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27 少年
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一体どれだけのファイルを開いただろうか。どのファイルを開こうが、映し出される映像は似たようなものだ。嫌悪感を抱かずにはいられない映像の数々。
背中に気配はあるが、きっと安原も退屈しているのだろう。物音一つ立てず、ただ視線だけを刺してきている。
「後は俺一人で見るんで、行ってもらって大丈夫ですよ」
振り返った時に動かした手が空の紙コップを倒す。
「いや、まだ時間はある。三丁目で会う事になっているし、八時頃って言ったしな。まだ三十分はある」
「けっこう見ているんですけど、これと言ってはないですね」
「まあな。同じような映像ばかりだからな」
「安原さんも一通りは確認したんですよね」
「ああ、本当に不愉快だったよ。どのファイルを開こうが似たような映像が流れて。大量のファイルにうんざりしたよ」
背中を向けている安原の顔は見えない。だがうんざりしているだろう顔を浮かべる事は出来る。今は直接パソコンに向かっている訳ではないが、安原にとっては二度目の作業だ。付き合わせている事に生まれるものは、申し訳ないと言う感情だけだ。
何の成果も上がらないのだろうか。空の紙コップの端を噛む。
パソコンに目を落としカーソルを動かす。そこには見覚えのある数字の羅列があった。
——200107。
ファイルを開けば幼い日の自分が映し出される。ただあの映像をもう一度目に出来るほど、強い気持ちは持っていない。あと二十ほどで辿り着くファイル。二〇〇一年七月までに保存されたファイルは残り二十ほどになっていた。
——あと二十。
大量のファイルがまだ残っているのに、何故か頭が勝手に終わりを作る。安堵の息が漏れたが、背中を見守る安原には聞こえていないようだ。
勝手に作った終わりに向かい、新たなファイルを開く。マンションの一室だと分かる空間。何一つ動きのない空間だが見覚えがあった。
「これは……」
ぽつりと吐いた声に安原が反応したようで、椅子を引く甲高い音が耳に飛び込んできた。熱が伝わりそうな程すぐ後ろに感じる安原の気配。
「どうした? 何かあったのか」
「これです」
振り返ると安原の顔がすぐ近くにあり、荒い鼻息が聞こえた。安原は我を忘れる勢いで既に映像に見入っている。その安原の顔が肩に乗っていたが、気に留めるより先、見覚えのある空間を教えたかった。
「小林先生の部屋です。この間の俺らの映像もこの部屋で撮られていました。記憶の中にはっきり残っている訳じゃないですけど、この間、見たんで間違いありません」
安原が固唾を飲む音が耳を掠めた。
「安原さん、顔近いです」
近すぎる顔の圧力に椅子を少しずらす。空いたスペースに椅子を滑らせ、安原も同じ距離で映像を覗き込んでいる。映し出された部屋はまだ何の動きも見せていない。カメラを固定するためか、何度か上下に揺れはしたが、位置が定まったようで、映像は一定の画角に落ち着いた。だが映像の三分の一を占めるベッドは妙な不安を煽る。
安原の鼻息が耳障りでもあるが、映し出される映像とスピーカーからの雑音に集中する。
——早く早く。脱いで。先生も。ちょっと待って。
確かに聞こえたスピーカーからの声に安原の顔を覗き見る。だが安原の表情は変わらない。スピーカーからの微かな声を、安原は拾えなかったようだ。
「今、声が聞こえましたよね」
「んっ? 何か聞こえたか?」
「ちょっと戻しますね」
映像を少しだけ戻す。ただベッドが映し出されるだけの部屋は、どこまで戻せばいいのかの判断がつかない。
「あっ!」
「何だ? 次は何なんだ?」
「すみません。気付くのが遅くて。この映像、この間の俺らの映像の一か月くらい前のものです」
