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人魚姫
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「きゃはははは!」「もー!」
テントの横を駆け抜ける女の子たちの笑い声で、ふっと目が覚めた。
「おはよ」
すぐそばで蒼真くんの声。横向きに寝転がる彼の片腕を、僕の両腕が──しっかり抱え込んでいた。
「んっ!!」
ばねみたいに跳ね起きる。
「ご、ごめん! 僕、勝手に腕つかんでた!?」
蒼真くんは片肘をつき、腕を枕にしたまま見上げてくる。
「気にしないで。俺も今、起きたところ」
子猫を見守るみたいに甘い目元──でも瞳の奥が、かすかに揺れて影が落ちた。
「琉生くんの寝顔を見ながら、謝らないとなって思って」
表情が曇る。
「え? 何のこと?」
落ち着かなくなって、思わずテントの中で小さく正座する。蒼真くんも身を起こし、向かい合って膝を寄せた。
「琉生くんが搬送された日。腕を掴まれたから救急車に同乗したけど、本来は病院に着いたら何も言わずに離れるべきだった」
短く息を継ぎ、続ける。
「それに……俺が“番のα”だと勘違いされてΩ専用の処置室に通された時も、きっぱり断って帰るべきだった。でも、寝顔を見たら……起きた時の顔が見たい、声が聞きたい、連絡先を交換できないかな、一緒にご飯はって、浅ましい欲が出て、帰れなくて。……ごめん」
「謝らないで」
思わずかぶせていた。胸の奥から言葉がそのまま出る。
「僕は、目覚めて一番に蒼真くんと話せて、本当に良かった。食事に誘ってもらえて、嬉しかったんだ。感謝してる。謝ることなんて、ない」
潮の匂いと遠い波音。言葉を噛み締める。
「もし、あの日あそこで会えなくても──僕、命の恩人を探しに行ってた。Ωが人前で倒れるのは、学校で一番初めに教わる“禁忌”だよ。見知らぬαに番にされるかもしれないし、人身売買に巻き込まれる危険だってある。そんな運命から、蒼真くんが救ってくれた。だから……僕を助けてくれたのが蒼真くんで良かった、って心の底から思ってる」
そう言って、膝の上で握った自分の手をほどき、そっと彼の指先に触れた。テントの布が、海風に小さく鳴った。
「琉生くんは、優しいね。出会えてよかった。友達になれてよかったって思ってるよ」
また、一線引かれた。今度は分厚い布── 舞台の緞帳みたい。僕と蒼真くんの物語はここでお終いです。友情エンドでした。捨てられΩにも友達ができてよかったねって物語。
僕の描く物語は、もっと違った形だったのに。ふんわりとした空想のまま散り散りになって消えた。
「最後にもう一度泳ごう。一度水に浸かって体温下げなくちゃね」
そう言って蒼真くんは僕の腕を掴んで立ち上がらせた。
僕はクラゲになったようだ。足だけじゃなくて全身に力が入らない。心も透明と錯覚するほど空虚だ。あれほど熱く高なっていた心音が消えて、引かれるがままに付き従って行く。
それでも、この手が離せない。
だって愛しているから。
好きだよ。好きなんだ。気づいて、抱きしめて。
蒼真くんとキスがしたい。抱き合いたい。
心も体も、いちばん奥でつながりたい。
お願い、僕を愛して。
冷たい海水と同じくらい、心が冷えていく。
ねえ、声を失った人魚姫。君もこんなふうだった?
心は「愛しい」と叫ぶのに、望んだ言葉はどこからも届かず、泡になって消えた。
僕も、このまま消えてしまいたい。
泣いていたのかもしれない。
でも、頭から浴びた海水が、頬を伝うものの正体をぼかしてしまった。誰にも、僕自身にさえも。
テントの横を駆け抜ける女の子たちの笑い声で、ふっと目が覚めた。
「おはよ」
すぐそばで蒼真くんの声。横向きに寝転がる彼の片腕を、僕の両腕が──しっかり抱え込んでいた。
「んっ!!」
ばねみたいに跳ね起きる。
「ご、ごめん! 僕、勝手に腕つかんでた!?」
蒼真くんは片肘をつき、腕を枕にしたまま見上げてくる。
「気にしないで。俺も今、起きたところ」
子猫を見守るみたいに甘い目元──でも瞳の奥が、かすかに揺れて影が落ちた。
「琉生くんの寝顔を見ながら、謝らないとなって思って」
表情が曇る。
「え? 何のこと?」
落ち着かなくなって、思わずテントの中で小さく正座する。蒼真くんも身を起こし、向かい合って膝を寄せた。
「琉生くんが搬送された日。腕を掴まれたから救急車に同乗したけど、本来は病院に着いたら何も言わずに離れるべきだった」
短く息を継ぎ、続ける。
「それに……俺が“番のα”だと勘違いされてΩ専用の処置室に通された時も、きっぱり断って帰るべきだった。でも、寝顔を見たら……起きた時の顔が見たい、声が聞きたい、連絡先を交換できないかな、一緒にご飯はって、浅ましい欲が出て、帰れなくて。……ごめん」
「謝らないで」
思わずかぶせていた。胸の奥から言葉がそのまま出る。
「僕は、目覚めて一番に蒼真くんと話せて、本当に良かった。食事に誘ってもらえて、嬉しかったんだ。感謝してる。謝ることなんて、ない」
潮の匂いと遠い波音。言葉を噛み締める。
「もし、あの日あそこで会えなくても──僕、命の恩人を探しに行ってた。Ωが人前で倒れるのは、学校で一番初めに教わる“禁忌”だよ。見知らぬαに番にされるかもしれないし、人身売買に巻き込まれる危険だってある。そんな運命から、蒼真くんが救ってくれた。だから……僕を助けてくれたのが蒼真くんで良かった、って心の底から思ってる」
そう言って、膝の上で握った自分の手をほどき、そっと彼の指先に触れた。テントの布が、海風に小さく鳴った。
「琉生くんは、優しいね。出会えてよかった。友達になれてよかったって思ってるよ」
また、一線引かれた。今度は分厚い布── 舞台の緞帳みたい。僕と蒼真くんの物語はここでお終いです。友情エンドでした。捨てられΩにも友達ができてよかったねって物語。
僕の描く物語は、もっと違った形だったのに。ふんわりとした空想のまま散り散りになって消えた。
「最後にもう一度泳ごう。一度水に浸かって体温下げなくちゃね」
そう言って蒼真くんは僕の腕を掴んで立ち上がらせた。
僕はクラゲになったようだ。足だけじゃなくて全身に力が入らない。心も透明と錯覚するほど空虚だ。あれほど熱く高なっていた心音が消えて、引かれるがままに付き従って行く。
それでも、この手が離せない。
だって愛しているから。
好きだよ。好きなんだ。気づいて、抱きしめて。
蒼真くんとキスがしたい。抱き合いたい。
心も体も、いちばん奥でつながりたい。
お願い、僕を愛して。
冷たい海水と同じくらい、心が冷えていく。
ねえ、声を失った人魚姫。君もこんなふうだった?
心は「愛しい」と叫ぶのに、望んだ言葉はどこからも届かず、泡になって消えた。
僕も、このまま消えてしまいたい。
泣いていたのかもしれない。
でも、頭から浴びた海水が、頬を伝うものの正体をぼかしてしまった。誰にも、僕自身にさえも。
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