残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第7章 報復の目的

もう一人の虜囚

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 感慨深げにノリガゼッツがスイテアを見る。
「そうか、生きていたか。さぞかし苦労したんだろう? それにしても、綺麗になったなぁ……」
スイテアに近寄りたいのか、ノリガゼッツが立ち上がろうとする。それを制したのはチュジャンエラだ。

「立つな。スイテアさまに近付くな。本来、おまえなんぞが口を利いていいおかたではない」
チュジャンエラの豹変ぶりにノリガゼッツは動けない。ほんの少し前まで親しげだったのに? 自分とスイテアの間に立ちはだかるコイツはいったい何者なんだ? それにスイテアが、口を利いてもいい相手ではないだと?

 ノリガゼッツが改めてスイテアをじっくりと見る。なるほど、衣装は上等な絹織物だ。身に着けている装飾品も金銀・白金プラチナ・貴石を使ったかなりの値打ち物に見える。一番高価なのはきっとあれだ。首から下げた金の鎖の先に吊るされている細工物、ダイ剛石ヤモンド黒瑪瑙オニックス紅玉ルビーで何かが描かれている。あれは……

「ひっ! 死神!?」
「死神さまと言え、不敬者! リオネンデ王の片割れさまだぞ」
再び身体を震わせ始めたノリガゼッツをチュジャンエラが怒鳴りつける。

「し……し・に・が・み・さ・ま?」
チュジャンエラを見てから視線をスイテアに戻したノリガゼッツ、
「死神さま…?」
まじまじと見てから、
「そ、そうか、スイテア、おまえは俺を笑いに来たな?」
と泣きそうな顔になる。

「ノリガゼッツ?」
思いもしない言葉に驚くスイテア、だがノリガゼッツは気付きもしない。

「小さいころからおまえは勝ち気だった。よく俺を言い負かしたものだ。どうやってリオネンデに取り入った? あぁ、今のおまえならどんな男だろうが取り入るのもやすいだろう――気は強くっても周囲に気を使う優しい子だと思っていたのに……おまえも王宮の非道さに染まってしまったんだな。俺が殺されるのを笑い者にしようというのだから」

「ノリガゼッツ……」
スイテアが一つ、深い溜息を吐いた。チュジャンエラが『何を言っても無駄になるんじゃ?』と呟いた。

 惨めさからか、スイテアから目を逸らし歯を噛み締めるノリガゼッツをスイテアが見詰める。
「ピカンテアの戦場から、わたしを助けてくれたのはリューデントさまでした」
「……?」
語り始めたスイテアにノリガゼッツが少し身動みじろぐ。
「リューデントさまか、運が良かったな」
目を逸らしたままノリガゼッツがポツリと言う。

「あの人だけだ。人間らしさを持ち合わせていたのは」
「とても良くしていただきました。わたしを王宮に連れて行き、暮らしていけるようマレアチナさまに頼んでくださったんです。わたしがこうして生きていられるのはリューデントさまとマレアチナさまのお陰です」
「だったら、その二人を殺したリオネンデをさぞ憎んでいるだろう? どうしてリオネンデの女になった?――あ、力づくか? リオネンデならやりかねないな」

 勝手に話を作り上げ納得してしまうノリガゼッツを無視してスイテアが続ける。
「マレアチナさまのもとで暮らせばクラウカスナさまもわたしに気が付きます。ピカンテア領主に繋がるわたしも処刑の対照、だけど見て見ないふりをしてくれている、わたしはそう思っていたのです。けれど十六になった時、こう言われました――ピカンテアに帰りたいか?」
「子どものうちは大目にみても、成人したら容赦しないぞってことか?」

「おまえの伯父がピカンテアで牛飼いをしている。おまえが望むなら受け入れると言っている――」
「スイテアの伯父?」
「えぇ、あなたが言うところの斬首された元ピカンテア領主です」
「なにっ?」

「わたしもその時知ったのですが、首を落とすというのも、家族を罰すると言ったのも、伯父への脅しだったそうです――伯父が蜂起したことで、多くの人が亡くなりました。それなのに自分と家族は無傷でいたいとは虫が良すぎはしないか?」
「う、嘘だ! ご領主は打ち首にされたはずだ!」

「その目で見ましたか? 見もしないで逃げたのでしょう?――己の愚かさを思い知り、後悔の涙を流す伯父からクラウカスナさまは領地と貴族の身分を取り上げ、そのうえで名を変え、グランデジアのために働くことをめいじました。それが牛飼いの仕事であり、そのために土地と数人の召使を与え、家族で暮らせるようにしたのです」
「そ、それで、おまえはピカンテアに行ったのか?」
「いいえ……」

 王宮を離れたくなかった。王宮にはリューデントがいる。だが、それはノリガゼッツに話す気になどならないスイテアだ。

「行きませんでした。その替わり手紙を書きました。スイテアは王宮で幸せに暮らしていると。伯父からの返信には詫びの言葉……愚かな行いのせいで、人生を狂わせてしまった、おまえから母を奪ってしまったと、涙の染みが残る手紙でした」
「その手紙、本当にご領主さまからなのか?」
「家族しか知らないような話も書かれていたことから間違いありません」
「そんな……」
「ノリガゼッツ……」

 スイテアがノリガゼッツから顔を背ける。
「あなたは幼いころから一つ教えればその先まで考えを及ぼせる賢さを持つと言われていましたね。それが裏目に出たのでしょう。残念です――わたしは立場上、あなたを擁護できません。それを伝え謝罪するために来ました。でもあなたの話を聞いて、わたしの知っていることを伝えるべきだと思いました。あなたに話したいことは以上です」
言い切って部屋を出ていくスイテア、ノリガゼッツは項垂うなだれて、スイテアを見もしなかった。

