357 / 404
第7章 報復の目的
もう一人の虜囚
しおりを挟む
感慨深げにノリガゼッツがスイテアを見る。
「そうか、生きていたか。さぞかし苦労したんだろう? それにしても、綺麗になったなぁ……」
スイテアに近寄りたいのか、ノリガゼッツが立ち上がろうとする。それを制したのはチュジャンエラだ。
「立つな。スイテアさまに近付くな。本来、おまえなんぞが口を利いていいおかたではない」
チュジャンエラの豹変ぶりにノリガゼッツは動けない。ほんの少し前まで親しげだったのに? 自分とスイテアの間に立ちはだかるコイツはいったい何者なんだ? それにスイテアが、口を利いてもいい相手ではないだと?
ノリガゼッツが改めてスイテアをじっくりと見る。なるほど、衣装は上等な絹織物だ。身に着けている装飾品も金銀・白金・貴石を使ったかなりの値打ち物に見える。一番高価なのはきっとあれだ。首から下げた金の鎖の先に吊るされている細工物、金剛石・黒瑪瑙・紅玉で何かが描かれている。あれは……
「ひっ! 死神!?」
「死神さまと言え、不敬者! リオネンデ王の片割れさまだぞ」
再び身体を震わせ始めたノリガゼッツをチュジャンエラが怒鳴りつける。
「し……し・に・が・み・さ・ま?」
チュジャンエラを見てから視線をスイテアに戻したノリガゼッツ、
「死神さま…?」
まじまじと見てから、
「そ、そうか、スイテア、おまえは俺を笑いに来たな?」
と泣きそうな顔になる。
「ノリガゼッツ?」
思いもしない言葉に驚くスイテア、だがノリガゼッツは気付きもしない。
「小さいころからおまえは勝ち気だった。よく俺を言い負かしたものだ。どうやってリオネンデに取り入った? あぁ、今のおまえならどんな男だろうが取り入るのも容易いだろう――気は強くっても周囲に気を使う優しい子だと思っていたのに……おまえも王宮の非道さに染まってしまったんだな。俺が殺されるのを笑い者にしようというのだから」
「ノリガゼッツ……」
スイテアが一つ、深い溜息を吐いた。チュジャンエラが『何を言っても無駄になるんじゃ?』と呟いた。
惨めさからか、スイテアから目を逸らし歯を噛み締めるノリガゼッツをスイテアが見詰める。
「ピカンテアの戦場から、わたしを助けてくれたのはリューデントさまでした」
「……?」
語り始めたスイテアにノリガゼッツが少し身動ぐ。
「リューデントさまか、運が良かったな」
目を逸らしたままノリガゼッツがポツリと言う。
「あの人だけだ。人間らしさを持ち合わせていたのは」
「とても良くしていただきました。わたしを王宮に連れて行き、暮らしていけるようマレアチナさまに頼んでくださったんです。わたしがこうして生きていられるのはリューデントさまとマレアチナさまのお陰です」
「だったら、その二人を殺したリオネンデをさぞ憎んでいるだろう? どうしてリオネンデの女になった?――あ、力づくか? リオネンデならやりかねないな」
勝手に話を作り上げ納得してしまうノリガゼッツを無視してスイテアが続ける。
「マレアチナさまのもとで暮らせばクラウカスナさまもわたしに気が付きます。ピカンテア領主に繋がるわたしも処刑の対照、だけど見て見ないふりをしてくれている、わたしはそう思っていたのです。けれど十六になった時、こう言われました――ピカンテアに帰りたいか?」
「子どものうちは大目にみても、成人したら容赦しないぞってことか?」
「おまえの伯父がピカンテアで牛飼いをしている。おまえが望むなら受け入れると言っている――」
「スイテアの伯父?」
「えぇ、あなたが言うところの斬首された元ピカンテア領主です」
「なにっ?」
「わたしもその時知ったのですが、首を落とすというのも、家族を罰すると言ったのも、伯父への脅しだったそうです――伯父が蜂起したことで、多くの人が亡くなりました。それなのに自分と家族は無傷でいたいとは虫が良すぎはしないか?」
「う、嘘だ! ご領主は打ち首にされたはずだ!」
「その目で見ましたか? 見もしないで逃げたのでしょう?――己の愚かさを思い知り、後悔の涙を流す伯父からクラウカスナさまは領地と貴族の身分を取り上げ、そのうえで名を変え、グランデジアのために働くことを命じました。それが牛飼いの仕事であり、そのために土地と数人の召使を与え、家族で暮らせるようにしたのです」