「どう言う事だ」
「日付が入っていますよ。ここ左上に。二〇〇一年六月十七日です」
「んっ? お前たちの映像のひと月ちょっと前に撮られたって事だな」
「そう言う事ですね。それで声です。スタートさせますね」
耳を澄ますよう安原に促す。
——早く早く。脱いで。先生も。ちょっと待って。
雑音が続いた後に、微かに聞こえた声。
「早く早く、脱いで、先生も。ちょっと待って。確かにそう聞こえたな。ちょっと待ってと、言ったのは小林なのか?」
「多分そうですよね。ちょっと待っての声だけが別の声で、大人の声でしたから」
「それじゃあ、先に聞こえた声はお前達の中の誰かか? それとも別の子供……」
「俺じゃないですから。全く記憶にないです。……それじゃ、続きいきますね」
声はそれきりでスピーカーは元の雑音だけを流していた。
画面の三分の一をベッドで固定された映像も特に動きは見せない。何も動きはないのか? と、諦めそうになった時。カメラの前を何かが塞いだ。
カメラから少しずつ離れていく黒い影。三秒ほどでその影が裸の男だと判別できた。画面の中心には裸の男の尻だ。後姿しか見せない裸の男に、もう一つ小さな影が重なる。
「小林なのか?」
線の細い男の尻が一度だけ小さく揺れた。
「多分そうだと思います。ずっとカメラに背中を向けているんで顔は分からないですけど」
慌てて映像を一時停止させる。小林らしき男に重なっていた小さな影がその輪郭の全てを曝す。
荒い粒子ではあるが、輪郭を見れば華奢な少年の体系である事は容易に分かる。停めていた映像をもう一度再生させる。
「小林の奴め!」
男と少年が画面の三分の一を占めるベッドに辿り着いた時。安原が大きな怒りを露わにした。
幼い少年達の画像や映像を集めるだけではなく、こんな幼い少年に手を出そうと言うのか? これは立派な犯罪だ。だが小林は裁かれる事なく殺されてしまった。それとも裁きを受けたから殺されたのだろうか。きっと安原も同じ事を考えているだろう。
ベッドに上がった小林と少年は裸で抱き合っている。カメラが捕えるのは小林の背中と尻。それと小林の体の向こうに見え隠れする少年の小さな体だけだ。細く白い腕が小林の腰へ回される。その時だ。小林が仰向けになり、その上に少年が重なった時。
「タカちゃん……」
小さな声が漏れた。
カメラが捕えた少年は幸せそうな顔をしている。カメラに真正面から捕えられた、幸せそうなその顔は間違いなくタカちゃんだった。
「この少年がそうなんだな」
「はい」強い安原の口調に小さく答える。
画面の中で繰り広げられる行為は、決して小学生が行うような行為ではない。小林の股間に顔を埋める少年。それがタカちゃんだと分かった今も、記憶の中のタカちゃんに重ねる事は出来ない。幼い日の自分は画面の中にあるような世界がある事も知らなかった。
画面に目を落とし呆然と竦む。
「……もしもし、安原です」
安原に掛かってきた電話。その声にようやく画面から目を逸らす。だが安原の会話を聞き取るほどの集中力は残っていない。
「……夏樹からだ。八時にって約束。もう過ぎてしまっているな」
「もう行ってもらって大丈夫です」
「ああ、とりあえず夏樹に会って、頼んでいた招待状受け取ってくるよ」
「そうでしたね」
無理に笑ってみせる。
「それで、古賀。悪いが先に話を聞きに行ってくれないか? こうして小林と、なんだ。こうして関係があった訳だろ。俺も夏樹から招待状を受け取ってすぐに合流するから」
「はい」
放心に近い状態では、『はい』と、一言了承するのがやっとだった。これから聞き取らなければならない事の重圧が、歯切れの悪い安原の物言いに更に重くなる。
あの少年は間違いなくタカちゃんだった。小林の股間に顔を埋めるタカちゃん。脳裏にこびり付いた映像に、吐き気が伴いそうになる。だがタカちゃんの顔は幸せそうだった。苦痛の一片も見えなかった顔。
