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えくぼ
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目を覚ますと、そこは病院の白い天井だった。
「起き上がれそう? 体はつらくない?」
柔らかい声が耳に届く。──倒れた僕に、ずっと話しかけてくれていた声だ。
「……水、飲みたい」
想像以上に喉は枯れ、かすれた音しか出なかった。
すぐに背中へ手が差し入れられ、ゆっくりと上体を起こされる。声の主が、キャップを外したペットボトルを渡してくれた。
常温の水が喉を通るたび、乾いた体がじわじわと蘇っていく。まるで命を注ぎ込まれるよう──こんなにも水が甘いなんて、知らなかった。
数口飲み下し、息を整えると、ようやく視界がはっきり開けてくる。
そこに立っていたのは──炎天下ですれ違った、あのランナーだ。
ノースリーブのトレーニングウェアから伸びる、日焼けした引き締まった腕。先ほどはサングラスをかけていたが、今は外され、その下の瞳がまっすぐこちらを捉える。光を反射してきらめく二重の目元が、意志の強さを物語っていた。
長めの前髪にはゆるいパーマ。それが額に落ちるたび、片手でさらりとかき上げる仕草が妙に様になる。サイドは刈り上げ。鍛えた体のスポーティさに、都会的な洗練が足されている。──男らしい色気に、胸がどきりと跳ねた。
「あの……えっと……」
言葉を探していると、先に彼が口を開く。
「日向です。日向 蒼真」
市の消防局・特別高度救助部隊(通称“特救”)の隊員だという。今日は非番で、日課のランニング中に挙動のおかしかった僕を見つけ、助けに入ってくれたらしい。──なるほど、納得だ。
「助けてくださって、ありがとうございます」
そう笑いかけると、日向さんは一瞬だけ固まった。何か引っかかったようにも見えたが、僕はそのまま続ける。
「僕がつかんだばかりに……お休みの日なのに、ごめんなさい」
「いえ……今日は時間もありましたし、放っておけませんでした」
日向さんが、真正面からこちらを見る。
「えっと、通り過ぎたときに“すごく魅力的な人だな”って思って、振り返ったら急に倒れて……。こんな形ですが、今こうして話せて、本当に良かった」
誠司さんとは真逆に、好意をまっすぐに伝えてくる。その一言で、心臓がドドドと暴れる。
「何かお礼をさせてください。日向さんは命の恩人です」
そう告げると、彼は頬をわずかに赤くして口を開いた。
「な、何でもって言われると緊張しますけど……あの、水無瀬さんさえよければ、体調が戻ったら一緒に……お食事でも」
頬のえくぼが、一瞬だけ深くなる。
都会的で大人びた印象だったのに、しどろもどろになる姿が意外で──可愛く見えて、胸がきゅんと跳ねる。
「いいですよ。僕、おすすめのお店があるんです。夜景がきれいで、料理もお酒もおいしいところ。連絡先、交換しましょう?」
それから連絡先を交換し、病院からの連絡を受けた両親が迎えに来るまでのあいだ、日向さんはずっと話しかけてくれた。僕が倒れたとき、彼のほかにも何人か集まって自販機で水を買ってきたり、扇子であおいだりしてくれたことも教えてくれる。自分には日向さんの声しか届いていなかったのだと知り、驚いた。
その後は、仕事のこと、日々のトレーニング、そして僕が昔、消防士に憧れていた話まで──どれも自然に引き出してくれる。笑うとくしゃっとなる目元も、常に口角の上がった口元も、次の言葉を促してくるようだ。
「琉生!」
母さんが病室に飛び込んできた。抱きしめられながらも、胸の鼓動はおさまらない。
日向さんは笑顔で手を振って病室を出ようとしたが、母さんに引き止められ、何度もお礼を言われていた。
「消防隊員として当然のことをしたまでです」
そう言って帰っていく彼の背中は、やっぱり格好よかった。
母さんは僕を見て、にやりと笑う。
「最初ね、ヤンチャそうな見た目の子が琉生をナンパしてると思って、睨んじゃったのよ。悪いことしたわ~。とっても感じのいい方ね」
「ナンパって……はは」
「日向さん、ずっとあんたのこと見てたわよ」
「そう?」
わざとそっけなく返したけれど、胸の奥がじわっと熱くなるのを隠せなかった。
医師の診察を受け、当日中に帰宅できることになった。
家に帰ってシャワーを浴び、ベッドに横になる。
天井を見上げても、目を閉じても──浮かぶのは日向蒼真の顔ばかり。
笑顔とあの真っ直ぐな声。
熱中症で朦朧としていた中、確かに自分の名を呼んだ声が、まだ耳の奥で響いている。
