25 / 60
第25話 王太子の焦り
しおりを挟む
王都にいるエリオット王太子の元には、辺境伯領からの報告が定期的に届けられていた。そして、その内容は、彼の心をますます掻き乱すものばかりだった。
『ヴァイスハルト辺境伯領にて、原因不明の病が流行するも、アリア嬢の尽力により、短期間で終息』
『領民、アリア嬢を「本物の聖女」と称賛。ヴァイスハルト公爵もアリア嬢を高く評価し、常に傍に置いている模様』
『ヴァイスハルト公爵、アリア嬢の影響か、長年の呪いによる症状が劇的に改善。領政にも精力的に取り組む』
報告書を読むエリオットの手は、微かに震えていた。
(馬鹿な……! ありえない……!)
最初は半信半疑だった。何かの間違いか、あるいはレオルドの策略だろうと高を括っていた。しかし、次々と寄せられる具体的な報告は、それが紛れもない事実であることを示していた。
アリアが、本当に特別な『浄化の力』を持っていること。そして、その力で、あの氷の公爵の呪いすら癒し、領民を救い、絶大な信頼を得ていること。
エリオットは、自分が犯した過ちの大きさを、ようやく実感し始めていた。
(私が……捨てた女が……そんな力を……?)
魔力がないという一点だけで、彼女の価値を見誤り、不要だと切り捨てた。その彼女が、今や辺境の地で、英雄のように扱われている。そして、あろうことか、自分ではなく、あのレオルド・ヴァイスハルトの傍で。
激しい後悔と、屈辱感が、エリオットの胸を焼いた。
(なぜだ……なぜ、あんな力を隠していた……!? いや、そもそも、なぜ私には気づけなかったのだ……!?)
自分の見る目のなさを棚に上げ、アリアや運命を呪いたい気分だった。
さらに彼を苛立たせたのは、レオルドがアリアを「特別扱い」し、「常に傍に置いている」という報告だった。
(レオルドめ……! アリアが元々、私の婚約者だったことを知っていて、当てつけのつもりか……!? それとも、本気であの女に……?)
嫉妬の炎が、胸の中で燃え上がるのを感じた。アリアは、元々は自分のものだったはずだ。それを、いとも簡単に手に入れ、あまつさえ大切にしているレオルドが、許せなかった。
同時に、聖女リリアーナへの不満も限界に達しつつあった。彼女の力は不安定で、その我が儘は留まるところを知らない。国庫は圧迫され、側近たちの不満も高まる一方だ。アリアがいかに優れた存在だったかを、今更ながら痛感していた。
(どうすれば……。このままでは、まずい……)
焦りが、エリオットを支配し始めていた。アリアの力は、もしかしたら、傾きかけたこの国を救う鍵になるかもしれない。そして何より、自分の失われた権威を取り戻すために、彼女を取り戻さなければならない。
(そうだ、アリアは元々、私のものだ。彼女を取り戻す権利が、私にはあるはずだ!)
身勝手な考えが、彼の頭をもたげ始める。
まだ、間に合うかもしれない。アリアに謝罪し、再び自分の元へ戻るように説得すれば……。いや、説得ではない。王太子の命令として、彼女を呼び戻せばいいのだ。
エリオットの瞳に、危うい光が宿る。彼はまだ、アリアが辺境でどれだけ変化し、成長したかを知らない。そして、レオルドがどれほどアリアに執着し始めているかも。
彼の焦りと後悔は、やがて見当違いな行動へと繋がり、更なる混乱を引き起こすことになるのだが、そのことに気づく者は、まだ誰もいなかった。王都と辺境、二つの地で、運命の歯車は、ゆっくりと、しかし確実に回り始めていた。
『ヴァイスハルト辺境伯領にて、原因不明の病が流行するも、アリア嬢の尽力により、短期間で終息』
『領民、アリア嬢を「本物の聖女」と称賛。ヴァイスハルト公爵もアリア嬢を高く評価し、常に傍に置いている模様』
『ヴァイスハルト公爵、アリア嬢の影響か、長年の呪いによる症状が劇的に改善。領政にも精力的に取り組む』
報告書を読むエリオットの手は、微かに震えていた。
(馬鹿な……! ありえない……!)
