ご褒美みたいな交わりを 〜捨てられΩの新たな恋〜

水主

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恋の終わり

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 週が明けて、月曜日。

 電車に揺られながら、ぼんやり考える。蒼真くんは、βだ。職業を聞いた瞬間にそう確信した。

 Ωの僕が消防士を諦めたように、αもまた消防士にはなれない。現場で救助を待つのが発情中のΩだったら、どれほど優秀でも本能が理性を上回る。だから市民を守る“ヒーロー”にはなれない。それが、この国の決まりだ。

 Ωは“貧弱だから”と弾かれ、αは“強すぎる本能”で弾かれる。

 βか──。本能に傾きやすいαすら落とせなかった僕に、フェロモンの効きにくいβの心に届くものなんて、あるんだろうか。

 Ωは容姿に恵まれる──そう言われるけれど、社交辞令を除けば、家族・親戚・誠司さん以外に僕の外見を褒めた人は、ほとんどいない。

 それでも蒼真くんは、初対面で「魅力的だ」と言い、容姿も褒めてくれた。たぶん、少しは好意を抱いてくれている。

 小さな「好き」が集まって大きな「好き」になってくれればいいのに。……でも、僕には恋の育て方がわからない。

 誰かに聞きたいけれど、相談できる友達もいない。中学の友人はバース判定のあと自然と離れ、その後も新しいつながりはできなかった。

「はぁ……」

 ため息をついた途端、隣の男性がびくりと肩を揺らした。眠っていたのに驚かせてしまったらしい。小さく頭を下げる。恋煩いで他人にまで迷惑をかけてどうする。気を引き締めて、仕事モードに切り替えよう。

 窓の外では、真っ黒な雲がビルの隙間を流れ、今にも雨を落としそうだった。

 ♾️

 昼、外は大雨だ。社員食堂で持参の弁当をつついていると、壁掛けテレビから昼の情報番組が流れてきた。

 『lyraライラ結婚』のテロップ。スタジオの笑い声が、雨音に薄まっていく。

「lyraさんは、国内外で活躍するフルート奏者。都会的なセンスと確かな技術でクラシックからSNSで話題の“吹いてみた”動画まで幅広く……その妖精のような美貌もファンを掴んで離さない魅力です。そんなlyraさんの結婚報道について──このあとたっぷり1時間お届けします!」

「昨年末、日本でのクリスマスコンサートで帰国した際、年末のパーティーで出会ったのがお相手の鈴代さん。lyraさんはそこで一目惚れし、両家の繋がりもあって結婚に至ったそうです」

「さらに噂では、すでに新しい命を授かっているのではとも。二年以内に予定されていた国内外の公演がすべてキャンセルされ、違約金は1億円以上にのぼると言われています。」

 弁当の箸が止まった。思いがけない名前に、胃の奥がきゅっと反転する。

 Ωの女性で、世界的な音楽家で、しかも妊娠中。
 もう、僕に太刀打ちできる要素なんて一つもない。
 完膚なきまでの負けだ。

 Ωは芸術的才能が開花しやすい、とよく言われる。高校にも芸術コースがあったけれど、僕は普通科。

 幼い頃から音楽に触れる環境、両家のつながり、年末のパーティーって──普通の家庭ならまず縁がない。

 僕なら年末は山梨のじいちゃん家で親族と鍋。
 それはそれでパーティーだけど……ふふっ。

 美しく、教養があり、資産家のご令嬢。完璧、だ。

 それでも、一つだけ言わせてほしい。

「……はっ。昨年末? パッと出のくせに、人のフルート咥えてんじゃねぇよ」

 声にならないほど小さく、毒を吐く。

 吐き出したら、少しだけ楽になった。lyraを好きになれるはずもない。けれど──結局、誠司さんが選んだのはlyraだった。

 僕は敗者。これはただの負け犬の遠吠え。

 ……この恋は、もう終わった。

 上流家庭のαとΩの結婚。収まるところに収まっただけ。

 僕のピースと誠司さんのピースは、最初から形が違っていた──その事実が、ようやくすっと胸に落ちた。

「水無瀬くん、どうしたの?」

 近くの席の先輩が、驚いた顔でこちらをのぞき込んでいた。

「へっ……?」
「すごく怒った顔してたから。気になって」
「あ!ごめんなさい! 同じΩなのにlyraはすごいなって。僕なんて特技もない、ダメΩだから……ただの自己嫌悪ですよ」

「えっ……!」

 今度は、後ろのテーブルから声が飛んだ。

「水無瀬くんがダメ? 誰が言ったの!? どこのどいつ!? また三鴨!?」

 僕に噛みついてきた新人の三鴨さんは、あの日以来ずっと休職中だ。

「あ、えっと……」とまごついている間に、周囲の先輩たちがなぜか妙に盛り上がり始めた。

「水無瀬くんに“ダメ”なとこなんて、一つもないわ!」
「こんなに仕事のできる後輩、見たことない!」
「お願いしたこと以上の成果を出してくれるし」

 周囲の笑い声がぽんぽん弾ける。いつの間にか、空気は軽い冗談の温度になっていた。

「それに、存在そのものが癒やし。空気が浄化される……まるで生きてる空気清浄機」
「な、なんですかそれ……」
「だってあなたの部署、ブラックで崩壊寸前だったじゃない。でも水無瀬くんが来てから──三鴨を除けば、みんな笑顔で働いて、毎日定時帰り! ほんと、水無瀬さまさま!」
「マニュアルも水無瀬くんが作ったって聞いたわよ。無能な先輩たちは何やってたんだか」
「僕は覚えが悪いので、自分の覚え書きを作っただけで……」
「でも、いまや部内で共有されてるなら、水無瀬くんのお手柄でしょ?」
「や、やめてくださいよ……」

 顔が熱い。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。

 それでも──頬が緩むのを止められなかった。
 僕は、褒められるのになれていない。

「……ありがとうございます。嬉しいです」

 苦笑しながらも、胸の奥がじんわり温かくなっていた。

「元気が出ました。午後もお仕事頑張ります」

 そう頭を下げると──

 先輩たちが、男女問わずそろって柔らかく目を細めた。どこか、生まれたての孫を見守る祖父母みたいな、生暖かい微笑み。

 ……いやいや、僕、そんなに頼りなく見えるのかな?よし、もう少し仕事を頑張ろう。心の中で小さく拳を握った。
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