虚構幻葬の魔術師

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アビスフリード争奪戦

連鎖上のディストーション③後編

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 パソコンをシャットダウンしたのはいい。そこまではいつもの習慣だ。何も考えずとも、なんの目的も無くとも、ただパソコンを操作するだけ。なんの変哲もない。
 だが、そこから先は体が動かなかった。ただボーッと自分が初めて失敗した現場を、何も起こらなかったかのように見つめていた。
 否である。
 何も起こらなかったかのように考えるなど、できるはずがない。
『終わった。もう、僕の一生はこれで終わった』
 流雅は目を閉じてうなだれる。人間に陥りがちな当たり前の現象の一つがこれだ。大きな自信があったものが即座に崩れてしまうようなショックがあれば、立ち直ることなどすぐにできるようなものではない。
 ただ、今回はさらに自らの人生を終わらせてしまった喪失感が、鈍くのし掛かって来るのだ。
『でも……やり残したことなんて……あるのかな?』
 流雅はまだ目を開けない。時の流れとは不思議で面白いものだ。これだけで数十分が経っている。
『一日一日を生きるためだけにこんなことをした……その罰が当たったんだ』
 
 ピリリリ……

 携帯の着信音がなる。
 相手は依頼者だろう。その詳細は全く伝えられていないが。
『……もしもし?』
『……クラッキングは成功したか?』
 依頼者だ。声色は妙に落ち着き、抑揚が全く無い、冷たい言葉だった。
『申し訳ありません。クラッキングは……失敗しました』
 流雅はその事実を伝えた。
『先ほど情報が入ってきたが、警察のセキュリティが妙に固くなっているようだ。この様子だと、しばらく潜入はできない』
『──はい』
『警察はそろそろ、お前を探し始めるだろう。そうなるなら、これからどうなるか、お前はわかっているな?』
 ガチャン!
『!?』
 そこに、覆面をした男達がずかずかと押し掛けてくる。用意周到なもので、全員拳銃を構え、その銃口は流雅に向けられ、今か今かと暴れだしそうで、勝手に流雅を喰ってしまうのでは無いだろうか。そんな雰囲気を醸し出している。
『もう貴様は用済みだ』
『──待ってくれ。何も早まることじゃ無いだろう』
 必死に時間稼ぎをする。さっき生きることを諦めたような台詞を吐いたくせに、言動は命乞いをする。全く矛盾しているものだ。
『待つ?何を今さら。我々の事情を知っておきながら命乞いとは、なかなか大物だな』
 電話の男は考えを改めない。
(失敗しておきながらまだ生きたいなんて、やっぱり僕はどうかしている)
 流雅は思考を張り巡らせる。
(電話と同時に襲撃するなんて、よほど準備がいいというかなんと言うか。はっきり言って、このままでは『死』しかない。ただ……)
 周りは男だらけ。出入り口も塞がれている。普通ならば抵抗するなり、逃げ出そうとするなり、むしろ無様に命乞いするなり、この状況では通用し得ないことしか手段がない。だが……
(能力アビリティ──)
 そう、流雅は特別に持ち合わせているのである。周りを見ていることで、拳銃の位置は把握している。隙を見て保存してやれば何とかなるかもしれない。
 だが、それだけでは打開したことにはならない。
 なぜなら、拳銃なんて使わず、素手で勝負にこられたら何も出来ないからだ。この時はまだ零弥とは出会っていない。戦闘に関するレクチャー等されていないし、そもそもの運動神経自体は中の上程度である。裏社会の後始末を任されるような輩にまともに戦える要素がどこにあると言うのか。いや、無いだろう。
(こいつなら何とかできるかもしれないと思ったけど……拳銃を止めても意味がない。脱出する手段もない……)
 流雅は……思考を止めた。
(無理だ……)
『どうした?命乞いは終わりか?』
 男の最後通告だ。流雅はついに言葉が発せられなくなる。
『ぼ……く……は……』

 バタン!