最初は半信半疑だった。何かの間違いか、あるいはレオルドの策略だろうと高を括っていた。しかし、次々と寄せられる具体的な報告は、それが紛れもない事実であることを示していた。
アリアが、本当に特別な『浄化の力』を持っていること。そして、その力で、あの氷の公爵の呪いすら癒し、領民を救い、絶大な信頼を得ていること。
エリオットは、自分が犯した過ちの大きさを、ようやく実感し始めていた。
(私が……捨てた女が……そんな力を……?)
魔力がないという一点だけで、彼女の価値を見誤り、不要だと切り捨てた。その彼女が、今や辺境の地で、英雄のように扱われている。そして、あろうことか、自分ではなく、あのレオルド・ヴァイスハルトの傍で。
激しい後悔と、屈辱感が、エリオットの胸を焼いた。
(なぜだ……なぜ、あんな力を隠していた……!? いや、そもそも、なぜ私には気づけなかったのだ……!?)
自分の見る目のなさを棚に上げ、アリアや運命を呪いたい気分だった。
さらに彼を苛立たせたのは、レオルドがアリアを「特別扱い」し、「常に傍に置いている」という報告だった。
(レオルドめ……! アリアが元々、私の婚約者だったことを知っていて、当てつけのつもりか……!? それとも、本気であの女に……?)
嫉妬の炎が、胸の中で燃え上がるのを感じた。アリアは、元々は自分のものだったはずだ。それを、いとも簡単に手に入れ、あまつさえ大切にしているレオルドが、許せなかった。
同時に、聖女リリアーナへの不満も限界に達しつつあった。彼女の力は不安定で、その我が儘は留まるところを知らない。国庫は圧迫され、側近たちの不満も高まる一方だ。アリアがいかに優れた存在だったかを、今更ながら痛感していた。
(どうすれば……。このままでは、まずい……)
焦りが、エリオットを支配し始めていた。アリアの力は、もしかしたら、傾きかけたこの国を救う鍵になるかもしれない。そして何より、自分の失われた権威を取り戻すために、彼女を取り戻さなければならない。
(そうだ、アリアは元々、私のものだ。彼女を取り戻す権利が、私にはあるはずだ!)
身勝手な考えが、彼の頭をもたげ始める。
まだ、間に合うかもしれない。アリアに謝罪し、再び自分の元へ戻るように説得すれば……。いや、説得ではない。王太子の命令として、彼女を呼び戻せばいいのだ。
エリオットの瞳に、危うい光が宿る。彼はまだ、アリアが辺境でどれだけ変化し、成長したかを知らない。そして、レオルドがどれほどアリアに執着し始めているかも。
彼の焦りと後悔は、やがて見当違いな行動へと繋がり、更なる混乱を引き起こすことになるのだが、そのことに気づく者は、まだ誰もいなかった。王都と辺境、二つの地で、運命の歯車は、ゆっくりと、しかし確実に回り始めていた。
581
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません
との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗
「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ!
あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。
断罪劇? いや、珍喜劇だね。
魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。
留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。
私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で?
治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな?
聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。
我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし?
面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。
訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結まで予約投稿済み
R15は念の為・・
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
婚約破棄ですか? 損切りの機会を与えてくださり、本当にありがとうございます
水上
恋愛
「エリーゼ・フォン・ノイマン! 貴様との婚約は、今この瞬間をもって破棄する! 僕は真実の愛を見つけたんだ。リリィこそが、僕の魂の伴侶だ!」
「確認させていただきますが、その真実の愛とやらは、我が国とノイマン家との間で締結された政略的・経済的包括協定――いわゆる婚約契約書よりも優先される事象であると、そのようにご判断されたのですか?」
「ああ、そうだ! 愛は何物にも勝る! 貴様のように、金や効率ばかりを語る冷血な女にはわかるまい!」
「……ふっ」
思わず、口元が緩んでしまいました。
それをどう勘違いしたのか、ヘリオス殿下はさらに声を張り上げます。
「なんだその不敵な笑みは! 負け惜しみか! それとも、ショックで頭がおかしくなったか!」
「いいえ、殿下。感心していたのです」
「なに?」
「ご自身の価値を正しく評価できない愚かさが、極まるところまで極まると、ある種の芸術性を帯びるのだなと」
「き、貴様……!」
殿下、損切りの機会を与えてくださり本当にありがとうございます。
私の頭の中では、すでに新しい事業計画書の第一章が書き始められていました。
それは、愚かな王子に復讐するためだけの計画ではありません。
私が私らしく、論理と計算で幸福を勝ち取るための、輝かしい建国プロジェクトなのです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる