オタク司令塔と六人の帰還英雄~日本を救う最終迎撃作戦~

K2画家・唯

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第4章:チーム結成と試験運用

第17話「小規模演習」

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演習場の朝は、まだ夜の冷気を残していた。防衛省の広大な敷地に設営された仮設の迎撃実験場は、コンクリートの防御壁と鉄製のやぐらで囲まれ、まるで戦場のような殺伐とした空気を漂わせている。空は快晴だったが、横風が強く、旗がはためく音が絶えず響いていた。

間二屋宅男は手に持ったノートを何度も見返しながら、集合した七人の前に立った。今日は初めての実戦形式演習。核ミサイル迎撃を想定した模擬実験だが、使用するのは高速ドローンとその破片処理だけ。それでも宅男の胸は激しく高鳴っていた。

「皆さん、おはようございます」

声が少し震えている。宅男は深呼吸して続けた。

「今日の段取りを確認します。段取りは命綱です。手順は短く、復唱で確認していきましょう」

観察席では早川修一が腕組みをしながら宅男を見つめている。隣の米田美咲は双眼鏡を手に、演習場全体を見渡していた。少し離れた場所で森下優斗がカメラを構え、記録の準備を整えている。

「まず結さん、結界展開をお願いします」宅男がノートを見ながら説明する。「温度差6度の維持、衝撃吸収率30%で演習場上空をカバー。持続時間は1時間ですが、今回は15分を目標に」

氷川結が無表情で頷く。肩の氷精がくるりと回転した。

「了解。結界展開、15分維持」

「復唱ありがとうございます。次に勇さん、不可視剣による迎撃」

斎藤勇が苦い表情を浮かべながら答える。

「30cm~3mの可変、角度調整±30度で模擬ミサイルを分断。面受けで安定させる」

「復唱確認。龍一さん、空中迎撃をお願いします」

赤城龍一が肩のシルフを撫でながら笑顔で応える。

「シルフと一緒に上空から迎撃。全長3mの本気モードも試してみる」

シルフが小さく鳴いて、やる気を示した。

「作良さん、結界補強材の現場配置」

小林作良が工具箱を叩いた。

「結界ブロックを三箇所に設置。緊急時は魔法紋刻で強化補修」

「凪さん、攪乱と監視」

根黒凪が皮肉な笑みを浮かべる。

「影渡りで敵の動向を探り、必要に応じて撹乱。死者操作は今回は封印」

「秋奈さん、物資補給」

箱根秋奈がアイテムボックスから手帳を取り出した。

「補強材の追加搬送、緊急物資の即応補充。アイテムボックスをフル活用」

宅男は全員を見回した。

「合図システムは四拍子。合図、実施、復唱、停止。停止語はカット、退避方向は右後方。優先順位は命の線、迎撃線、補給線です」

早川が手を挙げた。

「模擬ミサイルはどの程度の速度で飛来しますか」

米田が資料を確認して答える。

「時速300キロメートル。実際の核ミサイルよりは大幅に遅いですが、初回演習としては適切な設定かと」

森下が声をかけた。

「市民の皆さんにとって分かりやすいよう、実況解説的なコメントもいただけますか」

「もちろんです」宅男が頷く。「では、演習開始十分前。各自持ち場についてください」

結が演習場の中央に向かい、結界展開の準備を始める。氷精が周囲を舞い、空気中の水分を氷の粒子に変えていく。勇は演習場の端に立ち、不可視剣の座標を調整している。龍一は簡易やぐらの上に登り、シルフに「準備はいいか?」と話しかけていた。

作良は三つの結界補強ポイントに金属製のブロックを設置し、魔法回路の点検をしている。凪は影渡りで演習場周囲を巡回し、死角の確認をしていた。秋奈はアイテムボックスから予備の結界ブロックや工具を取り出し、即座に配送できるよう準備を整えている。

「演習開始五分前」宅男が時計を見ながら宣言する。

その時、強い横風が演習場を吹き抜けた。結の髪が舞い上がり、氷精が少しふらつく。シルフも風に煽られて龍一の肩でバランスを取った。

「風が強いですね」結が眉をひそめる。「結界の安定性に影響が出るかもしれません」

「大丈夫です」宅男が答える。「予想の範囲内です。実際の状況でも天候の変化はありますから」

早川が双眼鏡を覗きながら呟く。

「初回にしては野心的すぎる演習かもしれませんね」

米田が同意する。

「個別の能力テストから始めるべきだったかもしれません」

しかし宅男は首を振った。

「連携こそが最重要です。個別の力は皆さん十分に持っています。問題は、それをどう組み合わせるかです」

「演習開始一分前」

緊張が演習場を包んだ。結が深呼吸をして魔力を集中させる。氷精の光が強くなり、周囲の温度が下がり始めた。勇は不可視剣の感覚を確認し、目に見えない刃の重さを手で測っている。龍一はシルフと最終確認を交わし、空中戦の準備を整えた。

「演習開始」

宅男の声と同時に、演習場の端から高速ドローンが発射された。プロペラの高い唸り声が風の音に混じって響く。時速300キロメートルで飛来する模擬ミサイルに、七人のチームが立ち向かう。

「結界展開」宅男が指示を出す。

結が両手を上げ、魔力を放出した。しかし、強い横風の影響で氷精の配置が乱れ、結界の形成に予想以上の時間がかかる。

「遅れています」結が焦りの色を見せる。

「まだ大丈夫です」宅男が冷静に答える。「勇さん、迎撃準備」

勇が不可視剣を構えるが、結界の遅れにイライラを募らせる。

「結界なしで迎撃するのか? 破片の飛散が危険だろう」

「結界は間に合います」宅男が断言する。「信じてください」

ドローンが演習場上空に接近する。プロペラの音が大きくなり、機体の影が地面を駆け抜けていく。

ようやく結界が形成された。氷の粒子が空中に薄い膜を作り、演習場を覆う。しかし、風の影響で結界の一部に揺らぎが生じている。

「結界展開完了。ただし、安定性に問題あり」結が報告する。

「了解。龍一さん、空中迎撃開始」

龍一がシルフにまたがり、やぐらから飛び立った。シルフが一瞬で全長3メートルまで成長し、強力な風圧を生み出す。しかし、ドローンとの距離感がうまくつかめない。

「シルフ、もう少し右だ」

龍一の指示でシルフが旋回するが、その時勇の不可視剣の攻撃範囲と重なってしまった。

「危険だ、退避しろ」勇が叫ぶ。

「こっちが先に行動してる」龍一が応戦する。

二人の間で迎撃のタイミングが衝突し、どちらも中途半端な攻撃しかできない。ドローンは二人の間を縫うように通り抜け、演習場の奥へと向かっていく。

「迎撃失敗」米田が記録に書き込む。

宅男は慌てずに次の指示を出した。

「作良さん、結界補強。凪さん、攪乱開始」

作良が結界ブロックから魔力を放出し、揺らいでいた結界の強度を上げる。一方、凪は影渡りでドローンの進路上に現れ、機体を幻惑しようとした。

しかし、その行動が誤解を招いた。

「凪が敵側に回ったのか?」勇が疑念を口にする。

「攪乱だ」宅男が説明しようとするが、混乱は広がっていく。

「説明不足だ」結が冷たく指摘する。「事前の打ち合わせが甘すぎます」

龍一もシルフと共に空中で困惑している。

「凪ちゃんの動きが読めない。迎撃のタイミングが分からないよ」

秋奈が苛立ちを隠さずに声を上げた。

「物流が狂えば全滅するのよ。補強材をどこに運べばいいの? 結界は安定しない、迎撃は失敗、攪乱は誤解される。これじゃあ何もできない」

演習場は混乱状態に陥った。ドローンは凪の攪乱をかいくぐって再び高度を上げ、最終ターゲットに向かっている。結界は部分的に強化されたが、全体の安定性はまだ不十分だった。

宅男は深呼吸をして、大きな声で指示を出した。

「全員、一旦停止。合図を三つに絞ります」

彼はノートを閉じ、記憶だけを頼りに続けた。

「優先度は命の線、迎撃線、補給線。命の線は結界の維持。迎撃線は勇さんメイン、龍一さんサブ。補給線は作良さんと秋奈さん。凪さんは情報収集に専念してください」

「了解」結が氷精と共に結界の安定化に集中する。

「分かった」勇が不可視剣の角度を再調整する。

「シルフ、サポートに回るぞ」龍一が理解を示す。

作良と秋奈も役割分担を明確にし、凪は影から情報提供に徹した。

「ドローン、最終接近」凪の声が影から響く。

「迎撃準備」宅男が指示する。

勇が不可視剣を構え、今度は確実にドローンの飛行経路を捉えた。角度調整±30度を活用し、機体の中央を狙う。

「迎撃」

不可視の刃がドローンを切断した。機体は二つに分かれて落下を始める。

「結界で受け止め」宅男が続けて指示する。

結が結界の密度を上げ、落下する破片を安全に受け止めた。氷の膜が破片の衝撃を吸収し、地面への被害を防ぐ。

「迎撃成功」

演習場に静寂が戻った。破片は結界の中で安全に処理され、怪我人も損害もない。しかし、過程は決して満足のいくものではなかった。

早川が観察席から立ち上がった。

「演習終了。評価を行います」

米田がメモを見ながら発表する。

「総合評価は50点。迎撃自体は成功しましたが、連携に大きな課題があります。結界展開の遅れ、迎撃タイミングの衝突、攪乱行動の誤解、指示系統の混乱。実戦では致命的です」

