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閑話 アドニス八歳
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ここは、王都一と名高い娼館の音楽室。
夜とは違い、落ち着いた装いをした娼婦たちが、それぞれの楽器を奏でている。
その中には、元貴族の女もいた。彼女はスキル≪弦楽演奏≫を持ち、弦楽器であれば何でも自在に弾きこなすことができた。
女神は「春を売る者に祝福を与えない」と説いたと伝えられている。娼婦たちは教会に足を踏み入れることすら許されない。
だが、貴族令嬢から娼婦へと身を落としたからといって、その才が失われることはなかった。
スキルは……確かにそこに在る。
女神の加護は、決して消え去ってはいなかった。
彼女の奏でる音色は、男たちを虜にし、娼館の中でも屈指の人気を誇っていた。
もし、新人の見習いがいれば、その旋律に聞き惚れ、動けなくなっていたことだろう。だが、今ここにいるのは、すでに馴染みの女たちばかり。
神がかり的な音色に合わせて楽器を奏でる者、歌のために声の調子を整える者。
まるで音の精霊たちが集う庭に迷い込んだかのような、優美な光景が広がっていた。
その響きを聞きつけ、舞踊の練習をする者たちも、遅れてやってくる。
そして、八歳を過ぎたアドニスもまた、音に誘われ、その場へと姿を現した。神に愛されたかのような竪琴の音に導かれ、アドニスは奏者の女が座る椅子にもたれかかる。
うっとりとした瞳で音色に聞き惚れる様子は、まるで夢の中にいるかのようだった。「はぁ~」そのあまりの可愛らしさに、周囲の娼婦たちは、思わず感嘆の声を漏らした。
「今日も目の保養になるわね」
「本当に、大きくなっても可愛いまま……」
アドニスは、竪琴の音色に合わせて歌を口ずさむ。
それは、彼にはまだ意味の分からないであろう、情熱的な愛の歌だった。
しかし、無垢な声で囁かれる甘い旋律は、どこか倒錯的で、息をのむほどに美しかった。
「将来は、女泣かせになるわね」
「十歳を超えたら大変よ!?十三、十四歳の見習いが入ってきたら、イチコロよ。危ないわ」
娼婦たちはからかうように笑いながら、それでも本気で心配しているようだった。
「アディ、一緒に踊りましょ?男役がいるのよ。ちょっとこっちにいらっしゃいな。」
「まぁ、ずるいわ!私も踊りたいわ!こっちへいらっしゃい!」
女たちがアドニスを取り合い始めると、そこへアドニスを探してイーライが現れた。
「あら、護衛が来たわよ。今日は上手に巻けなかったの、アディ?」
娼婦の一人がくすくすと笑いながら囁く。
アドニスは、いつもイーライと一緒にいた。
生まれた時から、ずっと。
イーライは母を手伝い、アドニスのおしめを替え、共に遊び、どこへ行くにも彼を連れて行った。女たちは、「自慢の弟なのね」と、そんな二人の関係を微笑ましく見守っていた。
しかし、いつもイーライを小鳥の雛のように追いかけていたアドニスだったが、最近は一人で遊ぶことも覚え、イーライを置いてふらふらと館内を歩き回ることが増えてきた。
アドニスの美貌を考えれば、外で誘拐される可能性すらある。だから、自由に歩けるのは館内限定だったが……今日は、一人で遊びたい日だったのだろう。
ついにイーライに見つかってしまい、アドニスはばつが悪そうに視線をそらした。
「アディ、いきなりいなくなるな。一言、言ってからにしろ。」
イーライの声には、少しだけ呆れが混じっている。
彼はすでに大人の男だ。
娼館で生まれた子供は、十歳を過ぎる頃には将来が決まる。母と同じように娼館で働くか、器量が悪ければ貧民街の人には言えないような裏の仕事につくか。
ごく稀に、よほど頭が良ければ市井に出て働くこともあるが、それはほんの一握りだった。
イーライは女主人の息子。
いずれこの娼館を継ぐことが決まっているため、ずっとここにいる。