「そ、それで、おまえはピカンテアに行ったのか?」
「いいえ……」
王宮を離れたくなかった。王宮にはリューデントがいる。だが、それはノリガゼッツに話す気になどならないスイテアだ。
「行きませんでした。その替わり手紙を書きました。スイテアは王宮で幸せに暮らしていると。伯父からの返信には詫びの言葉……愚かな行いのせいで、人生を狂わせてしまった、おまえから母を奪ってしまったと、涙の染みが残る手紙でした」
「その手紙、本当にご領主さまからなのか?」
「家族しか知らないような話も書かれていたことから間違いありません」
「そんな……」
「ノリガゼッツ……」
スイテアがノリガゼッツから顔を背ける。
「あなたは幼いころから一つ教えればその先まで考えを及ぼせる賢さを持つと言われていましたね。それが裏目に出たのでしょう。残念です――わたしは立場上、あなたを擁護できません。それを伝え謝罪するために来ました。でもあなたの話を聞いて、わたしの知っていることを伝えるべきだと思いました。あなたに話したいことは以上です」
言い切って部屋を出ていくスイテア、ノリガゼッツは項垂れて、スイテアを見もしなかった。
階段の上り口で蹌踉けるように手すりに掴まったスイテアに、続いて部屋を出たサシーニャが慌てて駆け寄る。
「スイテアさま!?」
肩を抱くように助け起こそうとしてハッとするが、
「お疲れが出たのでしょう」
と、サシーニャは気付かなかったフリをする。触れた瞬間、スイテアの身体に起きている異変に気付いていた。
「えぇ、少し眩暈が……それより、ノリガゼッツはどうなるのでしょうか?」
「リューデントと協議しなければなんとも言えませんが……魔力と記憶の一部消去で放免したいとわたしは思っています」
「放免? 国王を手に掛けた男を?」
「クラウカスナさまは火事による焼死となっています。その件で罰することはできません――お判りと思いますが、ノリガゼッツから聞いた話は……」
「えぇ、他に漏らしたりしません」
遅れてきたジャルスジャズナがサシーニャからスイテアを任され、やはりハッとするがサシーニャが首を振るのを見て、何も言わずにスイテアに手を貸して階段を上って行った。
「これからどうします?」
ノリガゼッツの独房に施錠したチュジャンエラが問う。そうですね、とゴリューナガの独房に目をやったサシーニャが
「ついでだから話を聞いていきましょう」
と言えば、頷いたチュジャンエラがゴリューナガの独房の扉を開けた。
入ってきたサシーニャを見てゴリューナガが鼻を鳴らす。
「フン! やっとお出でなさったか」
「おや、わたしを待っていた? 会いたがってくれるとは意外です」
「誰がおまえなんかに会いたがるか! 冗談も大概にしろ」
「では、なぜわたしをお待ちになった?」
「俺をここから出せ。おまえならできるはずだ」
「ここを出たらどうするつもりですか?」
「バイガスラに帰る。俺はバイガスラの魔術師モフマルドの部下だ」
「バイガスラに帰っても居場所はありませんよ? モフマルドは死にました」
「死んだ?」
ゴリューナガの顔色が変わる。
「おまえ、アイツを殺しのか?」
「いえ、自死です。袖口に仕込んだ毒薬を自ら飲みました」
「……ふぅん、自分で決着をつけたか」
「決着?」
「あぁ……おまえは知らないかもしれないが、アイツ、おまえの母親に恋い焦がれてた。会いたいって何度も言ってたなぁ。俺が『死んだ女に会いたいなら、自分も死ぬしかないぞ』って呆れたらさ、それもいいかもしれないな、って笑ってたんだ」
「死ねば、先に死んだ人と会えるのでしょうか?」
「知るか! 出まかせに決まってるだろうが。死んだことのあるヤツに聞いてくれ」
「それもそうですね」
クスリと笑うサシーニャ、ゴリューナガもつい笑う。そして
「おまえ、変わったな」
と、しみじみと言った。
「わたしが? どんな風に?」
「昔は冗談の通じないヤツだった。それどころかニコリともしない。穏やかなのにどこかとっつき辛い。おまえの優しさに惹かれて近づこうとするヤツがいると、それとなく遠ざかる……他人を怖がっているようだった」