 階段の上り口で蹌踉よろけるように手すりに掴まったスイテアに、続いて部屋を出たサシーニャが慌てて駆け寄る。
「スイテアさま!?」
肩を抱くように助け起こそうとしてハッとするが、
「お疲れが出たのでしょう」
と、サシーニャは気付かなかったフリをする。触れた瞬間、スイテアの身体に起きている異変に気付いていた。

「えぇ、少し眩暈めまいが……それより、ノリガゼッツはどうなるのでしょうか?」
「リューデントと協議しなければなんとも言えませんが……魔力と記憶の一部消去で放免したいとわたしは思っています」
「放免? 国王を手に掛けた男を?」
「クラウカスナさまは火事による焼死となっています。その件で罰することはできません――お判りと思いますが、ノリガゼッツから聞いた話は……」
「えぇ、他に漏らしたりしません」

 遅れてきたジャルスジャズナがサシーニャからスイテアを任され、やはりハッとするがサシーニャが首を振るのを見て、何も言わずにスイテアに手を貸して階段を上って行った。

「これからどうします?」
ノリガゼッツの独房に施錠したチュジャンエラが問う。そうですね、とゴリューナガの独房に目をやったサシーニャが
「ついでだから話を聞いていきましょう」
と言えば、頷いたチュジャンエラがゴリューナガの独房の扉を開けた。

 入ってきたサシーニャを見てゴリューナガが鼻を鳴らす。
「フン! やっとおでなさったか」
「おや、わたしを待っていた? 会いたがってくれるとは意外です」
「誰がおまえなんかに会いたがるか! 冗談も大概たいがいにしろ」
「では、なぜわたしをお待ちになった?」
「俺をここから出せ。おまえならできるはずだ」

「ここを出たらどうするつもりですか?」
「バイガスラに帰る。俺はバイガスラの魔術師モフマルドの部下だ」
「バイガスラに帰っても居場所はありませんよ? モフマルドは死にました」
「死んだ?」
ゴリューナガの顔色が変わる。

「おまえ、アイツを殺しのか?」
「いえ、自死です。袖口に仕込んだ毒薬を自ら飲みました」
「……ふぅん、自分で決着をつけたか」
「決着?」
「あぁ……おまえは知らないかもしれないが、アイツ、おまえの母親に恋い焦がれてた。会いたいって何度も言ってたなぁ。俺が『死んだ女に会いたいなら、自分も死ぬしかないぞ』って呆れたらさ、それもいいかもしれないな、って笑ってたんだ」

「死ねば、先に死んだ人と会えるのでしょうか?」
「知るか! 出まかせに決まってるだろうが。死んだことのあるヤツに聞いてくれ」
「それもそうですね」
クスリと笑うサシーニャ、ゴリューナガもつい笑う。そして
「おまえ、変わったな」
と、しみじみと言った。

「わたしが? どんな風に?」
「昔は冗談の通じないヤツだった。それどころかニコリともしない。穏やかなのにどこかとっつき辛い。おまえの優しさに惹かれて近づこうとするヤツがいると、それとなく遠ざかる……他人を怖がっているようだった」
「今でもそんな感じですよ?」
「いいや、違うね――そこにいる弟子のお陰か? そんなおまえが弟子を取ることに驚いたが、それからおまえは変わっていったぞ」
ゴリューナガがあごでチュジャンエラを示し、振り返ったサシーニャがチュジャンエラに微笑む。戸惑うチュジャンエラはソッポを向いた。

 ゴリューナガに向き直ったサシーニャが、
「開放するのはまだ先になります――訊きたいことがあってきました」
と言えば、
「答えてやるのはやぶさかではないが、どうせならさっさと開放して欲しいもんだ。ま、いずれ出してくれるらしいから、その点は安心した」
とゴリューナガが苦笑する。

「なぜ、モフマルドの部下になったのですか?」
「あぁ、おまえに逆らって、その勢いで魔術師の塔を辞めたら親父おやじに追い出された。行く当てもないからどうせなら見聞を広めようと諸国を回った――モフマルドと初めて会ったのはビピリエンツの酒場だ。おまえの悪口で盛り上がり意気投合した。二人でおまえに一泡ひとあわ吹かせてやろうってことになり、アイツの部下になったんだ……でもな、まさかグランデジアといくさになるとは思ってなかったよ。せいぜいバイガスラの優位性を利用した嫌がらせ程度だと思っていたんだ。だけどそうなったら協力しないわけにもいかない」

「グリッジ門前から大地鴨カリナゴに追跡させたのはあなたですね?」
「なんだ、気付いてたのか? そうさ、俺さ。視野借用術も使ってたぞ。久々の魔法だ、巧く行くかと危ぶんだが、使役は俺の得意とするところ、なかなかのものだっただろう?」
「視野借用術が使えるとは大したものです――モフマルドがいなくなったバイガスラに帰りたいですか? 帰らないとしたら行く当ては?」
「おぉや、ご親切にも俺の身の振り方を心配してくれてるのか? 当てなんかあるもんか。またどこか、流れ着いたところで職を探すさ」
「だったら、魔術師の塔に帰ってくる気はありませんか?」
「えっ!?」

 驚いたゴリューナガが目を丸くしてサシーニャを見た。
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