まもなく二十を迎える男が、八歳の子供を追いかけ回している光景は、微笑ましいを通り越して、何やら勘繰ってしまう娼婦たちであった。
「なんだ、アディ?踊りたいのか?一緒に踊ろう。」
イーライが、アドニスの頬を軽く撫でる。
しかし、アドニスは少しむくれたように首を振った。
「俺は姉さんと踊るよ。男役をやるんだ。」
いつも「可愛い」と言われるばかりのアドニスにとって、「男」として扱われることは少し誇らしく感じられた。
すると、イーライがくすりと笑いながら手を差し伸べる。
「男役をやりたいなら、まずは女側の振り付けを完璧に踊れないとな。さあ、おいで。」
彼はアドニスの小さな手をそっと引く。
「今から練習しないと、隣の国のお姫様が大きくなった時に、上手くエスコートできないわよ?」
近くにいた娼婦がからかうように声をかける。
アドニスの瞳が、わずかに揺れた。
彼は、お姫様の銅貨をもらって以来、「お姫様」に興味を持つようになっていた。
硬貨に押された可愛らしい横顔を見つめながら、「将来は王子様になって、お姫様と結婚するんだ!」と周囲に言いふらしている。
実際、この国には王女はいないが、隣の帝国には皇女がいる。
ただし、アドニスよりもだいぶ年上だった。
それでも「お姫様」と言われると、アドニスは折れざるを得ない。
渋々とイーライの手を取り、女性パートを踊る準備を始めた。
「ちょっと待って。女役ならスカートがいるわね。私のショールを腰に巻いて、スカートの代わりにしましょう。」
「髪も結わなきゃね。クルクル回ると、イーライの目に髪の毛が入るといけないわ。」
アドニスは、周りの子供達より頭ひとつ背が高い。栄養状態が良いからか……父親の体格がよいからか……
それでもイーライはかなり背が高い。
アドニスの髪が彼の目に入ることなど、万に一つもない。娼婦たちが、アドニスの髪を結ってみたいだけなのは明白だった。
アドニスの腰に届くほど長い髪を、美しく整え、サテンのリボンで結ぶ。その色は、イーライの髪と同じ、深い黒だった。
アドニスは、白いシャツに紺のショートパンツを履いていたが、今は真っ黒なレースのショールをスカートのように巻かれている。
イーライとアドニスが並ぶと、まるでアドニスがイーライの色を纏っているようだった。
王都一の娼婦たちは、空気を読むのが上手い。
未来の主人のご機嫌取りは、お手のものだった。
最上級の楽団が奏でる音に合わせ、二人が踊り始める。
アドニスは、ほぼ完璧に振り付けを覚えていた。生まれた時から極上の音楽に囲まれて育った彼は、歌わせても踊らせても、一流の素質を備えている。
一方のイーライも、ダンスは上手かった。
彼は体を動かすことが得意で、幼い頃から近所の子供たちを引き連れ、棒切れを振り回しては喧嘩ばかりしていた。
アドニスが生まれた頃、ちょうど思春期を迎えていたイーライは、母の言うことを聞かず、貧民街の男たちとつるんで、何やら悪い遊びをしていた。
しかし今では、彼らとの繋がりは完全には断っていないものの、危ない遊びからは手を引いている。
「眼福だわ……」
「イーライもいい男に育ったわね」
「アディは、美少女だわ」
「私の旦那様に見せられないわ。アディに取られてしまう」
華麗に踊る二人を見つめながら、娼婦たちは口々に囁いた。
二人の年齢差と、イーライの落ち着いた風格を考えれば、父と息子にも見えなくはない。
だが、イーライがアドニスを見つめる目には、父性ではない、別の甘やかな色が宿っていた。
「甘いわ」
何人かの娼婦が同時に呟く。
照れくささを誤魔化すように、別の話題が飛び交う。
「イーライ、いい尻してるわね」
「腰が強そうだわ」
イーライは成人を迎えた頃から、娼婦たちの“練習台”として閨の相手をしている。この中には、実際に肌を重ねたことのある女もいる。
「色欲魔ども、こっちを見るんじゃねえ」
イーライが低く牽制するが、娼婦たちは悪びれた様子もなく笑う。
