氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら

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第48話 呪いの終焉

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王都での激しい出来事を乗り越え、アリアとレオルドは辺境のヴァイスハルト城へと戻ってきた。城の者たちは、主君とアリアの無事の帰還を、心から喜び、温かく迎えた。エリオットの廃嫡やリリアーナの断罪といった王都での顛末は、すでに辺境にも伝わっており、人々はレオルドの正義とアリアの解放を称賛していた。

アリアにとって、過去のしがらみは完全に断ち切られた。エリオットも、リリアーナも、そして実家の両親も、もはや彼女の人生に関わることはない。心は晴れやかで、未来への希望に満ちていた。そして何より、隣には常にレオルドがいてくれる。その事実が、アリアに何物にも代えがたい安心感を与えていた。

しかし、まだ一つだけ、解決すべき大きな問題が残っていた。それは、レオルドの身体に深く刻まれた、古くからの『戦の呪い』である。

リリアーナの呪いはアリアの力で祓われたものの、レオルドが長年苦しんできた根本的な呪いは、依然として彼の内に存在していた。アリアの浄化の力で、その症状は劇的に改善され、日常生活に支障はないレベルにまでなっていたが、完全に消え去ったわけではなかったのだ。時折、微かな痛みや穢れの感覚が、彼を苛むことがあった。

アリアは、レオルドが完全に苦しみから解放されることを、誰よりも強く願っていた。そして、王都での事件や、レオルドへの愛情の深化を経て、アリア自身の『浄化の力』もまた、以前とは比べ物にならないほど強く、そして安定したものへと成長しているのを、彼女自身も感じていた。

(もしかしたら、今の私なら……)

アリアの胸に、一つの決意が芽生えた。レオルドの呪いを、完全に浄化する。それは、途方もなく困難な挑戦かもしれない。彼の呪いは、神殿の力でも祓えなかったほどの強力なものだ。自分の力がどこまで通用するのか、保証はない。失敗すれば、レオルドだけでなく、自分自身にも危険が及ぶかもしれない。

それでも、アリアは挑戦したかった。愛する人を、完全な自由へと導きたい。その一心だった。

アリアは、自分の決意をレオルドに打ち明けた。

「レオルド様、どうか私に、貴方の呪いを完全に浄化させてはいただけないでしょうか」

レオルドは、アリアの申し出に驚き、そして強く反対した。

「……無茶を言うな、アリア。私の呪いがどれほど根深いものか、君も知っているはずだ。君に危険が及ぶようなことは、絶対にさせられない」

彼の心配は当然だった。しかし、アリアの決意は固かった。

「危険は承知の上です。でも、私はやりたいのです。貴方に、もう二度と苦しんでほしくないから。そして……今の私なら、できるかもしれない、という気がするのです。貴方への想いが、私に力を与えてくれると信じていますから」

アリアの真剣な眼差しと、その言葉に込められた強い想いに、レオルドは心を動かされた。彼は、アリアの力を信じていた。そして、彼女が自分を想う気持ちの強さも。

「……わかった。だが、決して無理はするな。少しでも危険を感じたら、すぐに中断するんだ。いいな?」

レオルドは、アリアの覚悟を受け入れた。ただし、彼女の安全を最優先するという条件付きで。

浄化の儀式は、城の中でも特に清浄な場所――古い礼拝堂――で、二人きりで行われることになった。ジルや侍従長には事情を話し、万が一に備えてもらうが、儀式の邪魔にならないよう、離れた場所で待機してもらうことにした。

月明かりが差し込む、静謐な礼拝堂。アリアとレオルドは、祭壇の前に向かい合って立った。アリアは白い簡素なドレスを身に纏い、レオルドもまた、装飾のないシンプルな服を着ている。

「始めましょう、レオルド様」

アリアは、少し緊張しながらも、穏やかな笑みを浮かべて言った。レオルドも、覚悟を決めた表情で頷く。

アリアは、ゆっくりと目を閉じ、意識を集中させた。自分の中にある、温かく清らかな光。レオルドへの愛と、彼を救いたいという強い願い。それらを一つに束ね、強大な浄化のエネルギーへと昇華させていく。

彼女の身体から、再び眩い黄金色の光が溢れ出した。その光は、以前よりもさらに強く、神々しいほどの輝きを放っている。礼拝堂全体が、その光に満たされ、温かく清浄な空気に包まれた。

アリアは、その光を両手で包み込むようにして、レオルドの胸へとそっと触れさせた。

レオルドの身体が、びくりと震えた。呪いの根源が、アリアの力に反応しているのだ。彼の体内から、黒く禍々しい穢れのオーラが滲み出し、アリアの黄金色の光と激しくぶつかり合った。

「ぐっ……!」

レオルドの顔が苦痛に歪む。呪いが、最後の抵抗を示しているのだ。

「大丈夫……私が、いますから……!」

アリアは、レオルドの手を強く握りしめ、さらに力を込めた。彼女の想いが、光となってレオルドの魂へと流れ込んでいく。

それは、単なる力のぶつかり合いではなかった。アリアの無償の愛と、レオルドの長年の苦しみと孤独。それらが交差し、溶け合っていくような、魂の交感だった。

アリアの光は、穢れのオーラを包み込み、浄化していく。黒い色は次第に薄れ、レオルドの身体を蝕んでいた呪いの根源が、少しずつ力を失っていくのが感じられた。

そして、ついに――。

レオルドの身体から、最後の穢れの欠片が霧散し、完全に消え去った。彼の身体を包んでいたのは、アリアの放つ、温かく清らかな黄金色の光だけだった。

長年、彼を縛り付けていた呪いは、完全に浄化されたのだ。

レオルドは、ゆっくりと目を開けた。彼の身体には、もう痛みも、穢れの感覚も、何も残っていなかった。ただ、信じられないほどの解放感と、身体の奥底から湧き上がるような、力強い生命力だけを感じていた。

彼は、目の前で力を使い果たし、ぐったりとしているアリアの姿を見た。彼女の顔は蒼白だったが、その表情は安堵と喜びに満ちていた。

「……アリア……」

レオルドは、込み上げてくる感情を抑えきれず、アリアの身体を強く抱きしめた。

「ありがとう……本当に、ありがとう……!」

彼の声は、涙で震えていた。長年の苦しみから解放された喜びと、自分を救ってくれたアリアへの感謝と愛しさ。それらが、彼の心を激しく揺さぶっていた。

アリアも、彼の腕の中で、安堵の涙を流していた。

「よかった……本当によかった……!」

二人は、言葉もなく、ただ互いを強く抱きしめ合った。魂のレベルで深く結びついた二人の間には、もはや何の隔たりもなかった。呪いという最後の障壁も消え去り、彼らの未来には、ただ輝かしい光だけが満ちているように思えた。

月明かりの下、礼拝堂には、愛と浄化の奇跡が、静かに、しかし確かに刻まれたのだった。
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