「今でもそんな感じですよ?」
「いいや、違うね――そこにいる弟子のお陰か? そんなおまえが弟子を取ることに驚いたが、それからおまえは変わっていったぞ」
ゴリューナガが顎でチュジャンエラを示し、振り返ったサシーニャがチュジャンエラに微笑む。戸惑うチュジャンエラはソッポを向いた。
ゴリューナガに向き直ったサシーニャが、
「開放するのはまだ先になります――訊きたいことがあってきました」
と言えば、
「答えてやるのは吝かではないが、どうせならさっさと開放して欲しいもんだ。ま、いずれ出してくれるらしいから、その点は安心した」
とゴリューナガが苦笑する。
「なぜ、モフマルドの部下になったのですか?」
「あぁ、おまえに逆らって、その勢いで魔術師の塔を辞めたら親父に追い出された。行く当てもないからどうせなら見聞を広めようと諸国を回った――モフマルドと初めて会ったのはビピリエンツの酒場だ。おまえの悪口で盛り上がり意気投合した。二人でおまえに一泡吹かせてやろうってことになり、アイツの部下になったんだ……でもな、まさかグランデジアと戦になるとは思ってなかったよ。せいぜいバイガスラの優位性を利用した嫌がらせ程度だと思っていたんだ。だけどそうなったら協力しないわけにもいかない」
「グリッジ門前から大地鴨に追跡させたのはあなたですね?」
「なんだ、気付いてたのか? そうさ、俺さ。視野借用術も使ってたぞ。久々の魔法だ、巧く行くかと危ぶんだが、使役は俺の得意とするところ、なかなかのものだっただろう?」
「視野借用術が使えるとは大したものです――モフマルドがいなくなったバイガスラに帰りたいですか? 帰らないとしたら行く当ては?」
「おぉや、ご親切にも俺の身の振り方を心配してくれてるのか? 当てなんかあるもんか。またどこか、流れ着いたところで職を探すさ」
「だったら、魔術師の塔に帰ってくる気はありませんか?」
「えっ!?」
驚いたゴリューナガが目を丸くしてサシーニャを見た。
「そうか、生きていたか。さぞかし苦労したんだろう? それにしても、綺麗になったなぁ……」
スイテアに近寄りたいのか、ノリガゼッツが立ち上がろうとする。それを制したのはチュジャンエラだ。
「立つな。スイテアさまに近付くな。本来、おまえなんぞが口を利いていいおかたではない」
チュジャンエラの豹変ぶりにノリガゼッツは動けない。ほんの少し前まで親しげだったのに? 自分とスイテアの間に立ちはだかるコイツはいったい何者なんだ? それにスイテアが、口を利いてもいい相手ではないだと?
ノリガゼッツが改めてスイテアをじっくりと見る。なるほど、衣装は上等な絹織物だ。身に着けている装飾品も金銀・白金・貴石を使ったかなりの値打ち物に見える。一番高価なのはきっとあれだ。首から下げた金の鎖の先に吊るされている細工物、金剛石・黒瑪瑙・紅玉で何かが描かれている。あれは……
「ひっ! 死神!?」
「死神さまと言え、不敬者! リオネンデ王の片割れさまだぞ」
再び身体を震わせ始めたノリガゼッツをチュジャンエラが怒鳴りつける。
「し……し・に・が・み・さ・ま?」
チュジャンエラを見てから視線をスイテアに戻したノリガゼッツ、
「死神さま…?」
まじまじと見てから、
「そ、そうか、スイテア、おまえは俺を笑いに来たな?」
と泣きそうな顔になる。
「ノリガゼッツ?」
思いもしない言葉に驚くスイテア、だがノリガゼッツは気付きもしない。
「小さいころからおまえは勝ち気だった。よく俺を言い負かしたものだ。どうやってリオネンデに取り入った? あぁ、今のおまえならどんな男だろうが取り入るのも容易いだろう――気は強くっても周囲に気を使う優しい子だと思っていたのに……おまえも王宮の非道さに染まってしまったんだな。俺が殺されるのを笑い者にしようというのだから」
「ノリガゼッツ……」
スイテアが一つ、深い溜息を吐いた。チュジャンエラが『何を言っても無駄になるんじゃ?』と呟いた。
惨めさからか、スイテアから目を逸らし歯を噛み締めるノリガゼッツをスイテアが見詰める。
「ピカンテアの戦場から、わたしを助けてくれたのはリューデントさまでした」
「……?」
