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第16話 不器用な気遣い
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あの日、レオルド公爵の発作を鎮めてから、城の中の空気は微妙に変化していた。そして、最も大きな変化を見せたのは、他ならぬレオルド自身だった。
と言っても、彼が急に優しくなったり、饒舌になったりしたわけではない。相変わらず表情は氷のように硬く、口数は少ないままだった。だが、アリアに対する彼の態度には、明らかに以前とは違うものが含まれるようになっていた。
変化は、些細な形で現れた。
まず、アリアの部屋に、上質な毛皮の膝掛けと、暖炉にくべるための薪が大量に届けられた。辺境の冬は厳しい。侍女の話では、これらはレオルドが自ら手配したものだという。
「公爵様が、アリア様の部屋が冷えるといけない、と……。あんな風にどなたかを気遣われるなんて、初めて見ましたわ」
侍女は、驚きと興奮を隠せない様子でそう言った。
また、アリアが図書室で古い天文学の本に興味を示していると、数日後、王都から取り寄せられた最新の星図や天体観測に関する専門書が、無言でアリアの机の上に置かれていた。差出人の名はなかったが、誰からの贈り物かは明らかだった。
食事の時もそうだ。以前はアリアのことなど気にも留めない様子だったのに、最近は時折、アリアが何を選んでいるかに視線を向け、自分が好んで食べている料理(辺境で獲れたジビエや、保存食など)を、「……これも食べてみろ」とぶっきらぼうに勧めてくることがあった。その度に、アリアは戸惑いながらも、彼の勧めに応じて料理を口にした。意外にも、その味はアリアの口に合った。
これらの変化は、あまりにも不器用で、遠回しなものだった。だが、アリアには、それが彼なりの気遣いであり、感謝の表現なのだということが、痛いほど伝わってきた。
(公爵様……)
彼の変化に、アリアの心は温かくなると同時に、戸惑いも感じていた。彼はなぜ、ここまでしてくれるのだろう。やはり、あの力が目的なのだろうか。それとも……。
アリアがそんな風に考えていることなど露知らず、レオルド自身もまた、己の変化に戸惑っていた。
(なぜ、私はあのようなことを……)
執務の合間に、彼は自問自答していた。アリアに毛皮を届けさせたのも、本を取り寄せたのも、食事を勧めたのも、ほとんど無意識の行動だった。気づけば、彼女のことを考えている。彼女が寒がっていないか、退屈していないか、ちゃんと食べているか……そんなことが、自然と気になってしまうのだ。
それは、彼女の持つ『浄化の力』が自分にとって不可欠だからだ、と彼は自分に言い聞かせた。彼女の機嫌を損ねて、力を失うわけにはいかない。合理的な判断だ、と。
しかし、心の奥底では、それだけではないことをレオルドは感じ始めていた。彼女の存在そのものが、いつの間にか、自分の中で大きな位置を占め始めている。彼女の健気さ、聡明さ、そして、時折見せる儚げな表情。その全てが、彼の凍てついた心を、少しずつ溶かし始めているのかもしれない。
だが、レオルドはその感情を素直に認めることができなかった。長年、呪いの苦痛と孤独に耐え、感情を殺して生きてきた彼にとって、誰かに特別な感情を抱くことは、弱さの表れのように思えたのだ。
だから、彼はアリアに対して、ぎこちなく、不器用な形でしか接することができない。本当は、もっと伝えたい言葉があるはずなのに。あの日、自分を救ってくれたことへの感謝も、まだ伝えられていない。
(……今は、これでいい)
レオルドは、内心の葛藤を押し殺し、再び執務に集中しようとした。だが、彼の思考の片隅には、常にアリアの存在があった。氷の公爵の心に芽生えた変化は、もう誰にも止められない奔流のように、静かに、しかし確実に大きくなっていた。
と言っても、彼が急に優しくなったり、饒舌になったりしたわけではない。相変わらず表情は氷のように硬く、口数は少ないままだった。だが、アリアに対する彼の態度には、明らかに以前とは違うものが含まれるようになっていた。
変化は、些細な形で現れた。
まず、アリアの部屋に、上質な毛皮の膝掛けと、暖炉にくべるための薪が大量に届けられた。辺境の冬は厳しい。侍女の話では、これらはレオルドが自ら手配したものだという。
「公爵様が、アリア様の部屋が冷えるといけない、と……。あんな風にどなたかを気遣われるなんて、初めて見ましたわ」
侍女は、驚きと興奮を隠せない様子でそう言った。
また、アリアが図書室で古い天文学の本に興味を示していると、数日後、王都から取り寄せられた最新の星図や天体観測に関する専門書が、無言でアリアの机の上に置かれていた。差出人の名はなかったが、誰からの贈り物かは明らかだった。
食事の時もそうだ。以前はアリアのことなど気にも留めない様子だったのに、最近は時折、アリアが何を選んでいるかに視線を向け、自分が好んで食べている料理(辺境で獲れたジビエや、保存食など)を、「……これも食べてみろ」とぶっきらぼうに勧めてくることがあった。その度に、アリアは戸惑いながらも、彼の勧めに応じて料理を口にした。意外にも、その味はアリアの口に合った。
これらの変化は、あまりにも不器用で、遠回しなものだった。だが、アリアには、それが彼なりの気遣いであり、感謝の表現なのだということが、痛いほど伝わってきた。
(公爵様……)
彼の変化に、アリアの心は温かくなると同時に、戸惑いも感じていた。彼はなぜ、ここまでしてくれるのだろう。やはり、あの力が目的なのだろうか。それとも……。
アリアがそんな風に考えていることなど露知らず、レオルド自身もまた、己の変化に戸惑っていた。
(なぜ、私はあのようなことを……)
執務の合間に、彼は自問自答していた。アリアに毛皮を届けさせたのも、本を取り寄せたのも、食事を勧めたのも、ほとんど無意識の行動だった。気づけば、彼女のことを考えている。彼女が寒がっていないか、退屈していないか、ちゃんと食べているか……そんなことが、自然と気になってしまうのだ。
それは、彼女の持つ『浄化の力』が自分にとって不可欠だからだ、と彼は自分に言い聞かせた。彼女の機嫌を損ねて、力を失うわけにはいかない。合理的な判断だ、と。
しかし、心の奥底では、それだけではないことをレオルドは感じ始めていた。彼女の存在そのものが、いつの間にか、自分の中で大きな位置を占め始めている。彼女の健気さ、聡明さ、そして、時折見せる儚げな表情。その全てが、彼の凍てついた心を、少しずつ溶かし始めているのかもしれない。
だが、レオルドはその感情を素直に認めることができなかった。長年、呪いの苦痛と孤独に耐え、感情を殺して生きてきた彼にとって、誰かに特別な感情を抱くことは、弱さの表れのように思えたのだ。
だから、彼はアリアに対して、ぎこちなく、不器用な形でしか接することができない。本当は、もっと伝えたい言葉があるはずなのに。あの日、自分を救ってくれたことへの感謝も、まだ伝えられていない。
(……今は、これでいい)
レオルドは、内心の葛藤を押し殺し、再び執務に集中しようとした。だが、彼の思考の片隅には、常にアリアの存在があった。氷の公爵の心に芽生えた変化は、もう誰にも止められない奔流のように、静かに、しかし確実に大きくなっていた。
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