「いいじゃない、減るものじゃないし?」
娼婦の一人が、楽しげに噛みついた。
二人が踊り終わると、割れんばかりの拍手が送られた。
アドニスがペコリとお辞儀をすると、女たちから感嘆の声が上がる。
アドニスは、先ほど踊りに誘った女のもとに駆け寄り、無邪気に笑いながら言った。
「ねえ、俺、上手だったでしょ?一緒に踊ろうよ?」
「あらまぁ、ちゃんと覚えていてくれたのね。いい男だわ。最上級の男は、女との約束を忘れないものよ。アディは、まるで王子様ね。」
女が微笑むと、アドニスは嬉しそうにはにかむ。
彼女の手を取り、部屋の真ん中で最初の姿勢をとる。
それを見つめ、「アディここにいろよ」と一声かけてから、イーライは部屋を出ていった。
それから、アドニスは次々と女たちと踊った。
少し疲れると楽器の演奏に回り、演奏する女たちの手元をじっと見つめながら、曲を覚えた。
賑やかで楽しい時間。
だが、それもやがて終焉を迎える。
女主人が部屋に入ってきた。
手をパンッと打ち鳴らし、場を仕切る。
「あんたたち、仕事の時間だよ。支度しな。」
娼婦たちは口々に「はーい」と返事をし、部屋を出ていく。
アドニスと踊れなかった女たちは、惜しむように「次の約束」を交わし、名残惜しげに手を振った。
♾️
娼婦たちが仕事をしている間、アドニスは、金庫のある女主人の部屋で過ごす。
女主人は、アドニスの肩をぽんと叩き、厳かに言い聞かせた。
「金庫番は、男の仕事だ。ちゃんと見張るんだよ。」
そう言って、外側からしっかりと鍵をかける。
もちろん——八歳の子供に金庫番などできるはずがない。
鍵付きの部屋に閉じ込められたアドニスこそが、この娼館にとって最も大切な「宝」なのだ。
娼館には色欲にまみれた男たちが集う。アドニスを晒すわけにはいかない。そのため、こうして彼を大切に守るのだ。
しかし、そんな事情を知らないアドニスは、娼館が掻き入れ時を迎える夜の間も、金庫を「しっかりと守りながら」一人で絵本を読んだり、算術の宿題をして過ごす。
そして、夜が更ける前に、赤子の頃と変わらず女主人の寝台で静かに眠るのだった。
夜とは違い、落ち着いた装いをした娼婦たちが、それぞれの楽器を奏でている。
その中には、元貴族の女もいた。彼女はスキル≪弦楽演奏≫を持ち、弦楽器であれば何でも自在に弾きこなすことができた。
女神は「春を売る者に祝福を与えない」と説いたと伝えられている。娼婦たちは教会に足を踏み入れることすら許されない。
だが、貴族令嬢から娼婦へと身を落としたからといって、その才が失われることはなかった。
スキルは……確かにそこに在る。
女神の加護は、決して消え去ってはいなかった。
彼女の奏でる音色は、男たちを虜にし、娼館の中でも屈指の人気を誇っていた。
もし、新人の見習いがいれば、その旋律に聞き惚れ、動けなくなっていたことだろう。だが、今ここにいるのは、すでに馴染みの女たちばかり。
神がかり的な音色に合わせて楽器を奏でる者、歌のために声の調子を整える者。
まるで音の精霊たちが集う庭に迷い込んだかのような、優美な光景が広がっていた。
その響きを聞きつけ、舞踊の練習をする者たちも、遅れてやってくる。
そして、八歳を過ぎたアドニスもまた、音に誘われ、その場へと姿を現した。神に愛されたかのような竪琴の音に導かれ、アドニスは奏者の女が座る椅子にもたれかかる。
うっとりとした瞳で音色に聞き惚れる様子は、まるで夢の中にいるかのようだった。「はぁ~」そのあまりの可愛らしさに、周囲の娼婦たちは、思わず感嘆の声を漏らした。
「今日も目の保養になるわね」
「本当に、大きくなっても可愛いまま……」
アドニスは、竪琴の音色に合わせて歌を口ずさむ。
それは、彼にはまだ意味の分からないであろう、情熱的な愛の歌だった。
しかし、無垢な声で囁かれる甘い旋律は、どこか倒錯的で、息をのむほどに美しかった。
「将来は、女泣かせになるわね」