語り始めたスイテアにノリガゼッツが少し身動ぐ。
「リューデントさまか、運が良かったな」
目を逸らしたままノリガゼッツがポツリと言う。
「あの人だけだ。人間らしさを持ち合わせていたのは」
「とても良くしていただきました。わたしを王宮に連れて行き、暮らしていけるようマレアチナさまに頼んでくださったんです。わたしがこうして生きていられるのはリューデントさまとマレアチナさまのお陰です」
「だったら、その二人を殺したリオネンデをさぞ憎んでいるだろう? どうしてリオネンデの女になった?――あ、力づくか? リオネンデならやりかねないな」
勝手に話を作り上げ納得してしまうノリガゼッツを無視してスイテアが続ける。
「マレアチナさまのもとで暮らせばクラウカスナさまもわたしに気が付きます。ピカンテア領主に繋がるわたしも処刑の対照、だけど見て見ないふりをしてくれている、わたしはそう思っていたのです。けれど十六になった時、こう言われました――ピカンテアに帰りたいか?」
「子どものうちは大目にみても、成人したら容赦しないぞってことか?」
「おまえの伯父がピカンテアで牛飼いをしている。おまえが望むなら受け入れると言っている――」
「スイテアの伯父?」
「えぇ、あなたが言うところの斬首された元ピカンテア領主です」
「なにっ?」
「わたしもその時知ったのですが、首を落とすというのも、家族を罰すると言ったのも、伯父への脅しだったそうです――伯父が蜂起したことで、多くの人が亡くなりました。それなのに自分と家族は無傷でいたいとは虫が良すぎはしないか?」
「う、嘘だ! ご領主は打ち首にされたはずだ!」
「その目で見ましたか? 見もしないで逃げたのでしょう?――己の愚かさを思い知り、後悔の涙を流す伯父からクラウカスナさまは領地と貴族の身分を取り上げ、そのうえで名を変え、グランデジアのために働くことを命じました。それが牛飼いの仕事であり、そのために土地と数人の召使を与え、家族で暮らせるようにしたのです」
「そ、それで、おまえはピカンテアに行ったのか?」
「いいえ……」
王宮を離れたくなかった。王宮にはリューデントがいる。だが、それはノリガゼッツに話す気になどならないスイテアだ。
「行きませんでした。その替わり手紙を書きました。スイテアは王宮で幸せに暮らしていると。伯父からの返信には詫びの言葉……愚かな行いのせいで、人生を狂わせてしまった、おまえから母を奪ってしまったと、涙の染みが残る手紙でした」
「その手紙、本当にご領主さまからなのか?」
「家族しか知らないような話も書かれていたことから間違いありません」
「そんな……」
「ノリガゼッツ……」
スイテアがノリガゼッツから顔を背ける。
「あなたは幼いころから一つ教えればその先まで考えを及ぼせる賢さを持つと言われていましたね。それが裏目に出たのでしょう。残念です――わたしは立場上、あなたを擁護できません。それを伝え謝罪するために来ました。でもあなたの話を聞いて、わたしの知っていることを伝えるべきだと思いました。あなたに話したいことは以上です」
言い切って部屋を出ていくスイテア、ノリガゼッツは項垂れて、スイテアを見もしなかった。
階段の上り口で蹌踉けるように手すりに掴まったスイテアに、続いて部屋を出たサシーニャが慌てて駆け寄る。
「スイテアさま!?」
肩を抱くように助け起こそうとしてハッとするが、
「お疲れが出たのでしょう」
と、サシーニャは気付かなかったフリをする。触れた瞬間、スイテアの身体に起きている異変に気付いていた。
「えぇ、少し眩暈が……それより、ノリガゼッツはどうなるのでしょうか?」
「リューデントと協議しなければなんとも言えませんが……魔力と記憶の一部消去で放免したいとわたしは思っています」
「放免? 国王を手に掛けた男を?」
「クラウカスナさまは火事による焼死となっています。その件で罰することはできません――お判りと思いますが、ノリガゼッツから聞いた話は……」
「えぇ、他に漏らしたりしません」
遅れてきたジャルスジャズナがサシーニャからスイテアを任され、やはりハッとするがサシーニャが首を振るのを見て、何も言わずにスイテアに手を貸して階段を上って行った。
「これからどうします?」
