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アビスフリード争奪戦
連鎖上のディストーション②中編
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看板が落ちてきたことにより、辺りは騒然とした。そりゃあ、命の危険がすぐそばにやってくる瞬間を目撃してしまえば、一般の心理だと取り乱してしまってもおかしくない。
むしろ、『ただの偶然だから』と、簡単に落ち着ける零弥達が異常なのだ……多分。
警察は十五分程度で到着した。もちろん、当事者なのでいくつかの説明はしたが、突然看板が落ちてきたこと、それは当たれば命の危険があるレベルの大きさだったこと、危機を回避するために能力を連続発動したこと以外、与えられる情報などない。
遠足の最中ということも相俟ってか、ユミも抑制師としての仕事をせずにすみ、事情聴取は案外すぐに終了した。
「ケガは無いか?」
「私は大丈夫だよ」
「私も」
ユミと亜芽が答える。
「……今何時だ?」
零弥が辺りを見回して時計を探す。
「もう三時だね」
答えたのは腕時計を持っていた流雅だ。さっきのいざこざで、自由行動の時間はなくなってきている。もうそろそろ、バスに戻ってもいい頃合いだろう。
「あっ、ちょっと待って。コンビニ寄るから」
ユミが早足で駆け出す。
「何かおやつでも買ってくるよ」
「コーヒーゼリーだけはやめてくれよ」
「はーい」
その言葉とともに、ユミはコンビニの自動ドアに向かって走り出した。
その時、ユミの角度からしか見えない細い路地を見つけた。
「……?」
そこに、銀髪の少女がうつむいて立っていた。明らかに日本人ではないことが見てとれる。
「あの子……何してるんだろう」
どこかで見覚えのあるような気がしたが、ユミはそんなことを気にせずにドアの向こうへと足を踏み入れた。
それは、少女が弱冠六歳の頃である。
「うーん……えいっ!」
少女は石に向かって力を込めた。「うごけ、うごけ!」
だが、石はピクリとも動かない。
「うーん……どうしてかしら……」
少女は頭を抱えて「うぅぅぅぅん」とうなり続ける。
「えいっ、えいっ」
何度力を込めようとも、石は微動だにしない。
そのときだった。
カタ……
「あっ……動いた?」
「どうやら、まだまだのようだな」
少女の背後から、背の高い一人の男が現れた。
庭でずっと魔術の練習をしていた少女を尻目に、いとも容易く石を動かして見せるのは、いささか大人げないのかもしれないが、そんなことをあの少女が考えるはずがない。
「あっ、おとうさま……」
その結果、自分の魔術が成功していないのに落ち込むのは、それはまた別。
「はっはっは……まだまだ上手く扱えていないようだね?でも六歳でそこまで練習するのは偉いぞ。得意な魔術は練習を重ねてこそ見つけ出せるうえ、本格的に魔術を覚え始めるのは、回復を含め、平均十三歳。早くても十二歳頃だろう。まぁ、あいつはちと早すぎるが」
「おにいさまのことでしょうか?」
少女は悲しそうに見上げる。
「まぁ、あいつはあいつで天才と言わざるを得ない。お前はお前できっちり練習する。それが一番だからな」
少女はその言葉を聞きながらも、再びうつむいている。天才的な兄とのコンプレックスに、六歳ながらも妙に大人びた少女の心は僅かに傷ついている毎日だった。
「そうだ。お前にこれをやろう」
男はポケットからあるものを取り出した。それはたいそう美しい色で、少女の目を引くものであった。
「それは?」
「この家に代々伝わるペンダントだよ。これをつけてればきっと、災厄からお前を護ってくれるはずだ」
「うわぁ……ありがとうございます!」
そう言って少女は、躊躇うこと無くそのペンダントをつけている。今でもペンダントは肩身離さずつけている。
「いた……見つけました……!」
銀髪の少女は、零弥達に降りかかってきた一連の出来事を目撃していた。もちろん、能力が使用される瞬間も、だ。
少女は確信した。『彼ら』こそが、この舞台に最もふさわしい人類であると。
「お父様……『人類』陣営、見つかりました。お父様の遺言、実行して見せます」
少女は首に下げた、新緑に耀くペンダントを握りしめ、その場を全力で逃げ出す。
「だけど、あの人怖い……」
どこかで見たことがあるような気がする。やはり初見の零弥の印象はこうなるようだ。