 勢いよく開けられるドアの音。敵の応援?いや、この状況で応援がいるのか?
 そう、違うのだ。
 そこには、どこかで見たことがあるような少年が、凛々しく立っていた。
『何者だ!』
 男達の意識はドア付近へと向けられる。ただ向けられるだけで、その結果に反応することはできなかった。
『ぐあぁっ!』
 ドアから新たに侵入してきた謎の少年。真っ先に反応した男の顔面を左拳が正確に捉えた。
『えっ……え……』
 それに圧倒されて、流雅はへたりこみ、壁へとすり寄っていく。
『何をぉぉ!』
『怯むな!』
 男達は発砲するなり、飛びかかるなり精一杯の攻撃を仕掛ける。こんな狭い部屋で大暴れすれば、多少の犠牲に目をつぶれば問題なく少年を始末できる。
 しかし、少年は銃弾を全く恐れていない。むしろ銃弾へと突撃するように少年は……次々と男達を薙ぎ倒す。
『強い……』
 流雅は目を大きく見開いたまま動けなくなっている。自らの眼の中で踊り続ける彼は、今までに見たことの無いような光と、暗い影の融合体を身に纏っていると、流雅は確かに悟った。
『死ねぇぇぇぇ!』
 拳銃から新たな弾丸が一発放たれようとした。これは確実に零弥を喰う軌道だ。
『!?……まずい!?』
 流雅は我に帰った。そして、すぐに能力アビリティを発動しようとしたが……
『ダメだ……間に合わない』
 一瞬早く銃弾が発射される。厳密に言えばまだだが、発動タイミングを逆算すればギリギリ間に合わない。
『銃弾を狙っても位置が掴めない……ごめん……』
 物体を対象に発動する能力アビリティは、その対象の位置、もしくは座標がわからなければ当然ながら不発となる。その座標を見つける手段として、目視が一番手っ取り早いのだが……横で倒れている流雅に、一瞬で通りすぎる銃弾を正確に保存できる技術は、まだついていない。
 残念ながら、流雅には何もできなかったのだ。

『──甘い……』

 ただひとり、戦い続ける少年は違った。銃弾を恐れないのは確かだが、他にも、もっと秘策があるのだ。
 少年に向かって、一発の銃弾は放たれた。
 そして、それは……少年が左手を振り払うようにして、『跳ね返された』のだ。
『アァァァァ……』
 銃弾はヘッドショットとなった。こうして、男達は全滅した。たった一人の少年によって。


『君は……』

『──なぁ、成川流雅』

『え……?』

『俺を──』



『助けてくれないか?』

 




 そのとき、運命の歯車は確かに動き出した。何の目的も持ち合わせず、ただのうのうと生きるつもりだった流雅に、彼は手を差しのべるのではなく、むしろ差しのべてもらいに来たのだ。流雅には、目的が無かった。その流雅に無理やり、『椎名零弥の記憶を探す補助をする』という目的を与えた。逆だったのだ。流雅は助けてくれるような他人ひとではなく、自らがついていけるような憧れともだちが欲しかったのだ。少年は見事にそれを理解させてくれた。
 流雅は、思いっきり笑った。その時に、一筋の涙が流れた。


 第三のハッカーは零弥であった。ユミからの依頼で、妙にクラッキング被害を被ったという通報が多発し、その正体が一切掴めないと。
 一応コンピューターのノウハウは、かじった程度の知識があった零弥は、すぐ学習し、いざ、潜ったのだ。そして数日後、警察にクラッキングされているのを偶然遭遇した。ハッカーをハッキングするほどの実力は無かったので、位置情報だけでも回収、または覗き見をしてやろうと思っていたのだが……これが流雅が生き残る理由となった。
 位置情報は、流雅の自宅だと示していたからだ。
 ハッカーが抵抗しようと、流雅のように雇われだろうと、それは現場に直接行って確かめればいいこと。あまり遠すぎなければその手段を取ると考えていた。
 あのとき零弥がすぐに位置情報を確認していなければ、あのときすぐに現場に向かっていなければ、あのとき流雅が時間稼ぎをしなければ、流雅は確実に死んでいたのだ。
 運命とは、あまりにも恐ろしい。
 
 この時を期に、流雅は気を失ったあの事件の真相を知りたくなるようになった。そして、ラウムツァイトもメンバーが増えて再始動した。
 それも、今では三人だ。
「どうした?いつもの笑顔じゃないな?」
  零弥が聞く。あのとき憧れた零弥も、もう高校生だ。
「──気のせいだよ」
 ラウムツァイトはまだまだ、プログラムを打ち込み続ける……
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