オタク司令塔と六人の帰還英雄~日本を救う最終迎撃作戦~

K2画家・唯

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第8章:黒幕の影

第38話「動揺と覚醒」

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紅蓮の炎壁が消えた後の市街に、奇妙な静寂が漂っていた。昼過ぎの白い陽射しが焦げたアスファルトを照らし、乾いた風が煙の残り香を運んでいく。遠くでサイレンが鳴り続け、現実が徐々に戻ってきていた。しかし、勝利の昂揚と恐怖の反動が交錯し、現場には動揺が広がり始めていた。

臨時作戦本部の外周では、補給車列が至る所で立ち往生していた。非常電源、燃料、触媒、医薬品。どれもが必要な物資だったが、管理権限の壁と搬送路の混乱で、流れが詰まっている。資材車の運転手たちは苛立ちを隠せず、無線で怒鳴り合っていた。

宅男は屋上のノードから見下ろしながら、最小プロトコルを復唱した。

「合図、実施、復唱、停止」

彼の声は震えていたが、言葉はぶれない。

「停止語はカット。退避は右後方。第三者接近時は即停止」

米田美咲が無線で応答する。

「復唱。カット、右後方、即停止」

短い無線のやり取りが、現場の秩序を保つ唯一の糸だった。

結界ノードの計器が警告音を発し続けている。氷川結は遠隔から局所膜の補修を続けていたが、限界に近づいていた。指先の震えが止まらず、集中力が途切れそうになる。

「もう少し、もう少しだけ」

結が自分に言い聞かせるように呟いた。

小林作良は装置の再同調に追われていた。紅蓮の攻撃で受けた損傷を即席で修繕し、機能を回復させなければならない。しかし、必要な部品と触媒が補給車列の渋滞で届かない。

「このままじゃ、二時間が限界」

作良が苛立ちを隠せずに呟いた。

斎藤勇は重疲労で立ち上がることもできなかったが、声と面受けの一点介入で線を支えていた。不可視剣で倒壊の危険がある破片を受け流し、二次被害を防いでいる。

「まだ、やれる」

勇の声は弱々しいが、意志は固い。

赤城龍一もまた、消耗した身で風の面を短時間だけ展開していた。煙と熱の通り道を押し返し、避難民の呼吸を確保する。シルフも疲れ切っているが、懸命に翼を動かしていた。

根黒凪は影渡りで市街を巡回し、紅蓮の残した逆共振の棘源を摘出していた。非常階段の裏、ビルの谷間、地下への入口。様々な場所に隠された送信機を、影で絡め取って無効化していく。

そして、その作業の中で、凪は小さな発見をした。紅蓮が刻んだ火文の欠片が、焦げた符片として残っているのを見つけたのだった。

「これは」

凪が符片を拾い上げる。指先に、わずかな熱が残っていた。

森下優斗は中継を続けながら、現場の状況を分析していた。勝利の直後にも関わらず、現場には疲労と不安が漂っている。彼は一行だけのメッセージを流した。

「いま何が必要か。それは希望です」

森下の言葉がSNSで拡散され始めた。

避難民の列の中に、高野彩乃の姿があった。被災予想区域に住む高校生として、避難指示に従って安全地帯に移動していたのだった。彼女は配布される飲料水と非常食の手伝いをしながら、帰還者たちの戦いを見守っていた。

その時、箱根秋奈が黒皮の台帳を見つめていた。利益と損失の計算、在庫と流通の管理、取引先との契約条件。すべてが数字で表される世界で生きてきた彼女にとって、いまの状況は理解しがたいものだった。

補給線の詰まりは、まさに物流の専門家である秋奈の領域だった。彼女なら、私有在庫と隠し倉庫を使って流れを作ることができる。しかし、それは大きな損失を意味していた。与信の全額前倒し、裏ルートの曝露、競合他社への情報漏洩のリスク。すべてが秋奈の商売にとってはマイナスでしかない。

「損をしてまで」

秋奈が呟いた時、高野彩乃が配布の手伝いをしている姿が目に入った。純粋で前向きな高校生の姿が、秋奈の心に何かを投げかける。

彩乃が避難民の老人に水を手渡しながら、笑顔で声をかけていた。

「大丈夫ですよ。帰還者の皆さんが守ってくれますから」

その一言が、秋奈の胸に響いた。顔のある誰かとして、危機を見始める視点の変化。利益の計算だけでは測れない価値が、そこにはあった。

秋奈はため息をつきながら、台帳を閉じた。

「損でいい。いまは通す」

彼女の決断は静かだったが、確固たるものだった。

秋奈は無線機を取り上げ、私有在庫の開放を指示し始めた。隠し倉庫の座標、裏搬入ルートの詳細、貨物用リフトの使用権限。これまで秘匿してきた情報を、惜しげもなく開示していく。