「十歳を超えたら大変よ!?十三、十四歳の見習いが入ってきたら、イチコロよ。危ないわ」
娼婦たちはからかうように笑いながら、それでも本気で心配しているようだった。
「アディ、一緒に踊りましょ?男役がいるのよ。ちょっとこっちにいらっしゃいな。」
「まぁ、ずるいわ!私も踊りたいわ!こっちへいらっしゃい!」
女たちがアドニスを取り合い始めると、そこへアドニスを探してイーライが現れた。
「あら、護衛が来たわよ。今日は上手に巻けなかったの、アディ?」
娼婦の一人がくすくすと笑いながら囁く。
アドニスは、いつもイーライと一緒にいた。
生まれた時から、ずっと。
イーライは母を手伝い、アドニスのおしめを替え、共に遊び、どこへ行くにも彼を連れて行った。女たちは、「自慢の弟なのね」と、そんな二人の関係を微笑ましく見守っていた。
しかし、いつもイーライを小鳥の雛のように追いかけていたアドニスだったが、最近は一人で遊ぶことも覚え、イーライを置いてふらふらと館内を歩き回ることが増えてきた。
アドニスの美貌を考えれば、外で誘拐される可能性すらある。だから、自由に歩けるのは館内限定だったが……今日は、一人で遊びたい日だったのだろう。
ついにイーライに見つかってしまい、アドニスはばつが悪そうに視線をそらした。
「アディ、いきなりいなくなるな。一言、言ってからにしろ。」
イーライの声には、少しだけ呆れが混じっている。
彼はすでに大人の男だ。
娼館で生まれた子供は、十歳を過ぎる頃には将来が決まる。母と同じように娼館で働くか、器量が悪ければ貧民街の人には言えないような裏の仕事につくか。
ごく稀に、よほど頭が良ければ市井に出て働くこともあるが、それはほんの一握りだった。
イーライは女主人の息子。
いずれこの娼館を継ぐことが決まっているため、ずっとここにいる。
まもなく二十を迎える男が、八歳の子供を追いかけ回している光景は、微笑ましいを通り越して、何やら勘繰ってしまう娼婦たちであった。
「なんだ、アディ?踊りたいのか?一緒に踊ろう。」
イーライが、アドニスの頬を軽く撫でる。
しかし、アドニスは少しむくれたように首を振った。
「俺は姉さんと踊るよ。男役をやるんだ。」
いつも「可愛い」と言われるばかりのアドニスにとって、「男」として扱われることは少し誇らしく感じられた。
すると、イーライがくすりと笑いながら手を差し伸べる。
「男役をやりたいなら、まずは女側の振り付けを完璧に踊れないとな。さあ、おいで。」
彼はアドニスの小さな手をそっと引く。
「今から練習しないと、隣の国のお姫様が大きくなった時に、上手くエスコートできないわよ?」
近くにいた娼婦がからかうように声をかける。
アドニスの瞳が、わずかに揺れた。
彼は、お姫様の銅貨をもらって以来、「お姫様」に興味を持つようになっていた。
硬貨に押された可愛らしい横顔を見つめながら、「将来は王子様になって、お姫様と結婚するんだ!」と周囲に言いふらしている。
実際、この国には王女はいないが、隣の帝国には皇女がいる。
ただし、アドニスよりもだいぶ年上だった。
それでも「お姫様」と言われると、アドニスは折れざるを得ない。
渋々とイーライの手を取り、女性パートを踊る準備を始めた。
「ちょっと待って。女役ならスカートがいるわね。私のショールを腰に巻いて、スカートの代わりにしましょう。」
「髪も結わなきゃね。クルクル回ると、イーライの目に髪の毛が入るといけないわ。」
アドニスは、周りの子供達より頭ひとつ背が高い。栄養状態が良いからか……父親の体格がよいからか……
それでもイーライはかなり背が高い。
アドニスの髪が彼の目に入ることなど、万に一つもない。娼婦たちが、アドニスの髪を結ってみたいだけなのは明白だった。
アドニスの腰に届くほど長い髪を、美しく整え、サテンのリボンで結ぶ。その色は、イーライの髪と同じ、深い黒だった。
アドニスは、白いシャツに紺のショートパンツを履いていたが、今は真っ黒なレースのショールをスカートのように巻かれている。
