ったな?」
イヤとは言えないサシーニャ、承知しましたと答えるしかない。

 手紙の件が片付くと、リオネンデがチュジャンエラを覗き込んだ。いつになく難しい顔をしていたチュジャンエラが、ハッといつも通りの明るい顔に戻る。
「チュジャン、何か気になるのか?」
「いいえ、なにも……その、肩に鳥を乗せるのに慣れていないので」

 リオネンデとサシーニャが話し始めると、ゲッコーはチュジャンエラの肩へと飛び移っていた。
「魔術師なら鳥の扱いはお手の物だろう?」
「リオネンデさま、魔術師なら誰でも、どんな鳥でも扱えると言うわけではないのですよ」
チュジャンエラが微笑んで答える。
「そうなんだ?」
「えぇ、生き物の使役が不得意な魔術師もいますし、鳥も猫もそのほかも、みんな飼い主には忠実ですが、飼い主以外には攻撃することもあるんです」

 リオネンデがチュジャンエラと話し始めると、ゲッコーがサシーニャの肩に戻る。
「ふむ……その白い鳥は俺が嫌いなのか? 肩に乗っていても俺と話し始めると移ってしまう」

 戻ってきたゲッコーの頬を指で撫でていたサシーニャが、
「そうかもしれませんね」
と笑う。
「と、言うのは冗談です。話しの邪魔をしないよう、そうしつけてあるのです」

 ムッとしたリオネンデだが、
「で、サシーニャ。なんで鳥だの猫だの連れてきた? 何が目的だ?」
と詰問するように問う。それにサシーニャがニヤリと笑う。

 スイテアに会釈してヌバタムを呼び寄せたサシーニャが、リオネンデに言った。
「この猫の名はヌバタム、そしてわたしの肩にいるのがゲッコー、ペルーシェという種類の鳥です」

「ふむ……猫は真っ黒、鳥は真っ白、そこに意味はないのだろう?」
「ええ。意味などないですよ」
つい失笑するサシーニャだ。
「たまたまです。一番信頼できるペルーシェと猫を選びました――体色を気にしますか?」

「一番信用できるって……おまえ、何羽、いや何匹、飼っているんだ?」
「鳥類は九羽、猫は三匹。個人で所有するのはそれだけです」
「今度は、なんだっけ?……ゲッコーか、おまえが話し始めても移動しようとしないな」
「はい、わたしの肩にいるよう命じましたから――ゲッコー、リオネンデ王にご挨拶を」
「挨拶?」

 するとゲッコーがサシーニャの肩で一度、大きく羽搏はばたきし、
『我ガ名ハげっこー、魔術師さしーにゃニつかエシ者ナリ』
とリオネンデに向かって言った。
「なに?」
驚くリオネンデ、ゲッコーは気にすることなくすらすらとしゃべり続ける。

『りおねんで王ニ、ゴ挨拶申シアゲル。オ目通リ、光栄ナリ。以後、話シカケルヲ許ス。げっこー綺麗ダネト言エ』
「はぁあ?」

 吹き出したリオネンデ、ジャッシフが目を丸くし、スイテアはわざわざ長椅子から立ち上がって覗き込んでいる。
「なんだ、魔法か?」
「いいえ、言葉を覚えているのです――もともと鳥類は知能が高いうえ、鳴き声で意思の疎通をはかる能力にも優れています」

「意味が判って言っているのか?」
「はい――ゲッコー、リオネンデ王がお尋ねだ。答えよ……名を呼び、何か質問を。ゲッコーが答えます」

「え、いや……ゲッコー、今日の天気は?」
『本日ハ快晴ナリ。ソンナ事モ判ラヌカ、愚カ者メ』

「可愛げのない鳥だ――ではゲッコー、明日の天気は?」
『ソノ答エハ明日マデ待テ』

「判らないと、素直に言ったらどうだ?」
『明日ニハ明白ナルヲ訊ク愚カ者メ。笑止、笑止! けっけっけ!』
高笑いするゲッコーに、リオネンデが険しい顔になる。
「サシーニャ!」