小林との関係をタカちゃんは幸せなものだと捉えていたのだろうか。もしそうなら、これから対峙しなければならないタカちゃんから真意なんて聞けないのではないだろうか。
背中に気配はあるが、きっと安原も退屈しているのだろう。物音一つ立てず、ただ視線だけを刺してきている。
「後は俺一人で見るんで、行ってもらって大丈夫ですよ」
振り返った時に動かした手が空の紙コップを倒す。
「いや、まだ時間はある。三丁目で会う事になっているし、八時頃って言ったしな。まだ三十分はある」
「けっこう見ているんですけど、これと言ってはないですね」
「まあな。同じような映像ばかりだからな」
「安原さんも一通りは確認したんですよね」
「ああ、本当に不愉快だったよ。どのファイルを開こうが似たような映像が流れて。大量のファイルにうんざりしたよ」
背中を向けている安原の顔は見えない。だがうんざりしているだろう顔を浮かべる事は出来る。今は直接パソコンに向かっている訳ではないが、安原にとっては二度目の作業だ。付き合わせている事に生まれるものは、申し訳ないと言う感情だけだ。
何の成果も上がらないのだろうか。空の紙コップの端を噛む。
パソコンに目を落としカーソルを動かす。そこには見覚えのある数字の羅列があった。
——200107。
ファイルを開けば幼い日の自分が映し出される。ただあの映像をもう一度目に出来るほど、強い気持ちは持っていない。あと二十ほどで辿り着くファイル。二〇〇一年七月までに保存されたファイルは残り二十ほどになっていた。
——あと二十。
大量のファイルがまだ残っているのに、何故か頭が勝手に終わりを作る。安堵の息が漏れたが、背中を見守る安原には聞こえていないようだ。
勝手に作った終わりに向かい、新たなファイルを開く。マンションの一室だと分かる空間。何一つ動きのない空間だが見覚えがあった。
「これは……」
ぽつりと吐いた声に安原が反応したようで、椅子を引く甲高い音が耳に飛び込んできた。熱が伝わりそうな程すぐ後ろに感じる安原の気配。
「どうした? 何かあったのか」
「これです」
振り返ると安原の顔がすぐ近くにあり、荒い鼻息が聞こえた。安原は我を忘れる勢いで既に映像に見入っている。その安原の顔が肩に乗っていたが、気に留めるより先、見覚えのある空間を教えたかった。
「小林先生の部屋です。この間の俺らの映像もこの部屋で撮られていました。記憶の中にはっきり残っている訳じゃないですけど、この間、見たんで間違いありません」
安原が固唾を飲む音が耳を掠めた。
「安原さん、顔近いです」
近すぎる顔の圧力に椅子を少しずらす。空いたスペースに椅子を滑らせ、安原も同じ距離で映像を覗き込んでいる。映し出された部屋はまだ何の動きも見せていない。カメラを固定するためか、何度か上下に揺れはしたが、位置が定まったようで、映像は一定の画角に落ち着いた。だが映像の三分の一を占めるベッドは妙な不安を煽る。
安原の鼻息が耳障りでもあるが、映し出される映像とスピーカーからの雑音に集中する。
——早く早く。脱いで。先生も。ちょっと待って。
確かに聞こえたスピーカーからの声に安原の顔を覗き見る。だが安原の表情は変わらない。スピーカーからの微かな声を、安原は拾えなかったようだ。
「今、声が聞こえましたよね」
「んっ? 何か聞こえたか?」
「ちょっと戻しますね」
映像を少しだけ戻す。ただベッドが映し出されるだけの部屋は、どこまで戻せばいいのかの判断がつかない。
「あっ!」
「何だ? 次は何なんだ?」
「すみません。気付くのが遅くて。この映像、この間の俺らの映像の一か月くらい前のものです」
「どう言う事だ」
「日付が入っていますよ。ここ左上に。二〇〇一年六月十七日です」
「んっ? お前たちの映像のひと月ちょっと前に撮られたって事だな」