イーライとアドニスが並ぶと、まるでアドニスがイーライの色を纏っているようだった。
王都一の娼婦たちは、空気を読むのが上手い。
未来の主人のご機嫌取りは、お手のものだった。
最上級の楽団が奏でる音に合わせ、二人が踊り始める。
アドニスは、ほぼ完璧に振り付けを覚えていた。生まれた時から極上の音楽に囲まれて育った彼は、歌わせても踊らせても、一流の素質を備えている。
一方のイーライも、ダンスは上手かった。
彼は体を動かすことが得意で、幼い頃から近所の子供たちを引き連れ、棒切れを振り回しては喧嘩ばかりしていた。
アドニスが生まれた頃、ちょうど思春期を迎えていたイーライは、母の言うことを聞かず、貧民街の男たちとつるんで、何やら悪い遊びをしていた。
しかし今では、彼らとの繋がりは完全には断っていないものの、危ない遊びからは手を引いている。
「眼福だわ……」
「イーライもいい男に育ったわね」
「アディは、美少女だわ」
「私の旦那様に見せられないわ。アディに取られてしまう」
華麗に踊る二人を見つめながら、娼婦たちは口々に囁いた。
二人の年齢差と、イーライの落ち着いた風格を考えれば、父と息子にも見えなくはない。
だが、イーライがアドニスを見つめる目には、父性ではない、別の甘やかな色が宿っていた。
「甘いわ」
何人かの娼婦が同時に呟く。
照れくささを誤魔化すように、別の話題が飛び交う。
「イーライ、いい尻してるわね」
「腰が強そうだわ」
イーライは成人を迎えた頃から、娼婦たちの“練習台”として閨の相手をしている。この中には、実際に肌を重ねたことのある女もいる。
「色欲魔ども、こっちを見るんじゃねえ」
イーライが低く牽制するが、娼婦たちは悪びれた様子もなく笑う。
「いいじゃない、減るものじゃないし?」
娼婦の一人が、楽しげに噛みついた。
二人が踊り終わると、割れんばかりの拍手が送られた。
アドニスがペコリとお辞儀をすると、女たちから感嘆の声が上がる。
アドニスは、先ほど踊りに誘った女のもとに駆け寄り、無邪気に笑いながら言った。
「ねえ、俺、上手だったでしょ?一緒に踊ろうよ?」
「あらまぁ、ちゃんと覚えていてくれたのね。いい男だわ。最上級の男は、女との約束を忘れないものよ。アディは、まるで王子様ね。」
女が微笑むと、アドニスは嬉しそうにはにかむ。
彼女の手を取り、部屋の真ん中で最初の姿勢をとる。
それを見つめ、「アディここにいろよ」と一声かけてから、イーライは部屋を出ていった。
それから、アドニスは次々と女たちと踊った。
少し疲れると楽器の演奏に回り、演奏する女たちの手元をじっと見つめながら、曲を覚えた。
賑やかで楽しい時間。
だが、それもやがて終焉を迎える。
女主人が部屋に入ってきた。
手をパンッと打ち鳴らし、場を仕切る。
「あんたたち、仕事の時間だよ。支度しな。」
娼婦たちは口々に「はーい」と返事をし、部屋を出ていく。
アドニスと踊れなかった女たちは、惜しむように「次の約束」を交わし、名残惜しげに手を振った。
♾️
娼婦たちが仕事をしている間、アドニスは、金庫のある女主人の部屋で過ごす。
女主人は、アドニスの肩をぽんと叩き、厳かに言い聞かせた。
「金庫番は、男の仕事だ。ちゃんと見張るんだよ。」
そう言って、外側からしっかりと鍵をかける。
もちろん——八歳の子供に金庫番などできるはずがない。
鍵付きの部屋に閉じ込められたアドニスこそが、この娼館にとって最も大切な「宝」なのだ。
娼館には色欲にまみれた男たちが集う。アドニスを晒すわけにはいかない。そのため、こうして彼を大切に守るのだ。
しかし、そんな事情を知らないアドニスは、娼館が掻き入れ時を迎える夜の間も、金庫を「しっかりと守りながら」一人で絵本を読んだり、算術の宿題をして過ごす。
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