「はい?」
笑いを噛み殺すサシーニャ、
「おまえが言わせているのか?」
怒りを隠さないリオネンデ、
鳥にムキにならなくても……魔術師の塔で放し飼いにしているので、いささか知恵がつき過ぎたようです。申し訳ございません」
皮肉交じりのサシーニャに、これ以上言っても墓穴を掘ると、リオネンデが話を変える。

「ふん、鳥が俺より賢いのは判った。それで、その猫は?」
サシーニャの足元で顔の手入れをしている猫に視線を向ける。

「このヌバタムは案内あない猫です――フェニカリデのどこにでも案内できます。また、名を言えばその人のもとに連れて行ってくれます」
「ふぅん……ヌバタム、ジャッシフはどこにいる?」
が、ヌバタムは全く反応を示さない。

 苦笑したサシーニャが、
「わたしが『リオネンデに従え』と言ってからでなければ、言うことをききません。誰の言う事でもきくようでは困ります――ヌバタム、リオネンデに従いなさい」
と言えば、ニャオンと鳴いてヌバタムが立ち上がり、リオネンデに近寄ると、尻尾をリオネンデの足にまとわりつかせた。

「ヌバタム、ジャッシフはどこだ?」
自分を見上げるヌバタムにリオネンデが問えば、再びニャオンと鳴いたヌバタムがクルリとリオネンデの周囲を回ってから、部屋を見渡した。ジャッシフを見るとその足元へと移動して見上げ、臭いを嗅ぎ、リオネンデに向かってニャオンと鳴いた。

 少しばかり気圧けおされたリオネンデが、
「何人ほど顔を覚えさせたんだ?」
感心すると、サシーニャがニンマリと答える。

「さぁ……どれほど覚えているかまでは。そもそも覚えているわけではないとわたしは見ています」
「では、どうしてジャッシフが判った?」
勝手に膝に乗ってきたヌバタムを撫でながらサシーニャが答える。
「魔力を持っているのは何も人間に限ったことではないのです」
「では、その猫は魔法使いだと?」

「魔法を使うと言うよりも、能力を使うと言ったほうがいいでしょう。魔法使いは魔法の使い方を学びますが、この子たちはあつじの命令に従うよう訓練されるだけです」
「ん……ま、魔法とは違うってことは判った。で、その魔力で相手、もしくは場所を知る?」
「場所は記憶しているのでしょう。放し飼いにしていて、王宮から出るのも自由にしていますから」
「その鳥も放し飼いなのだろう?」
「はい、でもゲッコーは魔術師の塔からは出ないよう言いつけてあります」

「どうして?」
「真っ白なペルーシェは珍しいから、街に出ると人目につきます。あまり知られていると役目を与えた時に不都合も出てくることでしょう。一番の問題は、方向音痴。迷子になって、帰って来られなくなるかもしれません」

 ふん、とリオネンデがサシーニャの肩で羽繕はねづくろいをするゲッコーを見る。
「態度は偉そうだが、自分の住処すみかにも帰れないか」

『飛ベナイ癖ニ生意気ナやつダ! 愚カ者ハ、コレダカラ困ル』
「こら! ゲッコー、お喋りが過ぎる」
『さしーにゃ大好キ。げっこー黙ルカラ怒ルナ。笑エ。くっくっく……』
お喋りは止まったもののゲッコーは、リオネンデを盗み見てはクックックと小さな声で忍び笑う。

 笑いをこらえるジャッシフ、クスクス笑っているのはスイテア、チュジャンエラは蒼褪め、リオネンデは苦虫を噛み潰したような顔をしている。サシーニャだけが平然といつもの澄まし顔、リオネンデの次の言葉を待っている。の言う事に、目くじらを立てるリオネンデ王ではないでしょう? と言いたげだ。

「まぁ、いい……」
鳥を相手にリオネンデが、再度サシーニャに問う。
「鳥と猫の能力は判った。で、それをどう使う気だ、サシーニャ?」
サシーニャが居住まいを正し、リオネンデに向き合った。
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