宅男は唇を噛んだ。予想していたとはいえ、厳しい評価だった。

森下が記録を整理しながら声をかける。

「市民の視点から見ても、不安になる場面が多かったですね。チームワークがもう少し改善されれば、安心感が全然違うと思います」

結が氷精を肩に戻しながら言った。

「段取りが複雑すぎました。実戦では判断に迷う余裕はありません」

勇が不可視剣を収めて付け加える。

「俺と龍一の役割分担も曖昧だった。どちらが主導するのか、最初から決めておくべきだ」

龍一がシルフを手のひら大に戻しながら頷く。

「確かにそうだ。シルフも混乱してたよ」

作良が工具箱を片付けながら発言する。

「結界補強のタイミングも改善が必要ですね。予備材料の配置も見直しましょう」

凪が影から現れて皮肉な笑みを浮かべる。

「私の攪乱が誤解されるのは想定内だったけど、事前説明はもう少し丁寧にした方がいいわね」

秋奈がアイテムボックスに手帳をしまいながら溜息をついた。

「物流の観点から言えば、情報共有の遅れが一番の問題です。リアルタイムで状況を把握できなければ、適切な支援はできません」

宅男は全員の意見を聞き、ノートに書き込んだ。そして顔を上げて宣言した。

「次は必ず70点にします」

早川が眉を上げた。

「随分と自信がありますね」

「はい」宅男がきっぱりと答える。「今日の失敗で、改善点がはっきり見えました。合図の簡略化、役割分担の明確化、情報共有の迅速化。これらを修正すれば、必ず向上します」

米田が記録を閉じながら言った。

「では、次回演習の日程を調整しましょう。今度はより実戦に近い条件で行います」

「了解しました」宅男が頷く。

演習場の片付けが始まった。結界は自然に消散し、結界ブロックは作良が回収している。シルフは龍一の肩で小さく鳴き、今日の飛行を振り返っているようだった。

森下がカメラを片付けながら宅男に声をかけた。

「今日の演習、市民にはどう報告しますか?」

「正直に話します」宅男が答える。「初回演習で課題が見つかったが、確実に改善していると」

「それで市民は安心するでしょうか」

「安心してもらうために、次はもっと良い結果を出します」

宅男の声に迷いはなかった。

帰り支度を始めた七人を見ながら、宅男は今日の演習を振り返った。確かに50点の評価は厳しい。しかし、実際に全員で連携して模擬ミサイルを迎撃することはできた。破片の処理も成功し、怪我人もいない。

問題は効率と安定性だった。合図システムの複雑さ、役割分担の曖昧さ、情報共有の遅れ。これらは次回までに必ず改善する。

「宅男」結が近づいてきた。氷精が彼女の肩で静かに光っている。

「今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」結が短く答える。「次回は、もう少しスムーズに行くでしょう」

勇も工具を片付けながら声をかけた。

「不可視剣の精度は上がってきている。龍一との連携も、慣れれば問題ないはずだ」

龍一がシルフを撫でながら笑顔で応える。

「そうそう、慣れの問題だよ。シルフも今日は良い経験になったって言ってる」

作良が工具箱を持ち上げて発言する。

「結界補強の技術的な問題は解決できそうです。タイミングの問題は、練習で改善しましょう」

凪が影渡りの準備をしながら皮肉な笑みを浮かべる。

「まあ、初回にしては悪くないんじゃない? 私の攪乱も、説明さえあれば効果的に使えるわ」

秋奈がバッグを肩にかけて最後に言った。

「物流の効率化は私の専門分野です。次回までに最適なルートを設計しておきます」

全員が散らばり始めた演習場で、宅男は一人残ってノートに今日の反省点を書き込んだ。合図システムの簡略化。優先度の明確化。役割分担の見直し。情報共有の迅速化。

これらの改善点は、やがて本番の核ミサイル迎撃で奇跡を生む布石となるだろう。今はまだ50点かもしれないが、必ず70点、80点、そして満点に近づけていく。

宅男はノートを閉じ、演習場を後にした。次回の演習までに、チームはより強固な絆で結ばれるはずだ。そして、その絆こそが日本を救う力になる。

風がやんだ演習場に、夕日が長い影を落としていた。初回演習は終わったが、本当の戦いはこれからだ。宅男の心には、不安と期待が入り混じっていた。しかし、確信だけは揺るがない。この七人なら、きっとやり遂げられる。

第17話 終わり
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