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アビスフリード争奪戦
街角は宵闇に灯されて④前編
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ホームルームはついに終わった。授業の運びが上手くいったためか、ちょうど一日の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
そして、憂鬱な授業はあっという間に過ぎていった。
嘘である。この時が来るまでの時間は長く感じていた。零弥も、久しぶりのゲーセンは楽しみであったのだ。
その前に、
「……じゃぁ、今日はよろしくね……」
「あぁ、まぁ、頑張ってくれ。アシスト出来ないのは申し訳ないが」
重労働に肩を落とすユミ。パトロールをホームルーム終了直前まで忘れていたツケが今、ローテンションとして帰って来た。
さて、保険室に荷物をとりに行かなければ。亜芽と集合する前にそこへ向かうことにする。また、今更だが、スフィアの件は教員から説明してもらった。出来るだけ好奇の目で見ないように、とのおまけ付きで。
保健室まではそこまで距離はなく、十秒足らずで到着した。
零弥は、一応のマナーとして、軽く三回ノックする。
「──どうぞー」
スフィアの声だ。運がいいのか悪いのか、どうやら中には彼女一人しかいないようだ。
「入るぞ」
零弥は躊躇なく扉を開けた。
「……なんだこれは?」
そこには、保険や医療関係の本がそこら中に散らばっていた。その様子を見ただけで、彼女が何をしているのかは容易に推測出来た。
「あら、椎名君ね?どうしたの」
いるじゃないか、保険の先生。豊満な体型をしながら、優雅に笑っているのは絶妙に腹が立つ。
「黒葛先生。これはどういうことですか?」
「この子ったら、偉いのよ!こんな難しい本をずっと読んでいたのだから」
(それでここまで散らばっていたのか……)
零弥はもう一度辺りを見回す。すると、床に置かれているだけで本自体は傷んだりしていなかったのがわかった。
「お前、医療に興味があったのか?」
「いいえ、興味があるのはこの国の進んだ技術と思考ですわ。我が国では思い付かないような事柄がたった一冊にまとめられている。しかも、この空間にはそれが数十冊も!……これを逃すなんてあり得ませんわ」
スフィアはそう言いつつも、まだページをめくり続けている。
「知識を得たところで、お前は医療系に進むわけじゃないんだろ?利用できる確約の無い情報を集めた所で何になるんだ?」
揺さぶりの質問。零弥自身、これは自らが行って来たことに矛盾するということは理解してきた。いつのまにか葬り去られた、記憶。それを見つけるために、十三歳から新生した人生を割いてきた。それにはもちろん、利用できる確約の無い情報を集めたことだってある。しかし、そこには零弥の信条があるのだ。逆に、零弥以外には、同じ考えを持つものは今はいないと考えている。
この質問は他の者にもした。大抵は帰ってこない。想定外だからだ。帰ってきても、『いつか役にたつかもしれないから』とか、『とりあえず適当に探したから』とか、あまり心を揺さぶられるような言葉は帰ってこない。繰り出されない。
今回も、同じように帰ってくると、零弥は思っていた。
「あら、何をいっているのでしょう?」
零弥は表情を変えない。ただ帰ってくる言葉を待ち続けている。
「例え役に立つのか、本当に重要なのかわからない情報でも……」
「それを、『大事だ』と心のどこかで感じたから集めるのでは?」
「……っ!」
零弥は思わず息を飲んでしまった。これは、零弥の情報を集める信条そのものだったからだ。さらに、零弥は思い出した。思い出してしまった。数年前まで、ずっとそばにいた『ある女性』を、スフィアと重ねてしまったのだ。
(嘘だろ……なんでアイツが、こんな時に!)
思いがけないフラッシュバック。
誰にも語られない、語るはずもないただ一つの記憶の糸の中継点。
不敵に笑う、あの女性が……すぐそこに……。
「──どうしたの?」
零弥ははっとした。背後からの声に。
「亜芽か……別に、何とも」
とりあえず、現実に帰還できたことは安心しておく。このままだと本当に倒れそうだった。
「すごい本、これ……全部読んだ?」
亜芽が同じようで違う質問をした。
「えぇ。とても興味深いですわ」
「いらっしゃい。月島さん。この子を引き取りに来たのかしら?」
亜芽がユミの家に居候していることは教員の間に知れ渡っている。手紙や連絡等で必要となるので、まぁ当然だろう。
「はい、実は零弥と送るつもりでしたが、先を越されましたね」
「そう、相崎さんといい、みんな大変なのね……この時期、スポーツも熱が入ってくるから、怪我人が増えててね……先生大変だわ。そういや、あなたたちは部活には入ってないの?」
「まぁ、そうですが」
この返答は零弥による。
「特に椎名君。君、かなり運動神経良いんだって?」
「……はぁ」
「保健室に運ばれてくる子、新入部員の話をしたら、大体君の名前が上がっているのよ。『あの子が入ってくれればチームは強くなるのに』ってね。それでも入る気ないわけ?」
「無いです」
否定するのにはその一言で十分だ。
「残念ねぇ……運ばれてきたら、体の隅々まで診てあげようと思ったのに」
そっちが本命か。このエロ教師め。
「とりあえず、体には気をつけて生活しているので、お世話にならないようにします」
零弥はその一言を言いつつ、スフィアを呼び出した。
「帰るぞ。こっちに来い」
「……はぁい……行きますわ。レイヤ、アメ」