ノリガゼッツの独房に施錠したチュジャンエラが問う。そうですね、とゴリューナガの独房に目をやったサシーニャが
「ついでだから話を聞いていきましょう」
と言えば、頷いたチュジャンエラがゴリューナガの独房の扉を開けた。
入ってきたサシーニャを見てゴリューナガが鼻を鳴らす。
「フン! やっとお出でなさったか」
「おや、わたしを待っていた? 会いたがってくれるとは意外です」
「誰がおまえなんかに会いたがるか! 冗談も大概にしろ」
「では、なぜわたしをお待ちになった?」
「俺をここから出せ。おまえならできるはずだ」
「ここを出たらどうするつもりですか?」
「バイガスラに帰る。俺はバイガスラの魔術師モフマルドの部下だ」
「バイガスラに帰っても居場所はありませんよ? モフマルドは死にました」
「死んだ?」
ゴリューナガの顔色が変わる。
「おまえ、アイツを殺しのか?」
「いえ、自死です。袖口に仕込んだ毒薬を自ら飲みました」
「……ふぅん、自分で決着をつけたか」
「決着?」
「あぁ……おまえは知らないかもしれないが、アイツ、おまえの母親に恋い焦がれてた。会いたいって何度も言ってたなぁ。俺が『死んだ女に会いたいなら、自分も死ぬしかないぞ』って呆れたらさ、それもいいかもしれないな、って笑ってたんだ」
「死ねば、先に死んだ人と会えるのでしょうか?」
「知るか! 出まかせに決まってるだろうが。死んだことのあるヤツに聞いてくれ」
「それもそうですね」
クスリと笑うサシーニャ、ゴリューナガもつい笑う。そして
「おまえ、変わったな」
と、しみじみと言った。
「わたしが? どんな風に?」
「昔は冗談の通じないヤツだった。それどころかニコリともしない。穏やかなのにどこかとっつき辛い。おまえの優しさに惹かれて近づこうとするヤツがいると、それとなく遠ざかる……他人を怖がっているようだった」
「今でもそんな感じですよ?」
「いいや、違うね――そこにいる弟子のお陰か? そんなおまえが弟子を取ることに驚いたが、それからおまえは変わっていったぞ」
ゴリューナガが顎でチュジャンエラを示し、振り返ったサシーニャがチュジャンエラに微笑む。戸惑うチュジャンエラはソッポを向いた。
ゴリューナガに向き直ったサシーニャが、
「開放するのはまだ先になります――訊きたいことがあってきました」
と言えば、
「答えてやるのは吝かではないが、どうせならさっさと開放して欲しいもんだ。ま、いずれ出してくれるらしいから、その点は安心した」
とゴリューナガが苦笑する。
「なぜ、モフマルドの部下になったのですか?」
「あぁ、おまえに逆らって、その勢いで魔術師の塔を辞めたら親父に追い出された。行く当てもないからどうせなら見聞を広めようと諸国を回った――モフマルドと初めて会ったのはビピリエンツの酒場だ。おまえの悪口で盛り上がり意気投合した。二人でおまえに一泡吹かせてやろうってことになり、アイツの部下になったんだ……でもな、まさかグランデジアと戦になるとは思ってなかったよ。せいぜいバイガスラの優位性を利用した嫌がらせ程度だと思っていたんだ。だけどそうなったら協力しないわけにもいかない」
「グリッジ門前から大地鴨に追跡させたのはあなたですね?」
「なんだ、気付いてたのか? そうさ、俺さ。視野借用術も使ってたぞ。久々の魔法だ、巧く行くかと危ぶんだが、使役は俺の得意とするところ、なかなかのものだっただろう?」
「視野借用術が使えるとは大したものです――モフマルドがいなくなったバイガスラに帰りたいですか? 帰らないとしたら行く当ては?」
「おぉや、ご親切にも俺の身の振り方を心配してくれてるのか? 当てなんかあるもんか。またどこか、流れ着いたところで職を探すさ」
「だったら、魔術師の塔に帰ってくる気はありませんか?」
「えっ!?」
驚いたゴリューナガが目を丸くしてサシーニャを見た。
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
新作
【あやかしたちのとまり木の日常】
連載開始しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる