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17 明太子
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捜査は未だ大きな進展を見せないまま、九月半ばを迎えていた。
九月も後半になったからと言え、不快な暑さに変わりはなく、空を見上げたところで昨日までと何ら変わらない模様があった。
解剖の結果、小林の死因は脳挫傷による外傷性脳内血腫だった。階段を転落し頭を強打した事が直接的な原因ではあるが、脇腹に残された刺し傷が事故死ではなく、殺人である決め手となった。ただその刺し傷を残した凶器はまだ見つかっていない。安原から聞かされた小林の死因はざっとそんなところだった。
「古賀、これからちょっと一緒に出られるか?」
山のように抱えた書類を朝からコツコツと片付け、ようやく終わりの目途がついた頃、安原の声が掛かった。
「はい、もう殆ど片付いたんですぐにでも出られますよ」
「おお、そうか。お前にちゃんと会わせないといけない奴がいるんだ。それに高原に防犯カメラの件を確認しないといけないし」
安原の中でも由之への疑いは持たれる事がなかったのだろう。例え郵便局の防犯カメラに映っていたとしても、あんなに沢山の封筒を手にし、目立つ姿の由之がタレコミの写真を送ったとは考え難い。
「由之の店は八時にならないと開かないと思いますよ」
「まあ、その前に会わせないといけない奴がいるから丁度いいくらいだよ」
「誰ですか?」
「お前もよく知っている奴だよ」
よく知っている人間なら勿体ぶる必要などないのにと、安原に対し懸念が生まれる。夏樹なのか貴久なのか、思い当たるところと言えば、その二人くらいだ。
安原への懸念は作業をする手を遅らせる。だが何事にも構わない安原は、五時半にロビーだと、二十分後の時間を指定してくる。
指定された五時半に少しは遅れていたが、一階のロビーに安原の姿はまだなかった。自動ドアに閉ざされたエアコンが効いた空間はやけに涼しく気持ちがいい。玄関だけではなく全館にエアコンを効かせてくれればいいのに、そんな事を考えながらふとガラスの扉に目をやると、署を訪れていた日の小林を思い出した。二十年以上の歳月で随分大人になったはずだ。それは中身だけではなく外見にも言える事だ。それなのに小林は小学生の頃の面影を見つけたと言うのだろうか。小林の顔を思い出したガラスの扉に大きな雨粒が吹き付けている。
「おい、古賀。待たせたな。ちょっと傘取りに戻っていて。何だ? 古賀、おい、ちょっと待たせただけだろ? それなのに何そんな渋い顔しているんだよ」
「えっ? 渋い顔? 俺、そんな変な顔していました?」
「ああ、とんでもない顔していたぞ」
安原が豪快な笑いを向けてくる。ふとその笑いの裏を勘繰りたくなったが止めた。
「それより誰と会うんですか? まさか三春夏樹か三芳貴久ですか」
「まあな。そのまさかなんだが」
エアコンが効いた心地よい空間を安原が台無しにする。安原が一歩踏み込み開かれた自動ドアは吹き付ける雨粒を連れて来た。傘を開き飛び出した安原に、傘一本では防げそうにないなと思いながらも続く。灰色を通り越し黒に近い新宿の町は、容赦なくズボンの裾を撥ね返りで汚してくる。
そこは見覚えのある階段だった。居酒屋や飲食店がひしめく新宿三丁目の一角。古いビルの地下へと続く階段の踊り場。その壁にある大きな看板にも見覚えがあった。だがそれがいつの記憶だったかは思い出せない。
先に階段を降り始めた安原の背中を見ながら、抜けたドアの先にいつの記憶だったかを探す。
——明太子だ。
「待っていましたよ。もう先に飲んじゃっていますけど」
ドアを抜けた安原の顔が見えたのか、店の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
「晴人も早く入ってこいよ」
馴れ馴れしい声の主は夏樹だ。予想通りの展開ではあるが、何故わざわざ夏樹に引き合わせるのだろうか。
「生二つお願いします。それと明太子以外のお通しありますか?」
安原と二人席に着く。その姿を確認し店員がテーブルに近づいてくる。そんな店員に夏樹は早速オーダーを出している。今の状況がまだ飲み込めないから、安原と夏樹をただ傍観するしかない。
「生三つで。お前もすぐ空けてしまうだろ?」
「そうですね。じゃあ、生三つで。それとこいつ明太子嫌いらしいんで、お通し一つは明太子以外でお願いしますね」
「何だ? 古賀、お前、明太子嫌いなのか?」
「そうなんすよ。こいつ明太子嫌いらしいですよ」
下らない会話だ。どうでもいい話が安原と夏樹の間で交わされている。
「明太子なんかどうでもいいです。安原さん、何でこいつと、この夏樹と俺を会わせて、しかも何そんな親しそうに、意味が分からないんですけど」
「何? 晴人、焼きもちでも焼いちゃった」
夏樹が入れる茶々に呆れた顔を作り、隣に座る安原へ向きを変える。
「前に話した通りなんだけどな。しょうもない事やって署に連れて来られたろ? その時取り調べたのが俺。そしたら、小林の事件だよ。小林の死体を発見したと通報してきたのが夏樹だった」
安原の口から出た夏樹と言う呼び方に、さっき指摘された焼きもちを改めて実感させられた。
「だから、それだけでどうしてこんな状況になるんですか? こいつは盗人で、小林の死体の第一発見者なだけでしょ?」
「まあ、そうなんだけどな。三春って名前に引っ掛かって。珍しい名前だろ? そうしたらやっぱりそうだったんだよ」
「何がですか?」
一人納得している安原に、何一つ納得などできない顔で食いついてみせた。安原と夏樹の二人で作られた輪があり、その輪の中から外されているはずなのに、今こうしてその輪の中に取り込まれようとしている。やはり納得できる事など何一つありはしない。
「こいつは、夏樹は俺の同期の弟だったんだよ」
「同期? 弟?」
何に構う事なく、夏樹は摘まんだ明太子を口に運んでいる。夏樹のそんな飄々とした態度は嫌悪を示す対象でしかない。ただ同じ小学校で同じクラスにいただけだ。誰だって関わらなくて済むなら、関わらずに通り過ぎたい相手はいるものだ。それが夏樹である事は紛れもない事実だ。
「俺の兄貴も刑事なんだ。まあ、兄貴と言っても何年も会っていないけどな。そんな兄貴の同期なんだと、安原さんは。本当、びっくりだよ。安原さん、兄貴に連絡してしまうんだから」
「お前が犯罪まがいの事しているんだから、仕方ないだろ?」
「俺は第一発見者でしょ? ちゃんと通報したじゃないですか」
「第一発見者が犯人だったってのも、よくある話さ」
安原は一気にビールを喉奥に流し込み、豪快な笑いを見せ始めた。
夏樹は安原の同期の弟……。夏樹の兄も刑事……。今知らされた情報を整理しようかと思ったが、それがどれだけ無駄な事かと自分に投げかけてみた。安原と夏樹が繋がっていたとしても、そこに割り込む必要などない。
「古賀、お前も飲めよ。お前ら同級生だろ。これも何かの縁じゃないか」
全く欲しない縁とやらを押し売りされ、ビールのジョッキを傾けるしかなかった。この場から今すぐにでも飛び出して行きたかったが、豪快な笑い顔のままの安原と夏樹はやけに上機嫌なように見える。その時だ。ズボンの左ポケットに入れていたスマホがぶるぶると震え出した。
「もしもし。古賀です」
スマホ画面に表示された公衆電話と言う文字に首を傾げながら応えてみた。
「もしもし。晴人だよね? 大変なんだ、何とかしてくれよ。なあ、晴人、何とかしてくれよ」
慌てている事は充分に伝わるが、何が起こったのか要件は全く見えない。
「貴久か? どうしたんだよ、いきなり。何があったんだ?」
「航太が、息子が誘拐されたかもしれないんだ」
公衆電話からの突然の電話。その電話から誘拐と言う物騒な言葉が放たれる。慌て過ぎているからなのか、それ以上の言葉を発せない貴久を落ち着かせるための術を頭に巡らす。
「貴久からなのか?」
夏樹が凝視してくる。安原も豪快な笑いを止め、神妙な顔を作っている。
「とりあえず落ち着いて。ちゃんと話してくれないと分からないだろ」