「じゃあ、失礼します」
亜芽はそう言って、ドアを閉めた。
「また明日ね~」
黒葛はゆっくり手を振りながら、置かれた書類に目を通し始めた。
そして、憂鬱な授業はあっという間に過ぎていった。
嘘である。この時が来るまでの時間は長く感じていた。零弥も、久しぶりのゲーセンは楽しみであったのだ。
その前に、
「……じゃぁ、今日はよろしくね……」
「あぁ、まぁ、頑張ってくれ。アシスト出来ないのは申し訳ないが」
重労働に肩を落とすユミ。パトロールをホームルーム終了直前まで忘れていたツケが今、ローテンションとして帰って来た。
さて、保険室に荷物をとりに行かなければ。亜芽と集合する前にそこへ向かうことにする。また、今更だが、スフィアの件は教員から説明してもらった。出来るだけ好奇の目で見ないように、とのおまけ付きで。
保健室まではそこまで距離はなく、十秒足らずで到着した。
零弥は、一応のマナーとして、軽く三回ノックする。
「──どうぞー」
スフィアの声だ。運がいいのか悪いのか、どうやら中には彼女一人しかいないようだ。
「入るぞ」
零弥は躊躇なく扉を開けた。
「……なんだこれは?」
そこには、保険や医療関係の本がそこら中に散らばっていた。その様子を見ただけで、彼女が何をしているのかは容易に推測出来た。
「あら、椎名君ね?どうしたの」
いるじゃないか、保険の先生。豊満な体型をしながら、優雅に笑っているのは絶妙に腹が立つ。
「黒葛先生。これはどういうことですか?」
「この子ったら、偉いのよ!こんな難しい本をずっと読んでいたのだから」
(それでここまで散らばっていたのか……)
零弥はもう一度辺りを見回す。すると、床に置かれているだけで本自体は傷んだりしていなかったのがわかった。
「お前、医療に興味があったのか?」
「いいえ、興味があるのはこの国の進んだ技術と思考ですわ。我が国では思い付かないような事柄がたった一冊にまとめられている。しかも、この空間にはそれが数十冊も!……これを逃すなんてあり得ませんわ」
スフィアはそう言いつつも、まだページをめくり続けている。
「知識を得たところで、お前は医療系に進むわけじゃないんだろ?利用できる確約の無い情報を集めた所で何になるんだ?」
揺さぶりの質問。零弥自身、これは自らが行って来たことに矛盾するということは理解してきた。いつのまにか葬り去られた、記憶。それを見つけるために、十三歳から新生した人生を割いてきた。それにはもちろん、利用できる確約の無い情報を集めたことだってある。しかし、そこには零弥の信条があるのだ。逆に、零弥以外には、同じ考えを持つものは今はいないと考えている。
この質問は他の者にもした。大抵は帰ってこない。想定外だからだ。帰ってきても、『いつか役にたつかもしれないから』とか、『とりあえず適当に探したから』とか、あまり心を揺さぶられるような言葉は帰ってこない。繰り出されない。
今回も、同じように帰ってくると、零弥は思っていた。
「あら、何をいっているのでしょう?」
零弥は表情を変えない。ただ帰ってくる言葉を待ち続けている。
「例え役に立つのか、本当に重要なのかわからない情報でも……」
「それを、『大事だ』と心のどこかで感じたから集めるのでは?」
「……っ!」
零弥は思わず息を飲んでしまった。これは、零弥の情報を集める信条そのものだったからだ。さらに、零弥は思い出した。思い出してしまった。数年前まで、ずっとそばにいた『ある女性』を、スフィアと重ねてしまったのだ。
(嘘だろ……なんでアイツが、こんな時に!)
思いがけないフラッシュバック。
誰にも語られない、語るはずもないただ一つの記憶の糸の中継点。
不敵に笑う、あの女性が……すぐそこに……。
「──どうしたの?」
零弥ははっとした。背後からの声に。
「亜芽か……別に、何とも」
とりあえず、現実に帰還できたことは安心しておく。このままだと本当に倒れそうだった。
「すごい本、これ……全部読んだ?」
亜芽が同じようで違う質問をした。
「えぇ。とても興味深いですわ」
「いらっしゃい。月島さん。この子を引き取りに来たのかしら?」
亜芽がユミの家に居候していることは教員の間に知れ渡っている。手紙や連絡等で必要となるので、まぁ当然だろう。
「はい、実は零弥と送るつもりでしたが、先を越されましたね」
「そう、相崎さんといい、みんな大変なのね……この時期、スポーツも熱が入ってくるから、怪我人が増えててね……先生大変だわ。そういや、あなたたちは部活には入ってないの?」
「まぁ、そうですが」
この返答は零弥による。
「特に椎名君。君、かなり運動神経良いんだって?」
「……はぁ」
「保健室に運ばれてくる子、新入部員の話をしたら、大体君の名前が上がっているのよ。『あの子が入ってくれればチームは強くなるのに』ってね。それでも入る気ないわけ?」
「無いです」
否定するのにはその一言で十分だ。
「残念ねぇ……運ばれてきたら、体の隅々まで診てあげようと思ったのに」
そっちが本命か。このエロ教師め。
「とりあえず、体には気をつけて生活しているので、お世話にならないようにします」
零弥はその一言を言いつつ、スフィアを呼び出した。
「帰るぞ。こっちに来い」
「……はぁい……行きますわ。レイヤ、アメ」
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黒葛はゆっくり手を振りながら、置かれた書類に目を通し始めた。
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