「裏搬入から貨物用リフト経由、屋上ヘリポートへの三段跳び動線を開く」

秋奈の指示で、詰まっていた補給線が動き始めた。

米田が静かな誘導で部隊を動かし、新たなルートを確保する。作良は即席換装で消費を抑えながら、必要な部品と触媒を受け取った。

「これで二時間が四時間になる」

作良が安堵の声を上げた。

勇と龍一も最小介入を続けていた。勇が面受けで倒壊物をいなし、龍一が風の面で粉じんを掃く。出過ぎることなく、必要な分だけの力を提供していた。

凪が拾った符片を秋奈に手渡した。

「紅蓮の残した物だ。何かわかるか」

秋奈は符片を指で触れながら、鑑定眼を走らせた。商人として培った流通パターンの読み方が、ここでも活かされる。

「数字じゃない。流通の癖だ」

秋奈が呟いた。符片に刻まれた火文には、何らかの規則性があった。詳細な解析は時間をかけて行う必要があるが、直感的に重要な情報が含まれていることは理解できた。

「後で詳しく調べる。いまは人命と維持を優先」

秋奈の判断は的確だった。

森下は中継で、この状況の変化を伝えていた。

「商人が線を通した。走らず、詰めず、前へ」

一行のメッセージがSNSで拡散され、拍手の小波が起き始めた。避難民たちも、状況の改善を感じ取っていた。

作良が示すグラフで、数値の復帰が確認できた。振動RMSが1.3から0.8に改善し、電圧ドロップも8パーセントから3パーセントに下がっている。結の呼吸もわずかに整い始めていた。

「安定値が回復している」

結が安堵の声を漏らした。

宅男は屋上から現場を見下ろしながら、仲間たちの連携を確認していた。秋奈の決断が、チーム全体に時間を与えてくれた。それは利益を超えた価値観の転換だった。

「まだ終わらせない」

宅男が静かに宣言した。

秋奈は最後に帳尻を心配しながらも、小さく笑った。

「後で回収できりゃいい。いまは賭け時」

彼女の覚醒は、チーム全体の士気を底から反転させていた。

米田の部隊は安全回廊の維持を続け、森下の中継は希望を伝え続けている。避難民たちも、帰還者たちへの信頼を深めていた。

高野彩乃は配布の手伝いを続けながら、秋奈の変化を感じ取っていた。商人として冷静だった女性が、人としての温かさを見せ始めている。

「ありがとうございます」

彩乃が秋奈に声をかけた。

「お礼を言うのは、こっちの方だ」

秋奈が苦笑いを浮かべた。

宅男は最小プロトコルを確認しながら、次の段階に向けて準備を始めていた。合図、実施、復唱、停止。この基本を守り抜けば、道は開ける。

紅蓮の符片に刻まれた火文の規則性。それは次の戦いへの重要な手がかりになるだろう。秋奈の鑑定眼と流通パターンの知識が、暗号解読の鍵を握っている。

「次は反撃だ」

宅男が呟いた。

秋奈の利己を超えた覚醒が、チームに新たな可能性を与えていた。商人としての計算を超えて、人としての価値を選んだ彼女の決断が、物語の流れを変えつつある。

結界ノードの安定値は完全に回復し、補給線も正常に機能している。避難民の安全も確保され、報道による世論の支持も確実なものになっていた。

凪は符片をもう一度見つめながら、次の任務に向けて準備を始めていた。影渡りで敵の拠点を探り、情報を収集する。それが彼女の役割だった。

勇と龍一は消耗の回復に努めながら、次の戦いに備えていた。面受けと風の面の技術を磨き、より効果的な連携を模索している。

作良は装置の最終調整を行いながら、秋奈が開いた補給線を最大限に活用していた。新たな触媒と部品で、装置の性能をさらに向上させることができそうだった。

結は遠隔結界の制御を安定させながら、氷精たちとの連携を深めていた。蜂巣構造の精度を上げ、より強固な防御を構築する準備を進めている。

森下の中継は続いていた。SNSでの拡散も止まらず、世論は確実に帰還者チーム支持に傾いている。政府も、もはや彼らの存在を無視することはできなくなった。

米田の部隊は現場の安全確認を続けていた。炎による被害は最小限に抑えられ、負傷者もいない。奇跡的な結果を維持している。

宅男は仲間たちを見回しながら、改めて決意を固めていた。力のない自分が、力ある者たちを導いて日本を救う。その使命に、新たな希望が加わった。

「ありがとう、秋奈」

宅男が短く声をかけた。

「計算は後でする。いまは前に進むだけ」

秋奈が応えた。

彼女の覚醒が、チームに新たな結束をもたらしていた。利益を超えた価値観の共有。それが、次の戦いへの原動力になっている。

紅蓮の符片に隠された秘密を解き明かし、黒幕の拠点を特定する。そして、反撃の機会を掴む。秋奈の決断が開いた道筋が、確実に次の段階へと続いていた。

市街に平穏が戻りつつあったが、戦いはまだ終わっていない。しかし、チームには新たな力が加わった。秋奈の覚醒が、全員の士気を押し上げている。

宅男は空を見上げながら、次の戦略を練り始めていた。最小プロトコルの力を信じて、仲間たちと共に戦い続ける。それが、彼の選んだ道だった。

第38話 終わり
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