「ああ、ごめん。それが、学校が終わって家に帰らず、一人で新宿に行ったらしいんだ。帰りが遅いのを心配して、うちの奴が学校に電話したんだよ。そうしたらいつも通りの時間に帰ったと。三時には学校を出たと」
「それで、どう誘拐なんだよ」
誘拐と言う物騒な言葉に、安原と夏樹の目が見開いている。
「航太の友達が言うには、新宿に傘を買いに行ったと、それで西口のデパートに前に傘を買いに行った事を思い出して、慌ててその傘売り場に行ったんだ」
電話ボックスの中で肩を震わす貴久の姿が浮かぶ。電話の向こうで息を荒くする貴久。息子を心配し息を荒くしている事は分かるが、何故誘拐に繋がるのかは分からない。
「貴久、落ち着いて話してくれ。それでそのデパートの傘売り場にお前の息子は、航太君はいたのか?」
「それがいなくて。でも航太らしい子供と若い男が傘を買って行ったと店員は言うんだ。店員は父親だと思ったらしい。俺が父親なのに」
「話は分かった。それでどうして俺に電話してきたんだ? しかも公衆電話から」
「だって晴人、新宿の刑事だろ? 携帯は慌てて出てきたから学校に忘れてきたんだよ。それより晴人、何とかしてくれよ」
「何とかって、誘拐だと言うなら、まず警察に連絡取らないと」
「だからこうしてお前に連絡しているんだろ」
貴久の声は落ち着きを取り戻さなかった。そんな貴久の様子が移ったのか、全容を掴めない安原と夏樹の落ち着きも奪われていっていた。今ははただ貴久を落ち着かせるための言葉を吐くだけだ。
「分かったから、貴久、お前今どこにいるんだ? これからお前の所に行くから」
「今、西口のロータリーの電話ボックスだよ。でも俺、携帯持ってないから、動いたらお前に会えなくなる」
「分かったよ。西口のロータリーの公衆電話だな? 地上だよな。二十分くらいで行くから、その電話ボックスから動くなよ」
「ありがとう」
少しは落ち着けたのか、貴久が大きく息を吐いた音が聞こえた。その安堵の音の途中でぷつりと電話が切れる。電話が切れた事をスマホ画面で再度確認し、テーブルに置く。そんな動作を確認した途端、安原と夏樹が食い入るように見つめてくる。
九月も後半になったからと言え、不快な暑さに変わりはなく、空を見上げたところで昨日までと何ら変わらない模様があった。
解剖の結果、小林の死因は脳挫傷による外傷性脳内血腫だった。階段を転落し頭を強打した事が直接的な原因ではあるが、脇腹に残された刺し傷が事故死ではなく、殺人である決め手となった。ただその刺し傷を残した凶器はまだ見つかっていない。安原から聞かされた小林の死因はざっとそんなところだった。
「古賀、これからちょっと一緒に出られるか?」
山のように抱えた書類を朝からコツコツと片付け、ようやく終わりの目途がついた頃、安原の声が掛かった。
「はい、もう殆ど片付いたんですぐにでも出られますよ」
「おお、そうか。お前にちゃんと会わせないといけない奴がいるんだ。それに高原に防犯カメラの件を確認しないといけないし」
安原の中でも由之への疑いは持たれる事がなかったのだろう。例え郵便局の防犯カメラに映っていたとしても、あんなに沢山の封筒を手にし、目立つ姿の由之がタレコミの写真を送ったとは考え難い。
「由之の店は八時にならないと開かないと思いますよ」
「まあ、その前に会わせないといけない奴がいるから丁度いいくらいだよ」
「誰ですか?」
「お前もよく知っている奴だよ」
よく知っている人間なら勿体ぶる必要などないのにと、安原に対し懸念が生まれる。夏樹なのか貴久なのか、思い当たるところと言えば、その二人くらいだ。
安原への懸念は作業をする手を遅らせる。だが何事にも構わない安原は、五時半にロビーだと、二十分後の時間を指定してくる。
指定された五時半に少しは遅れていたが、一階のロビーに安原の姿はまだなかった。自動ドアに閉ざされたエアコンが効いた空間はやけに涼しく気持ちがいい。玄関だけではなく全館にエアコンを効かせてくれればいいのに、そんな事を考えながらふとガラスの扉に目をやると、署を訪れていた日の小林を思い出した。二十年以上の歳月で随分大人になったはずだ。それは中身だけではなく外見にも言える事だ。それなのに小林は小学生の頃の面影を見つけたと言うのだろうか。小林の顔を思い出したガラスの扉に大きな雨粒が吹き付けている。