「不測の事態にすぐ反応できる反射神経、あれだけの看板を止められる力、能力でしょうか?おそらくあの人はそれを使ったのでしょうね」
少女の視点からは零弥が真っ先に対処したことしかわからない。しかも、流雅が能力を発動する素振りは遠目からではわからない。全て零弥によって解決したと思われても仕方無いのだ。
「能力……我々が使う魔術とは違い、魔力を必要とせず、魔術と同じように様々な現象を引き起こすことができる。魔力を変換する手間が無いため、魔術よりも発動速度が早いが、魔術とは違い、基本的に能力は一人につき一つの系統のみしか操れない。まぁ、そんな多種多様な魔術を操れる魔族などそうそういませんがね」
少女は今まで教えられてきたことを復唱しながら、細い路地を走り、やがて止まった。その位置は、零弥たちから二百メートルほどだろうか。あまり離れすぎれば意味がないからだ。
「そして能力持ちは大戦時代、人類が生き残ることに大きく貢献した。しかし、当時からその存在は希少であり、それは今も同じ現状である……そうでしたわね」
少女は建物の影から顔を覗かせ、零弥達の様子を見た。ちょうど買い物から帰って来たユミが三人に駆け寄る姿が見える。
「彼らは学生でしょうか?見た目は結構若そうですがね……あっ」
ちょうど零弥達がバスの方へと向かおうとしていた。このままでは行方がわからなくなってしまう。
そうなれば、今までの苦労が水の泡だ。
「ちょっ、ちょっと待ってって!」
少女は慌てながらも、零弥たちに姿を見られないよう、細心の注意を払って追いかけた。
幸い、都会というのもあってか、人混みと血管のように存在する分岐のおかげで、僅か十一歳の全身はすぐに隠れてしまう。電柱や建物を上手く活用すれば、それなりに追跡は上手くいくだろう。
ガタン!
「あっ!」
零弥達を追いかける際、あろうことかゴミ箱に足をぶつけてしまった。裸足の小指にぶつけるような痛みではなかったが、それなりに大きな音を出したので、零弥たちの注意を向けてしまった。
「?」
「わっ、わっ、わわ……」
幸い、分岐点が近くに存在していたので、すぐに身を隠すことができた。
「なぁ、流雅、今そこに誰かいなかったか?」
危険は案の定察知された。
「別に?そこのゴミ箱に何かぶつかったようだけど、特に何もないんじゃない?」
「そうか、そうだよなぁ?」
零弥はゴミ箱の付近を凝視する。その時、零弥の眼球、正確には黒目が僅かに赤みがかかっているように見えたのは、おそらく光の反射の関係だろう。
むしろ、『ただの偶然だから』と、簡単に落ち着ける零弥達が異常なのだ……多分。
警察は十五分程度で到着した。もちろん、当事者なのでいくつかの説明はしたが、突然看板が落ちてきたこと、それは当たれば命の危険があるレベルの大きさだったこと、危機を回避するために能力を連続発動したこと以外、与えられる情報などない。
遠足の最中ということも相俟ってか、ユミも抑制師としての仕事をせずにすみ、事情聴取は案外すぐに終了した。
「ケガは無いか?」
「私は大丈夫だよ」
「私も」
ユミと亜芽が答える。
「……今何時だ?」
零弥が辺りを見回して時計を探す。
「もう三時だね」
答えたのは腕時計を持っていた流雅だ。さっきのいざこざで、自由行動の時間はなくなってきている。もうそろそろ、バスに戻ってもいい頃合いだろう。
「あっ、ちょっと待って。コンビニ寄るから」
ユミが早足で駆け出す。
「何かおやつでも買ってくるよ」
「コーヒーゼリーだけはやめてくれよ」
「はーい」
その言葉とともに、ユミはコンビニの自動ドアに向かって走り出した。
その時、ユミの角度からしか見えない細い路地を見つけた。
「……?」
そこに、銀髪の少女がうつむいて立っていた。明らかに日本人ではないことが見てとれる。
「あの子……何してるんだろう」
どこかで見覚えのあるような気がしたが、ユミはそんなことを気にせずにドアの向こうへと足を踏み入れた。
それは、少女が弱冠六歳の頃である。
「うーん……えいっ!」
少女は石に向かって力を込めた。「うごけ、うごけ!」
だが、石はピクリとも動かない。
「うーん……どうしてかしら……」
少女は頭を抱えて「うぅぅぅぅん」とうなり続ける。
「えいっ、えいっ」
何度力を込めようとも、石は微動だにしない。
そのときだった。
カタ……
「あっ……動いた?」
「どうやら、まだまだのようだな」
少女の背後から、背の高い一人の男が現れた。
