氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら

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第43話 家族との対峙

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レオルドが警戒していた通り、エリオット王太子の次の手は、アリアの実家、ローゼンベルク侯爵家を通じて打たれた。

王太子からの厳命と脅迫を受けたローゼンベルク侯爵夫妻は、老体に鞭打って(というよりは、保身と欲に突き動かされて)、辺境伯領までの長い旅路を経て、ヴァイスハルト城へとやって来たのだ。彼らにとって、この辺境の地は未開の野蛮な土地であり、道中の不便さや城の質実剛健ぶりに、終始不満を漏らしていたという。

城門でローゼンベルク侯爵夫妻の到着を知らされたアリアは、血の気が引くのを感じた。なぜ、今になって両親が? エリオット殿下の差し金に違いない。彼らは、きっと自分を王都へ連れ戻しに来たのだ。

(会いたくない……)

それが、アリアの正直な気持ちだった。自分を顧みず、家の体面と利益ばかりを優先する両親。彼らと顔を合わせれば、また心を乱され、傷つけられるだけだ。

しかし、彼らはアリアの実の両親であり、侯爵という地位もある。無下に追い返すわけにもいかないだろう。レオルド様にも迷惑がかかるかもしれない。

アリアが逡巡していると、レオルドが彼女の元へやってきた。彼はすでに侯爵夫妻の来訪を把握しており、その目的も察していた。

「……会うか、アリア?」

レオルドは、アリアの気持ちを尊重するように、静かに尋ねた。

「……はい。逃げてばかりもいられませんから。……でも、少し怖いです」

アリアは、正直な気持ちを打ち明けた。

「私がそばにいよう」

レオルドは、力強く言った。「君が望むなら、私が代わりに話をつけてもいい」

「いいえ、大丈夫です。自分の口から、はっきりとお断りしなければ。……でも、レオルド様がそばにいてくださると、心強いです」

アリアは、彼を見上げて微笑んだ。彼がいれば、きっと大丈夫だ。

覚悟を決めたアリアは、レオルドと共に、侯爵夫妻が通された応接室へと向かった。扉を開けると、そこには見慣れた両親の姿があった。しかし、彼らの表情は硬く、アリアを見る目には、以前のような軽蔑や無視ではなく、どこか探るような、そして計算高い色が浮かんでいた。

「まあ、アリア! 久しぶりね。少し見ない間に、綺麗になって……。辺境の暮らしも、悪くないのかしら?」

母が、猫なで声で話しかけてきた。そのわざとらしさに、アリアは内心でため息をついた。

「お父様、お母様。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。ですが、いったいどのような御用で……?」

アリアは、感情を抑え、冷静に尋ねた。

「おお、アリア。実はな、お前に良い話があって来たのだ」

父が、待ってましたとばかりに口を開いた。

「良い話、ですか?」
「そうだ。なんと、王太子殿下がな、お前のことを大変気にかけておられて……。過去の過ちを深く反省され、ぜひともお前を再び王都へ迎え入れたいと、そうおっしゃっておられるのだ!」

父は、さも素晴らしい報せであるかのように、得意げに語った。

「殿下は、お前を許し、再び婚約者として……いや、いずれは王妃として迎えたいとまで考えておられる! これは、ローゼンベルク家にとっても、またとない名誉なことだ! さあ、アリア、すぐに支度をして、我々と一緒に王都へ帰るのだ!」

母も、興奮した様子で捲し立てる。

彼らの言葉は、アリアの予想通りだった。エリオットの甘言を鵜呑みにし、家の利益のために、娘を再び売り渡そうとしているのだ。アリアの気持ちなど、欠片も考えていない。

アリアの心に、深い失望と、そして静かな怒りが込み上げてきた。

「……お断りいたします」

アリアは、低い、しかしはっきりとした声で言った。

「なっ……!? アリア、お前、今、何と……?」

父は、信じられないという顔で娘を見た。

「ですから、お断りいたします、と申し上げたのです。私は、王都へ戻るつもりも、王太子殿下と復縁するつもりも、一切ございません」
「な、何を言っているの、アリア! これは、王太子殿下ご自身の有り難いお申し出なのよ!? それを断るなんて、正気!?」

母が金切り声を上げる。

「正気ですわ、お母様。私は、自分の意志で、ここにいることを決めたのです。私の居場所は、このヴァイスハルト城であり、お仕えするのはレオルド公爵様、ただお一人です」

アリアは、毅然と言い放った。その瞳には、以前のような怯えや迷いはなく、確固たる意志の光が宿っている。

「アリア! 親の言うことが聞けんのか! お前をここまで育ててやった恩を忘れたとは言わせんぞ!」

父が、声を荒らげて恫喝するように言った。

「恩、ですか……? 私を『不要だ』と断じ、婚約破棄された時、お父様もお母様も、私を庇うどころか、責め立てましたわね? 私の気持ちなど、一度でも考えてくださったことがおありでしたか?」

アリアの言葉に、両親はぐっと言葉に詰まった。

「それは……あの時は……家のことを考えれば……」

父が、しどろもどろに言い訳をする。

「家のことばかり。私の幸せなど、どうでもよかったのでしょう? 今も、王太子殿下のご機嫌を取るために、私を道具として利用しようとしているだけではありませんか」

アリアの指摘は、的確に彼らの本質を突いていた。

「な、何を馬鹿なことを……! 我々は、お前の将来を心配して……!」
「もう結構です」

アリアは、これ以上彼らの言い分を聞く気にはなれなかった。

「私は、あなた方の言いなりになるつもりはありません。私の人生は、私が決めます。どうか、お引き取りください」

アリアは、静かに、しかし断固とした口調で告げた。

その時、ずっと黙って様子を見ていたレオルドが、一歩前に出た。

「――ローゼンベルク侯爵、奥方。話は聞かせていただいた」

彼の低い声には、有無を言わせぬ威圧感が込められていた。侯爵夫妻は、氷の公爵の迫力に、思わず身をすくませる。

「アリアの意志は、今聞いた通りだ。彼女は、自らの意志でここにいる。そして、私は彼女を保護し、その意志を尊重するつもりだ。王太子殿下の意向であろうと、親御であろうと、彼女の意志に反して、無理強いすることは許さん」

レオルドは、はっきりと宣言した。その言葉は、アリアを守るという、彼の揺るぎない決意を示していた。

「ま、まさか……公爵閣下は、王太子殿下にご異存を……?」

侯爵は、信じられないという顔でレオルドを見た。

「必要とあらばな。……これ以上、彼女を煩わせるというのであれば、相応の対応を取らせていただく。……お引き取り願おう」

レオルドの言葉は、穏やかでありながら、絶対的な拒絶を含んでいた。もはや、交渉の余地はない。

侯爵夫妻は、顔面蒼白になりながら、すごすごと応接室を後にするしかなかった。娘を説得するどころか、氷の公爵の逆鱗に触れてしまったのだ。王太子に何と報告すればいいのか、彼らの頭の中はパニックに陥っていた。

後に残されたのは、アリアとレオルド、そして重たい沈黙だった。
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