「おい、古賀。待たせたな。ちょっと傘取りに戻っていて。何だ? 古賀、おい、ちょっと待たせただけだろ? それなのに何そんな渋い顔しているんだよ」
「えっ? 渋い顔? 俺、そんな変な顔していました?」
「ああ、とんでもない顔していたぞ」
安原が豪快な笑いを向けてくる。ふとその笑いの裏を勘繰りたくなったが止めた。
「それより誰と会うんですか? まさか三春夏樹か三芳貴久ですか」
「まあな。そのまさかなんだが」
エアコンが効いた心地よい空間を安原が台無しにする。安原が一歩踏み込み開かれた自動ドアは吹き付ける雨粒を連れて来た。傘を開き飛び出した安原に、傘一本では防げそうにないなと思いながらも続く。灰色を通り越し黒に近い新宿の町は、容赦なくズボンの裾を撥ね返りで汚してくる。
そこは見覚えのある階段だった。居酒屋や飲食店がひしめく新宿三丁目の一角。古いビルの地下へと続く階段の踊り場。その壁にある大きな看板にも見覚えがあった。だがそれがいつの記憶だったかは思い出せない。
先に階段を降り始めた安原の背中を見ながら、抜けたドアの先にいつの記憶だったかを探す。
——明太子だ。
「待っていましたよ。もう先に飲んじゃっていますけど」
ドアを抜けた安原の顔が見えたのか、店の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
「晴人も早く入ってこいよ」
馴れ馴れしい声の主は夏樹だ。予想通りの展開ではあるが、何故わざわざ夏樹に引き合わせるのだろうか。
「生二つお願いします。それと明太子以外のお通しありますか?」
安原と二人席に着く。その姿を確認し店員がテーブルに近づいてくる。そんな店員に夏樹は早速オーダーを出している。今の状況がまだ飲み込めないから、安原と夏樹をただ傍観するしかない。
「生三つで。お前もすぐ空けてしまうだろ?」
「そうですね。じゃあ、生三つで。それとこいつ明太子嫌いらしいんで、お通し一つは明太子以外でお願いしますね」
「何だ? 古賀、お前、明太子嫌いなのか?」
「そうなんすよ。こいつ明太子嫌いらしいですよ」
下らない会話だ。どうでもいい話が安原と夏樹の間で交わされている。
「明太子なんかどうでもいいです。安原さん、何でこいつと、この夏樹と俺を会わせて、しかも何そんな親しそうに、意味が分からないんですけど」
「何? 晴人、焼きもちでも焼いちゃった」
夏樹が入れる茶々に呆れた顔を作り、隣に座る安原へ向きを変える。
「前に話した通りなんだけどな。しょうもない事やって署に連れて来られたろ? その時取り調べたのが俺。そしたら、小林の事件だよ。小林の死体を発見したと通報してきたのが夏樹だった」
安原の口から出た夏樹と言う呼び方に、さっき指摘された焼きもちを改めて実感させられた。
「だから、それだけでどうしてこんな状況になるんですか? こいつは盗人で、小林の死体の第一発見者なだけでしょ?」
「まあ、そうなんだけどな。三春って名前に引っ掛かって。珍しい名前だろ? そうしたらやっぱりそうだったんだよ」
「何がですか?」
一人納得している安原に、何一つ納得などできない顔で食いついてみせた。安原と夏樹の二人で作られた輪があり、その輪の中から外されているはずなのに、今こうしてその輪の中に取り込まれようとしている。やはり納得できる事など何一つありはしない。
「こいつは、夏樹は俺の同期の弟だったんだよ」
「同期? 弟?」
何に構う事なく、夏樹は摘まんだ明太子を口に運んでいる。夏樹のそんな飄々とした態度は嫌悪を示す対象でしかない。ただ同じ小学校で同じクラスにいただけだ。誰だって関わらなくて済むなら、関わらずに通り過ぎたい相手はいるものだ。それが夏樹である事は紛れもない事実だ。