庭でずっと魔術の練習をしていた少女を尻目に、いとも容易く石を動かして見せるのは、いささか大人げないのかもしれないが、そんなことをあの少女が考えるはずがない。
「あっ、おとうさま……」
その結果、自分の魔術が成功していないのに落ち込むのは、それはまた別。
「はっはっは……まだまだ上手く扱えていないようだね?でも六歳でそこまで練習するのは偉いぞ。得意な魔術は練習を重ねてこそ見つけ出せるうえ、本格的に魔術を覚え始めるのは、回復を含め、平均十三歳。早くても十二歳頃だろう。まぁ、あいつはちと早すぎるが」
「おにいさまのことでしょうか?」
少女は悲しそうに見上げる。
「まぁ、あいつはあいつで天才と言わざるを得ない。お前はお前できっちり練習する。それが一番だからな」
少女はその言葉を聞きながらも、再びうつむいている。天才的な兄とのコンプレックスに、六歳ながらも妙に大人びた少女の心は僅かに傷ついている毎日だった。
「そうだ。お前にこれをやろう」
男はポケットからあるものを取り出した。それはたいそう美しい色で、少女の目を引くものであった。
「それは?」
「この家に代々伝わるペンダントだよ。これをつけてればきっと、災厄からお前を護ってくれるはずだ」
「うわぁ……ありがとうございます!」
そう言って少女は、躊躇うこと無くそのペンダントをつけている。今でもペンダントは肩身離さずつけている。
「いた……見つけました……!」
銀髪の少女は、零弥達に降りかかってきた一連の出来事を目撃していた。もちろん、能力が使用される瞬間も、だ。
少女は確信した。『彼ら』こそが、この舞台に最もふさわしい人類であると。
「お父様……『人類』陣営、見つかりました。お父様の遺言、実行して見せます」
少女は首に下げた、新緑に耀くペンダントを握りしめ、その場を全力で逃げ出す。
「だけど、あの人怖い……」
どこかで見たことがあるような気がする。やはり初見の零弥の印象はこうなるようだ。
「不測の事態にすぐ反応できる反射神経、あれだけの看板を止められる力、能力でしょうか?おそらくあの人はそれを使ったのでしょうね」
少女の視点からは零弥が真っ先に対処したことしかわからない。しかも、流雅が能力を発動する素振りは遠目からではわからない。全て零弥によって解決したと思われても仕方無いのだ。
「能力……我々が使う魔術とは違い、魔力を必要とせず、魔術と同じように様々な現象を引き起こすことができる。魔力を変換する手間が無いため、魔術よりも発動速度が早いが、魔術とは違い、基本的に能力は一人につき一つの系統のみしか操れない。まぁ、そんな多種多様な魔術を操れる魔族などそうそういませんがね」
少女は今まで教えられてきたことを復唱しながら、細い路地を走り、やがて止まった。その位置は、零弥たちから二百メートルほどだろうか。あまり離れすぎれば意味がないからだ。
「そして能力持ちは大戦時代、人類が生き残ることに大きく貢献した。しかし、当時からその存在は希少であり、それは今も同じ現状である……そうでしたわね」
少女は建物の影から顔を覗かせ、零弥達の様子を見た。ちょうど買い物から帰って来たユミが三人に駆け寄る姿が見える。
「彼らは学生でしょうか?見た目は結構若そうですがね……あっ」
ちょうど零弥達がバスの方へと向かおうとしていた。このままでは行方がわからなくなってしまう。
そうなれば、今までの苦労が水の泡だ。
「ちょっ、ちょっと待ってって!」
少女は慌てながらも、零弥たちに姿を見られないよう、細心の注意を払って追いかけた。
幸い、都会というのもあってか、人混みと血管のように存在する分岐のおかげで、僅か十一歳の全身はすぐに隠れてしまう。電柱や建物を上手く活用すれば、それなりに追跡は上手くいくだろう。
ガタン!
「あっ!」
零弥達を追いかける際、あろうことかゴミ箱に足をぶつけてしまった。裸足の小指にぶつけるような痛みではなかったが、それなりに大きな音を出したので、零弥たちの注意を向けてしまった。
「?」
「わっ、わっ、わわ……」
幸い、分岐点が近くに存在していたので、すぐに身を隠すことができた。
「なぁ、流雅、今そこに誰かいなかったか?」
危険は案の定察知された。
「別に?そこのゴミ箱に何かぶつかったようだけど、特に何もないんじゃない?」
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