「……バカみたいだ」
ひとりごちても、鼓動は早まる一方だった。
「起き上がれそう? 体はつらくない?」
柔らかい声が耳に届く。──倒れた僕に、ずっと話しかけてくれていた声だ。
「……水、飲みたい」
想像以上に喉は枯れ、かすれた音しか出なかった。
すぐに背中へ手が差し入れられ、ゆっくりと上体を起こされる。声の主が、キャップを外したペットボトルを渡してくれた。
常温の水が喉を通るたび、乾いた体がじわじわと蘇っていく。まるで命を注ぎ込まれるよう──こんなにも水が甘いなんて、知らなかった。
数口飲み下し、息を整えると、ようやく視界がはっきり開けてくる。
そこに立っていたのは──炎天下ですれ違った、あのランナーだ。
ノースリーブのトレーニングウェアから伸びる、日焼けした引き締まった腕。先ほどはサングラスをかけていたが、今は外され、その下の瞳がまっすぐこちらを捉える。光を反射してきらめく二重の目元が、意志の強さを物語っていた。
長めの前髪にはゆるいパーマ。それが額に落ちるたび、片手でさらりとかき上げる仕草が妙に様になる。サイドは刈り上げ。鍛えた体のスポーティさに、都会的な洗練が足されている。──男らしい色気に、胸がどきりと跳ねた。
「あの……えっと……」
言葉を探していると、先に彼が口を開く。
「日向です。日向 蒼真」
市の消防局・特別高度救助部隊(通称“特救”)の隊員だという。今日は非番で、日課のランニング中に挙動のおかしかった僕を見つけ、助けに入ってくれたらしい。──なるほど、納得だ。
「助けてくださって、ありがとうございます」
そう笑いかけると、日向さんは一瞬だけ固まった。何か引っかかったようにも見えたが、僕はそのまま続ける。
「僕がつかんだばかりに……お休みの日なのに、ごめんなさい」
「いえ……今日は時間もありましたし、放っておけませんでした」
日向さんが、真正面からこちらを見る。
「えっと、通り過ぎたときに“すごく魅力的な人だな”って思って、振り返ったら急に倒れて……。こんな形ですが、今こうして話せて、本当に良かった」
誠司さんとは真逆に、好意をまっすぐに伝えてくる。その一言で、心臓がドドドと暴れる。
「何かお礼をさせてください。日向さんは命の恩人です」
そう告げると、彼は頬をわずかに赤くして口を開いた。
「な、何でもって言われると緊張しますけど……あの、水無瀬さんさえよければ、体調が戻ったら一緒に……お食事でも」
頬のえくぼが、一瞬だけ深くなる。
都会的で大人びた印象だったのに、しどろもどろになる姿が意外で──可愛く見えて、胸がきゅんと跳ねる。
「いいですよ。僕、おすすめのお店があるんです。夜景がきれいで、料理もお酒もおいしいところ。連絡先、交換しましょう?」
それから連絡先を交換し、病院からの連絡を受けた両親が迎えに来るまでのあいだ、日向さんはずっと話しかけてくれた。僕が倒れたとき、彼のほかにも何人か集まって自販機で水を買ってきたり、扇子であおいだりしてくれたことも教えてくれる。自分には日向さんの声しか届いていなかったのだと知り、驚いた。
その後は、仕事のこと、日々のトレーニング、そして僕が昔、消防士に憧れていた話まで──どれも自然に引き出してくれる。笑うとくしゃっとなる目元も、常に口角の上がった口元も、次の言葉を促してくるようだ。
「琉生!」
母さんが病室に飛び込んできた。抱きしめられながらも、胸の鼓動はおさまらない。
日向さんは笑顔で手を振って病室を出ようとしたが、母さんに引き止められ、何度もお礼を言われていた。
「消防隊員として当然のことをしたまでです」
そう言って帰っていく彼の背中は、やっぱり格好よかった。
母さんは僕を見て、にやりと笑う。
「最初ね、ヤンチャそうな見た目の子が琉生をナンパしてると思って、睨んじゃったのよ。悪いことしたわ~。とっても感じのいい方ね」
「ナンパって……はは」
「日向さん、ずっとあんたのこと見てたわよ」
「そう?」
わざとそっけなく返したけれど、胸の奥がじわっと熱くなるのを隠せなかった。
医師の診察を受け、当日中に帰宅できることになった。
家に帰ってシャワーを浴び、ベッドに横になる。
天井を見上げても、目を閉じても──浮かぶのは日向蒼真の顔ばかり。
笑顔とあの真っ直ぐな声。
熱中症で朦朧としていた中、確かに自分の名を呼んだ声が、まだ耳の奥で響いている。
「……バカみたいだ」
ひとりごちても、鼓動は早まる一方だった。
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