「俺の兄貴も刑事なんだ。まあ、兄貴と言っても何年も会っていないけどな。そんな兄貴の同期なんだと、安原さんは。本当、びっくりだよ。安原さん、兄貴に連絡してしまうんだから」
「お前が犯罪まがいの事しているんだから、仕方ないだろ?」
「俺は第一発見者でしょ? ちゃんと通報したじゃないですか」
「第一発見者が犯人だったってのも、よくある話さ」
安原は一気にビールを喉奥に流し込み、豪快な笑いを見せ始めた。
夏樹は安原の同期の弟……。夏樹の兄も刑事……。今知らされた情報を整理しようかと思ったが、それがどれだけ無駄な事かと自分に投げかけてみた。安原と夏樹が繋がっていたとしても、そこに割り込む必要などない。
「古賀、お前も飲めよ。お前ら同級生だろ。これも何かの縁じゃないか」
全く欲しない縁とやらを押し売りされ、ビールのジョッキを傾けるしかなかった。この場から今すぐにでも飛び出して行きたかったが、豪快な笑い顔のままの安原と夏樹はやけに上機嫌なように見える。その時だ。ズボンの左ポケットに入れていたスマホがぶるぶると震え出した。
「もしもし。古賀です」
スマホ画面に表示された公衆電話と言う文字に首を傾げながら応えてみた。
「もしもし。晴人だよね? 大変なんだ、何とかしてくれよ。なあ、晴人、何とかしてくれよ」
慌てている事は充分に伝わるが、何が起こったのか要件は全く見えない。
「貴久か? どうしたんだよ、いきなり。何があったんだ?」
「航太が、息子が誘拐されたかもしれないんだ」
公衆電話からの突然の電話。その電話から誘拐と言う物騒な言葉が放たれる。慌て過ぎているからなのか、それ以上の言葉を発せない貴久を落ち着かせるための術を頭に巡らす。
「貴久からなのか?」
夏樹が凝視してくる。安原も豪快な笑いを止め、神妙な顔を作っている。
「とりあえず落ち着いて。ちゃんと話してくれないと分からないだろ」
「ああ、ごめん。それが、学校が終わって家に帰らず、一人で新宿に行ったらしいんだ。帰りが遅いのを心配して、うちの奴が学校に電話したんだよ。そうしたらいつも通りの時間に帰ったと。三時には学校を出たと」
「それで、どう誘拐なんだよ」
誘拐と言う物騒な言葉に、安原と夏樹の目が見開いている。
「航太の友達が言うには、新宿に傘を買いに行ったと、それで西口のデパートに前に傘を買いに行った事を思い出して、慌ててその傘売り場に行ったんだ」
電話ボックスの中で肩を震わす貴久の姿が浮かぶ。電話の向こうで息を荒くする貴久。息子を心配し息を荒くしている事は分かるが、何故誘拐に繋がるのかは分からない。
「貴久、落ち着いて話してくれ。それでそのデパートの傘売り場にお前の息子は、航太君はいたのか?」
「それがいなくて。でも航太らしい子供と若い男が傘を買って行ったと店員は言うんだ。店員は父親だと思ったらしい。俺が父親なのに」
「話は分かった。それでどうして俺に電話してきたんだ? しかも公衆電話から」
「だって晴人、新宿の刑事だろ? 携帯は慌てて出てきたから学校に忘れてきたんだよ。それより晴人、何とかしてくれよ」
「何とかって、誘拐だと言うなら、まず警察に連絡取らないと」
「だからこうしてお前に連絡しているんだろ」
貴久の声は落ち着きを取り戻さなかった。そんな貴久の様子が移ったのか、全容を掴めない安原と夏樹の落ち着きも奪われていっていた。今ははただ貴久を落ち着かせるための言葉を吐くだけだ。
「分かったから、貴久、お前今どこにいるんだ? これからお前の所に行くから」
「今、西口のロータリーの電話ボックスだよ。でも俺、携帯持ってないから、動いたらお前に会えなくなる」
「分かったよ。西口のロータリーの公衆電話だな? 地上だよな。二十分くらいで行くから、その電話ボックスから動くなよ」
「ありがとう」
少しは落ち着けたのか、貴久が大きく息を吐いた音が聞こえた。その安堵の音の途中でぷつりと電話が切れる。電話が切れた事をスマホ画面で再度確認し、テーブルに置く。そんな動作を確認した途端、安原と夏樹が食い入るように見つめてくる。
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