「そう言う事ですね。それで声です。スタートさせますね」
耳を澄ますよう安原に促す。
——早く早く。脱いで。先生も。ちょっと待って。
雑音が続いた後に、微かに聞こえた声。
「早く早く、脱いで、先生も。ちょっと待って。確かにそう聞こえたな。ちょっと待ってと、言ったのは小林なのか?」
「多分そうですよね。ちょっと待っての声だけが別の声で、大人の声でしたから」
「それじゃあ、先に聞こえた声はお前達の中の誰かか? それとも別の子供……」
「俺じゃないですから。全く記憶にないです。……それじゃ、続きいきますね」
声はそれきりでスピーカーは元の雑音だけを流していた。
画面の三分の一をベッドで固定された映像も特に動きは見せない。何も動きはないのか? と、諦めそうになった時。カメラの前を何かが塞いだ。
カメラから少しずつ離れていく黒い影。三秒ほどでその影が裸の男だと判別できた。画面の中心には裸の男の尻だ。後姿しか見せない裸の男に、もう一つ小さな影が重なる。
「小林なのか?」
線の細い男の尻が一度だけ小さく揺れた。
「多分そうだと思います。ずっとカメラに背中を向けているんで顔は分からないですけど」
慌てて映像を一時停止させる。小林らしき男に重なっていた小さな影がその輪郭の全てを曝す。
荒い粒子ではあるが、輪郭を見れば華奢な少年の体系である事は容易に分かる。停めていた映像をもう一度再生させる。
「小林の奴め!」
男と少年が画面の三分の一を占めるベッドに辿り着いた時。安原が大きな怒りを露わにした。
幼い少年達の画像や映像を集めるだけではなく、こんな幼い少年に手を出そうと言うのか? これは立派な犯罪だ。だが小林は裁かれる事なく殺されてしまった。それとも裁きを受けたから殺されたのだろうか。きっと安原も同じ事を考えているだろう。
ベッドに上がった小林と少年は裸で抱き合っている。カメラが捕えるのは小林の背中と尻。それと小林の体の向こうに見え隠れする少年の小さな体だけだ。細く白い腕が小林の腰へ回される。その時だ。小林が仰向けになり、その上に少年が重なった時。
「タカちゃん……」
小さな声が漏れた。
カメラが捕えた少年は幸せそうな顔をしている。カメラに真正面から捕えられた、幸せそうなその顔は間違いなくタカちゃんだった。
「この少年がそうなんだな」
「はい」強い安原の口調に小さく答える。
画面の中で繰り広げられる行為は、決して小学生が行うような行為ではない。小林の股間に顔を埋める少年。それがタカちゃんだと分かった今も、記憶の中のタカちゃんに重ねる事は出来ない。幼い日の自分は画面の中にあるような世界がある事も知らなかった。
画面に目を落とし呆然と竦む。
「……もしもし、安原です」
安原に掛かってきた電話。その声にようやく画面から目を逸らす。だが安原の会話を聞き取るほどの集中力は残っていない。
「……夏樹からだ。八時にって約束。もう過ぎてしまっているな」
「もう行ってもらって大丈夫です」
「ああ、とりあえず夏樹に会って、頼んでいた招待状受け取ってくるよ」
「そうでしたね」
無理に笑ってみせる。
「それで、古賀。悪いが先に話を聞きに行ってくれないか? こうして小林と、なんだ。こうして関係があった訳だろ。俺も夏樹から招待状を受け取ってすぐに合流するから」
「はい」
放心に近い状態では、『はい』と、一言了承するのがやっとだった。これから聞き取らなければならない事の重圧が、歯切れの悪い安原の物言いに更に重くなる。
あの少年は間違いなくタカちゃんだった。小林の股間に顔を埋めるタカちゃん。脳裏にこびり付いた映像に、吐き気が伴いそうになる。だがタカちゃんの顔は幸せそうだった。苦痛の一片も見えなかった顔。
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